第32話 みんなまとめて、人質ってことでww
「みな、楽にせよ」
皇帝のひとことで、一斉に会場内の人たちが頭を上げた。
「今夜のパーティーはワイドライトの願いで開いたものだ。ワイドライトがみなに伝えたいことがあるそうだから、聞いてやってほしい」
皇帝が軽く手を振ると第3皇子ワイドライトが一歩前に進み出る。
入場してわたしたちが頭を下げてないことに気づいた時は不機嫌そうな顔だったけど、今はとりつくろえてるみたいだ。
「今夜、ここに集まってくれたことに感謝する。私はついに婚約者を決めたのだ」
第3皇子の発言はやっぱり想定内のやつだった。
公の場で強引に宣言してしまえば、国外追放中のメイルダース辺境伯令嬢に抗うすべはない……なんて思ってるんだろ。
それに……メイルダースを敵に回すよりも婚約者にしてつながりをもった方がいいという判断もあったのかも。
訓練場で自分の間違いというか、勘違いには気づいたはずだし。
それでもメイルダースから嫁をもらえば皇位継承争いでの逆転も夢ではない。
あれだけの強さを秘めた一族と縁を結ぶのだから皇帝にふさわしい。
そんな感じかな。
まあ、そんなうまくいくわけないだろ、このバーカが。
「おお……」
「やはり、そういうことか……」
「いや、それでいいのか……」
「いいも悪いもないだろう。帝室の決めたことだ」
「そうはいっても相手が……」
ざわついてる来場者たちもいろいろと意見があるらしい。
いろいろと派閥もあるみたいだから賛否両論は当然か。
「では、私の婚約者をみなに紹介したい」
そう宣言した第3皇子はまっすぐアイーダの方へと歩き始めた。
わたしは結界魔法を発動させて、この会場全体を封じ込める。
ちょっとスペースは広いけど、これは以前、ナーハの暗殺者たちに使った逃げられなくするための結界だ。
ここにいる全員、逃がすつもりはない。
会場内の貴族たちは、第3皇子の進む道を邪魔しないように道を開けていく。
自分のところにくるかも、なんて勘違いしてる令嬢はいないらしい。ちょっとそういうのも見たかったのに。残念。
アイーダはそんなようすを見つめながら、左手に持った扇で口元を隠した。
そして、ゆらりと左手の手先にだけ魔力を集めてまとわせていく。
扇の色が金系統だから、目立たないのだ。
誰が見ても第3皇子はアイーダのところへ歩いているとはっきりわかる距離になった。
その距離で、アイーダは扇を持ったまま、金色の魔力発光に包まれた左手の小指だけをひょいと動かした。
「ぐはっ……」
歩いていた第3皇子が突然、その場に倒れた。
会場の空気が凍る。
一瞬だけ、全ての音が消えた。
アイーダが小指から放ったのは高速で押し出された空気の刃だ。
小指だけなのは殺さないように手加減をしてるから。
さあ、惨劇のパーティーが始まった。
お楽しみはこれからだ。
「……いったい、何が?」
「第3皇子殿下が突然、お倒れに……」
「だ、誰か! 殿下を!」
壁際や窓際に控えていた護衛の騎士や兵士たちが、倒れた第3皇子へと慌てて近づいてくる。
でも、第3皇子を救助させる予定はないんだよね。
アイーダは扇を持つ左手のうちの3本の指と、右手の5本の指をひょいと動かす。
「じゃ……」
「じゃう……」
「まっ……」
「ぐるっ……」
「みんっ……」
「ぐっ……」
「あっ……」
「ぷ……」
騎士や兵士のうち、8人がその場に倒れる。
第3皇子とその周囲には倒れた男たちだらけになった。
また、会場の空気が凍った。
第3皇子に近づこうとすると原因不明で倒れてしまう。そんな感じだ。
でも、ひとりだけ……鋭くアイーダへと視線を向けたおじさんがいた!
さっきからずっとアイーダをにらんでた筋肉おじさんだ!
「みな! 下がれ! 護衛は帝室のみなさまを守れ! あれは剣聖天技だっ!」
おお! 熱い!
ちゃんと見抜ける人がいた!
「かつてキザミーヤの戦いでメイルダースの若き当主が使ったという! 腕の一振りで何人もの帝国の騎士たちを葬った見えぬ一撃! メイルダースの血を引く者よ! 皇宮を血に染めて生きて帰れると思うな!」
よくみると、筋肉おじさんからは淡い魔力発光がもれてる。
あ、これがアイーダの言ってた天然ものか……メイルダース以外にもごくたまに現れる身体強化魔法の使い手!
