第33話 わたしたちのこと……忘れないでいてね?
パーティー会場の中心にアイーダがいて、会場内の人たちは逃げようとしてる。
一部の騎士や兵士だけが武器をかまえてはいるけど、立ってる位置からアイーダに近づこうとはしない。
うん、怖いでしょ?
これがメイルダースだから。ちゃんと覚えとこうね?
できれば子々孫々、ずっと語り継いでもらいたい。
さて、会場内が悲鳴と怒号に満ちた惨状になる中、皇族のみなさんはその場にとどまってる。
これは別にさすがは皇族っていうんじゃなくて……真っ先に侍従や文官なんかの側近が入ってきた出入口を確認して、出られないことを知ってただけなんだ。残念。
それが事実なんだけど、まあ、そのことを知らなかったら皇族は堂々としているようにも見えるって感じ。真実なんて知らない方がみんなも幸せでしょ?
「誇りある帝国貴族たちよ!」
皇帝の声が響いて、少しずつ周囲が静かになっていく。
よく見ると膝が少しだけ震えてるけど、さすがは皇帝。よしよし、がんばってる。
皇族は3段くらい高い所にいたから、会場中心のアイーダを見下ろすようにして問いかけてくる。
「このような真似をして、何が望みだ。メイルダースの娘よ、直答を許す」
メイルダースの娘、と問われればアイーダも確かにそう。遠縁だけどね。
これならわたしじゃなくてアイーダが答えても問題ないだろ。
「これはこれは異なことを。わたくしどもを帝国へとさらっておきながら、素知らぬ顔で何が望みかと下問なさるとは……」
「何? さらわれてきた、とな?」
第3皇子は最初に倒れたところで意識がないままだけど、皇族たちや貴族たちがそこに向ける視線が厳しくなっていく。
それはそうだ。
この惨状を招いた元凶をここに引き込んだのは第3皇子なんだから。
わざわざさらってきて、こうなったんだからね。バカでしょ、バカ。
……厳密に言えばその第3皇子もあのストーカー公子にハメられたんだけど。たぶんね。
これでもう第3皇子が皇帝になる可能性はほぼないだろ。
それこそクーデターでも起こさない限りは。
おバカなオレ様エロ皇子はこれでおわり。
なんか、あのストーカー公子の計画通りって気はするけど、それでもちょっとスッキリした。
それに、メイルダースへの手出しも……まあ、古代アイテム関係の話が片付かないと断言はできないけど、たぶん考え直すはず。
第3皇子への冷たい視線をたっぷりと確認してから、アイーダは皇族がいる方向へゆっくりと扇を向けた。
ぴくりと反応するけど、そのくらいで済ませた皇族たちはさすがだ。
「わたくしの望みは聖国へと渡ることにございますわ、皇帝陛下」
「クルセイダ聖国へ、か」
「ええ。あちらへ向かう船を無理矢理帝都へと向かわせて、わたくしたちをここへ引き込んだのでございます。本当に……迷惑しておりますわ」
「……それでは、この会場から誰も出られぬようにしたのもその方たちか……?」
「他におりませんでしょう? ここにいるみなさまを人質にして、望みを叶えるのが早いかと愚考いたしましたの」
「人質……か……帝都の多くの貴族、皇族と引き換えに何を望む?」
「聖国へと向かう船を」
「そうか……だが、この場を動けぬ限り、船の用意などできぬぞ?」
「それは困りましたわ、陛下」
アイーダはこてりと首をかしげて、右手の指を5本、ひょいと動かす。
「でっ……」
「ん‥…」
「えいっ!?」
「しょ……」
「うじょ!?」
皇族の前に立って剣をかまえてた騎士や兵士のうち5人が倒れていく。アイーダが手加減しているから死んではいないけど。
「……準備が整わねば、この場から立っている人がいなくなるやもしれませんわね? 人質、ですもの。そういう可能性は常にございましてよ?」
それをみて、会場内の人々は息を飲んだ。
まだ惨劇は途中だから。
存在をできるだけ消して、気づかれないようにしないとね。
次は、あなたの番かも? 怖いでしょ? 怖いよね?
……さあ、どうする? 融和派の第2皇子くん? 手紙は読んでるよね?
「……ならば、私が……この会場の者たちに代わってそなたの人質となろうではないか」
釣れた! 名前も何も書いてなかったのに釣れた!
