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改訂版 行き来自由の戦国時代  作者: へいたれAI
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第十八話 珍道中! なんちゃって仕事人と行く、楽田クエスト

 

 やれやれ、とんでもない旅の始まりだ。

 俺の隣を歩く大森はすっかり「中村主水」になりきっている。

 時折意味もなく襟巻をクイッと直したり、鋭い(つもりの)目つきで周囲をキョロキョロと見回したりしている。


  …… だめだこいつ。 役に入り込んでいる。


「いいか、大森。神社に着いたら、お前は『山中の村を治める長』だ。 俺が先に神官と話をつけてお前を紹介する。 お前はどっしりと構えて偉そうにしてればいい。 分かったな?」


「お任せください、先輩! 俺の、この隠しきれない王のオーラで、神官ごとき、一発でひれ伏させてやりますぜ!」


「その王のオーラとやらが、ただのコスプレイヤーの勘違いじゃないことを祈るよ……」


 俺たちの珍妙な二人旅は、そんな不安しかないやり取りから始まった。

 幸い、道中は特に何事もなく、俺たちは再び、あの荘厳な大縣神社の鳥居の前にたどり着いた。


「おお……。 これが、先輩が見つけた神社……」


 大森がごくりと喉を鳴らす。

 俺はまず一人で境内へと進み、前回顔を合わせた神官を探した。

 幸運なことに彼は俺のことを覚えていてくれたらしい。


「おお、そなたは、先日の修験者殿。息災であったか」


「ご無沙汰しております。 本日は、我が日頃世話になっている村の長を伴い、ご挨拶に上がりました」


 俺がそう言って振り返ると、鳥居の下で待機していた大森が練習通りゆっくりと尊大な態度でこちらへ歩いてくる。

 …… よし、今のところは悪くない。

 見た目はまあ、百歩譲って堺の豪商か風流な浪人に見えなくもない。


「ほう、そちらが?」


 神官が興味深そうに目を細める。

 大森は俺の前に立つと、わざとらしく「ふん」と鼻を鳴らし腕を組んでみせた。

 …… おい、その態度は長というよりただの感じ悪い奴だぞ。


「こやつが、我らが世話になる『山の民』を束ねる長にござる。以後、お見知りおきを」


 俺が必死のフォローを入れる。

 神官は、大森の奇妙な襟巻と時代錯誤な着こなしをジロジロと眺め、わずかに眉をひそめた。 やばい、怪しまれてるか?


「…… して、本日のご用向きは?」


「うむ。 まずは、これなる品を、神前に」


 大森がもったいぶった仕草で、背負っていた風呂敷を俺に渡す。

 中身は俺たちがこの一ヶ月で採り溜めた極上の干し椎茸だ。

 俺がそっと風呂敷を開いて見せると、神官の目が、カッと見開かれた。


「こ、これは……! 見事な干し椎茸じゃ! これほど肉厚で香りの良いものは、滅多にお目にかかれんぞ!」


 よし、食いついた! どうやら俺たちの『山の幸』は、この時代でも十分に通用するらしい。


「つきましては、一つ、お願いが」


 俺はすかさず本題を切り出した。


「この椎茸を、麓の市で売りさばきたいと存ずる。しかし我らは見ての通りしがない山暮らしの身。 市での作法も商いの勝手も分かりませぬ。 何卒、神官様のお力で、然るべき相手へのお口利きを願えまいか」


