第3話 ほらね? 殴れば早いでしょ?
「おまえがティーナか?」
ラフティにそう言われて……ああ、そういえばティーナって名乗ったな、などとわたし思った。
わたしの名前はセレスティーナ。だからティーナ。
追手のことを考えるともっと別の名前にした方がいいんだと思うけど、そうすると面倒も多い。
よくわかんない偽名で誰かに呼ばれても気づかないとか、そういうのを絶対にやってしまう気がする。
そのへん、ティーナなら問題ない。もとの名前に近いし。
執務机に座ったまま、わたしの方をにらむように見てるのが評議会議員のラフティって男らしい。
「アンタがラフティ?」
「そうだ」
こういう確認は大事だ。
本当は別人でも、本人を名乗った場合は責任があるだろうし。
「イシガー組のチンピラがわたしのところにきて、1万ゴルダラで灰色ヒグマの毛皮を売れって。それ、アンタが言わせたってことで間違いない?」
「さあ、私は知らんな」
ほうほう。
イシガー組は切り捨てるつもりかな?
「ふーん。1万じゃなくて100万だったら、オークションをとりやめて売ってあげるんだけど?」
「100万などと……」
「オークションの最低額って聞いてるから安いと思うけど?」
「……さあどうかな?」
なんかピンときた。
こいつ、商業ギルドに手を回してなんかしてるにちがいない。
そういう嫌な顔してる。
「……なるほどね。まあ、いいけど」
「何がいいんだ?」
「商業ギルドに手を回したりしてたら、商業ギルドごと潰すだけだから」
「は……?」
このニライカナ国では評議会議員というのは大貴族みたいなもの。
それなら、そういう権力っぽいものもあるはず。
大商人がこの国の中心的な役割をしているなら、港町の商業ギルドなんてラフティの手先の可能性もある。
そもそもオークションに出した灰色ヒグマの毛皮の情報がもれてるって話だから間違いない。
このラフティってのが本気になれば、灰色ヒグマの毛皮を奪い取ることだって不可能じゃないのかも。
それでも、だいたい殴れば解決できる。
これについてはわたしも自信があるのだ。
今までの経験に基づくものだから間違いない。
「イシガー組がどうなったかはまだ知らないみたいね?」
「……どうなったんだ?」
「そこにいる、ここまで案内してくれたのが最後の一人だけど?」
「は……?」
「ああ、たまり場みたいなあの酒場にいなかったメンバーについてはどうだかわからないかも?」
ラフティがわたしから、イシガー組の最後の一人へと顔を向ける。
「この女が言ってることは本当か?」
「いえ、その……」
「はっきりしろ」
「……残念ながら、本当、です……」
ごくりとラフティからつばを飲み込む音が聞こえた。
「とりあえず声をかけてきた4人組と、酒場にいた20人から30人くらいは全部殴っといたのよね」
「殴る……?」
「あ、知らない? アンタ、親にも殴られたことないタイプなのね? 殴るっていうのは……」
「ぐばあっっ」
わたしはさっきまでよりもほんのちょっとだけ強めにボディアッパーを喰らわせた。
イシガー組の最後の一人が一度宙に浮いて、そのままドサリと床へ落ちる。
もちろん、ピクピクしてるだけでそれ以上は動かなくなってる。
「……こういう感じで」
「な、な、な……」
「ななな、じゃなくて、殴る、よ?」
人間が宙に浮くという現象を見た場合、普通の感性をしていれば驚く。
ラフティという男、そっち方面の感覚は普通らしい。
顔がおかしなくらい歪んでるし。
……メイルダースじゃ、これくらいだと誰も驚かないんだけど。
「……あなたも、体験してみたいかしら?」
わたしはラフティに向かって最高の笑顔を向けた。
この部屋にわたしを入れてしまった時点で、ラフティの負けは決まってた。
そういうことだ。
やっぱり殴ると早い。
「では100万ゴルダラのうち、10万ゴルダラはそのまま大金貨9枚、金貨9枚、銀貨10枚で、残りの90万ゴルダラは商業ギルドの為替手形でご用意させていただきます」
「ありがとう。助かるわ」
わたしは商業ギルドの受付の女の子に向かって微笑んだ。
女の子も微笑みを返してくれるけど、ちょっと引きつってるような気がしないでもない。
本当は空間魔法で収納できるから全部大金貨でも問題ないけど……それができることを今は見せない方がいい気がした。
もちろん、灰色ヒグマの毛皮の時も見せてない。
「……これで、満足か?」
わたしの後ろからラフティがそう言った。
商業ギルドでの100万ゴルダラの支払いのためにわたしと一緒にこの受付までやってきたのだ。
灰色ヒグマの毛皮が欲しい気持ちはホンモノだったらしい。
「そうね。しばらくはニライカナ国で生活できるだけのお金も入ったし」
「しばらくどころか数年は問題なかろうが……」
今、泊まってる宿は1泊で100ゴルダラだから、1万日は泊まることができる計算になる。
まあ、宿代だけで30年分くらいだから、その他もろもろの生活費も合わせると数年というのも間違ってないかも。
「……やっぱり殴ればいろいろと問題も解決するわね」
「……ふん。まあいい。灰色ヒグマの毛皮は遠慮なくもらうぞ?」
「もちろん。それはどうぞご勝手に」
ラフティがわたしを一度にらんでから、離れていく。
まだ何かやってきそうだけど、今はとりあえずこっちに従ったのだから疑うのもどうだろうか。
最終的には殴るだけではあるので問題は何もない。
わたしは商業ギルドの受付の女の子から硬貨や手形を受け取ると、宿屋へと帰るのだった。
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