不死の花
アリサは黒騎士に母のスケッチブックを差し出した。何故、スケッチブックを黒騎士に差し出したのか、それはアリサ自身もハッキリとは理解していない。自分の目の前にいる黒騎士ならば、自分の願いを叶える手伝いをしてくれると無意識に思ったからなのか。
すると、黒騎士はアリサからスケッチブックを受け取ると、一ページ、また一ページ捲っていった。そうして花畑のページで止めると、アリサが言うまでもなく、黒騎士は頷いた。
暗い森の中、黒騎士の背に付かず離れずについて行くアリサ。暗闇の中でもハッキリと姿形が見える黒騎士の存在は、ランタンや月の光よりもずっと心強い灯りであった。
夜明け前。ほんの少しだけ空に青の色が見える頃。アリサ達は花畑のある開けた丘に辿り着いた。
しかし、明朝の陽が昇り、見えなかった丘の全貌が見えると、アリサの目は大きく見開かれた。
「……枯れてる」
スケッチブックに描かれた花畑など、花の一輪さえ無い。醜く枯れ果てた花の残骸が土の上に広がっていた。
アリサは花畑の前でしゃがむと、枯れた花に触れた。不思議な事に、人や動物や虫よりも、花の死は死とは何かを如実に表していた。
「……お母さんが、死んでくれて良かった。生きてたら、ここを見て酷く落ち込んだと思う。だって、ここはお母さんにとって大事な……私よりも大事な、思い出だもの」
目を瞑り、亡き両親がここで見た光景を想像した後、現状の光景を再び目にした。
「黒騎士様。私、この先どう生きたらいいのでしょうか。父も、母も、二人が伝えたかった事も失くした私は、どう生きればいいのでしょうか」
呆然と枯れた花畑を眺めながら呟くアリサ。その声色は悲しみとは違い、そもそも何の感情もこもっていない。
すると、黒騎士は花畑を炎で包んだ。青く燃え盛る花畑の様子に、アリサは何が起こっているのか理解出来ずにいた。花が燃えている事を理解した頃には、炎は消え、花畑はただの開けた地に変わっていた。
「黒騎士様?」
アリサが困惑の表情で黒騎士に問いかけるも、黒騎士は何も言わず、開けた地の中心に立った。そこでしゃがみこむと、黒騎士は左手を地面につけた。
次の瞬間、土の中から花が芽吹いた。その花は植物のそれとは違い、氷の魔法で作られた氷の花。氷の花が広がる花畑を前にしたアリサの目が再び見開かれた。先程と同じく驚いた拍子であるが、覚えた感情は落胆とは逆のものであった。
アリサが黒騎士に声を掛けようとした瞬間、アリサの体が浮かんだ。それは間違いなく浮遊魔法によるものであったが、その魔法を使ったのはアリサではない。およそ五十メートル先に立つ黒騎士がアリサに掛けた浮遊魔法であった。
空から眺める氷の花畑は、陽の光を帯びていた。照らす陽の力にも、吹く風の力にも動じない氷の花畑は、普通の花よりも美しく、生きる力を感じさせてくれた。
「綺麗……」
そう呟いたアリサの視線は氷の花ではなく、花畑の中心に佇む黒騎士に向けられていた。暗い森の中では知れずにいた黒騎士の独特な雰囲気。人が覚える負の感情が全て染み付いているというのに、それでも尚、生きる強さを確かに持っていた。それはアリサが今、最も必要としていた道標であった。
「黒騎士様……黒騎士様!! ありがとう!!」
その後のアリサは強く生きた。一人の寂しさに耐え、家族がいる他人の羨ましさにも耐え、明日も生きようと自分を鼓舞し続けた。
それでも時折、負けてしまいそうになる日があった。そんな時は、黒騎士と訪れた花畑へと足を運んだ。
一月経っても、一年経っても、十年経っても、あの氷の花は一輪たりとも死んではいなかった。
「黒騎士様。私に思い出をくれてありがとう。ここに黒騎士様がいなくても、あの日見た思い出が、この氷の花々が死なない限り、私は鮮明に思い出す……うん。ようやく、お母さんの気持ちが理解出来た気がする」
十二歳の頃よりも洗練されたアリサの浮遊魔法は、あの頃に見下ろした光景と同じ高さまで浮かぶ程に成長していた。