 俺の言葉に、神官はうーむと顎に手を当てて考え込んでいる。

 その横で大森がなぜか「フッ……」と意味ありげな笑みを漏らした。 やめろ、お前は黙ってろ。

 しばらくの沈黙の後、神官は、にっこりと微笑んだ。


「よかろう。これほどの逸品を寄進していただいたのだ。 無下にはできん。 楽田の市を束ねる元締めに、わしから話を通しておいてやろう」


「「おおっ!」」


 俺と大森は思わず声を上げてしまった。


「ありがとうございます!」


「う、うむ! 大儀であった!」


 大森が慌てて長らしい口調を取り繕う。

 こうして、俺たちの最初のクエストは、上々の滑り出しでクリアとなったのだった。

 神官から紹介状を受け取った俺たちは、意気揚々と楽田砦の城下で開かれている市へと向かった。

 そこは俺たちの想像を遥かに超える活気に満ち溢れていた。


「うおおおおお! すげえ! 先輩、見てくださいよ! 人が、ゴミのようだ!」


「そのセリフは、別の世界の偉い人のだろ……。とにかく、今はしゃぐなよ。 よそ者だとバレる」


 俺の忠告も今のこいつには馬の耳に念仏だろう。

 俺たちは、人混みをかき分け、神官に教えられた元締めの店を探した。


 紹介状の効果は絶大だった。

 元締めは俺たちを丁重に迎え入れ、持ち込んだ干し椎茸を検分すると、驚くような高値を提示してきたのだ。


「こ、こんなに……!?」


 差し出されたずしりと重い銭の束に、大森の目が点になっている。

 初めての商売は、望外の大成功を収めた。

 すっかり気を良くした俺たちは、その足で武具屋へと向かった。

 村の防衛力を少しでも上げておく必要がある。


「いらっしゃい! 旦那方、何かお探しで?」


「うむ。 槍を数本と、刀を見繕ってくれ」


 大森がすっかり大商人になった気分で店主に声をかける。

 俺たちは、村に残る女性陣でも扱えそうな、手頃な長さの槍を五本と、いざという時のための、無銘だが、作りはしっかりとした刀を三本、購入した。


「くぅーっ! やっぱり、男は、刀っすよね!」


 店先で買い上げたばかりの刀を抜き放ち、意味もなくブンブンと振り回す大森。

 その姿はもう、仕事人というよりただの中二病だった。

 やれやれ、と俺が天を仰いだのは、言うまでもない。

 意気揚々と村へ帰還すると、屋敷では女性陣が総出で俺たちを出迎えてくれた。


「海津くん! お帰りなさい! 怪我はなかった!?」


 母栖さんが大森に駆け寄り、その身を案じている。


「心配するな、詩織。この俺が、誰だと思ってるんだ?」


 大森がドヤ顔で胸を張る。

 そのラブラブっぷりを茜さんと澄田さんがやれやれといった顔で眺めていた。

 俺たちが、市での大成功と、購入した武具を披露すると、皆から、おおー!という歓声が上がった。


 刀は俺が三本とも預かり、槍は村の皆で使えるように屋敷の入り口に立てかけておくことにした。

 これで少しは安心できるだろう。


 それから二日は、村でいろいろとこまごまとしたことをしながら過ごして、葵さんだけを令和に送り、俺は戻ってきた。

 送り届けた時に仏間で茜さんは「一人だけ、なんかさみしい」なんていうものだから、俺は柄にもなく茜さんを抱きしめ、頬に軽くキスをしてしまった。

 普通の精神状態ならばヘタレのボッチ気質の俺だけに絶対にできないことなのだが、仏間は薄暗く、それでいてあの時はなんだか異様に雰囲気が盛り上がったような気がした。

 神様や仏様のご利益かもしれない。


 その後、茜さんが俺にお願いしてきたので、俺は簡単にお願いを聞いてしまった。

 『一人はいやだ』というから、茜さんがしてきたお願いというのは、祖母の家に引っ越したいということで、もともと大森たちを住まわせるつもりだったこともあり俺は簡単に許可したが、これってよくよく考えると、同棲だよな?


 俺、本当に大丈夫か……?


 でも、時間の制約もありひとまず俺一人で永禄尾張に戻ってきたが、その時の顔はかなり赤かったので、そのあと澄田さんから色々突っ込まれた。

 さすがに俺には話せるようなメンタルもないのでひたすら黙秘を貫いたが、その後澄田さんがポツリと漏らしたことがドンピシャだったので顔色で完全にバレた。


「このヘタレが……」


 武士の情けではないが澄田さんは誰にも言わないでくれたが、その後時々俺の方を意味ありげに見てくるのはやめてほしい。


 数日後。

 俺と大森、そして今回は澄田さんも加わった三人で、本格的な山中の探索へと出発することにした。  

 目的は新たな資源の確保と周辺の地理の把握だ。


「澄田さん、本当にいいのか? 山歩きは、結構、きついぞ」


「問題ありません。私の専門は文化人類学ですが、フィールドワークの基礎は叩き込まれています。 それに……」


 澄田さんはそこで言葉を切ると、静かに続けた。


「この時代の、手付かずの自然生態系を観察できるなど、研究者として、これ以上の興奮はありませんから」


 その瞳はクールな表情とは裏腹に、好奇心で爛々と輝いていた。

 やれやれ、この子も大概普通じゃないな。


 三人が鬱蒼とした森の中を進んでいく。 その時だった。

 ガサガサッ、と前方の茂みが大きく揺れ、一体の獣が俺たちの前に姿を現した。

 …… 鹿だ! しかも、かなりの大物だ。


「せ、先輩! クエスト発生です! レアモンスターですよ!」


 大森が買ったばかりの槍を構えながら、興奮気味に叫ぶ。


「馬鹿! 下手に刺激するな!」


 俺が叫んだのと、鹿が警戒してこちらを睨みつけ突進の体勢に入ったのは、ほぼ同時だった。

 やばい!

 俺は咄嗟に腰に提げていた秘密兵器を抜き放った。

 対クマ用の超強力催涙スプレーだ。


「くらええええええっ!」


 プシューーーーーッ!


