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改訂版 行き来自由の戦国時代  作者: へいたれAI
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第十四話 新たな仲間と、時を超えるDIY計画

 

 戦国露天風呂建設計画。 その壮大な野望を胸に、俺は再びホームセンターの広大なフロアを彷徨っていた。


 目的は湯船作りの要となる、セメントや防水材の調達だ。

  スマホでDIY動画を漁りながら、ああでもないこうでもないと資材コーナーをうろつく。


「…… やっぱ、ブロックで基礎を組んで、内側をセメントで固めるのが一番手堅いか? でも、向こうにブロックなんて運べるのか……?」


 ブツブツと独り言を呟きながら、セメント袋の重さを確かめようと屈んだ、その時だった。


「…… あの、もしかして、平田先輩じゃありませんか?」


 背後から不意に声をかけられた。

 店員か? いや、それにしちゃやけに馴れ馴れしい。


 俺は一瞬身構えた。

 このご時世、変な勧誘やセールスも少なくない。

 だが、その声の主は俺の名前をはっきりと呼んだのだ。


 ゆっくりと振り返ると、そこには人の良さそうな笑顔を浮かべた若い男が立っていた。

 年の頃は俺より3、4歳下だろうか。 どこかで見たような……。


「…… えっと、どちら様で?」


「あ、やっぱり! 俺ですよ、俺! 大学のサークルで一緒だった、大森です! 大森海図!」


「おおもり……?」


 その名前に、俺の脳内のデータベースがようやくヒットした。

 そうだ、大森。

 確か俺が卒業する間際に入ってきた、やたらと元気でちょっとお調子者な後輩だ。


「ああ!思い出した! あの時の! なんだ、大森か! こんなとこで何してんだ?」


「ここで働いてるんですよ! って、先輩こそ、そんな大荷物抱えてどうしたんですか? なんか、すごい本格的なDIYでも始めるんですか?」


 久しぶりの再会に俺たちはしばし旧交を温めていた。

 すると、大森がふと隣にいた小柄な女性に視線を移し、照れ臭そうに頭を掻いた。


「あ、紹介します。 俺の彼女の、母栖もすです」


「は、はじめまして! 母栖詩織しおりです!」


 ペコリと深々と頭を下げる彼女。

 大きな瞳が印象的な、いかにも素直そうな女性だった。


 後輩はいつの間にかこんな可愛い彼女まで作っていたのか。

 なんだか少しだけ置いて行かれたような気分だ。

 休憩時間だという大森に誘われ、俺たちはホームセンターの駐車場に停めた俺の車の中で、缶コーヒーを飲みながら話をすることになった。


「へぇ、先輩、会社辞めて、こっちに戻ってきてたんですね」


「まあ、色々あってな。 今は、婆さんの家で、のんびりしてるよ」


「いいなぁ、スローライフ! …… 実は、俺たち、今住んでるボロアパート、近々追い出されちゃうんですよ。 老朽化で取り壊すんだとかで……」


 大森ががっくりと肩を落としてこぼす。 隣で母栖さんも、しゅんと子犬のように項垂れていた。


「次のアテとか、ないのか?」


「それが、全然……。二人で住める物件って、家賃も高いし、敷金礼金もバカにならないし……。 正直、詰んでます」


 深刻な顔で深いため息をつく二人。

 その姿を見ていて、俺の頭にふとある考えが閃いた。

 …… そうだ。

 俺のいない間の婆さんの家の管理、どうしようかと悩んでいたところじゃないか。

  特にあの菜園。 長期で留守にするなら誰かに世話を頼みたい。 まさかこんなところで渡りに船がやってくるとは。


「…… なあ、大森」


「はい?」


「もし、行くところが無いんだったら…… うち、来るか?」


「…… へ?」


 俺の提案に、二人はきょとんとした顔で俺を見つめた。


「婆さんの家、無駄に広いんだよ。部屋も余ってる。 俺がいない間の、家の管理と、畑の世話をしてくれるなら、家賃なんていらない。 どうだ?」


 俺の言葉が終わるか終わらないかのうちに。


「「お願いします」」


 二人の声が綺麗に、そしてものすごい食い気味に、車内に響き渡った。

