第24話 高速で走りながらでも話せるけど?
「……あの公子の話に乗ってよかったんですか?」
「まあ、状況としては仕方がないというか……」
「姫さまは、あの公子のことはもちろん、帝国の皇子たちとも結婚したいとは考えていないのです、イリーナ」
「えぇ……? 皇子と結婚とかしといたら、姫さまならいろいろとやりたい放題できそうなのに……」
わたしたちはラマフティ帝国の港町であるヤツローシを目指していた。
クルセイド聖国へ向かう船に乗るためだ。
夜の闇を切り裂くように、わたしのヘッドライト魔法が進路を照らす。
魔法、マジで便利。
街道を少し外れたルートを進んでるから、たまに魔物や動物が飛び出してくることもある。
まあ、それは殴ったり蹴ったりして跳ね飛ばすだけなんだけど。
メイルダースの中でも鍛え抜いた存在であるアイーダやイリーナなら、走りながら話すなんて余裕なのだ。
わたしの侍女兼護衛は優秀なので!
自慢しかない!
「このまま帝国にいると見つかったら面倒なことになるのは間違いないし、あの公子がクルセイド聖国行きの船に乗船できるようにしてくれてたから、ここはもう利用させてもらうわよ」
そのための準備は……なんとあのストーカー公子がやってくれていた。だからといって感謝はしてないし、するつもりもない。
手紙というか、乗船券の代わりの証文のようなものだけど……それを見せたら3人で船に乗れるようになってるらしい。
わたしがこの帝国の皇子に捕まらないように手を回してくれたみたい。
ストーカー公子のクセに気が利く。
……わたしのストーカーだからこそ、わたしと皇子を結びつけたくないのかも。
つまりストーカー公子が自分のためやってるだけ。だから感謝する必要はない気がするのだ。もちろんしてない。
わたしに求婚を断られて喜びながら悶えてたド変態なのにいい仕事してくれてる。仕事はできる男なんだなとは思う。
「……まさか姫さまの移動ルートを予想して、あの町に諜報部隊を100人近く配置していたとは思いませんでした。視線を感じたのはそのせいだったんですねー」
イリーナからはあきれた声が聞こえてくる。気持ちは分かる。
あのストーカー公子……タイラントはありえないヤツだ。
「あの公子は姫さまに関しては……そこまでやる男なのです。だからこそ注意が必要ですよ、イリーナ」
「はい、アイーダさま。姫さまのことを調べるように見せかけて、帝国の情報を集めるしたたかさは見習いたいくらいだし……」
属国の公子なのに、帝国内でやりたい放題やってるみたい。大公国に軍事力があったら逆に滅ぼすんじゃないかな?
マジであれは変人だ。でも、同時に切れ者でもある。
「……気になるのは、帝国がヤーバナ王国に攻め込もうとしてるとこよね」
「大公国の通過を認めろというのは、相手はヤーバナ王国しかありません」
「でも、あの公子なら……姫さまのために断るんじゃ……」
イリーナの考えは甘い。それは甘すぎだろ。
「イリーナ。あの公子は姫さまを娶れるように帝国が取り計らうのであれば、あっさりと帝国軍の通過を認めますよ」
「えっ……そうなんですか……?」
「今回は帝国の皇子と姫さまを結婚させようという動きがあるから、抵抗しているのでしょうね」
うん。
帝国はおそらく硬軟両面で動いてる。
情報の精査は必要だけど……今、わかる範囲ならそういうことだ。
わたしと皇子の結婚というルートが進むんなら、メイルダースとヤーバナ王家を切り離す方向で攻めるつもりだろ。
バカ王子のせいで婚約破棄事件もあったからタイミングはバッチリだ。
それがうまくいかなかったとしても……もちろん、うまくいかせるつもりはわたしにはないけど……。
帝国はメイルダースを封じ込めて、ヤーバナ王国との戦争そのものに勝利するつもりなのだ。
メイルダースと戦って勝つ。
普通ならありえない。
身体強化魔法の使い手が集まるメイルダースとの戦闘は……わたしのひいおじいさまの時にめちゃくちゃにされて帝国は完敗してる。
ひいおじいさまの妻となったのは大公国の伯爵令嬢で……その姉が大公妃になってたから、援軍はその縁で出したという話だった。
ちゃんとメイルダース辺境伯家のことも勉強はしてるから知ってる。
あの戦争そのものは……メイルダース以外のヤーバナ王国軍には被害も出ていたので、政治的決着では引き分けになってるけど……。
あの時、メイルダースが帝国に残した爪痕は深い、はず。
当然、わたしはまだ生まれてないから本当のところはよく分からない。
ただ、あの戦争を経験してる世代はもう死んでるか、引退してるか……そういう年齢になってるだろ。
そこも、今の帝国の侵略欲とつながってるのかも。
普通ならメイルダースを敵に回そうとは考えない。
でも……メイルダースの身体強化魔法を封じることができるのなら?