 オレンジ色の刺激ガスが、一直線に鹿の顔面へと噴射される。


「キャンッ!」


 鹿は悲鳴のような声を上げると、目と鼻を押さえてその場でもがき始めた。

 その隙を大森が見逃すはずがなかった。


「うおおおおお! チェストーーーーッ!」


 意味不明の掛け声と共に、大森が槍を構えて突撃する。

 ズブリ、と鈍い手応え。

 槍は見事に鹿の脇腹を捉えていた。

 鹿は、一度、大きく跳ね上がると、そのまま、地面にどうと倒れ伏した。


「…………」


 静まり返る森の中。

 俺と澄田さんは目の前の光景にしばし呆然としていた。

 やがて、我に返った大森が、天に向かって、雄叫びを上げた。


「や、やりましたよ、先輩! 俺、やりました! 初めての、狩りだーっ!」


 その、あまりにも無邪気な歓喜の声に、俺は思わず力が抜けてしまった。


「…… なるほど。 カプサイシンを主成分とする強力な粘膜への刺激物ですね。 非殺傷兵器による威嚇と、物理的攻撃のコンビネーション。 極めて有効な戦術です」


 隣で澄田さんが、冷静に、かつどこか嬉しそうに今の状況を分析している。

 やれやれ、俺の仲間はどうしてこうも肝が据わった奴らばかりなんだろうか。

 さて、問題はここからだ。

 仕留めた、この巨大な鹿を、どうするか。

 ここで再び、澄田さんの知識が光った。


「嶺さん。この時代の狩猟民は、獲物を解体する際、まず血抜きを行います。 でないと、肉がすぐに傷んでしまいますから」


 彼女は令和で買い込んできた大量のサバイバル関連の書籍の中から一冊を取り出すと、慣れた手つきでページをめくっていく。

 そこには、動物の解体方法が、図解入りで、詳細に記されていた。

 俺たちは、その本を参考に、ナイフを片手に、鹿の解体作業を開始した。


「うっ……」


 流れ出る血の生々しさ、内臓の独特の匂いに、俺は正直吐き気を催しそうになった。

 だが、俺のそんな葛藤をよそに、大森と澄田さんは、淡々と作業を進めていく。


「先輩、これが肝臓ですね。レバ刺しにしたら、美味いかな?」


「大森さん、生食は危険です。寄生虫のリスクを考慮すべきです。 ですが、加熱すれば貴重なタンパク源になりますね」


「この皮、すごい綺麗だなあ。なめして、詩織に、何か作ってやれないかな」


「毛皮は、優れた防寒素材になります。母栖さんのためにも、丁寧に処理しましょう」


 …… なんだこの二人。 まるでホームセンターで日曜大工の材料を選んでいるかのような軽やかな会話。

 俺は、この二人の、底知れない適応能力に、驚きを通り越して、もはや、一種の恐怖すら感じていた。

 いざという時、俺は人を殺せるだろうか……?

 この血の匂い、命の重さに耐えられるだろうか……?

 そんな、俺の深刻な内省を、大森の能天気な声が、打ち破った。


「よし! 解体完了! 先輩、澄田さん、帰りましょう! 今夜は鹿肉パーティーだ!」


 やれやれ。 俺の悩みなんて、この男の前ではちっぽけなものなのかもしれないな。

 その日の夜、村では盛大な宴が開かれた。 囲炉裏で焼かれる鹿肉の香ばしい匂いが屋敷中に立ち込める。

 自分たちで獲った獲物を、自分たちの手で捌き、食べる。

 それは俺にとって少し複雑な、しかし忘れられない経験となった。


 この一件で、大森はすっかり自信をつけたようだった。

 彼はそれから一人で何度も楽田の市へ通うようになった。

 干し椎茸だけでなく、俺たちが持ち込んだ塩や簡単な木工品などを売りさばき、着実に村の財産を増やしていく。

 そして、その稼いだ金で彼は、かいがいしく皆のものを買い揃えてきた。


「茂助、彩! 新しい服だぞ! これで、もう、寒い思いはしなくていいからな!」


「わあ! ありがとう、海津にいちゃん!」


 子供たちに暖かい古着を買い与え、そしてもちろん最愛の恋人のことも忘れてはいなかった。


「詩織! お前に、プレゼントだ!」


 彼が得意げに取り出したのは、市で見つけたという鮮やかな茜色の着物と、可愛らしい花の形をした木の髪飾りだった。


「きゃー! 海津くん、ありがとう! すっごく、綺麗……!」


「お前の方が、ずっと綺麗だよ」


 屋敷の真ん中で堂々と繰り広げられる甘々なラブコメ劇場。

 俺と澄田さんは顔を見合わせ、盛大にため息をついた。

 澄田さんはそんな二人を、まるで珍しい蝶でも観察するかのように、静かに無表情で見つめている。

 やれやれ。

 あの、能天気なだけが取り柄だと思っていた後輩は、この一ヶ月と少しで、すっかり、この世界の生活に馴染み、一つの家族を支える、たくましい「長」へと成長していた。


 少しの寂しさと、それ以上の頼もしさを感じながら、俺は次のクエストに思いを馳せるのだった。


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後輩君、調子に乗ってヘマして死にそう......
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