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怪しいバイト、行ってみた  作者: 濃霧
謎の男と不思議な縁があるようで
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第5話

 透は、数時間前に顔に吹きかかった風を思い出した。手汗で湿ったハンドルも、背中から聞こえる兄の声も、鮮明に思い出すことができた。


 実際に起こらなくとも、生々しい夢が与える疲労感を、透はよく知っている。おそらくこの男も、夢と現実の境が曖昧になり、気が変になっているのだ。透は自分と同じ境遇にいる男に、少なからず同情した。


「いつか、悪夢を見なくなる日が来たらいいですよね」


「ああ。確信はないが、問題が解決したら、悪夢など見なくなるのかもしれない」


 男の表情から、何か明確なゴールがあるのだとわかった。透とは違う。


 透にとって、「終わり」とは何を指すのか。兄の命はとっくに終わっている。


 途方に暮れている透の前に、バスが現れた。いつの間にか、2人の後ろには数人が並んでいる。

 後方の1人席に着いてから、なんとなく窓のほうを見ると、男は同じ場所に立ったままだった。


 乗らないんですか、と口の形で尋ねると、男は小さく首を横に振った。

 バスのドアが閉まり、発車すると、男はどこかへ消えていった。


 乗らないのなら、なぜあそこにいたんだろう。透は首を傾げたが、すぐに眠気を感じて目を瞑った。



 夢には高校の制服を着た兄が登場し、透の隣に立っていた。大講堂のステージ上で、3人組のバンドが演奏を始める。まさか、と思うと案の定、ねっとりした歌声が響き渡った。うんざりする透の隣で、兄は楽しそうに揺れていた。


「ボーカル、ヘタクソじゃない?」


 爆音にかき消されないように耳元で言うと、兄は目を細めて微笑んだ。


「兄ちゃんは個性的な感じで、結構いいと思うな」



  *



 翌週の月曜日、午前の講義を終えた透は、食堂で蕎麦を啜っていた。向かい側にはかつ丼といちごミルクが並んでいる。


「この組み合わせ、たまんないぜ」


 やたら派手な革ジャンを着た亮太りょうたは、この上なく美味しそうにかつ丼をかきこみ、いちごミルクで流し込んだ。透は2つが混ざった味を想像してみようとしたが、うまくいかなかった。  


 そういう好みの人もいるか、と自分を納得させ、蕎麦に啜る作業に集中することにする。


「そういやこの前、イベントをやってたときに、見に来てただろ。ああいうの、お前は興味ないと思ってたから驚いたぜ」


「興味はあるよ。いい曲だったし」


「だろう? じゃあ今度、一緒に運営やろうって誘ったら、やるか?」

 

「やらない」


「だと思ったぜ」


 亮太は気を悪くした様子もなく、大口を開けて豪快に笑った。


「そうだ、聞いてくれ。そのイベントでさ、とんだハプニングが起きたんだぜ」


 亮太が身を乗り出してきたぶんだけ、透は無意識に身を引いた。亮太は気にする様子もなく、熱い口調で言った。


「メンバーの1人が来ないって、始まる30分前ぐらいにバンド側から知らされて、俺たちは大パニックに陥ったんだ。盛り上がったから、結果オーライなんだけどよ」


 透は話を聞いて、ある予感がした。


「もしかしてそれ、ボーカル?」


「そうだよ! どうしてわかったんだ。さてはお前、名探偵か?」


「違うよ。何となく」


 代わりのボーカルをヘタクソだと思ったことは、口に出せなかった。


「ボーカルの人、未だに連絡が取れないらしいんだ。どこ行っちまったんだろうな」


「無断で休んだから気まずくて、今更連絡するのは億劫なんじゃない?」


 風邪で学校を1日休み、そのまま何日も休みを引き延ばしてしまったことがある透には、そのボーカルの気持ちがなんとなくわかる気がした。


 1週間もあれば、学習範囲も人間関係も大きく変わる。加えて、仮病で休んでしまった引け目もある。そんな状況で再び登校するには、それなりの勇気が要る。


「まったくもう。おさぼりさんは困っちゃいますなあ」


「えっ、雪ちゃん?」


「やっほー、見つけるの大変だったよー」


 知らぬ間に透の横に座り、自然に会話に参加してきた雪に、亮太は目を白黒させている。

 透は反射的に身構えたが、居心地の悪い視線は影もなかった。昨日のあの感覚は気のせいだったのかもしれない。


「透、どういう関係だ」


 亮太が珍しく険のある表情で問いかけてくる。


「どうって、知り合い?」


「お、レベルアップしてる。うれしいー」


 雪が満面の笑みを浮かべると、亮太は音を立てて箸を落とした。


「どうした?」


 亮太は赤い顔をして、何か言いたそうにしている。何事かと見守っていると、やがて意を決したように口を開いた。


「おれ、金子亮太」


「うん、知ってるよ。インスタ相互だよね?」


 雪の言葉に、亮太の顔はいよいよ真っ赤になった。子どもの弁当によく入っている、タコの形をしたあのウインナーに匹敵するほど赤い。

 鈍《にぶ》い透もさすがに察した。つまり、そういうことだ。


「俺のこと、認知してくれてるんだ」


「もちろんだよー。有名だもん」


「まじ?」


 亮太は太い眉を8の字にしてから、すぐに人好きのする爽やかな笑みを浮かべた。 

 不自然なほどの身の変わり様だ。


「よろしくな」


「よろしくー」


 顔の広い亮太は、相手に合わせて自分を少しずつ変化させることに長けている。見るたび、変面ショーを思い出す。


 透が蕎麦をすする横で、社交性の高い2人はみるみる打ち解けていった。


 まるでチャンピオン同士の戦いを見ているようだった。気の利いた返しで1つの盛り上がりが生まれると、さながら大技が決まったような感動があった。


 そのうち被っている講義の確認が始まると、透も参加させられた。


 学科が同じ3人は、やはりそれなりに取っている講義が被っていた。その流れで、これから被っている授業は一緒に受けようか、ということになった。

 もちろん、透以外の2人が滞りなく会話を進めて決定したことで、透は間に挟まれて、ひたすら赤べこのように頷いていた。


 確認が済むと、雪はテーブルの上にサンドイッチと野菜ジュースを取り出した。

 サンドイッチの封を丁寧に開けながら、テーブルに置いた自分のスマホを横目で見て、軽く眉をひそめる。

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