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改訂版 行き来自由の戦国時代  作者: へいたれAI
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第二十五話 共同戦線の女神たち

 

 永禄での充実感とほんの少しの寂寥感を胸に、俺は時空を繋ぐ光の中へと再びその身を投じた。

 信長勢との、か細いながらも確かなつてができた。

 村は豊かになりつつある。 だが、俺の個人のクエストはどうだ?

 一抹の不安と、それを遥かに上回る期待感。

  令和に帰れば、あの、二人と、また、会える。


「あの二人、仲良く、やってるだろうか……」


 俺はそんな呑気なことを考えながら、光のトンネルを抜けた。

 眩い光が収まり、見慣れた婆ちゃんの家の仏間へと足を踏み出す。


「ただい……」


 ま、と言い終わる前に俺の言葉は凍り付いた。

 仏間には二人の女神が、まるで凱旋将軍を出迎えるかのようににこやかに腕を組んで待ち構えていたのだ。


「おかえりなさい、嶺さん」


「お待ちしておりましたわ、嶺さん」


 茜さんと澄田さん。

 その笑顔は、春の陽光のように、穏やかで、温かい。

 なぜだろう。 俺の背筋をぞくりと悪寒が駆け抜けたのは。


 二人の笑顔は完璧にシンクロしていた。

 その瞳の奥には、何かこう、獲物を前にした肉食獣のようなギラリとした光が宿っているように見えた。


「え、あ、ただいま……。二人とも、どうしてここに?」


「決まってるじゃない。私たちも、行くのよ」


「ええ。サツマイモの苗だけ、あなた一人に、運ばせるわけには、いきませんから」


「えええっ!?」


 俺の驚きの声などまるで意に介していないかのように、二人はてきぱきと動き始めた。


「さあ、嶺さん、ぼさっとしてないで! 善は急げ、って言うでしょ!」


「時間資源は有限です。最も効率的に活用しましょう」


 俺は訳が分からないまま二人に両腕を掴まれ、今くぐり抜けてきたばかりの時空のトンネルへと再び押し込まれることになった。


 嘘だろ!?

 滞在時間、約3分!

 史上最短記録更新だ!


 俺の情けない悲鳴は、再び眩い光の中に吸い込まれていった。

 こうして、俺の、一ヶ月ぶりの、令和での休息は、儚くも、消え去り、俺は、二人の女神を、引き連れて、永禄尾張の地に、逆戻りすることになった。


「ふう。やっぱり、こっちの空気は、美味しいわね」


 茜さんは気持ちよさそうに大きく伸びをしている。


「データの再収集が必要です。気温、湿度ともに、前回、観測時より、有意な変化が見られます」


 澄田さんは早速手帳を取り出し、何やら数値を書き込み始めた。

 俺だけが状況についていけず、呆然と立ち尽くしている。


「茜さんは、毎月二泊三日でこっちに来るのがすっかりルーチンになってるみたいだな」


「ええ。農協の仕事の、良い、息抜きにもなるし、何より、楽しいもの」


 彼女はそう言うと、ちらりと俺に意味ありげな視線を送ってきた。


「「澄田さんも、大学は、いいのか? 春先は、何かと、忙しいんじゃないか?」


「問題ありません。今回は私も二泊三日の短期滞在です。 ですが、時間は有効に使わせていただきます」


 彼女はそう言うと、まるで戦場に赴く指揮官のようなきりりとした表情で村の方角を見据えた。

 この二人……。

 なんだか以前よりも格段に連携がスムーズになっていないか?