 その必死な形相は、まるで地獄に垂らされた蜘蛛の糸に飛びつく亡者のようだった。


 こうして俺は、思いがけず二人の若きカップルを我が家に迎え入れることになったのだった。


 数日後。

  ホームセンターで借りてきた軽トラックの荷台に、お世辞にも多いとは言えない家財道具を乗せて、大森と母栖さんが婆さんの家にやってきた。


「うわ広っ! マジで、ここに住んでいいんですか!?」


「し、信じられない……。 夢みたい」


 目をキラキラさせて家の中を見回す二人。

 俺はそんな二人を案内しながら、今後のルールを説明した。


「夜の生活もあるだろうから、二人の部屋は俺の生活空間から一番離れた、あっちの二間続きの和室を使ってくれ。 仏間と俺の部屋以外は、基本好きにしてくれて構


「あざーっす!!」

「ありがとうございます」


 俺の粋な計らい(自称)に、二人は再び深々と頭を下げた。


 こうして俺と、若きカップルの奇妙な同居生活が始まった。

 そしてこの同居が、俺の、いや俺たちの運命をさらにカオスな方向へと導くことになるなど、この時の俺は知る由もなかった。


 それからというもの、俺の家はにわかに活気づいた。

 特に茜さんと澄田さんが何かと理由をつけては頻繁に遊びに来るようになったのだ。


『大森くんたちの引っ越し祝い、手伝うよ!』


『新しい同居人にご挨拶しておかないと、今後の作戦会議に支障が出ます』


 …… などと、もっともらしいことを言っているが、本音はただ単にこの新しい状況が面白くて仕方ないだけだろう。


 その日も、四人ででリビングのコタツを囲み、茜さんの持ってきたケーキを食べていた時だった。


「いやー、それにしても、平田先輩、隅に置けないっすよねぇ」


 大森がニヤニヤしながら、俺と茜さん、澄田さんを交互に見て言う。


「こんな綺麗な女の人たちと、頻繁にお茶したりして……。 一体、一体、どういうご関係で?」


「「…… っ!」」


 その、あまりにもストレートな質問に、茜さんと澄田さんの動きがピタリと止まった。

 やれやれ、このお調子者の後輩め。

 藪を突くな、藪を。

 俺がどう誤魔化そうかと頭をフル回転させていると、母栖さんが追い打ちをかけるように純粋な瞳で尋ねてきた。


「もしかして、皆さんで、何か、秘密のプロジェクトでも進めてるんですか……?」


 …… もう、だめだ。 この二人の悪意なき好奇心の前では、どんな言い訳も通用しないだろう。

 俺は観念して、深いため息をついた。


「…… 分かったよ。 話す。 全部、話してやる。 ただし、絶対に、誰にも言うなよ」


 俺は腹を括り、時を超える盃のこと、永禄三年の世界のこと、そして今俺たちが進めようとしている「戦国露天風呂建設計画」のことを、洗いざらい二人にぶちまけた。

 俺の話を聞き聞き終えた二人は、呆然とするかと思いきや、その反応は、俺の予想の斜め上を行くものだった。


「…… マジすか。 異世界転移…… ならぬ、戦国時代転移……」


「すごい……。 そんなことが、本当に……」


 二人は目をキラキラと輝かせ、完全に興奮状態に陥っていた。

 そして、次の瞬間。

 大森がガタッとコタツから身を乗り出して、とんでもないことを叫んだのだ。


「先輩!俺、仕事辞めて、その異世界に転移します!」


「えっ!? ちょ、海図くん!?」


 母栖さんが驚きの声を上げるが、その彼女もすぐに決意を固めた表情で大森の隣に並んだ。


「…… 私も、海図くんに付いていきます!」


「お、お前ら、正気か!?」


 俺のツッコミももはや二人の耳には届いていない。

 聞けば二人とも親や親戚からは半ば勘当されているような状態で、この令和の世に特に未練はないのだという。

 今まで必死にただ生きるためだけに働いてきた。

 だからこそ、新しい世界でのスローライフに強烈に惹かれるのだ、と。


「…… いや、スローライフって言ってもな。 向こうは永禄三年の、戦の真っ最中だぞ。 俺たちの拠点のすぐ近くは織田家の内輪揉めの最前線なんだ。 スローどころか、常に死と隣り合わせのハードモードなサバイバルライフだぞ!」


