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改訂版 行き来自由の戦国時代  作者: へいたれAI
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第五話 来たるべき日に向けての準備と、二人の監視者


 時空転移の法則性を見出した俺は、次なる目標を定めた。

 それは、来たる新月の日に合わせた、三日間の『永禄尾張』周辺探索計画だ。

 まるで大型連休の旅行計画を立てるみたいだが、完全に未知の領域へのサバイバルクエストだ。

 そう考えると、俄然準備にも力が入る。


「まずは、身の安全の確保、だな」


 俺はPCに向かい、ネット通販サイトでサバイバルグッズを片っ端から検索していく。

 特に獣害対策は最優先事項だ。ツキノワグマに狼。

 想像しただけで背筋が凍る。


 万が一にも彼らの夕食になるわけにはいかない。


「クマ撃退スプレー、最強力タイプ……よし、カートへ。超音波式動物撃退器、これもだ。それから……爆竹。百連発を……とりあえず五箱くらいか?」


 次々と商品をカートに放り込み、ついでに長期滞在に備えた保存食や浄水器、大容量のモバイルバッテリーなんかも追加する。

 便利な世の中になったものだ。

 ポチるだけで数日後には麓のコンビニに届くのだから。

 そして数日後、俺は大量の段ボールを受け取るために例のコンビニを訪れていた。


「……いらっしゃいませ」


 レジカウンターの向こうから、心なしかいつもより三割増しで不機嫌そうな声が飛んでくる。

 バイトの澄田さんだ。彼女はカウンターの裏に山と積まれた俺宛の荷物を一瞥し、それから俺の顔をじろりと見た。

 その目は完全に不審者、いや世紀末に備えるヤバい奴を見るそれだった。


「……あの、これ、全部、お願いします」


 俺がおずおずと伝票を差し出すと、彼女は深いため息を一つ吐いてから、面倒くさそうに荷物を運び出し始めた。

 ドスン、ドスンと無遠慮に置かれる段ボールの山。

 その中の一つが衝撃で少しだけ封が開き、おびただしい数の爆竹の箱がチラリと見えた。


「……」


 澄田さんがピタリと動きを止め、ゆっくりと顔を上げ、俺を射抜くような視線で捉えた。


「……あの、平田さん」


「は、はいっ」


 思わず背筋が伸びる。


「一体、何と戦うおつもりで?」


 その声は静かだが、底知れない圧力を秘めている。

 尋問する刑事か、得体の知れない生物を観察する研究者のような口調だ。


「いや、違うんだ! これは、その、獣対策で! 山だから、ほら、クマとか! イノシシとか!」


 必死に言い訳を並べ立てるが、彼女の疑念の目は晴れるどころか、ますます細められていく。


「はぁ……。クマって、そんなに群れで襲ってくるものなんですか? この装備、どう見ても山一つ爆破する勢いですけど。テロでも起こすんですか?」


「起こさない! 断じて起こさない!」


「じゃあ、サバイバルゲームですか。最近、この辺でもマニアの人が集まってやってるみたいですけど」


「それも違う!」


 やばい、何を言っても墓穴を掘っている気がする。

 というか、この澄田さん、俺の名前を覚えているのか。

 常連客だからか、それとも完全に要注意人物としてマークされているのか。

 後者なのだろう、間違いなく。


 俺は半泣きになりながら大量の荷物を借りてきた軽バンに詰め込み、すごすごとコンビニを後にした。バックミラーに映る澄田さんは、腕を組んで仁王立ちで俺の車を見送っていた。

