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改訂版 行き来自由の戦国時代  作者: へいたれAI
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第十五話 波乱の戦国DIYプロジェクト


 ぐにゃり、と視界が歪み、五対の足が枯葉の積もった冷たい地面を踏みしめる。

 

 永禄三年の、冬の始まりを告げる山中。

 ピリリと肌を刺すような寒気が、令和のぬるま湯に浸かっていた身体に容赦なく襲いかかってきた。


「さっっっむ! なにこれ、聞いてないんだけど!」


 開口一番、悲鳴を上げたのは茜さんだった。

 ダウンジャケットのフードを深く被り、その場で足踏みをしている。


「…… 話には聞いていましたが、これほどとは。 令和の感覚でいると、風邪ひきますね」


 澄田さんも、白い息を吐きながら冷静に状況を分析している。

  やれやれ、この二人はもうすっかりベテランの風格だな。

 問題は、初参のあの能天気なカップルだ。


「うおおおおお! これが戦国時代の空気かーっ! 空気が美味い! 冷たいけど、美味い!」


「きゃー! 海図くん、すごーい! 空気を味わってるー!」


 大森と母栖さんは、寒さなどどこ吹く風とばかりに両手を広げて大はしゃぎしていた。

 …… だめだこいつら。 完全にテンションがおかしな方向に行っている。

 まるで雪国にはしゃぐ南国からの観光客だ。

 俺は深いため息をつくと、パーティーのリーダーとして、皆を先導した。


「よし、行くぞ。俺たちの楽園は、こっちだ」


「「「おおーっ!」」」


 俺の言葉に、四人分のやけに威勢のいい声が返ってきた。

 俺たちは懐中電灯の明かりを頼りに目的の崖へと向かう。

 そして、ついにその場所にたどり着いた時。

 暗闇の中にぼんやりと立ち上る白い湯気を見て、全員が息を呑んだ。


「…… あった。 本当に、温泉が……」


「わー!すごい! 湯気が、もくもくしてる!」


 母栖さんが子供のようにはしゃぎながら崖に駆け寄ろうとするのを、大森が慌てて止める。


「危ないって、詩織! 足元、暗いんだから!」


「ご、ごめんなさい……」


 やれやれ、早速イチャつきやがって。

 俺はそんな二人を横目に、改めて現場の状況を確認する。

 うん、間違いない。 俺の、俺たちの聖地サンクチュアリだ。


「よし、じゃあ、始めるか! 戦国露天風呂建設プロジェクト、第一回作業開始だ!」


 俺の号令を皮切りに、俺たちの前代未聞のDIYがその幕を開けたのだった。

 まずは役割分担だ。


「俺と大森で、湯船の穴を掘る。 力仕事は男に任せろ」


「任せてください、先輩! 俺の、この鍛え抜かれたホームセンター筋が火を噴きますぜ!」