 まるで長年連れ添った夫婦漫才のコンビのような阿吽の呼吸を感じる。

 俺が首を傾げていると、村から俺たちの帰還に気づいた大森たちが駆け寄ってきた。


「先輩! お帰りなせえ! …… って、あれ? 茜様に、澄田様まで!?」


「やあ、大森さん、詩織さん! また、お世話になるわね!」


「ご無沙汰しております」


 二人はにこやかに挨拶を返す。

 大森は俺の顔と二人の女神の顔を交互に見比べると、ニヤアと意地の悪い笑みを浮かべた。


「へえ……。先輩、隅に、置けませんなあ。両手に花、ってやつですかい?」


「ち、違うわ、馬鹿者!」


 俺は顔を真っ赤にしながら大森の脇腹を小突いた。

 その俺たちのやり取りを、二人は実に穏やかな笑みで眺めている。

 その余裕綽々な態度が、逆に不気味で仕方がなかった。

 二人の女神が加わった永禄尾張での生活は、想像以上に目まぐるしいものだった。

 特に茜さんの活躍は目覚ましかった。


「さあ、みんな、聞いて! 畑仕事は、ただ闇雲にやればいいってもんじゃないのよ!」


 彼女は令和からわざわざ持ち込んできた新品の鍬や鋤を山窩の男たちの前にずらりと並べると、まるで農業指導員のように熱弁をふるい始めた。


「いい? 土を深く、そして柔らかく耕すことが一番大事! こうやって腰を入れてテコの原理を使うの!」


 茜さんは自ら鍬を手に取り、見事な手つきで固い地面を掘り返していく。

 農協勤務で鍛えられたその無駄のない動きはもはや芸術の域に達していた。


 山窩の男たちも最初は遠巻きに見ていたが、彼女の的確な指導とエネルギッシュな姿に引き込まれ、次第に真剣な眼差しで聞き入るようになった。


「畝は、ただ、土を盛り上げれば、いいわけじゃないわ。水はけを、ちゃんと、考えて、作るのよ! サツマイモは、高い畝を、好むからね!」


 農業に関する知識と経験は、俺たちの中では彼女が随一だ。

 俺や澄田さんのような本で読んだだけの知識とは訳が違う。

 その指導は、大森よりもむしろ詩織さんの方に、より熱が入っているように見えた。


「詩織さんは、本当に飲み込みが早いわね! 筋がいい!」


「まあ、茜さん! そんなに褒めていただいても、何も出ませんわよ」


 二人はキャッキャと楽しそうに笑い合っている。

 なんだか女子会のような華やかな雰囲気だ。

 俺は、ただ、ぼうっと、その光景を、眺めていた。


 この村で初めて本格的に行われる農業。

 それは俺たちの未来の食糧事情を左右する極めて重要なプロジェクトだ。


 茜さんがいてくれて本当に良かった。

 彼女はこの時代の人々が陥りやすい初歩的な失敗を知り尽くしている。

 その的確なアドバイスのおかげで、少なくとも大森と、特に優秀な生徒である詩織さんには、そのノウハウが確実に伝わったようだった。


 詩織さんが元ホームセンター勤務だったという経歴も伊達ではないらしい。

 彼女は茜さんの専門的な言葉を驚くほどすんなりと理解し、自分のものにしていた。


 俺たちが時間切れで令和に戻る間際には、詩織さんの方から「茜さん、次は、この作物の追肥をお願いします」と肥料の要望をメモにして渡してくるまでになっていた。


 一方、澄田さんも短い滞在時間を一秒たりとも無駄にしないという強い意志で動き回っていた。

  彼女は、村の、生産活動の、あらゆるデータを、収集、分析し、改善案を、次々と、提示していく。


「炭焼き窯の燃焼効率ですが、ここに空気の取り入れ口をもう一つ増設すれば、温度管理がより容易になり品質の均一化が図れるはずです」


「陶器の強度を上げるには、粘土にこの長石の粉末を一定の割合で混ぜ込むのが有効です。科学的なアプローチを導入しましょう」


 彼女の提案は常に具体的で論理的だった。

 そして俺が武井夕庵と接触した一件を報告すると、彼女は自分のことのように興奮し、その意義を熱っぽく語り始めた。


「素晴らしい……! 嶺さん、それは最高のファーストコンタクトです! 武井夕庵はただの武将ではありません。 信長のブレーンであり祐筆…… つまり秘書官です。 彼のような文官と繋がりができたということは、我々が血生臭い戦の最前線に駆り出されるリスクが大幅に減少したことを意味します!」


「そ、そうか……」


「ええ! 我々はあくまで『物作りの民』として後方から信長勢力を支援するというスタンスを確立できる可能性が出てきたのです。 これは今後の我々の生存戦略において極めて重要な布石ですよ!」