 完全に不審者認定されてしまった。


 獣害対策は通販グッズだけでは終わらない。

 俺は物理的な防御壁を築くべく、農協で電気柵のセットを注文することにした。


「嶺くん、熱心だねー」


 カタログを食い入るように見ていると、後ろからふわりと優しい声がかかった。

 振り返ると、そこには農協のアイドル、茜さんがにこやかに立っていた。


「あ、茜さん。いやー、最近、家の周りで動物の気配がすごくて。万全を期そうかと」


「うんうん、偉いね。この辺りも、昔に比べたら数は減ったけど、まだまだ出るからね。備えは大事よ」


 そう言って微笑む茜さん。

 ああ、癒される……。

 澄田さんに氷漬けにされた心が、じんわりと解けていくようだ。

 だが、その安らぎも束の間だった。


「でもね」


 茜さんは人差し指を立て、悪戯っぽく笑う。


「あんまりやりすぎると、鳥獣保護法とか、色々な法律に引っかかっちゃうこともあるから、気をつけてね? 特に、罠の設置とかは許可が必要な場合が多いから」


 にっこり。

 その完璧な笑顔の裏に、確かな牽制の意思を感じ取ってしまうのは、俺の心が汚れているからだろうか。

 いや、これは優しさという名の釘だ。

 親切なアドバイスの形を取りながら、「変な気を起こすんじゃないわよ」というメッセージを的確に伝えてきている。


「は、はい! もちろん、法律は遵守します!」


「うん、よろしい。何か分からなかったら、いつでもお姉さんに聞きなさいね」


 ポン、と肩を軽く叩かれ、俺はまたしてもガチガチに固まってしまった。

 なんだこの山は。

 麓のコンビニには絶対零度の監視官がいて、農協には聖母の仮面を被った執行官がいるのか。


 俺は獣と戦う前に、まずこの二人の女性の監視網をどうにかしないといけないのかもしれない。

 ……無理だな、諦めよう。


 さて、自宅に戻り、俺は改めて計画を練り直す。

 とにかく次回の新月からの三日間が勝負だ。

 目標は、永禄年間の尾張、仮に『永禄尾張』と呼称するが、その拠点周辺の地理と安全性を確認すること。

 最悪、一ヶ月は向こうで暮らす可能性も考えておかなければならない。


 そうなると、食料と水は安全マージンを見て二ヶ月分は欲しいところだ。

 車が使えない自宅までの山道を、大量の物資を担いで人力で運ぶ。

 それだけでも十分に修行になりそうだ。

 だが、この一月、土木作業と草刈りで体を動かしてきたおかげか、だいぶ体力がついてきた気がする。腕も足も以前よりずっと太くなった。これは嬉しい誤算だ。


「ふぅっ、よっ、と……!」


 コンビニで買った保存水のケースを担ぎ、山道を登る。汗が噴き出し息が上がるが、この苦行が未来の俺の命を繋ぐことになるのかもしれない。

 そう思うと不思議と力も湧いてくる。


 現状、自宅まで続く道は俺の懸命な整備の甲斐あって、四輪駆動の軽トラくらいならなんとか通れるレベルにはなった。

 そのうち中古で小型のオフロード車でも購入しようか。

 ジムニーとか。そんなことを考えながら、何往復もして物資を運び込む。


 転移の条件についても、まだ検証すべきことが残っている。

 向こうから戻る時は祠で『拝む』だけでよかった。

 こちらから行く時はお神酒を飲む必要があるが、ひょっとしてこれも拝むだけで行けたりしないだろうか?


