第26話 まさか根深い恨みのせいなの?
「何か気になることでもあった?」
「いえ、大したことではないんですけど」
「イリーナ。報告しなさい。判断は姫さまがなさいます」
「あ、はい……」
乗り込んだ船の一等船室で、わたしたちは船のようすを確認していた。
船に乗って、この部屋に入るまでは何の問題もなかったはずだ。
あれから二日間、わたしは海の幸を満喫した。
最初に訪れたニライカナ国のナーハとはまた食べ方がちがうからおもしろい。
同じようなおさかななのにどうして調理方法が別になるのか、不思議だ。
帝国でようやく、旅らしい旅を楽しめるようになった。
まだ合流できていないクルセイダ聖国のウルトたちには悪いけど、わたしはそう感じていた。
今日は出港する日なので、港の入口の検問を通って船までやってきたのだ。
出港はまだだけど、乗船はできる。
わたしたちはあのストーカー公子が押さえた船室に入っていた。
この船の中だと一番いい部屋なのは間違いない。
確かに、一等船室などという立派な名前はついてる。でも、別にニライカナ国で泊っていたホテルのスイートルームのような調度品があるわけでもない。
二等以下の船室は積荷と同じところでただの雑魚寝らしい。
そこと比較すれば、一等船室は個室でベッドがあるというだけ。それでもぜいたくな話なのは分かるんだけどね。
「この船って行き先はクルセイダ聖国ですよね? それなのに割と高級そうなワインとか、帝国製の高級そうな家具とかが積荷には多くて……さりげなく商人たちと話してみると、アラミス連合やニライカナ国に運ぶ荷物だという話みたいで……」
イリーナは積荷とそれを扱っている商人が不思議に思えたらしい。
クルセイド聖国は宗教的なきまりみたいなやつで、質素な暮らしをするようになってることで有名だ。
高級品を持ち込むのはおかしいと思って当然かも。
「途中で立ち寄る港で別の物を買うんでしょ。クルセイダ向きじゃないぜいたく品はアラミスやニライカナで売って……その分、麦なんかの食料でも新しく買い入れるんだと思う」
「確かに、聖国はぜいたくを嫌う国のはずですから、そういった荷は途中で下ろすのかもしれませんね」
昔の日本でも北前船というのが活躍してたはず。
いろいろな港でちがった特産品を取り扱って、その差額ですっごく稼ぐんじゃなかったっけ。くわしくはよく知らない。
帝国から聖国までにアラミス連合とニライカナ国の港に立ち寄って、それぞれの港で取引することでもうけていくんだろ。
「それなら、聖国行きの船でなくてもいいんじゃないかと思ったんですよ。アラミス行き、ニライカナ行きとか、それぞれの船の方がいいような」
「たぶん、聖国まで行くこと自体に意味があるはず。聖国から仕入れたい物でもあるんじゃないの? ダンジョン産の何かなんか可能性は高いのかも。それに、商人以外に巡礼者はいなかった?」
「あ、確かに巡礼者はたくさんいましたね。あと、軍人っぽい人もわずかですけどいました。どっちも話しかけにくい雰囲気で困りましたよ」
情報収集担当のイリーナでも話しかけにくいとかあるんだ。
「軍人はわからないけど、帝国は皇帝の戴冠を聖国の教皇にしてもらってる国だからね。友好国として航路を絶やさないことが重要なんじゃない?」
「そういう国際関係についても、もっと勉強しないとダメですね……姫さまに負けてるのはかなり心にきます……」
おいコラ!?
イリーナはわたしを何だと思ってるんだ!?
「これでもわたしは王子妃教育でたくさん勉強してきたんだけど……」
「そこが意外すぎてつい忘れちゃうんですよね……」
あのバカ王子が婚約破棄してくれるまではいっぱい勉強してたんだ。
メイルダースの脳筋どもとわたしはちょっとだけちがうはず。
もちろん、ヤーバナ王国の周辺国についてはちゃんと勉強してる。
ラマフティ帝国がクルセイダ聖国との関係を深めたのは、メイルダースにぼろぼろにされてからだ。
それまでは皇帝を名乗ってるだけの征服者だったけど、キザミーヤ大公国に攻め込んでメイルダースにぶちのめされてからは外交関係でヤーバナ王国を牽制できるように動いてる。
だからヤーバナ王国はニライカナ国との関係を悪くしないようにしてたし、ラフティなんかもヤーバナ王国は貿易でいいお客さんだって言ってた。
そう考えてみると……今、ラマフティ帝国がヤーバナ王国に戦争を仕掛けようとしてるのは、約50年くらいの積み重ねをガツンとぶつけようとしてるのかも。
……クルセイダ聖国とラマフティ帝国でヤーバナ王国を挟み撃ちにするとか?
