第6話 だーれが姐さんだ!?
「ティナ姐さん、ちっす」
「ちーっす、ティナ姐さん」
「今日はなんもありませんぜ? 平和なモンっすよ、ティナ姐さん」
誰がティナ姐さんだ、誰が……。
最近、港町ナーハのチンピラどもがわたしを姐さん呼びにしてる。それもかなり親しげに、だ。
わたしは仲良くなったつもりはない。ないったら、ない。
でも、こういう部分は……ちょっとだけメイルダース辺境伯領に似ているかも。
辺境伯領では『お嬢!』という呼び方が一番多かったと思う。女の子たちからは『姫さま』がたぶん多い。
あと……殴り合えば分かり合えるという部分も、ちょっと辺境伯領に似てる。
特に上下関係はそう。
シンプルに強い方が上、である。つまりわたしの方が上。
そこはわかりやすくていい。実にいい。シンプル最高。
もちろん、これだけの町だと事件がゼロってことはない。
よっぱらった船員のケンカなんかは日常風景のようなもので、殺し合いになる前に軽~く殴って終わらせてるけど。
ゼロではないけど、わたしのお仕事なんてそのくらいしかない。
この一週間でだいたい殴った組の連中の4分の1くらいが復帰した。
ソーキィと約束した残り一週間の滞在でわたしはナーハを出るつもりだ。
一か所に長くいると追手の問題もあるし。
まあ、ここはとてもいい町だと思う。守れてよかったとわたしが思うくらいには。
貧民はいるけど、飢えは目につかない。
すぐそこに海があるからだろう。
その気になれば孤児でもすぐに魚を手にすることができる。それを焼けばすぐに食べられる。
それだけでもヤーバナ王国の王都よりはマシだと思う。
「わたしは商業ギルドに行くけど、何かあったら呼んで。ああ、ケラマー組の連中にもそれを伝えといて」
「了解っす」
どっちの組もわたしに殴られたせいか、最近はふたつの組の関係がよくなってるらしい。殴られたことで仲間意識が生まれたのかも。
不思議なことだけど、やっぱり殴るといいみたいだ。いいよね?
「あ、いらっしゃいませ、ティナ姐さん」
「ここもか……」
がっくりと受付のカウンターに倒れ込むようにしてわたしは手をついた。
商業ギルドの受付の人まで姐さん呼びとは……。
「どうかしましたか?」
「……いや、呼び方がおかしいでしょ?」
「みなさん、そうお呼びしているという認識でしたけれど……?」
わたしをそういう風に呼んでるのはあのふたつの組の連中だけだと思う。
みなさんって……あいつらだけのはず
「その呼び方、好きじゃないんだけど……」
「そうなのですか? イシガー組とケラマー組のみなさんは敬意をもって呼んでらっしゃるのでは?」
敬意……敬意というと、尊敬の敬の意味ってこと……?
「あれって敬意なの……?」
「ええ、おそらくは。あの方たちは力が全てという考え方に近いはずですから。でもまあ、あの方たちの仲間と思われるのはアレなので……ティーナさんで」
……確かにそういう部分はあるかも。組関係者はそんな感じではあるし。
組の方はともかく、まさか商業ギルドでも中ではティナ姐さん呼びが浸透しているとか?
さすがにそれはないと思いたい……商業ギルドは力が全てというのとはちょっとちがうはず。
力は力でも、商業ギルドだと財力が全ての方だと思う。それなら理解できる。
「それで、何か用があるんでしょうか?」
「そろそろソーキィからの支払いが準備できてない? あと……周辺国の情報とか、ちょっと知りたくて」
「ちょっと待ってくださいね……ああ、ソーキィ・シープメェー評議会議員からの支払いは……3万ゴルダラのうちの前金の1万ゴルダラがお渡しできるようですね。残りは最終日の翌日です。硬貨はどれにしますか?」
「大金貨はもういらないから……金貨8枚と銀貨20枚でお願いできる?」
「はい。問題ありません」
「……こういうの、手数料とかいらないの? 両替とかは商業ギルドの稼ぎどころでしょ?」
「くわしいですね。ティナね……ティーナさんへの支払いについては、手数料は依頼者側、つまりこの場合だとシープメェー評議会議員が負担していますので。それと、これって護衛依頼と同じ扱いになっているというか……」
「あ、ならいいや」
わたしは遠慮しないことにした。気にしてもしょうがない部分だろ。
わたしじゃなくてそのへんがソーキィの負担になるなら別にそれでいい。損はしてないのだ。
それにしても、護衛依頼の扱いになってるとは……。
町をまるごと護衛ってこと、か。
うーん。なんか変なの。名目上はソーキィの護衛という扱いなのかな?
「それと、周辺国の情報、でしたか?」
「それそれ。何かある?」
「その……無料という訳にはいかないのですけれども……だからといって決まった料金があるものでもなくて、ですね……」
ああ、そういう感じか。
世間話としては今ここで出すのはマズいけど、そこはお互いの関係性次第というところだろ。
ふむふむ。その裏の意味を考えると……お互い、いい関係になりましょうって話にもなるか。うん、悪くない。
「……今夜、わたしが泊ってるホテルのディナーを一緒にとか、どう?」
「え、いいんですか? 確か、ナーハ・セントラルホテルに今は泊まってらっしゃるんですよね?」
ソーキィからの依頼でふたつの組が機能するまでの2週間は、この港町の東西のどちらかに偏らない立ち位置になってほしいと頼まれたのだ。
そのせいで最初の東港の宿から、町の中央部にあるホテルへと移動した。
もちろん支払いはソーキィ持ち。ただし、そのホテルのオーナーの一人がソーキィらしいけど。
「あそこのホテルって、首都の評議会のメインシェフが引退してから働いてるらしいですよ? シープメェー評議員が引き抜いたって話です。でも、すごくお高くて、すごく美味しいらしくて……」
「あー、美味しいのは間違いない、うん」
繰り返すけど、支払いはソーキィ持ちなのだ。
わたしは毎日、そのシェフの料理を食べてると思う。遠慮はしてない。支払いもしてない。
しかも今は、ソーキィという他人の懐でギルドの受付嬢をナンパしてることになる。
女同士だけどね?
「それで、どう?」
「行きます。行かせてください。絶対に行きたいです」
ギルドの受付嬢さんはぐいぐいきた。
こんなに簡単に釣れるのはわたしが女だからだと思うけど……。
……そういうわけで、いっぱい飲ませてスイートルームに連れ込んだ。もちろん、いろいろ必要があってイタズラもいっぱいした。確認もしたかったからちょうどよかったのだ。
この子も、女同士だからって油断はよくないという勉強になればいいけど。
あと、わたしを国外追放にしてくれたヤーバナ王国の最近のようすも少しだけ分かった。
ヤーバナ王国について聞いた内容はわたしの予想通りだったけど……。