わたしがイリーナに届けさせたのは『自分から人質になれば皇帝への道が開かれるだろう』って謎の手紙だ。
よくあんなものに従ったな、この第2皇子。なかなか優秀だ。
読んだ時は意味不明だったメッセージが、このパーティーの中で意味をもってくるんだけど……それを理解して、皇帝への道だと先読みできるなら、使える皇子だ。
まあ釣れなかったら、わたしとイリーナで取り押さえるだけだったんだ。
ちょっと手間が省けただけでしかないか。
会場内が少しだけざわりとした。
自分たちの代わりに人質になると言い出した第2皇子を、貴族たちが少しだけ期待するように見てる。
第2皇子が皇帝の斜め後ろへと進み出て、再び口を開く。
「陛下。どうか私に臨時で全権をお与えください。今は帝国の危機にございます。彼女の要求を満たすためには皇族の誰かが人質となる他ございません。私が彼女の要求を全て満たせるよう、全権を。それでこの場にいる者たちは救われましょう」
舞台役者のようによどみなくそう言った第2皇子。
これはいい手だ。ここで全権を委任してもらうとは……やるな。
カンのいい人は裏取引に気づくかもだけど、今この瞬間の命の危機が過ぎ去ってからだろ。
第3皇子とはどうやら文字通り、役者がちがうらしい。
「……ルミナブライト。そなたは……」
「全権を。臨時でよいのです、陛下。あくまでも……この危機が去るまでの、一時的なものとして」
さあ、皇帝。
決断しろ。次の皇帝にふさわしいのは誰か。
皇太子に任命するわけじゃない。
でも、この場にいる貴族たちに格のちがいを分からせることができる。
もちろんそれで皇位継承争いが終わるわけでもない。
第2皇子の人気が高くなったら、第1皇子も必死になるだろ?
そうやって国内で勝手にモメとけばいい。周辺国に欲を出すな、バカどもが。
「……わかった。メイルダースの者たちを聖国へと送り届けるために必要な全権をそなたに与えよう」
皇帝は決断した。愚かではないみたいで安心だ。
皇帝の言葉に第2皇子は一度深く頭を下げてから、アイーダの方を向いた。
そのまま、第2皇子がひとりだけアイーダへと歩み寄っていく。
「私を人質として、キミの望みを叶えるといい。聖国に無事、到着するまで私は虜囚となろう」
「おもしろい提案ですわ、殿下」
「ぐわっ!? 何をする!?」
突然わめいたのは、イリーナに腕をひねり上げられた第1皇子だった。
イリーナはアイーダが注目されてるうちに皇族のところまで侵入してたんだよね。
「ですが、ひとりでは心もとないので、あとのふたりも人質とさせていただきます」
アイーダは少しだけ歩いて、倒れてる第3皇子の手前で止まる。
自分から人質になった第2皇子。
イリーナに小突かれながら歩かされてる第1皇子。
この惨状の元凶になった第3皇子。
はい。皇子の格付け、おわり。
「人質としてわたくしがお預かりするのは帝国の未来。どうか約束をたがえぬよう、お願い申し上げます。そして、心から帝国の平穏をお祈りしますわ」
アイーダが扇を捨てて、ひょいっと意識のない第3皇子を持ち上げる。
軽々と、だ。
コトリ、と扇が床に落ちた音が会場に響く。そのくらい会場内はシーンとしてる。
手ぶらなのはわたしだけ。
わたしは右手を高く上げて、思わず笑ってしまった。だって、楽しいから。
突然高らかに腕を上げたわたしに注目が集まる。
そこでわたしはパチンと指を鳴らした。イリュージョンをあやつるマジシャンみたいに。
パッッッッリィィィィーーーーンッッ!!!
大きな破裂音が響いて、この会場を包んでいた結界が消える。
開かなかった扉が急に開くようになり、もともと窓が開いていたところからは貴族たちが勢いよく押し出されていく。
……真っ先に逃げようとした連中が将棋倒しの被害にあっても自業自得だろ。
こうして、わたしたちは3人の皇子たちとともに、堂々とパーティー会場から出ていった。
あ、わたしの出番、少ないみたいに見えるけど、ちがうからね?
アイーダがやってたこと、わたしは身体強化魔法なしで全部できるし。
魔法を一番うまく使えるのがわたしだからこういう役割分担だっただけ。
ていうか、アイーダとイリーナじゃ結界張れないから。
ただの役割分担だからね!
「アイーダさまのストレスが少しでも解消できたのならよかったですね」
「ええ、少しだけ、すっきりしましたわ」
「え? ストレスって何?」
「それはもう、姫さまのいろいろなお世話で……」
「イリーナ。姫さまにはご自覚がないのです。そっとしておきましょう」
「アイーダ!?」
真っ青な顔の皇子たちとは対照的に、わたしたちは楽しく皇宮を去ったのだった。
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