第30話 身体強化魔法? 見たい? ねえ見たいの?
「……そんなバカな……」
ぷるぷると生まれたての子鹿みたいに震えてる第3皇子には、バカはおまえだと言ってあげたい。
「侍女よりも弱い帝国の騎士さまは……今後、どうなるのでしょうね」
アイーダは第3皇子にとどめを刺すようにそう言った。
イリーナは帝国の騎士と10戦して10勝、それも骨折レベルの長期離脱になるような怪我をさせて、だ。
欲をいえばこの倍くらいの数は潰しておきたかったけど……。
さすがに11人目の相手は出てこなかった。
そもそもイリーナは10歳の時にメイルダースの騎士団長と10本勝負の模擬戦をして4本とったという強者だ。
ちなみにアイーダは当時14歳でメイルダースの騎士団長から10本全部とっている。
4勝6敗で負け越したイリーナはそのあとアイーダからふがいないといわれて魔境の森で特訓させられてるから今はもう絶対にメイルダースの騎士団長よりも強い。
はじめっから帝国の騎士ごときが勝てる相手じゃないのだ。
……このふたりって……より正確にいえばアイーダって、わたしのそばに仕えるためには強くならねばなりませんとかなんとかで魔境の森に入っていくような人だからなぁ。イリーナは巻き込まれてた部分もあるけど。
「あれが身体強化魔法の……」
「あのような強さになるとは怖ろしい……」
「あれが侍女なら、あのマモーン石のテーブルを握りつぶした護衛の強さはいったいどのくらいなんだ……」
なんか、わたしの方にもちらちらと視線が集まってる。
テーブルを握りつぶすとかありえないだろ。
テーブルの一部を握りつぶしただけなのに。
風評被害だ、これ。
「あら? みなさん、何か、勘違いなさってらっしゃいますわね?」
アイーダは扇で口元を隠して、見下すような視線を第3皇子とその側近に向ける。
「……勘違い、だと?」
「ええ」
「何を……勘違いしているというのだ?」
「イリーナは身体強化魔法を使いませんでしたよ? さっきまでの戦いでは? 側近のみなさまが身体強化魔法を使っていると勘違いされていたようですから、つい」
お、側近たちの目が2倍くらい大きく見開かれてる。
驚きの表情を隠せないみたい。まあ、あれを見せつけられたらそうなるよね。
しかもそれが……メイルダースの代名詞でもある身体強化魔法を使っていなかったのだとしたら。
「嘘をつくでない。身体強化魔法もなく、我が帝国の騎士に侍女ごときが……」
「『黄金色の騎士』という言葉を聞いたことはございませんか?」
アイーダは平然と第3皇子の言葉をさえぎった。
無礼極まりない行動だけど、今さらだ。
身体強化魔法で安定した魔力を体にまとえば金色の光に包まれる。その姿を誰かが『黄金色の騎士』と呼んだらしい。
それがメイルダースの騎士の通称になってる。わたしも暴虐のティナとかじゃなくて、そういう感じのやつがほしかった……。
「……メイルダースの騎士をそう例えるのであろう? そのくらいは帝国にも伝わっている」
アイーダの不敬をとがめることもなく、第3皇子は答えた。
むしろ、さっきのあれを不敬だと騒いでくれたら……どんどん自分の価値を下げてくれるんだけど。
「あれは例えではございません」
ちらりとアイーダがわたしの方を見た。
釣られて第3皇子もわたしの方を見た。
皇子に釣られて側近たちもわたしの方を見た。
「身体強化魔法をご覧になりますか? ただし、どのような結果になってもそちらの責任の上で、ですけれど?」
ごくりと第3皇子以下、側近たちまで全員がつばを飲み込んだ。
さあ、興味はあるはず。
メイルダースとの戦争はもう50年くらい前のことだ。身体強化魔法を見たことがあるような年齢の人間はここにはいないだろ?
そっちの責任の上で、見せてほしいと言いなさい!
そのくらいの度胸もなく第3皇子とかやってられないでしょ。
「……いいだろう。見せてもらおうではないか」
「では、その結果、ここで起きることは全てそちらの責任で」
「……わかった」
第3皇子が乗ってきた。しめしめ。
これで……メイルダースの恐ろしさはわかるだろ。
アイーダがわたしの方に向かってうなずく。
戻ってきたイリーナと入れ替わるようにわたしは訓練場へと踏み込んで、すぐに横を向いた。
訓練場は円形の闘技場……観客席がぐるりと囲んでるのだ。
その観客席のうち、特別席っぽいところに人影があることも確認済みだ。
あれはたぶん、第3皇子に呼び出された他の皇子のはず。
わたしはゆっくりと右腕を上に伸ばす。
見えやすいように、だ。
そして、魔力をまとわせる。
ゆらぎなどない、腕の形にそった完ぺきな魔力のかたまりを。
「っ……確かに金の光が……」
「これが、身体強化魔法か……」
「いったいどのくらいの威力が……」
「……っ! まさか、観客席を……」
気づくの遅いって。
わたしはぶんっと訓練場の壁を殴った。
もちろん手加減はしてる。
ブオンっ! ダンっ!