 俺は必死に現実を説く。

 だが、二人の目は夢見るようにキラキラと輝いたままだった。


「大丈夫ですって、先輩! それなら、俺たちの現代知識で無双してやりますよ!」


「そうですよ! きっと、私たちにしかできないことが、たくさんあります!」


 …… だめだ、こいつら、話が通じねえ。

  完全に異世界転生もののラノベや漫画に脳を焼かれてやがる。

 やれやれだ。面倒なことこの上ない。


 結局、すぐにでも行きたいと駄々をこねる二人を、俺はなだめすかし、説得し、最終的には次の新月の夜にお試しで連れて行ってやる、という約束をさせられてしまったのだった。


 その日から、我が家は完全に「戦国移住プロジェクトチーム」の秘密基地と化した。

 大森と母栖さんは、本当にあっさりと仕事も辞めてきてしまった。

 その行動力にはもはや呆れるのを通り越して感心すら覚える。


 そして二人は移住のための準備を着々と進め始めた。

 特に、元ホームセンター店員である大森の知識は、俺たちの「露天風呂建設プロジェクト」に、絶大な効果を発揮した。


「先輩、湯船作るなら、セメントだけじゃなくて、この防水モルタルと、あと、このプライマーも必要っすよ。あと、配管どうします? 竹で作るのも風情ありますけど、耐久性考えたら、塩ビ管持ってった方が絶対いいっすね」


 大森は俺の曖昧な計画を聞くと、スラスラと必要な工具や資材のリストを書き出していく。

 俺はそのリストを手に、再びホームセンターへと買い出しに走る羽目になった。

 さらに大森の提案で、木材をこちらである程度加工し、キットのようにして持ち込むことになった。


「向こうの季節はもうすぐ11月。冬に入るから露天だけじゃ絶対凍えますよ。 簡単な小屋も建てられるように、防寒対策もしっかり考えましょう」


「なるほど……。 確かに、その通りだ」


 俺は彼の的確な指摘に素直に感心するしかなかった。

 ホームセンターの店内で偶然ロケットストーブが売られているのを見つけた。

 暖房にも調理にも使える優れものだ。 これも持ち込む用品のリストに加えておく。


 気がつけば、婆さんの家の仏間の一角はノコギリやセメント袋、塩ビ管、そして謎のロケットストーブなどが山積みになった完全な資材置き場と化していた。


 そして、ついに、運命の新月の日がやってきた。

 その夜、仏間には五人の男女が集結していた。

 俺、茜さん、澄田さん。 そして大森と母栖さんのカップル。


 季節は11月。 過ごしやすい陽気の令和とは違い、向こうはこれから厳しい冬を迎えようとしている。

 俺たちは全員、分厚いダウンジャケットや防寒具に身を包んでいた。

 その姿は、これから時空を超えようというよりは雪山登山にでも向かうパーティのようだ。


「なんだか、すごいことになってきちゃったわね」


 茜さんが楽しそうに笑う。

  彼女はもはやこの非日常を完全にレジャーとして楽しんでいる。


「…… まさか、五人で渡ることになるとは。 想定外です」


 澄田さんは、呆れたように言いながらも、その口元は、かすかに綻んでいた。

 そして今回の新規参加者である大森カップルは、というと。


「うおおお! いよいよか! 俺の戦国無双が、今、始まる!」


「拓也くん、がんばって! 私、ずっとそばにいるからね!」


 二人して希望に満ち溢れたキラキラした目をしている。

 やれやれ、この能天気な二人を、無事に連れて帰ってこれるだろうか。


 俺は、このあまりにもカオスなパーティのリーダーとして、一抹の、いやかなりの不安を覚えながらも、不思議と胸が高鳴っているのを自覚していた。


「よし、行くか」


 俺の号令で、五つの盃が同時に掲げられる。 そして、一気に神酒を呷る。

 ぐにゃり、と視界が歪む。


 最後に見たのは、期待と不安と、そしてそれぞれの野望に満ちた、四人の仲間たちの顔だった。

 いざ、戦国時代へ!

 俺たちの、波乱に満ちた冒険の、新たな幕が上がる。


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