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改訂版 行き来自由の戦国時代  作者: へいたれAI
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第二十七話 私鋳造幣

 

 梅雨の気配が令和の空を覆い始めた5月。

 俺のスマホが月一度の運命の日を告げた。

 俺が一人で仏間の祠をくぐると、そこには案の定、二人の女神が万全の態勢で待ち構えていた。

 その手にはなぜか工事現場で使うような業務用の超強力な懐中電灯が握ぎられていた。


「おかえりなさい、嶺さん」


「さあ、行きましょう。 畑の夜に」


「え、ちょ、ただいま…… って、畑!?」


 俺の挨拶もそこそこに二人は俺を再び時空のトンネルへと押し込んだ。

 もはやこの流れには慣れっこになってしまった自分が少し怖い。

 永禄尾張の夜の闇に舞い降りた俺たちを出迎えたのは、満天の星空とひんやりとした山の空気だった。


「うわあ…… きれい……」


 茜さんが思わず感嘆の声を漏らす。

 だが、澄田さんはすぐに畑に向かう。


「…… 感心している場合ではありません。 今回の主目的を忘れないでください」


 澄田さんがぴしゃりと言うと、手に持った懐中電灯のスイッチを入れた。

 びかーーーー!

 闇夜を切り裂く一条の凄まじい光が眼下の畑を真昼のように照らし出した。

 まるでUFOにキャトルミューティレーションされる牛の気分だ。


「よし! 行くわよ!」


「はい!」


 二人は村の集落には目もくれず、一目散に畑へと駆け下りていった。

 その姿はもはや農業を愛する女神というよりは夜盗か何かにしか見えない。

 畑では二人のただならぬ気配に気づいた大森と詩織さんが慌てて飛び出してきた。


「な、何奴!?」


「あ、茜さん! 澄田さん!」


 詩織さんが安堵の声を上げる。

 だが、二人は大森には一瞥もくれず、詩織さんの手をがっしりと掴んだ。


「詩織さん! ジャガイモの生育状況はどう!?」


「はい。葉の色、大きさ、共に極めて良好です。 病害虫の発生も現時点では確認されていません」


「そう……。でも、油断は禁物よ。 この時期一番怖いのは疫病だから。 少しでも葉に黒い斑点が出たらすぐにその株ごと抜き取って燃やすのよ!」


「甜菜の根の肥大状況はどうですか? 土壌のph値は安定していますか?」


「はい。 茜さんに教わった通り石灰を撒いておりますので」


 三人の女性による専門的すぎる農業談義が始まった。

 懐中電灯の光に照らされたその光景はどこか神々しくもあり異様でもあった。

 俺と大森は完全に蚊帳の外で、ただぽかんとその様子を眺めているしかなかった。


「…… 先輩。 なんだか俺たち、必要なくないですかい……?」


「…… 言うな、大森。 俺も今同じことを考えていた」


 やがて一通りの畑の視察を終えた茜さんが満足げに頷いた。


「よ~し、これなら次に進めますね」


 彼女は詩織さんに向き直ると一枚のメモを手渡した。


「詩織さん。これが砂糖を作るための道具のリスト。 嶺さんに頼んで次回持ってきてもらうから」


「まあ、ご丁寧にありがとうございます!」


「甜菜から砂糖を作るには、まず甜菜を細かく刻んでお湯で煮詰めて糖分を抽出するの。 その液体をさらに煮詰めて水分を飛ばせば砂糖は作れますので」


「なるほど……」


「とは言っても、私も実際にやったことはないから……。一度こっちで試してみてから道具を持ってくるわね。 任せて!」


 茜さんは頼もしく胸を叩いた。

 その自信に満ちた笑顔が懐中電灯の光を受けてキラキラと輝いて見えた。

 俺は、その眩しさに少しだけ胸が高鳴るのを感じた。

 短い滞在を終え、俺たちは再び令和へと帰還した。

 そしてリビングでの定例会議。 議題はもちろん俺が津島で手に入れてきた大量の鐚銭の処遇についてだ。


「…… なるほど。 鐚銭を溶かし良銭に作り直す、と。 嶺さん、それは現代の法律では明確な貨幣偽造罪に該当します。 極めてハイリスクな行為です」


 澄田さんが予想通り眉間に深い皺を刻んで言った。


「まあまあ、澄田さん。ここは永禄時代じゃないんだから固いこと言わないの。 それに、面白そうじゃない!」


 一方、茜さんは目をキラキラさせて身を乗り出してきた。

 意外にも彼女はこういうちょっと悪いことにはノリノリなタイプらしい。

 まあ、予想はしていたから驚かないが。


「私も賛成とは言えません。ですが……、もし成功すれば我々の活動資金は飛躍的に増大します。 リスクとリターンを天秤にかければ……、検討の価値はあるかもしれません」


 澄田さんは渋々ながらも俺の計画の合理性を認めざるを得ないようだった。


「よし、決まりだ! 早速、やってみよう!」


 俺たちはその足で巨大なホームセンターへと向かった。 目的は銭を鋳造するための道具一式だ。


「電気炉は必須ですね」


「鋳型を作るための砂もいるわね。あと、金属を流し込むための坩堝るつぼとかトングとか……」


 二人はまるで週末のバーベキューの買い出しでもするかのように、楽しそうに専門的な道具を次々とカートに放り込んでいく。

