表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪しいバイト、行ってみた  作者: 濃霧
何もわからないままバイトは始まる
17/31

第17話

 食糧が底をついた。


「俺が買いに行ってきますよ。バイトだし、これぐらいさせてください」


 最初は断られたが、透がめげずに何度も頼むと、ランは仕方ないといった様子で許可を出した。

 車は大型スーパーから歩いて数分のところにある、狭い路地に止まった。


 透は金を受け取り、買うものを確認して車から降りた。

 全身が外気に包まれると、言いようのない開放感が体を満たす。


「ハリ」


 運転席に座ったままのランが、透を見ていた。  

 迫力のある目つきだが、怒っているわけではない。これは透を案じる目だ。


「すぐに戻ってきます」


「ああ」


 スーパーの入り口でカゴを取り、必要なものを次々と入れた。好きなものも買っていいと言われたことを思い出し、透は迷ってから、前に飲んだ炭酸を買った。

 レジで会計をし、何事もなくスーパーを出る。


 ランは車の外に何があるというのだろう。少し心配性すぎやしないかと、透は苦笑いした。


 だがその数分後。


「嘘だ……」


 ランの車がなかった。


 薄暗い道は、右を見ても左を見ても、車どころか人影ひとつ見当たらない。


 ランの名を呼びながら歩いても、返事はない。沈黙に身を置いているうちに不安に掻き立てられ、駆け足になった。


 走れば走るほど道は複雑になり、薄暗くなっていく。状況が悪化していると思いながらも、立ち止まるのは恐ろしかった。


 足裏の感覚が変わっていく。硬くも平坦でもない。もっと柔らかく、歪だ。


 前触れもなく現れる凹みに足をとられ躓いた。手のひらに土がついた。


「ここ、どこだよ……」


 血の気が引いた。見渡してみても光がない。


「これがほんとの〝お先真っ暗〟ってやつだな」


 そんなふざけたことを言ったところで状況は変わらない。戻ろうにも、来た方向がわからないのだ。透は生粋の方向音痴だった。


 経験則からして、これ以上むやみに動かないほうがいいことだけは確かだ。透は心細さを感じつつも、その場に留まった。


 体感にして30分経ったかという頃に、遠くに2つの光が現れた。車だ。


 すがるような気持ちで駆け寄るうちに、再び踏みしめる感覚が硬くなっていく。良いこと続きだ。


「お、少年。1人か。ひょっとして迷子かい?」


 運転席から身を乗り出して尋ねてきたのは、中年の男だった。助手席から年かさの男も覗いてくる。


 白と黒の車体が目に入り、透は凍りついた。反射的に首を横に振った。


「そうかい。ここらへんは不審者がよく出るから、早く家に帰りなさい」


「はい、すみません……」


 赤い光が小さくなっていくのを見ながら、透は大きく息を吐いた。胸を抑えると、心臓が激しく脈打っていた。


 自力でもとの場所に戻ることはできるだろうか。警察官に道だけでも聞けばよかったかもしれない。

 いや、そもそも素直に助けを求めるべきだったのだ。なぜすぐに否定してしまったのだろう。


 日は完全に落ち、空には白い満月が出ている。


 あの月を介して、ランに居場所を伝えられたらいいのにと、透は思った。電波がないと、人間は途端に無力になる。


 もしこのまま誰かに見つけられて、或いは誰にも見つけられず、2度とランに会えなかったとしたら。可能性は決して低くない。


「やだなぁ……」


 また会いたい。あの声で語られる話を聞きたい。あの温もりの隣で眠りたい。

 

 ランと一緒にいるとよく兄のことを思い出した。それも最期のことではない。もっと前の日々の記憶だ。


 死によって覆い隠され、風化されてきた記憶を、ランが引っ張り出してきてくれた。

 くだらない喧嘩、何気ない仕草、2人の間で流行った変な遊び。

 兄との記憶がいい意味で()()のものへ変わった。以前が美化されすぎていたのだ。兄はもっと人間臭い人だった。


 それに、これまで透が恥だと思っていたことの大半を、恥でもなんでもないと教えてくれた。どれも年相応の小さな失敗に過ぎなかったのだ。


 かつての言動への恥は、自己嫌悪が行き過ぎた結果だったと気づかせてくれた。兄の死を経て、自分を責めることが習慣化してしまったのだ。


 それからは、思い出さないようにしていた過去が思い出せるようになった。ランが真面目に受け入れてくれるからだ。器の大きい人だなと思う。


「ランさん……早く来てよ……」


 とても19とは思えない、ひどく甘ったれた声が出た。情けないが透は切れ目のない暗闇に包まれ、相当参っていた。


 だから、最初は空耳かと思った。


「ハリ!」


 大きな影がものすごい速度でこちらへ迫ってきていた。透は安堵し、その場に崩れ落ちそうになった。酷使した足は、緊張が解けると情けなく震え出した。


「車がなかったから探していたんですけど、迷っちゃって……」


「私はずっとあそこにいたぞ」


 ランは低い声でそう言った。透はその顔を見て、口を(つぐ)んだ。そして決めた。


 ランと行動している間はもう2度と、1人で買い物に行かない。


 2人は車のある場所まで無言で歩いた。歩けば歩くほど、透はいたたまれなくなった。

 ランは車から降り、この距離を歩いて探しに来てくれたのだ。


「1本裏の道に入ってしまったのかもしれないな」


 車に乗ると、ランはようやく口を開いた。元の調子に戻っていて、透は嬉しくなった。


「迷惑をかけてごめんなさい」


「私は迷惑だから怒ったのではない」


「そうなんですか……?」


「そうだよ」


 車は走り続ける。白い月明かりがやわらかく降り注いでいた。


 透は自分が警察に頼らなかったわけを理解した。

 ランを警察に会わせたくなかったのだ。透の横に座っているランと、世間の目に映るランは違うのではないかと、透は考えるようになっていた。


 彼はずっと、何かから逃げているのではないか。


 透は静かに目を瞑った。どんな事情であろうとついていこう。だってバイトなのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