一騎当千のメイルダースの騎士や戦士が……せいぜい1対5とか、1対10とかの戦力にまで下がってしまうのであれば……。
数の力で帝国が押し切るという可能性は十分にあるのだ。
それに、帝国はニライカナ国と交渉を進めてるという話だった。
そこも大きなポイントだ。
ニライカナ国によるアラミス連合の切り取りを支援する代わりに、メイルダースを封じる力を貸せというのはありうる話だろ。
ニライカナ国がアラミス連合の切り取りからヤーバナ王国への侵略に切り替えようとしたことも……そう考えるとあの古代アイテムへとつながってくる。
「姫さま。あの古代アイテムのことなのでしょうか? 公子はそこまでの情報は掴んでいないようでしたけれど……」
「たぶん、ね。ただ、問題点は……」
「え? 古代アイテムって何の話です?」
わたしとアイーダの会話に、イリーナが首をかしげた。
「そういえばイリーナにはまだ話してなかったわね」
「身体強化が使えなくなる……空間なのか、特定の個人なのか……おそらく空間だと考えられます。そういう空間を作り出す古代アイテムがあるのです」
「そんなとんでもないものがあるなら絶対にマズいですよ!」
イリーナがあせったように叫ぶ。
「落ち着きなさい、イリーナ。すでにそのアイテムは姫さまがニライカナ国で回収済みなのです」
「えぇ!? うちの姫さまってば優秀すぎない……? いつの間にそんなものを手に入れて……? 前々から最強だとは思ってたけど……」
「ほめても何も出ないわよ、イリーナ」
わたしは走りながらもえへんと胸を張る。あんまり大きくないけど。
まあ、あの古代アイテムがこっちの手に落ちたのはただの偶然だ。
イリーナはすぐに真面目な表情へと戻った。
「……じゃあ、問題はないのでは?」
「そうとも言えないのよ。あの古代アイテムがひとつしか存在しないのか、それとも複数存在してるのか……そこが重要になってくるから」
「そういうことです、イリーナ。複数存在した場合、そしてそれが相手に利用された場合、メイルダースの戦力が大幅に低下することになります」
「やっぱりマズい状況じゃないですか……」
イリーナの感情が忙しく揺れ動いてる。
ごめんね、悪気はないんだ。
「だから急いでクルセイド聖国に向かうの」
「あ……ダンジョンですね? そういう古代アイテムが出てくるのなら、クルセイド聖国のダンジョンからの可能性が高いから」
「あちらでは情報収集を任せます。身体強化というより……魔力そのものをうまく使えないようにする古代アイテムです」
「了解しました、アイーダさま。それがたくさんダンジョンから出てるかどうかが重要ですね。希少価値がどのくらいなのか、実際どの程度、魔力が使えなくなるのか、いろいろと確認事項ありそう……」
イリーナがうんうんと力強くうなずく。
ところが、その動きがいきなりストップする。走る足は止まっていないけど……。
「イリーナ?」
「何かありましたか、イリーナ?」
「……あ、いえ。あの公子って切れ者だと感じていたので、姫さまをずいぶんあっさりと聖国へ行かせるんだな、と思っただけです」
「そのあたりは……読み切れないものがありますね、確かに……。ただ、姫さまへの異常な執着だけは間違いないのですけれど」
当然、あのストーカー公子は他の国へも諜報員を派遣してると思う。
ただ、情報伝達はそこまで早くない。それはアイーダからわたしも教わったことだ。
帝国も、ストーカー公子も、わたしたちも、それぞれが知ってることと知らないことがある。
その食い違いが……わたしをクルセイド聖国へ行かせる船へと乗せようとしてるんじゃないかと思う。
こっちとしては都合がいい。
「まあ、全部、偶然の産物かも。ただ、この流れには乗っておくべきかな」
「姫さまがそういうのなら、いいんですけど」
「わたくしたちは姫さまをお守りするだけでございます」
忠誠心の高いふたりが、わたしにとっても大切だ。
わたしだってふたりを……もちろんここにいないウルトたちも含めて守りたい。
……王都に置き去りにしちゃった償いも含めて。
クルセイド聖国でウルトたちと合流できるはず。
まずはそこからだ。
そのまま、わたしたちは夜を駆け抜ける風となった。
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