でも、魔力のコントロールは本能的な感じで……無駄が多いからか、メイルダースみたいに金色に発光しないんだな……。ちょっと残念かも。
「ハートランド侯爵!」
「豪炎の猛将がここにいらっしゃったのか!」
「助かった!」
「あの方に勝てる者などいるはずがない!」
この筋肉おじさん、ハートランド侯爵っていう将軍らしい。しかも豪炎の猛将だって。武門の侯爵家なのかな。
筋肉おじさんは倒れた騎士の手から剣を拾って、アイーダに向けてかまえた。
めちゃくちゃにらんでるからすごい顔になってる。これ、みなさんに見せていい顔なのか?
対するアイーダは扇だけ持って、にこやかに微笑んでる。わが姉は今日も素敵!
アイーダはまた小指をひょいと動かした。
「むうんっ!」
筋肉おじさんはアイーダとの距離があるのに、上段から剣をまっすぐに振り下ろした。当然だけど剣先は届かない。
でもそれでアイーダからの空気の刃を受け止めて、散らせた。なかなかやる。
空気の刃が見えてたのか、それともただのカンなのか。
たぶん、カンだけでやってる気がする。
「……あら。まさか帝国にこれを止められる方がいらっしゃるとは……少し驚きましたわ」
アイーダの微笑みは崩れない。
筋肉おじさんは油断なくアイーダをにらんだまま剣をかまえてる。やっぱり顔が怖い。
「……メイルダースに新たな剣聖が誕生したという噂は聞いていた。それも女だという話だった。ただの噂かと思っておったが……まさか本物だったとはな」
「ふふふ。腕の一振りで何人もの騎士を葬った見えぬ一撃、でしたか? あなたさまはキザミーヤの戦場を駆けられたのでしょうか?」
「いや……父から聞いた話だ。だが、今はそれが真実だったと理解した」
「そうですか……では、どうか、英霊たちのもとへ。心安らかに」
アイーダは右手を大きく広げると、筋肉おじさんへ向けてぶうんと手を振った。
指ではなく、手、だ。しかも5本の指、全部を使ってる。
「むうんっ……ぐはぁっっ!?」
剣を振って受け止めようとした筋肉おじさんはそのまま吹き飛んだ。
アイーダが飛ばした空気の刃は5本で、しかもさっきよりも強めだ。殺意十分の一撃。
筋肉おじさんの全身はバラバラになって……後ろへと飛び散った。血をまき散らしながら。
アイーダはほんの少しだけわたしを見てから、すぐに視線を前へと戻した。
ここで殺しておくべき戦力だという判断をしたんだと思うけど、わたしがあんまり殺しを好んでないから気にしてるんだ。
アイーダの小指のイタズラを止められるんなら、確かに強敵だ。
いつかメイルダースに牙をむく可能性がある。
だから、殺した。大丈夫、わたしは理解してる。アイーダは間違ってない。
会場内の人々は……この状況を認めたくないのかもしれない。
静かに、バラバラになった筋肉おじさんの死体を見つめていた。
「騎士がその形すら失う一撃、といったところでしょうか。ねえ、みなさま? ご覧になりまして?」
飛び散った筋肉おじさんが立っていた向こう側の人たちはまだ沈黙してる。
そこに向かって、アイーダは優しげに微笑んだ。
「……ひ、ひいいいぃぃぃぃぃぃっっ!」
ひとりの令嬢が言葉にならない悲鳴を上げたことで会場全体がいきなり騒然となった。
「こ、殺される!?」
「逃げろ!?」
「なんでこんなことに!?」
「誰だ!? こんなパーティーを開いたのは!?」
「将軍が一瞬で!?」
「死にたくない!?」
「いや! 押さないで!」
周囲の扉や窓はもちろん、中には皇族だけが出入りするはずの一番奥の扉まで。
とにかく必死で逃げ出そうとしてる。我先に。
パニックはそこで終わらない。
「開かない!? 開かないぞ!?」
「なんで開かないんだ!?」
「窓も! どうしてなの!?」
「開いてる窓なのに外に出られないなんてどうなってるんだっ!?」
「こんなバカなことがあるか!?」
それ、全部、結界魔法だから。ごめんね。
この会場にいる全員、わたしたちの人質だから。あきらめてほしい。
「なあ、ハートランド侯爵の殺され方……」
「あの、噂の……あれと同じなのか……」
「ああ、アラミス連合で起きたあれか……」
「ヤーバナ人大量惨殺事件……」
……あれ?
なんか変な話も聞こえてきたな……?
……これ、アイーダがあの事件の犯人だと思われてない? 冤罪なんだけど?
うん? ちょっと待って?
今のアイーダって……わたしの身代わりというか、影武者というか……。
つまりわたしに冤罪が!? あの犯人はイリーナなんだけど!?
おかしいでしょ!?
いや、アイーダがやってることくらい、わたしは身体強化なしでもできるけど!?
でも大量惨殺事件の犯人にされるのは嫌すぎるぅっ!?
できればブクマと評価をお願いします!




