第28話 3番目の皇子からただよう脳筋臭
「想像していたよりも質素な部屋で少し安心しましたね」
「アイーダ。それって、わたしが壊すかもって言いたいわけ?」
わたしとアイーダは第3皇子の離宮の中の客間にいた。
もちろん、高級な調度品で整えられているんだろ。それでも、見た感じの派手さはそこまででもない。
軍人としてやってる皇子だからかも。
まさかヤーバナ王国の宮殿から婚約破棄で飛び出したら、今度はラマフティ帝国の宮殿に放り込まれるとは思わなかった。
……まあ、今回は自分から宮殿に入ったようなもんだけど。
今はアイーダとふたりだけだ。イリーナは情報収集に出てる。
一応、アイーダが座って、わたしは護衛ということで立ってる。
第3皇子がアイーダのことをわたしだと思ってるから、そっちに合わせることにしたのだ。
イリーナは侍女の服、アイーダはドレスに着替えた。わたしは戦闘態勢のまま、護衛役だ。
「……姫さまの基本方針として、ある程度、帝国を弱体化させてから逃げるという話でしたから……」
「それ、別に建物を壊すって意味じゃないでしょ……」
もちろん、建物も必要なら壊すつもりだ。
八つ当たりも含めてぶん殴る準備はできてるから!
帝都マサキィヨの港では第3皇子が待ってて、その馬車にわたしたちは乗り込んだ。
ただし、アイーダは第3皇子のエスコートを無視して乗り込んだのだ。
そこは面白かった。
そもそも3人並んでセンターにいたわたしと左サイドにいたアイーダを間違えるのはさすがにどうなんだ? ありえないだろ?
アイーダに差し出した手をスルーされた第3皇子は少し苛立ってたみたいだけど、ぐっとこらえて同じ馬車に乗ってきた。
もちろん、わたしとイリーナも同じ馬車だ。アイーダを第3皇子とふたりきりにするはずがない。
いくら帝国の皇子だったとしても、婚約者でもなんでもないただの男だ。
それに……ふたりきりになったことを利用される可能性もあった。
ふたりの間に何もなくても、ふたりきりで馬車の中にいたという事実は使えるのだ。
馬車の中で第3皇子がぺらぺらとしゃべってたけど……残念ながらストーカー公子の関与があったかどうかの言質は取れず。くそ。
帝国軍は強いぞ的な自慢話ばっかりだった。バカなの?
本当に強いのか? 弱い犬ほどよく吠えるって割と真実のはず。
……それにしてもあのストーカー公子め。あくまでも知らなかったと言い張れるポジをうまくキープしやがって。
帝国で証拠が見つかったらあのストーカー公子は絶対に殴ると決めてる。
見つけられる可能性は低いけど……。
「姫さまはいきなり第3皇子を人質にするのかと思っていました」
「それはそれで考えたけど……ちょっと弱いかなと思って。帝国には今、皇子が3人、皇女がひとりいるでしょ。しかもさっきの人は第3なわけだし」
他にも皇弟なんかもいるのだ。
第3皇子くらいだと、人質になった時点で裏では切り捨てる決定が出るだけってことも考えられる。
どうせやるんなら、メイルダースに……ヤーバナ王国に手出しするのはやめようと思うくらいのことをやっときたい。
「それなら……狙いは第1皇子でしょうか?」
「警備も一番手厚い可能性が高いし、そこを潰したら帝国もさすがに驚くでしょ。まあ、どこにいるかも分からないから今のところはできないんだけど」
そのへんはイリーナの情報収集次第かも。
問題はこっちも……皇子たちの顔をよく知らないって部分か。
アイーダをわたしだと思ってる第3皇子のことを笑えなくなるのは避けたい。
もし、影武者的な人間だったとしても……さらわれたのが影武者でしたと言い訳しにくい状況なら十分なんだけど……。
「公的行事で顔見せしたあとに人質にしたいんだよね。みんなが見てる前で」
「なるほど……それなら港ではあまり目立ちませんでしたね……」
「その状況なら皇帝もいるだろ」
「いえ、皇帝をさらうのはさすがにちょっと……」
あ、うん。
皇帝だとやりすぎか。
やっぱり皇子だな、皇子。
おっと……こっちに気配が近づいてきた。
「誰かくるね」
「そうですね……」
そのまま、やってきた気配はノックもせずにドアを開けた。
「邪魔するぞ」
「……帝国では断りもなく客室に入る野蛮な文化があるのですね。わたくし、知りませんでしたわ。驚きました」
アイーダは入ってきた第3皇子に対して、座ったままそう言い返した。
第3皇子の後ろには側近っぽい連中もいる。そいつらは全員が武官に見える。こういうのは体格で判断できる部分だ。
……こいつに必要なのって、どう考えても文官の方じゃないかな?