なんか、そういう構想が自然と浮かんできた。
これ、マズいんじゃない?
いや、それはさすがにないか。
帝国は……かつての屈辱を倍返し、みたいな強引な大義名分は用意できるとしても……。
クルセイダ聖国にはヤーバナ王国に攻め込む大義名分がないはず……あれ?
そういえばあのバカ王子、国外追放先が聖国になってたような?
バカ王子を王位につける……とか、そういう強引な大義名分はつくれなくもないのか……? 一応、バカでも王子なのは間違いないし。
あいつバカだからまんまと踊らされるような気が……しないでもない。
しかも、だ。あのバカ王子を王位につけたら聖国はヤーバナ王国を好きなようにできるだろ。
「聖国行きが早まってよかったのかも……」
「姫さま……?」
あのストーカー公子、そこまで読んでるんじゃないか?
バカ王子をなんとかしないとマズいことになりそうだし。
……いや。
とりあえず、身体強化魔法を使えないようにする古代アイテムは、こっちの手にある。
これが複数用意されてるんならどうにもできないけど、ひとつしかないのなら帝国は手を引くしかない。
わたしが持っている時点で、帝国によるヤーバナ王国への侵略はないも同然だろ。
だったら……皇子とわたしの結婚ってルートが、現実味をもってくるような……。
ぶおぉぉぉんっ! ぶおぉぉぉんっ! ぶおぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっっ!
わたしの思考をさえぎるように角笛の音が響く。
「出港するみたいですね」
「そうね」
どうやらクルセイダ聖国では、あのバカ王子にぶっとい釘を刺さないとダメらしい。面倒な。
……やっぱり殴るのが早いような気がする。あいつ、バカだから殴られないと理解できないんじゃないか? それにあのバカ王子をなぐるんなら、アイーダも喜んで協力してくれそうだし。
わたしはそんなことを考えていた。
出港してしばらくたってからのことだった。
部屋の外がとにかく騒がしい。
何を叫んでいるのかはわからないけど、うるさいくらいの騒ぎが起きてるようだ。
一等船室まで聞こえてくるんなら、大騒ぎしてるんじゃないかな?
「……ちょっと見てきます」
イリーナが部屋を出て、外のようすを確認してくれる。
こういう時、アイーダはわたしの護衛として近くに残るのだ。
イリーナよりもアイーダの方が強いから、イリーナをひとりにするよりもアイーダの単独行動の方がいいような気もするんだけど。
「何があったんでしょうか? かなりうるさいような気がしましたけれど?」
「なんだろ? 予想以上に海が荒れてたとかならもっと揺れてるはずだし……」
大自然の問題ではないなら……船の上だと人間同士の争いしかない。
そう考えると、嫌な予感がする。
そこにイリーナが急いで戻ってきた。
「姫さま……」
イリーナの表情は暗く、声は小さかった。
何か問題が起きたらしい。
「……この船、東ではなく西へ進んでいるようです。あの騒ぎは商人たちが目的地がおかしいと騒いでいたようで……」
……え? どういうこと?
目的地がおかしい?
船が勝手に方向を決めるようなことは……ない、はず。
風向きが重要だとはいっても、それをどうにかするために船員がいるんだよね?
「イリーナ。外の者たちの話では、どこへ向かっているのです? 目的地がおかしいというのなら、どこが目的地か、商人たちはわかっているのでしょう?」
「方向から考えると……どうやら帝都へと向かっているみたいです……」
「帝都って……」
クルセイダ聖国には行けないってこと!?
わたしたちの知らないところで、とんでもない事態が進行しているらしい。
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