 いや、試してみて行けなかったら一月待つ羽目になる。

 リスクは冒せない。

 確実性を取るなら、向こうの世界でもお神酒が手に入るようにしておくべきだろう。


 幸い、こちらで買った日本酒をペットボトルに移し替えればいいだけだ。

 これも準備リストに追加だな。


 さらに重要なのが、向こうでの生活基盤の構築だ。

 いつまでもこちらの食料に頼るわけにはいかない。

 いずれは自給自足を目指すべきだろう。


 そこで俺は再び農協へと足を運んだ。

 トラクターをレンタルし、その荷台に大量の購入品を積み込む。


「また嶺くんか。今度は何を始めるんだい?」


 農協のおじさんに笑われながら、俺が買い込んだのは寒冷な気候や痩せた土地にも強い作物の種だ。

 具体的には蕎麦と大豆。

 これなら山の上の畑でもなんとかなるかもしれない。

 さらに椎茸の菌を植え付けた原木も数本購入した。

 これなら日陰に置いておくだけで安定した食料になってくれるはずだ。

 我ながら用意周到すぎる。まるで本格的な移住計画じゃないか。


「それにしても、すごい量だね。本当に一人で食べるのかい?」


 トラクターの荷台を見て、茜さんが目を丸くしている。


「は、はは……。ちょっと、色々と実験してみたくて」


「実験ねぇ……」


 まただ。

 あの、全てを見通すような優しい微笑み。

 もう俺は彼女の前ではまな板の上の鯉だ。

 何を言ってもお見通しなのだろう。

 ……もちろん、時空転移なんて突拍子もないことまでは想像もしていないだろうが。


 トラクターを運転し、ガタガタと山道を進む。

 農協でしこたま買い込んだ時は、こうして文明の利器を使えるから楽でいい。

 問題は通販のコンビニ受け取りだ。

 今日も、追加で注文したナイフやマルチツールを受け取りに行かなければならない。

 俺は覚悟を決めて、再びあのコンビニの自動ドアをくぐった。


「……いらっしゃいませ」


 いた。澄田さんだ。今日の彼女はカウンターでスマホをいじっていたが、俺の顔を見るなりピクリと眉を動かした。


「……また、何か届いてますけど」


 完全に厄介者として認識している口調だ。俺は愛想笑いを浮かべながらカウンターへ向かう。


「どうも。いつもすみません」


「いえ、仕事なので」


 バッサリだ。彼女が奥から持ってきた小さな段ボールを受け取りながら、俺はなんとかこの気まずい空気を打開しようと口を開いた。


「いやー、最近、キャンプにハマっちゃって。それで、つい色々買っちゃうんですよ」


 我ながら苦しい言い訳だ。澄田さんは俺から視線を外さないまま、無表情で応える。


「……へぇ。ずいぶん、本格的なんですね。この前は爆竹を箱買いしてましたけど、今度は何ですか? アーミーナイフか何か?」


「うっ……」


 なんでわかるんだ。エスパーか?

 俺が言葉に詰まっていると、彼女はふいと視線を逸らし、小さな声で呟いた。


「……別に、いいですけど。山、なめない方がいいですよ。遭難しても、警察や消防の人が迷惑するだけなんで」


「……はい」


「それに、クマは……本当に出ますから」


 そう言って、彼女は自分の制服の袖を少しだけまくり上げた。

 その細い腕に、うっすらとだが数本の引っ掻き傷のような痕が見えた。


「えっ、それ……」


「……子どもの頃、裏山でやられただけです。大したことないんで」


 彼女はすぐに袖を戻し、ぷいと横を向いてしまった。

 なんだ、今の……。

 ただの毒舌で冷たいバイトだと思っていたが、ひょっとして本気で俺のことを心配して……?

 いやいや、自意識過剰だろ、俺。ただ自分の経験から忠告してくれただけだ。


 それでも、なんだか胸がチクリとした。

 ラブコメの予感なんて浮かれたことを考えていたが、この二人の女性はそれぞれのやり方で、この土地の厳しさを俺に教えてくれているのかもしれない。


 自宅に戻り、俺は運び込んだ全ての物資を仏間に集積させた。

 保存食、水、医薬品、サバイバルツール、種、原木、そして獣害対策グッズ。もはや仏間は倉庫、いや秘密基地の司令室の様相を呈している。


 その光景を前に、俺はニヤリと口角を上げた。

 その姿は、もはや引きこもりの元サラリーマンではない。

 来たるべき戦国サバイバル生活に備え、着々と準備を進める冒険家だ。どこか楽しげですらあった。


「よし……これで、俺の城は鉄壁だ……!」


 俺は来たるべき新月を待ちながら、自作の『時空ジャーニー研究ノート』に新たな計画を書き込んでいく。


 澄田さんと茜さん。

 二人の監視者の存在は正直少し厄介だが、同時にこの現代日本に確かな繋がりがあることの証でもある。必ず、戻ってくる。

 その決意を胸に、俺は来るべき日に向けて最後の準備を進めるのだった。


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