第35話 世話のかかる第1皇子には困ったもんだ
「……本当に、私を解放するつもりなのか?」
「心配しなくても約束は守りますよ、第1皇子」
第2皇子と別れてからも船はどんどん進み、明日にはクルセイダ聖国に到着する予定だ。
そのタイミングで、わたしは人質である第1皇子を呼び出した。
わたしは座ったまま、第1皇子は立ったまま、だ。本来ならありえない配置ではある。
でも、どっちが上なのか、立場を分からせるって意味もあるからこれでいい。
「信じてもよいのか……?」
信じるか信じないかはあなた次第、みたいなことを言いそうになったわ……。
どちらにせよ、第1皇子に選択権はない。
そこ、ちゃんと理解しろ。バカなの?
「ただし、第3皇子については……神殿に放り込みます」
「それは……」
「だってしょうがないでしょ。イリーナが拷問でやっちゃったから」
わたしがそう言うと、第1皇子は一瞬だけ前かがみで内股になった。すぐに姿勢を正したけど。
現状、第3皇子はイリーナのおもちゃになってる。
どれだけ拷問してもあのストーカー公子とのつながりを吐かないからだ。
……たぶん、本当に第3皇子はあのストーカー公子とのつながりを知らないんだろ。
おそらくストーカー公子は……わざと第3皇子の手の者にわたしたちの情報を盗ませたんだと思う。
そして、第3皇子側は、自分たちで情報を盗んだと思ってる。
だから……第3皇子は本気で、ストーカー公子は無関係だと考えてるのだ。いくら拷問しても第3皇子にはストーカー公子とのつながりを説明できない。
でもまあこの拷問は……プライドが高い第1皇子を素直にさせるために、という部分も否定できない。
第3皇子が拷問されてると素直になるなんて実に素直じゃないと思う。
こっちは第2皇子ほど物分かりがよくないからしょうがないよね。
その程度の男を第2皇子の対抗馬にするのは割と大変だ。
……こんな第1皇子だから皇帝はなかなか皇太子を決められなかったのかも。
「まあ、王族や皇族なんかが神に仕えるようになるのは珍しいことでもないんだし」
「……それはそうだが」
「何より……第3皇子がいなくなれば派閥を一本化できるでしょ?」
「は……?」
第1皇子は目をパチパチとさせてわたしを見た。
第2皇子ならすぐに分かってるな、たぶん。完全に負けてるだろ。
わたしたちが帝都でいろいろやったから、主戦派はたぶん瓦解してる。
メイルダースでも最強レベルのアイーダをみて、まだ戦おうと考えるような愚かさなら国ごと滅べばいい。
でも、軍部っていうのは利権もいっぱいもってるから、外征をしなくてもうまくやれば派閥は立て直せるはず。
……第2皇子の方が二歩も三歩もリードしてるとは思うけど、それでも争えないわけじゃない。
ニライカナ国の首都ナーゴで再会したラフティはわたしとの再会よりも、第2皇子による援軍に歓喜しやがった。あいつ、許さん。
しかも『おまえが傭兵団を潰したせいだろう?』ってわたしのせいにしやがった。そっちが依頼したクセに……。
あれ、援軍じゃなくて和平の仲介のための護衛だからな? そこ、絶対に誤解してるだろ? ラフティのバーカ!