 大森はそう言って、なぜか力こぶを作ってみせる。

 その隣で母栖さんが「海図くん、かっこいい…!」とうっとりとした表情を浮かべていた。

  …… もう、勝手にしてくれ。


「女性陣には、そこの竹林から竹を切り出してきてもらう。ノコギリはこれな。 風よけの柵と、お湯を引くためのといに使う。 頼んだぞ」


「はーい!」


「承知しました」


茜さんと澄田さんは慣れた様子でノコギリを受け取る。


「私も、お手伝いします!」


 母栖さんも元気よく手を挙げた。

 こうして作業は開始された。

  ザッ、ザッと俺たちがシャベルで地面を掘り返す音と、少し離れた竹林から聞こえてくるギコギコというノコギリの音が、静かな夜の山に響き渡る。


「うおおお! どうだ、戦国時代の土よ! 俺のシャベル捌きからは逃げられねえぞ!」


 大森の、いちいち無駄にハイテンションな掛け声がやけに耳につく。


「海図くん、すごい! その動き、まるで歴戦の武将みたい!」


 そして、それを盲目的に褒め称える母栖さん。

 …… あいつら、土木作業をなんだと思ってるんだ。

 一方、女性陣はというと。


「えい! やー! この竹、なかなか手強いわね! とりゃー!」


 茜さんがなぜか剣道のような掛け声と共に、ノコギリを振り回している。

 危なっかしくて見ていられない。


「茜さん。もう少し、静かに、かつ安全にお願いします。 ノコギリは、武器ではありません」


澄田さんの体温の感じられない的確なツッコミが飛ぶ。


「えへへ、ごめんごめん。 つい、楽しくなっちゃって」


 そんな二人を母栖さんが「すごーい! お二人とも、なんだか女武芸者みたいでかっこいいです!」と目を輝かせながら応援している。


 …… カオスだ。 現場があまりにもカオスすぎる。

 俺は、このドタバタ劇から意識を逸らすように、黙々とシャベルを動かし続けた。

 作業を進める中で、一つ重要な問題が発覚した。

 大森が持参した温度計で源泉の温度を測ったところ、なんと、50度近くもあったのだ。


「うわ、熱っ! 先輩、これ、このままじゃ熱すぎて入れませんよ! 火傷します!」


「マジか。 そりゃ、まずいな」


「こういう時は、湯冷まし装置が必要っすよ。竹を組んで、お湯をジグザグに流して空気に触れさせる時間を長くするんです。 そうすれば自然に温度が下がりますから」


 大森がさすがの専門知識を披露する。 なるほどな、と俺は感心した。

 だが、その時、竹を数本担いで戻ってきた澄田さんが、冷静に口を挟んだ。


「…… その装置、今の季節には必要ないかもしれませんね」


「え、どうしてです?」


「外気がこれだけ冷たいのですから、源泉から湯船まである程度の長さの樋を渡すだけで、ちょうどいい湯加減になる可能性が高いです。むしろ、冬場は湯船のお湯が冷めないように、保温の方を考えるべきかと」


