第27話 やってきたのは帝都でした……
「……これは……どうやらあいつにハメられたみたいね」
「でも姫さま、それは……」
あれからわたしは船室にこもったままだ。
イリーナが集めてくる情報によると、この船が軍人の命令で帝都マサキィヨ方向へと進んでいるのは間違いない。
それはクルセイダ聖国とは完全に反対方向なので、勘違いではない。
乗り合わせた商人や巡礼者は不満をもったり、困惑したりしてるけど今はもうそれを口にしていない。
相手が軍人では下手なことを言えないのも当然だ。
……逆らっても損しかないもんね。
つまり、本当はクルセイダ聖国に向かうはずだった、という部分も真実だということ。
そうなると狙いは、メイルダース辺境伯令嬢であるわたし、しかない。たぶん。
つまり他の乗客は完全に巻き込まれたんだと思う。
「……あの公子が姫さまを帝国の皇子に差し出したということになってしまいますけれど?」
「……アイーダさまの言う通り、あの公子が姫さまを帝国の皇子に差し出すというイメージは全然ないんだけどなぁ……」
イリーナのつぶやきは理解できる。
あのストーカー公子がわたしを皇子に差し出すことはない。それは断言できる。
でも、そうでないなら帝国側がわたしをメイルダース辺境伯令嬢だと見抜いてることを説明できない。
だから、あのストーカー公子がわたしをハメたのは間違いない。
問題は……どこまでハメたのか、という部分だ。
「実際、この船が帝都マサキィヨへと向かっていることはどう説明するの? あの公子がわたしをハメたのは間違いないわよ。帝国が、単独で、わたしたちの動きを把握できたとは思えないし」
「それは……そうですけれど……」
アイーダが納得したくないけど他に考えられないという苦々しい顔になってる。
ある意味ではあのストーカー公子はわたしを裏切らないと、アイーダが信じていたってことでもある。
いや、あいつは今でもわたしのことを信じてるか。
少なくとも、わたしが絶対に帝国の皇子と結婚なんかしないということは、信じてるだろ。
もちろん、わたしは帝国の皇子と結婚するつもりはない。ゼロだ、ゼロ。
「……まあ、ある程度は読めたわね。あのクソ公子、わたしに帝国をかき回させるつもりか……」
「えぇ……?」
「……あぁ。そういうことですか。それなら、納得です」
イリーナがドン引きな顔になってるのに、逆にアイーダは冷静になったようだ。
「大公国の力は石ころひとつも失わずに帝国の力を弱めるのなら、メイルダースは最高の駒ですから。それが姫さまであればなおさら、としか」
アイーダの言う通り……帝国に対する特効薬みたいなもんがメイルダースなのだ。
証拠はないけど、あのストーカー公子は裏で帝国にわたしを売ったはず。
少なくとも、わたしを帝都へと向かわせることには何か協力してる。
それでも、あの時に説明した内容のほとんどは嘘じゃないんだろ。
……一緒に軍人が乗り込んできて船の行き先を変更するってことだけは言わなかった。そういうことになる。
そして、その証拠はない。くそ。用意周到すぎる。
どれだけ疑わしくても証拠がない限り、『そんなことになったのかい? 知らなかったよ。大変だったね、でもキミが無事でよかったよ、セレスティーナ』と言ってのけるのがあのストーカー公子だ。
「……つまり姫さまを帝都で暴れさせようってこと……?」
「おそらく皇子からの求婚や皇帝からの婚約の打診などはあるでしょう。そして、その結果として姫さまがいろんな人を殴ることまで想定しているのは間違いありません。ひょっとすると……あの公子は皇帝すら殴ってもいいと考えているのかもしれませんね……」
わたしは皇子との結婚とか、絶対に嫌だ。
ストーカー公子の思い通りに動くのは気にくわないとはいえ……そんな理由で皇子と結婚するなんてことはありえない。
だから、帝国でわたしが誰かを殴ることはもはや運命としかいえない。
「あ!」
「どうしたの、イリーナ?」
「あの……姫さまはあの夜、公子に対して結界を張りましたよね?」
あの宿の夕食の時のことか。確かに結界魔法は使ったけど……。
「だって……近づかれると殴りたくなるんだもん……」
「あ、殴らないための結界だったんだ……あ、いえ。そうではなく、どちらかというとですね、あの結界のすごさが分かって、公子は安心したのかなって」
「安心……?」
「はい。帝都に姫さまを送り込むようにハメたとしても、姫さまにはまったく危険がないと思ったんじゃないですかね?」
納得しかない。
あのストーカー公子は、わたしの安全を確信してハメたのか……くそ。
自分の才能がうらめしいな!?