 普段のクールな彼女からは想像もつかないような早口で捲し立てられ、俺はただ圧倒されるばかりだった。

 だが、彼女が俺の行動を手放しで褒めてくれていることは分かった。

 それがなんだか無性に嬉しくて、俺は照れくささのあまり頭を掻くことしかできなかった。


 そんな俺たちのやり取りを少し離れた場所で見ていた茜さんが、ぷうっと頬を膨らませていたことには、残念ながら俺は全く気づいていなかった。


 あっという間に二泊三日の時間は過ぎ去っていく。

 俺たちは、再び、時空のトンネルを、くぐり、令和へと、帰還した。


 そしてそのままリビングで今後の方針を話し合うという一連の流れは、すっかり俺たちの間のルーチンと化していた。


「農業関連は、詩織さんたちに、任せるしかないわね。一ヶ月や、そこらで、結果が出るものじゃないし、あっちから、何か、SOSが来ない限りは、信じて、待ちましょう」


 茜さんがそう切り出す。


「同意します。我々が、今、注力すべきは、外交……、織田信長との、関係構築です」


 澄田さんがきりりと表情を引き締めた。

 彼女は、持参した、ノートパソコンを、開くと、画面に、年表や、地図を、表示させた。


「改めて歴史の流れを確認します。来年、永禄五年、信長は犬山城の織田信清を本格的に攻めます。 この一帯がきな臭くなる前に……、いえ、むしろそのきな臭さを利用して我々は信長配下としての地位を確立する必要があります」


「武井夕庵との、繋がりを、もっと、太くする、ということか」


「その通りです。彼は戦働きはせず信長の側にいることが多い。 つまり彼に気に入られれば、我々の存在と有用性を直接信長に伝えてもらえる可能性が非常に高いということです」


 澄田さんの分析はいつもながら明快だ。 俺が武井夕庵という人物を引き当てたのは全くの偶然だったが、結果として最高の当たりくじを引いたらしい。


「よーし! じゃあ、次の目標は決まりね!」


 茜さんがパン! と威勢よく手を叩いた。


「次に嶺さんが向こうに行くのは四月でしょ? その時に積極的に武井様とやらに会いに行って顔を売ってくること!」


「ああ、分かった」


「何か手土産も必要ですね。前回は陶器でしたから、次は別の我々の生産力を示せるものが望ましい……。 茶葉はどうでしょう。 まだ少量ですが収穫は可能なはずです」


「いいね、それ! 『うちの村で採れた特別なお茶です』なんて言ったら、喜ぶんじゃない?」


 二人の会話はポンポンと小気味よく進んでいく。

 まるで最初から結論が決まっていたかのように話はまとまっていった。

 俺はただ二人の見事なコンビネーションに感心しながら、頷いているだけだった。


 なんだか俺がいなくてもこの二人だけで全てが上手く回っていくんじゃないだろうか。

 俺がそんな少し寂しいような気持ちになっていると、ふいに茜さんが俺の頭をわしわしと撫でてきた。


「な、なんだ、茜さん!?」


「んー? いやあ、難しい話はよく分かんないけど、とにかく嶺さんがすごい頑張ってるんだなあって思ってね。 よしよし、えらい、えらい!」


 子供扱いだ! 完全に子供扱いされている!

 だが、その手のひらの温かさがなんだか心地よくて、俺は何も言い返せない。


「…… こほん」


 その時、澄田さんがわざとらしく一つ咳払いをした。


「大峰さん。戦略会議の途中です。 私的なインタラクションは慎んでいただきたい」


「あら、ごめんなさい。でも澄田さんだってさっき、嶺さんのこと褒めちぎってたじゃないの」


「あれは客観的な事実に基づいた状況分析です。 あなたのような感情的な行動とは


「なによ、それ! 理論武装ばっかりして! 素直に褒めてあげればいいじゃない!」


「私は常に合理的かつ冷静な判断を……」


 ばちばちっ!

 二人の間で、また、見えない、火花が、散った。


 ああ、やっぱりこの二人、仲が良いのか悪いのかさっぱり分からん……。

 俺はただ二人の女神(という名の爆弾)に挟まれて、おろおろと縮こまることしかできないのだった。


 やれやれ。

 信長に会うためのクエストも大概難易度が高いが、このラブコメクエストはそれ以上に攻略法が見えない。

 俺のヘタレな心は春の陽炎のように、頼りなく揺らめいているのだった。




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もう2人纏めて娶っちまえよ…… 割と切実にそう思ってる
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