「…… あ、確かに」


 大森がポンと手を打った。

  やれやれ、さすが澄田さんだ。

  見た目はクールだが頭の回転はこの中で一番早いかもしれない。


「じゃあ、とりあえず湯船の完成を最優先だな。 湯冷まし装置は夏場の課題ってことで」


 俺たちは方針を固め、再び作業に戻った。

 それから三日間、俺たちは文字通り工事にかかりきりになった。

  昼間は交代で仮眠を取りつつ、ひたすら穴を掘り、石を組み、セメントを練って湯船の基礎を作っていく。

 その間、女性陣は大量の竹を切り出し、見事な竹の柵と、長い樋を作り上げてくれた。


 そして新月期間の最終日である三日目の夜。

 俺たちの目の前には、まだ無骨でセメントが乾ききってもいないが、それでも確かに「湯船」と呼べるものが姿を現していた。


「…… できたな。 とりあえず、第一段階はクリアだ」


 俺が満足げに腕を組んで頷くと、全員から「おおー!」という歓声が上がった。


「やったー! すごい、私たち、本当にお風呂作っちゃった!」


「感無量です、先輩! これが、俺たちの城だ!」


 大森が感極まったように叫んでいる。

 俺はそんなそんな高揚した気分の仲間たちに、水を差すようで申し訳なかったが、リーダーとして、非情な宣告をしなければならなかった。


「よし、今日のところは、ここまでだ。セメントが固まるまで、どうせ湯は張れない。 タイムリミットだ。 一旦、令和に帰るぞ」


 その言葉に、茜さんと澄田さんは素直に頷いた。

 だが、しかし。 案の定、異議を唱える者たちがいた。


「嫌です!」


「帰りません!」


 大森と母栖さんが湯船の縁にへばりつくようにして、断固として帰還を拒否したのだ。


「やっと、俺の戦国スローライフが始まったんですよ!? これからだって時に、帰れるわけないじゃないですか!」


「そうです! 拓也くんが行かないなら、私もここに残ります! 拓也くんの夢を、側で支えるのが私の夢なんです!」


 …… 始まったよ。 面倒なのが。


 「お前らなぁ、お試しだって、あれほど言っただろ……」


 「お試しで終わらせる気はありません! 俺たちは、本気マジなんです!」


 やれやれ、ここまで来るともう何を言っても無駄だろう。

 俺は半ば呆れて、半ば面白くなってきて、一つの提案をした。


「…… 分かったよ。 そんなに言うなら、好きにしろ。 なら、ここで次の新月まで、一ヶ月間生活してみるといい」


「「え、いいんですか!?」」


 二人の顔がパアッと輝く。

 俺は、この二人がこの世界の厳しさを全く理解していないことを知っていた。

 だからこそ、いい灸を据えてやる必要がある。

 俺は拠点にしている廃村から、自分が一ヶ月生活するために持ち込んだ食料や装備をごっそりと彼らの前に置いた。


「これは、俺が集めた食料だ。アルファ米、缶詰、カップ麺。 全部くれてやる。 それと、これは換金用だ」


 俺は塩と胡椒のボトルを二人に手渡す。


「麓の楽田の市に行けば、塩くらいなら売れるかもしれん。だが、胡椒は、絶対に売るなよ。間違いなく、素性を怪しまれるからな」


「お、おお……! 塩と胡椒! これが、俺たちの最初の軍資金……!」


 大森がゴクリと喉を鳴らす。

 さらに、俺は、非常用にストックしていた米10キロの袋を三つ、ドスン、ドスン、と地面に置いた。


「米も30キロある。飯盒も置いていく。 これで一ヶ月くらいは食いっぱぐれることはないだろう。 …… だが、それ以降は知らん。 自力でなんとかするんだな」


 俺の言葉に、しかし二人は恐怖するどころか目をキラキラさせていた。


「やったー! ありがとうございます、先輩! これで、安心してスローライフが送れます!」


「拓也くん、すごい! もう、この世界の住人みたい!」


 …… だめだ。

 俺の心配も忠告も、この能天気な二人には一ミリも届いていない。

 隣で茜さんが心配そうに眉を寄せている。


「ねえ、嶺くん、本当に大丈夫かなぁ、この二人を置いていって……」


「…… 自業自得、という気もしますが、確かに少し心配ですね。 特に、あの母栖さんの方は……」


 澄田さんも、さすがに少しだけ不安げな表情を浮かべていた。



「まあ、いい経験になるだろ。死にはしないさ、たぶん。 …… 腹が減ったら、その辺のキノコでも食ってりゃいい」


 俺たちは後ろ髪を引かれる思いで、帰還の準備を始めた。


「いいか、お前ら! 次の新月には、必ず迎えに来るからな! それまでに、絶対に死ぬんじゃねえぞ! あと、熊には気をつけろ!」


 俺が最後にそう言い放つと、二人は満面の笑みでぶんぶんと手を振っていた。


「はーい! 先輩たちも、お気をつけてー!」


「露天風呂、完成させて待ってまーす!」


 その、あまりにも楽観的な姿に、俺はこめかみがピクピクと痙攣するのを感じながら、盃の神酒を一気に呷った。

 ぐにゃり、と視界が歪む。

 永禄の山の寒さがすうっと遠のいていく。


 やれやれ、とんでもない置き土産をしてきてしまったもんだ。

 次に会う時、あの二人が、泣きながら助けを求めてくるか、あるいは、意外とたくましくなって、俺たちを驚かせるか。


 …… まあ、十中八九、前者だろう。




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― 新着の感想 ―
寒さ対策は風を防ぐことですから極論新聞紙でもかなり効くんですよねえ。 あとビニールシートとアルミ製の保温シート。特にキャンプでも使えるアルミコーティングな保温シートはクッションもあるので雑魚寝でもなか…
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