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君を愛することはないと言われた、一日目

作者: 椎名正

 「君を抱く気はない。今後も君を愛することはない」

 辺境地に嫁いだシル伯爵令嬢は、初日の夜に、夫婦の営みを拒否される。

 「奥様、あなたは表向きの妻として、公式の場にだけいればいいんですよ。旦那様の愛情は私が引き受けますから」

 煽情的な寝間着で辺境領主のベットに横たわるメイドが挑発的に言う。

 ベットの上には、三人ほどの薄着のメイドがいた。

 「さあ、出ていってください」

 眼鏡のメイド長が、新妻であるシル伯爵令嬢を辺境領主の寝室から追い出しにかかる。


 「あなたもひとりぼっちなのね」

 屋敷に迷いこんできた犬に、悲しそうに呟き、その犬の頭をなぜようとするシル伯爵令嬢。


 「待ってください」

 先程のメイドの一人が、シル伯爵令嬢に言った。

 「旦那様はあなたのことを思って嘘をついたのです。この辺境地は敵国のスパイがいたるところに送り込まれています。だから、奥様に危害がおよばぬように、わざと冷たい態度をとったのです。もちろん、旦那様は私達メイドに手をつけるような不誠実なことはしません。全部、奥様のことを思っての演技です」


 「私は待ってます。いつか、敵国との争いがなくなり、旦那様が私に向き合ってくれる日まで」

 と、シル伯爵令嬢は口に出す。




 さて、話はちょっと戻る。




 「君を抱く気はない」

 と、夫になった辺境領主に言われ、シル伯爵令嬢はショックを受ける。

 ぶっちゃけ、自分の容姿には自信があったのだ。

 美人女隊長。

 伯爵令嬢として、王立騎士団に所属していた時によく言われていた。

 あれ、お世辞だったのか。

 辺境領主の寝室はそれほど大きくはなく、そこに辺境領主、シル伯爵令嬢、メイド長に三人のメイドがいて、圧迫感を感じる

 その寝室に、犬が迷い込んでくる。

 「あなたもひとりぼっちなのね」

 寝室に入ってきた犬の頭をなでようと、手を伸ばす。

 パクッ。

 そのシル伯爵令嬢の右手が、その犬にかみつかれた。


 「ほわっ?」

 シル伯爵令嬢は素っ頓狂な声を上げる。

 右手を丸々飲み込んだ犬は口を開けようとしない。無理矢理剥がそうとすると、歯を立てる。

 シル伯爵令嬢は、辺境領主の方を見る。

 アドリブがきかない辺境領主は、小さすぎる声で用意していた台詞をそのまま言う。

 「今後も君を愛することはない」

 涙目になっている辺境領主を見て、シル伯爵令嬢は生涯変わらないことになる評価を下す。

 あっ、この人、私がしっかりささえないと駄目だ。

 ベットにいるメイドが声を上げる。

 「奥様、あなたは表向きの妻として、公式の場にだけいればいいんですよ。旦那様の愛情は私が引き受けますから」

 噛みついた犬から目をそらして物事を進行するメイドを見て、シル伯爵令嬢は見抜く。

 この子はめちゃいい子ね。

 ぶほっ。

 誰かが吹き出す。

 シル伯爵令嬢は無言で、メイド長の前に立つ。右手には犬が噛みついてぶら下がっている。

 もう二度と吹き出すまいと、必死に口を閉じて両手で押さえるメイド長。

 呼吸を整え、もう大丈夫と両手を口から離し、メイド長は言った。

 「さあ、出ていってください」

 メイド長が言い終えたタイミングで、シル伯爵令嬢は言った。

 「かみつかれちゃったワン」

 盛大に吹き出すメイド長。

 「待ってください。それは卑怯ですって」

 「この茶番劇はなんなの?」

 「メイド長として、あなたの質問にはお答えできません」

 きりっと、拒絶する姿勢を見せる。

 「おしえてほしいワン」

 ぶほっ。

 吹き出すメイド長。

 「待ってください」

 「待たないワン」

 メイド長は降参し、辺境領主の本意を話す。

 それを聞きシル伯爵令嬢はほっとする。

 私の魅力が足りなかったわけじゃないのね。

 「よしっ」

 気合を込めた声を出した後で、おしとやかな声を出すシル伯爵令嬢。

 「私は待ってます」

 と、辺境領主に言いながら、その肩を掴むシル伯爵令嬢。

 「いつか」

 そのままベットに押し倒す。

 「敵国との争いがなくなり」

 片手で辺境領主の服を脱がしていく、

 「旦那様が」

 自身の服も緩める。

 「私に向き合ってくれる日まで」

 辺境領主の最後の一枚に手をかける。

 メイドの一人が若干引く。

 「言葉と行動があっていない」

 メイドの一人が感心する。

 「犬にかみつかれたまま、やるつもりだ」

 メイドの一人が尊敬する。

 「私、奥様に一生ついていきます」

 最後の一枚が脱がされようとしたとき、寝室のドアが開き刃物を持った悪党達が無遠慮に入ってくる。

 「この屋敷は占拠させてもらうぞ。そして、犬探しを手伝ってもらうぜ」

 シル伯爵令嬢はキレる。



 王立騎士団がその寝室に入ってきたとき、戦闘不能にされた悪党達がシル伯爵令嬢に蹴りを入れられていた。

 「何やってるんですか、シル総隊長。いえ、元総隊長」

 「ニーナちゃんじゃない。私、今日が結婚一日目だから、これから初めての夜をむかえるのよ」

 と、言いながら悪党達に蹴りを入れ続ける。

 ニーナ三番隊隊長は、薄着のメイド達、悪党との格闘で荒れた寝室内、シル伯爵令嬢の右手を飲み込んだ犬、を見て言った。

 「初日からハードなプレイをしてますね」

 特に誤解を解くこともせず、シル伯爵令嬢は質問する。

 「ニーナちゃんは何しに来たの?」

 「犬をさがしに」

 「これ?」

 「それです。その犬。めっちゃ高価な宝石を飲み込んで逃亡したから、いろんなマフィアが狙っているんですよ」

 「でも、それだと王立騎士団が動くほどじゃないでしょ」

 「これはないしょなんですけど、その宝石、実は古代兵器の製造秘密が隠されてるらしいんです。敵国のスパイや魔族、王国の反主流派などが入り乱れて争奪戦です」

 「じゃあ、この犬を取らないと、私はいろんなやつらに狙われるわけね」

 「そうです。取れないんですか?」

 「取れないのよ」

 騎士団長として優秀だったシル伯爵令嬢は、頭の中でこれからやらなくてはいけないことを洗い出し、優先順位をつけていく。そして、第一優先のタスクにとりかかる。

 ベットの上の辺境領主にのしかかり、甘えた声を出すシル伯爵令嬢。

 「私、はじめてなので、やさしくしてくださいね」

 ベットの脇のメイド長が、びっくりした顔になる。

 「この状況でやるつもりですか?」

 「確実に終わる仕事から片付けていく。それがライフハックです」

 間を置かず、魔族が襲撃に来る。得意の右手による剣が使えないので、ひたすらキックで応対するシル伯爵令嬢。

 魔族を撃退したあとは、爆弾を持った終身刑になっているはずの囚人、戦うことに特化したからくり人形が、順に襲撃に来て、撃退しているうちに夜が明けた。

 こうして、シル伯爵令嬢の新婚一日目は終わった。


 もちろん、優秀なシル伯爵令嬢は第一優先タスクをきちんと終わらせた。

 犬はとれなかった。


     おわり


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