それでも猛烈な風が巻き起こり、第3皇子とその側近が両手で自分の顔をかばう。
……それで見えるの? まあ、その瞬間は見えてなくても、結果は見えるか。
がら、がらがらがら、ズズ、ズズーンっっっ!
音と振動で、帝国の騎士たちは動けなくなる。
何が起きているのか、見えていても理解できないのかも。
直径3メートルくらいで長さは20メートルくらいの大穴がそこにあった。訓練場の壁を貫通している。
しかも……貫通したところの上の部分が崩れ落ちて、空いた穴を埋めてる。崩落したのだ。
もしこの範囲に人がいたとしたらごめんなさい。
わたしが気配を読める範囲には誰もいなかったはずだけどね。
特殊な隠密技能がなければそれで問題ないし、さっきの一発で特殊な隠密技能持ちが消せたのならこっちとしてはオッケーだ。
「……なんなんだ、これは……」
第3皇子のつぶやきは、とても小さな声になってる。
情けない男だと思う。最初の威勢の良さはどこいった?
でっかい声でメイルダースよりも帝国の騎士は強いんだぜ、やっふぅ! みたいなことを言っていたはずなんだけどね。
「人間の仕業ではない……」
「これが身体強化魔法か……」
「メイルダースとは、いったいどんな悪魔と取引をかわしたのだ……」
ひとりすごい失礼なのがいるけど、まあいい。
イリーナの模擬戦の時とちがって、震えることすらできないらしい。
第3皇子も側近たちも棒立ちのまま、崩落した訓練場の一部を見てる。視線はそっちに固定されてる。
「……帝国が50年ほど前のキザミーヤの戦いを再び繰り返そうとしないことを、わたくしは心から願っておりますわ」
アイーダの言葉に答える者はひとりも存在しなかった。
訓練場から第3皇子の離宮へ戻るために移動してると、前から金銀で飾った豪華な衣装の青年がやってきた。その青年には何人かのお供が一緒のようだ。
そこで、わたしたちは足を止めた。
そうすると、わたしたちの案内役の第3皇子の側近が前に出た。
「……これは、第2皇子殿下。そのように慌てて、何かありましたか?」
「クラークベルラか。控えよ。私はそちらの方々に話があるのだ」
金銀の衣装の青年はどうやら第2皇子らしい。
融和派という……わたしたちにとっては一番都合のいい皇帝候補だ。
「それは叶いませぬ。こちらはわれらが第3皇子殿下の客人ですから。すぐにお引き取りを」
「客人だと? ワイドライトはまだ理解できないのか? メイルダースに手を出すのは今すぐやめるのだ。戦う意味はない。あれを見て……それでも理解できぬほど愚かではあるまい?」
「私は第3皇子殿下に仕える身。第2皇子殿下のお言葉であれど、それに従うことはできませぬ。お引き取りを」
第2皇子は第3皇子の側近からアイーダへと視線を移した。
「君と直接話したい。どうか時間を作ってもらえぬだろうか?」
「お引き取りを。客人には休息も必要なのです、殿下」
第3皇子の側近はアイーダへの視線をさえぎるように動き、第2皇子に道を譲らない。
もちろんアイーダも何も答えない。
この場合、何が正解なのかは分からないからだ。
しばらくふたりが押問答を繰り返していると、別の第3皇子の側近が追いついてきて数が増えた。
そのまま、側近たちが壁になるようにして前へと進んでいく。
「ワイドライトも兄上も何もわかっていない。私は君と話す用意がある。どうか、時間を作ってくれ……」
通り過ぎるアイーダに第2皇子の言葉は一応、届いている。
でもアイーダは何も答えない。
今はまだ、第3皇子の意向に従ってるフリは必要だし、わたしと話し合ってから行動はするので。ごめんね、第2皇子。
第2皇子は他のふたりとは別の派閥で、融和派だ。
話ができるんなら、話してもいいんだけど……そんなことを第3皇子は許可しないだろ。
第2皇子がこうして突撃してきたってことは、第1皇子も第3皇子に招待されてたはずだ。メイルダースの姿を見せるために。
……さっきのあれが、第3皇子が見せたかったメイルダースの姿かどうかはともかくとして。
さて、皇子3人はこれからどうするんだろ……。
イリーナは昨日の夜、ゆっくり休んだし……今夜はいろいろとがんばってもらうしかない、か。
できればブクマと評価をお願いします!
(なおこの作品はカクヨム先行で公開しています。)