まあ、いい。わたしが安全なのはただの事実でしかない。
帝国軍がキザミーヤ大公国の通過を求めてきたんなら、それは大公国がふたつの大国の間で生き延びる道の終わりでもある。
ヤーバナ王国が負ければ大公国は帝国に吸収されるしかない。その逆も、似たようなもんだろ。
そもそも……もう、ひいおじいさまの時代ではない。ひいおばあさまがかつての大公妃の妹だったことなんてもはや昔の話だ。
メイルダースが今回も大公国に味方するとは限らないのだ。
それに……帝国の要請を拒んでヤーバナ王国に助けを求めたとしても、最初の戦場は大公国になる。
国土を荒らされるのはどうしたって避けられない。事前に戦争を止めない限りは。
「……くっ。うまい手を使うわね……」
くやしいけど……ハメられてしまったわたしの負けだ。
もちろん、どうにかして仕返しは考えるけど……。
わたし自身もそもそも戦争があまり好きではないのだ。
「あ、でも……これで姫さまに嫌われて結婚できなくなりますよね? あの公子?」
「イリーナ。そもそも姫さまは、はじめて会った時からあの公子のことを嫌っていますよ」
それはそう。
特に初対面の時は……すごく嫌なヤツだったし。すぐ殴りたくなるくらいにはね。
「そして、姫さまはそもそもあの公子と結婚するつもりはありません」
「……あの公子にとっては、今までと特に何も変わらないってことかぁ……」
そう。あのストーカー公子は何も失わないし、損をしない。
だから余計に腹が立つ……。
「それどころか、次に会う時に姫さまからにらまれたり、ののしられたりすることを楽しみに待っている可能性がありますね」
「うぇぇ……」
イリーナがますますドン引きの顔になった。気持ちはわかる。
でも、絶対に何かを言ってしまうと思う。
我慢できるわけないだろ。まんまとハメられたのに!?
「……とりあえず、帝都まではこの部屋にこもるわ。下手に動くと他の乗客の恨みまで買いそう」
「それがいいでしょうね……はぁ……」
アイーダのため息が一等船室を少し暗くした。別にアイーダは悪くないけどね。
帝都の港に着いたのは三日後だった。
船から下りる板のスロープの向こうに、豪華そうな馬車が停まってる。サイズも大きい上につないである4頭の馬も立派な体躯だ。
ついてる紋章は……帝国の、3人いるどれかの皇子のものだと思う。
さくっと紋章でどの皇子か判断できるほどわたしの知識は深くない。わたしなりにたくさん勉強はしたけど、限界はあるのだ。
こういう時はウルトの出番だけど、まだ合流できてないから……。
二等船室の乗客と、わたしたち以外のもうひとつの一等船室の乗客は、船室にそのまま待機させられてる。
ここから折り返して、クルセイダ聖国へと向かうんじゃないかな。わたしたちもそのまま乗っていたかったけど、それは軍人たちに止められた。
その軍人を殴りたかった……でも、そのあとが続かないのは分かってる。
わたしたちには……クルセイダ聖国行きの船が必要なのだ。
わたしたちは軍人っぽい連中にうながされて、馬車の前へと進んだ。
馬車から、金ピカマシマシな軍服のイケメンが出てくる。
帝国には3人の皇子と幼い皇女がいたはず。軍関係なら確か第3皇子だ。
そして、そのままイケメン野郎は――。
「君がメイルダース辺境伯令嬢か。宮殿までは私が案内役を務める」
――アイーダに手を差し出しやがった。
またこのパターンかよ……。
わたしもアイーダも、どっちも旅装というか、むしろ兵装に近いのになんでこうなるんだろ? これってわたしが本当に悪いのかな?
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