表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪しいバイト、行ってみた  作者: 濃霧
謎の男と不思議な縁があるようで
2/25

第2話

「ありがとう。雪、がんばるから」


 何を、と透が顔を上げると、居心地の悪い視線が嘘だったかのように、屈託ない笑みを浮かべた彼女と目が合った。

 不自然なほどつるりとしていて、エイリアンのような瞳だった。


「よろしくね。透くん」


「ああ、うん。よろしく」


 透はとりあえず会釈をした。どうやら、雪とは今後もよろしくしないといけないらしい。


「どう?」


「え?」


「今のところでいいから、雪の印象を教えて」


 脈絡もなくそんなことを言いながら、雪が目の前で華麗にターンをする。レースの裾がふわりと広がった。


「ピンクが似合ってると思うよ」


 適当に思いついたことを言っておく。


「ほんと? 嬉しい。実はピンク色が大好きなんだ」


 そんな、秘密を打ち明けるような口調で言われても。


「一目でわかるよ」


「だよねー」


 照れくさそうに爪を見せられ、それも気づいてたよ、と頷くと、雪は高い声を上げて、小さく跳ねた。だんだん子犬を相手している気分になってくる。


「でもその長い爪で生活できてるの、すごいね。色々くっついてるし、不便そうなのに」


「慣れるまではね。でも雪はピンクを増やすためのネイルだから、不便だって我慢できるの」


「ピンクを増やすため?」


「そうなの。極力、ピンクの専有面積を増やす感じでがんばってるの」


 想像を超えたピンク愛だ。透は変人だと笑うこともできず、ただ圧倒された。


 そもそも、色の好みは、一体いつ決まるのだろう。人によっては物心つく前から、気に入っている色があるものだ。あれは遺伝子に組み込まれているのだろうか。

 だとしたら、未だに好きな色がない透は、遺伝子の信号に気づけていないのだろうか。


「あっ、雪この後、美容院の予約してるんだった。痛んできてるし、色も抜けてきちゃってたから」


 毛先をつまみ、雪が漏らす。


「ピンクに染め直すの?」


「そう! ピンクに!」


 雪は髪が乱れるのも構わず、勢いよく頷く。


「じゃ、またね」


 ふざけた敬礼をし、軽やかな靴音が遠ざかっていく。背筋が伸びた、お手本のような歩き方だった。


「また」


 つられて出た言葉に、透はしてやられたと思いつつも、そこまで悪い気はしなかった。


 2人の様子を出口の扉の傍で数人の学生がじっと見ていたが、ぼけっとしている透は気づくはずもない。



 *



 棟の1階は、いつになく人がいた。


 どうやら突き当たりの大講堂で、イベントが行われているようだった。開け放たれた扉から、音楽が聞こえてくる。透も聞いたことがある曲だった。  


 疾走感のある音楽が、鼓膜を突き破って体内に侵入し、内臓を鷲掴みにし、大きく揺さぶる。映画館でも経験しないような音量に、透はそんな錯覚を覚えた。

 透は思わず足を止め、遠目から中の様子を観察してみた。うねる聴衆はさながら波のようで、軽く眩暈がした。


 ステージ上には3人の男がいて、曲を演奏していた。ドラムとベースとギター、各々が一歩も譲らない激しい演奏ながら、まとまりがある。


 前方の左端に、運営らしき同じTシャツを着た男女が数名立っていた。そのうちの1人と目が合った気がしたが、聴衆からどよめきが起こり、すぐそちらに気を取られた。


 ギター担当が歌い出したのだ。低くねっとりとした歌声に、聴衆の一部からは黄色い声があがった。しかし演奏に比べると、あきらかに不安定で素人臭かった。


 透は白けた気分になり、歓声に背を向け、棟の正面の出入口から外に出た。

 キャンパスをふらふらと歩き回り、誰も座っていないベンチを見つけ、腰を下ろした。自然とため息が漏れる。


 程よく涼しい初夏の風が吹いていた。去っていた眠気が再びやってくる。


 つかの間の微睡まどろみを打ち砕いたのは、背後から迫る硬い靴音だった。


 数羽の鳥が一斉に飛び立つ。透は振り向かない。

 再び漏れたため息を誤魔化すために、小さく欠伸をした。

 できることなら、鳥になってどこかへ飛び立ちたいところだった。


 ほどなくして大袈裟なほど肩を怒らせた愛華あいかが、体を放り投げるように隣に座った。その拍子に、肘がベンチの背にぶつかり、鈍い音を立てる。かなり痛そうだったが、それどころではないようだ。


「マジで最悪」


この数か月で何度、彼女の口から「最悪」という言葉を聞いたことだろう。彼女がそう言うとき、理由は大概決まっている。


「またフラれたの?」


「ちがう。いつもフッてるのはこっちだし、今のカレシはちがうから」


 愛華はスマホを取り出し、眉間に皺を寄せて文字を打ち込んでいる。日に日に面影を失っていく横顔を、透はなんとなく眺めた。

 流行の最先端を逃さない愛華の化粧は、流行に疎い透からすると奇抜で、強烈だ。


「なあ、その目はどうやってるの?」


「メイク?」


「いや、そのエイリアンみたいなやつ。流行ってるの?」


「……は?」


「ごめんなさい」


「これはカラコン。黒目はデカくした方が可愛いからやってるの」


 なるほど。だが同じ「カラコン」でも、黒目の大きさは様々あるのかもしれない。さっき見たものは、愛華のよりも大きいようだった。


「そんなことより、まさかうちの透にまで近づいてくるとは思わなかったんだけど。最悪」


 懐かしい響きだった。


 愛華は透の幼馴染だ。まだ時計の時刻も読めないような頃から、透の小さな保護者だった。

 だが実際は、守られた記憶などほとんどなく、むしろ学年が上がるにつれ、クラスメイトたちによって、根も葉もない噂が立てられた。


 透はさして気にしていなかったが、愛華はむきになって言い返し、こっそり泣いていた。泣くぐらいなら保護者面なんかやめればいいのに、と何度言っても、愛華は聞く耳を貸さなかった。


 ピンヒールがコンクリートを小刻みに打つ。華奢なヒールは、今にもぽきりと折れてしまいそうだった。


「最悪って何が?」


「さっき話しかけられてたでしょ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