「メイルダースには皇族に対して座ったまま出迎える文化があるようだが?」
「無礼に無礼を返すのは当然でございましょう」
「……ふん」
一応、嫌味に嫌味を返すだけの頭はついてるらしい。
どすんとアイーダの前に座る第3皇子。ふてぶてしい顔、してる。
「3日後にパーティーを開く」
「そうですか。ご自由になさればよろしいのでは? それにしても3日後などと……帝国の皇子のわがままで何人の人間が苦労するのでしょうね?」
「心配はいらぬ。何日も前から準備はしていたのだ。そこを私と君の婚約披露の場とする」
何日も前から準備、ね。
やっぱり計画的犯行だったのか。
3日間のゆとりは、海路の風向き次第ってところかな?
まあ、わたしたちが間に合うタイミングで到着しなかったらパーティーの意味を変えればいいだけではある。
それと……自分たちはこんなことを計画的にできるんだぞってアピールもあるな。
下手に動くな、という釘を刺してきた感じだ。いや、動くけどね?
「わたくし、無礼者と婚約した覚えはございませんけれど?」
「……こっちは君を無理矢理皇子妃にしてもいいんだが?」
皇子とは思えない下品な笑い顔をみせる第3皇子。
こういうの、本気でイラっとくる。たぶんそれはアイーダも同じ。
「……それができるとお考えでしたか?」
アイーダがちらりと後ろに立つわたしを見た。
わたしはアイーダの横からソファ越しに手を伸ばして、アイーダと第3皇子の間にある石造りの重そうなテーブルを掴んだ。
「……何をするつもりだ?」
警戒した第3皇子が止めようと声をかけてくるけど、わたしは無視した。
ごきっ、ごりごりごり……。
そのまま、その石造りのテーブルの一部を握り潰す。こなごなに、だ。
「なっ……」
「バカな……」
「どんな力をしているんだ……」
「これが……身体強化魔法か……」
いや、別に身体強化魔法は使ってないんだけど……?
「あら。帝国では有名なマモーン石のテーブルが素敵なデザインになりましたこと」
ほほほ、とアイーダがわたしに向けて微笑む。
わたしもアイーダに笑顔を返す。
「化け物め……」
「それで、パーティーでございますか? せっかくの機会なので参加させていただきましょうか。ただし、エスコートは不要でございます」
さすがアイーダ。
さっき話してたからね。パーティーはこっちにとっても都合がいい。
この第3皇子がメイルダース辺境伯令嬢との婚約をアピールしたいんなら、他の皇子も呼んでる可能性が高い。
パーティー会場で、婚約披露のために集めた人全部、メイルダースを敵に回したくない派閥にしてしまおうか。割と簡単な作業になりそう。
「……エスコートもなくパーティーに参加しようなどと、メイルダースは常識もないのか」
「婚約者でもない男性のエスコートを受ける方が恥知らずではないかと。残念ながら帝国にわたくしの親族が今はおりません。こちらに連れてきた侍女と護衛と、3人で入場しますわ」
第3皇子がどうにか口で勝とうとがんばってるけど、アイーダの方が口でも上らしい。
当然、手足が出れば楽勝だろ。アイーダなら。
第3皇子は余裕をみせるようにゆっくりと立ち上がる。
でも、膝、ちょっと震えてますけどぉ~?
ああ、口に出してあおってやりたい!
でも、まだ我慢だ。
いろいろと調べておきたいし……せっかくの帝国の宮殿だからね。食事とかも楽しませてもらう予定だ。
「……明日は訓練場をみせてやる。帝国軍の……帝国騎士の強さをみたら、その方の考えも変わるだろう」
捨てゼリフとしては悪くない。
でも、残念ながらその方法だと……こっちの勝利は確定だと思う。
アイーダは立ち上がることなく、もっといえば第3皇子に視線を送ることもなく、見送った。
いや、見送ってないのか、これ。皇子のことは見てないし。
さて、明日の訓練場は……これもまたチャンスだ。
ほどよく帝国軍を……帝国騎士を動けないようにしとかないとね。
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