先に寄港したアラミス連合の港町イダセンで、ラマフティ帝国が海路でニライカナ国への援軍を派遣したという噂は流した。
噂というか、実際に軍艦が連なって入港してきたから、どう考えても事実にしか見えなかっただろ。
そうすると……アラミス連合はラマフティ帝国とニライカナ国から挟み撃ちにされる可能性がある。
もともと、ヤーバナ王国がアラミス連合に言い掛かりをつけてこなかったら今回の出陣はなかったはずだ。
そんな中で第2皇子からの仲介があればアラミス連合が手を引くのはまず間違いない。
アラミス連合にしてみれば勝つ可能性が高い戦争が、負けるかもしれない戦争に変化するんだ。
手を引くチャンスは逃がさないだろ。
つまり第2皇子の存在感は高まることが確定してる。
あのパーティーだけでも第1皇子よりは次期皇帝にふさわしく見えてたし、そこに国際的な影響力までプラスされるからね。
それでも第1皇子には派閥の立て直しと、帝国内での皇位継承争いをがんばってもらいたい。
国内でモメてると外征どころじゃないから。
大人しく帝国内でケンカしてればいい。
「……聖国で売り飛ばした鉱石や麦は、その半額をわたしたちの運賃として第1皇子に支払います」
「なんだとっ……そんな、それは……その、本当に、よい、のか……?」
勢いよく声が出て、すぐ冷静になって尻すぼみになるこの感じ。
ちゃんと調教できてるなぁ……。
直接拷問しなくても第3皇子への拷問で間接的に第1皇子のメンタルを潰す。さすがはイリーナ。
「派閥を立て直すには資金が必要になるでしょ? ああ、聖国で購入するのは薬と、あとは織物ですかね。帝国に持ち帰れば何倍にもなると聞いていますし」
「そ、そうか……何倍にも……」
「第3皇子のための神殿への寄進は取引額の4分の1の金額をあてるようにしましょう」
「それも払ってもらえるとは……感謝する……」
まあ、この第1皇子が功績マシマシの第2皇子に対抗するにはせめてお金くらいはいっぱい持ってないと無理でしょ。
ていうか、今のこいつにはたぶん、お金……ワイロくらいしか打てる手がない。
別にわたしが損をしてるとか、そういうことはない。
この船旅での交易資金は、アラミス連合やニライカナ国で売り飛ばした帝国の宮殿の調度品だからね。
盗んだのはわたしだけど、叱られるのは第1皇子でいいだろ。利益も得てるし。
聖国で稼いだ金額の4分の1だけでも、かなりの大金になるのは間違いない。第3皇子はそれで神殿のお世話になればいい。
元手はゼロ同然だからたとえ残りが4分の1だとしてもわたしはまるもうけだ。
「聖国で薬や織物を買い集めるのは兵士をうまく使ってください。そもそも彼らは帝国兵です」
「そうだな……人員は足りているのか……」
商人ではなく兵士だけどね。
値切ったりするとこまでは期待できない。
そのへんはどうしようもない。第1皇子自身に聖国の商人との縁でもあれば話は別なんだけど。
それにしてもこの第1皇子はいろいろと足りてない。
どうしたものか……。
「……聖国で得た資金の一部は、帝国に戻った時に兵士たちへ少し褒賞として分け与えるといいでしょうね」
「そんな必要があるのか?」
あ、バカだったわ。
味方の増やし方もろくに分かってなかった。
「もっと自分の評判に気をつかった方がいいに決まってるでしょ? ずっと人質で何もできないままだったのに、操船から護衛まで頑張ってくれた帝国兵をねぎらうくらいはやるべきです。第2皇子はあのパーティーに参加していた貴族たちにとって英雄のような扱いになるんですよ? それなら庶民を味方につけるべきでしょ」
「な、なるほどな……」
「できればひとりひとり、直接、報奨金を手渡しするのがいいですね。皇族がオレたちなんかに! という風に思わせたら勝ちでしょ。金額は少なくても……コノクライシカ、イマノワタシニハ、デキナイノダ……みたいな感じで辛そうな感じで演技すれば逆に感動させられるし。演技の練習もしときなさいよ?」
「そ、そうか……そういう手があるのか……それに演技、とな……う、うむ」
イリーナの拷問マジックで素直なのはいいんだけど、ちゃんと頭に入ってんのか?
「第2皇子にも帝国兵は同じように従ってるんだから、こっちは報奨金が出て、あっちは報奨金がもらえないって状況にしていくのが重要でしょ」
「だが、ルミナブライトとて、そのくらいのことはするのではないか?」
「あっちもこっちも同じ3隻とはいえ、こっちはわたしたちが乗った1隻の分、兵士がかなり少ないでしょ。同額で配っても第2皇子の方が負担は大きいし、あとだしで多くしたらもっと負担は大きくなる。それに、第2皇子の方は交易とかやらずに帰るんだからそもそも資金が足りないでしょ」
「ふむ……」
第1皇子は資金以前にいろいろと足りてないけどな!