 そのあまりにたくさん買い込んでいくものだから、少し目立ったのは、この際やむを得ないか。


 数日後、婆ちゃんの家の庭先で俺たちの禁断の錬金術プロジェクトが始まった。

 澄田さんの監修のもと、俺はおそるおそる電気炉のスイッチを入れた。

 坩堝の中で永禄の鐚銭がみるみるうちに赤く熱を帯び、やがてどろりとした銀色の液体へと姿を変えていく。


「すごい……。本当に溶けちゃった……」


 茜さんが感嘆の声を上げる。

 次に永禄のまともな硬貨を使って砂で鋳型を作る。

 そしてその鋳型に溶かした金属を慎重に流し込んでいく。

 じゅっという音と共に白い煙が立ち上った。

 やがて金属が冷え固まり、砂の中で貨幣は出来上がる。


「で、できた……! できたぞ!」


 俺は思わず歓声を上げた。

 道具もまともで何度でもやり直しができるこの恵まれた環境。

 これならば誰でも簡単に錬金術師になれてしまうだろう。

 だが、俺はすぐに、ある致命的な問題に気がついた。


「…… あれ?」


 出来上がった銭はぴかぴかだった。

 鋳造したての新品ほやほや。

 まるで造幣局から出てきたばかりのような輝きを放っている。


「…… こんな綺麗な銭、向こうの時代で見たことがないぞ……」


「確かに……。これではあまりにも不自然すぎますね。 一目で偽物だとバレてしまうでしょう」


 澄田さんが腕を組んで唸る。

 せっかく成功したのに、これでは使えないかも……

 俺たちが頭を抱えていると、それまで黙って作業を見ていた茜さんがぽんと手を叩いた。


「…… ねえ。 錆びさせればいいんじゃない?」


「え?」


「いやー、私、結構ライトノベルとか漫画読むんだけど、こういう異世界転生ものでお金を偽造する話って定番なのよね。で、そういう時、大体主人公は出来上がったお金をわざと古く見せるのよ」


 彼女の意外な一言に俺と澄田さんは顔を見合わせた。


「古く見せる……?」


「そう! 漫画の中では、なんか酸性の液体につけたり、わざと水にさらしたり、土の中にしばらく埋めておいたりしてたわよ。 要は、強制的にエイジング加工しちゃうわけ!」


 エイジング加工!

 その発想はなかった!


「…… なるほど。 合理的です。 金属の表面を強制的に酸化させるということですね。 確かにそれならば新品のような輝きは抑えられるはず……」


 澄田さんが感心したように頷く。


「すごいな、茜さん!」


「えへへ、まあね! オタクの知識もたまには役に立つってことよ!」


 茜さんは得意げに胸を張った。

 俺たちは早速彼女の言う案を試すように準備を始めた。


 塩水につけたり土に埋めたり、果ては醤油や酢に漬け込んでみたり。

 庭先はもはや錬金術の実験場というより小学生の夏休みの自由研究の様相を呈していた。

 その結果、最も手間がかかるが、それらしく見えそうなものが出来上がった。


「…… うん。 まだ少し綺麗すぎる気もするが、これならなんとかごまかせるかもしれない」


 俺は出来上がった「エイジング加工済み」の銭を手に取り、呟いた。

 正直まだ不安は残る。

 だが、これを次回向こうに持ち込んで実際に使えるかどうか試してみるしかないだろう。

 次の転移までまだ少し時間があった。


「どうせなら成分から本物に近づけましょう。見た目だけでなく中身も完璧に模倣するのです」


 彼女はネットで古銭に関する文献を漁り、この時代の銭の正確な金属組成を調べ上げた。

 そして俺は彼女に言われるがまま、溶かした鐚銭を冷やし固めて作った小さな金属のインゴットを、とある工業試験場に送った。

趣味で作った合金の成分を調べて欲しい」という名目で。


 すぐに分析結果がメールで送られてきた。

 銅を主成分に錫、鉛、そしてごく微量の不純物が含まれているという詳細なデータだ。


「よし、このデータに基づいて材料を発注します」


 澄田さんはネットの通版サイトで必要な金属の粉末を次々と購入していく。

 その姿はもはや大学の研究者そのものだった。

 俺たちはその完成品をもって、今手元にある本物と比べた。


 出来上がった銭はもはや本物と見分けがつかないほどのクオリティに達していた。

 俺は茜さんに、お礼を言って、さらに鋳造に精を出した。


 こうして俺たちの家の庭先で、永禄の世を揺るがしかねない大量の「良銭」が生み出されたのだ。

 俺はこれをもって世界を握るぞ~~!

 てことはないけど、これを使う算段を考えていた。


 これはただの銭じゃない。

 俺たちの未来を切り拓くための弾丸だ。

 そして、この禁断の果実をためらうことなく、使う覚悟も来てている。

 一人は豊富な知識で道を示し、もう一人は奇想天外な発想で壁を打ち破る。

 俺は、この二人がいるから、あの時代でも不安なくすげてているのだと、本当に二人には感謝している。


 …… まあ、その幸運の代償として俺のヘタレな心は常に振り回されっぱなしなのだが。

 俺は来るべき次の転移の時を今か今かと楽しみになっていた。




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