よく今まであの第2皇子と継承権争いができてたもんだ。先に生まれてきたって幸運に感謝しろ……。
「……聖国からは時間との勝負になりますよ」
「時間と……?」
「第2皇子が和平を実現する前に帝国へ戻り、派閥を立て直さなければ勝負にならないでしょ」
「……その和平にこちらも顔を出せば……」
「その手は悪手ですね。第2皇子は皇帝から全権を預かった身ですので。あのパーティーのこと、忘れましたか?」
「……い、いや、覚えている。そ、そうだったな」
やれやれ。
ずっと帝国の頂点のひとつ下にいたからか、だいたいなんでも自分の思い通りになるって考えが透けてみえる。
こんなのでも、対抗馬はこれしかいないからなぁ。
「……その方は、こちらの味方と考えてよいのか?」
「まさか?」
やっぱりバカだわ、こいつも。
いや、メンタルが弱ってるって部分もあるか。そこにわたしたちが救いの手を差し伸べたみたいになってるし。
子犬みたいな目でこっちを見るんじゃない……アンタ、皇子だろ……。
「どちらの味方でもありませんよ。それとも……まだメイルダースに手を出そうとお考えでしょうか?」
「い、いや……それはない!」
慌てた返事から、メイルダースへの第1皇子の理解が深まってることが分かる。
よしよし、それでいいんだ。
「それなら話はここまで、です。どうか、御身を大切に」
「う、うむ……」
バカなことしてるとイリーナの拷問を受けるぞ、と。
体は大事にしないとね?
そう受け取ってもらって大丈夫。そういう意味で言ってるし。
アイーダに視線を送ると、ドアを開けて第1皇子に出ていくようにひとにらみしてくれた。
第1皇子はちらちらとわたしを見ながら、部屋から出ていく。かなり怖がられてる気がする。仕方ないけど。
あ。そういえばここって、本来なら皇族用の船室だったわ。
なんかごめんなさい。
「……めちゃめちゃ姫さまの方をすがるように見てましたよね、あの皇子。やっばり姫さまってばどう考えてもプリンスキラーなんじゃないですか?」
「あの第1皇子はすでに皇子妃がいる既婚者です。しかも甘やかされて育った軟弱者ではありませんか。姫さまのような優秀な皇妃を得たら確かにあの程度の皇子でも皇帝としてどうにかなるでしょうけれど……」
「やっぱり姫さまってばいろいろなものが突き抜けちゃってるから、恋愛は無理でも政略結婚で皇妃とか王妃とかならできちゃいますよね? なんだかんだで面倒もよく見るタイプだし。あ、だから皇子たちに姫さまはモテるのか……。恋愛優先のあのバカ王子が姫さまの魅力を理解できなかったのもちょっと納得かも。ん? そういえば恋愛なら大公国の公子がいたっけ……」
……今、わたしはほめられたの? それともディスられたの?
まあ、わたしは恋愛には全然興味ないんだけどね?
負け惜しみじゃないからな!?
「帝国の皇子などそもそも姫さまにはふさわしくありませんよ、イリーナ。そしてあのバカ王子はもう処分予定です。わたくしが必ず始末しますので。もちろん、あの公子も論外です」
「アイーダさまは姫さまの相手が誰であっても反対しますよね……?」
アイーダが反対しなくても、わたしだってあんな皇子は絶対に嫌だ。きっと今の皇子妃も大変な苦労をしてるにちがいない。同情する。
ストーカー公子も嫌だし、バカ王子も論外に決まってる。
それでも、あの第1皇子にはあと2、3年は粘ってほしい。あっさり第2皇子に負けてもらっては困るのだ。
……あのパーティーの時の皇帝の決断力だと、わたしの思う通りにはならないかもだけどね。
さて。
とりあえず、これで……周辺諸国も静かになるだろ。
いろいろありすぎて大変だったけど、わたしにできそうなことは全部やったはず。
最終的に、それぞれの国内のことはわたしの知ったことではない。勝手にしろ、という感じだ。
これでやっと……わたしの旅が本格的にはじまる! まずはクルセイダ聖国のダンジョンからだね! 楽しみすぎる!
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