第23話 みんなどんだけ戦争したいんだ!?
「……何か、言ってるみたいですけど?」
「聞こえない」
「姫さまが結界を張ってくださいましたからね。静かでいいかと」
場所は変わって宿の食堂だ。
食事をしているわたしたちのテーブルを守るように、結界を張った。
ストーカーが入れないやつ。あと、ストーカーの声も遮断してる。ウザいから。
本当にわたしの結界魔法ってすっごく便利。
「あれの相手をするとなると、アイーダたちと一緒に食べられないでしょ。一応、あれでも公子なんだから」
「姫さまのお心が嬉しいです。ご配慮いただきありがとうございます」
「アイーダさまもあの公子には否定的なんですね……あんなに顔がいいのに……」
イリーナ。あいつは顔だけがいいド変態だからね?
とりあえずストーカー公子にわたしたちの食事の邪魔はさせない。
せめて食べる時間くらいはあのストーカー公子と関わりたくないのだ。
……しれっとした顔でストーカー公子の野郎が同席しようとしやがったからな。絶対にこっちには入れてやらない。結界の構築にも気合が入ってる。
「でもあれ、一応とはいえ、本物の公子なんですよね? 大公国の? ずっと無視したままというのはさすがにマズいんじゃないですかね?」
「まあ、そうなんだよねぇ……」
「食べ終わってから話せばよいのではないでしょうか」
話をしないという選択肢はアイーダにもないらしい。わたしは嫌なのに……。
うかつに殴れない相手だということ、それだけでも面倒なのだ。
キザミーヤ大公国は、ヤーバナ王国とラマフティ帝国の緩衝地帯となってる国だ。
かつて大公国を戦場として二国間の戦争があった。
二国の衝突は……一応、引き分けの扱いになってる。
戦後の話し合いで、二国がそれぞれ政治的、軍事的に大公国へ干渉できるようになったのだ。
政治的には内政監督官というのがラマフティ帝国から派遣され、軍事的には軍事監察官というのがヤーバナ王国から派遣されてる。
また、ヤーバナ王国は軍を大公国に駐留させてる。
形の上では……帝国の属国という扱いになる、らしい。政治が優先みたい。
そんな事情を抱えたキザミーヤ大公国の第一公子がタイラント・スリザ・デュ・キザミーヤだ。
「……それにしても、まさかこの宿をまるごと乗っ取っていたとは予想外です」
そう。
このストーカー公子はこの宿を乗っ取っていた。
わたしたち以外にお客さんがいなかったのはそういうことだったのだ。
「……そのくらいのことはやってのける人ではあります。だから要注意なのです、イリーナ。姫さまに対する理解度はおそらく、わたくしたちよりも深い可能性が高いでしょう」
子どもの頃から一緒にすごしたアイーダやイリーナよりもわたしを理解してるとかおかしいだろ。
すっごく気持ち悪いわ!?
この宿の看板をみてわたしがここを選ぶと、タイラントは確信していたらしい。本人がさっきそう言ってた。
まんまとその宿を選んでしまったわたしはいったい……。
「常識的に考えると、姫さまのことはなかなか理解できませんもんね……つまりあの公子は非常識枠ですか……」
「間違ってはいませんけれど、姫さまに対して失礼ですよ、イリーナ」
どっちも失礼だろ!?
わたしはかなり常識的だから!?
そこにいるストーカー公子と比べたらかなり常識的だって!?
……はあ。
これを食べ終わったら……ストーカー公子と話すのか……嫌だなぁ……。
「……それで、わたくしに何か御用ですか、公子殿下」
「ああ、ようやくボクの方をみてくれたね、セレスティーナ!」
立ち上がってわたしのところに近づこうとするけど、タイラントは結界にぼよんとはね返された。今は声だけ、結界を通り抜けるようにしている。
本当ならガツンとはね返したい。いや、壁まで吹っ飛ぶくらいでもいいか。このストーカーが公子って立派な身分じゃなかったら絶対にやってたのに。
中には入れないけど声は通すように変化させたので会話に問題はない。
こっちにこれ以上は近づかせたくないし、どちらもお忍びの扱いだ。無礼だとか言われることはないだろ。
「……この結界、解くつもりは?」
「ございません」
食後、わたしはタイラントと話すことにした。情報は必要だから我慢するしかなかった。
わたしの後ろにはアイーダとイリーナのふたりが立ってる。わたしたち3人を守るように結界はつくってある。
一応、わたしにだって貴族令嬢として話すことくらいは簡単にできるのだ。主に言葉遣い的な部分でなら。
「求婚の作法として、キミの足元にひざまずいて手をとりたいんだよ、ボクは」
「うわっ、気持ち悪い……」
「姫さま……」
すぐに素が出てしまって、小声でアイーダからの注意が入るけど――。
「……あぁ。セレスティーナらしい一言が……最高だ……」
――このストーカーにはこれが喜びになるのだ。ド変態でしょ、こいつ?
子どもの頃に出会った時は、こういう感じではなかった。
だからといって印象がよかったのかというと……逆だ。もっとオレ様っぽくてすっごく嫌なヤツだった。
その結果として……初対面だったけど、わたしは公子の腕をとってぐにゃりと肩を外してやったのだ。
手を伸ばしてわたしに触れようとしたから、というのがその理由だった。
……みんなに殴ってはいけないと言われてたから、シンプルに関節を外すことにしたんだけどね。あれってすごく痛いから。
当然、問題にはなったけど……メイルダース辺境伯家は大公国を帝国から守った歴史があったので……。
わたしはちょっと叱られるくらいで済んだ。
そんな初対面だから嫌われるはずなのに!?
それ以降……なぜかわたしの暴言や暴力を喜ぶ公子が誕生してた。怖い。
肩が外れた痛みで気を失ったはずなのに?
イケメン少年が白目でよだれをたらしながら気絶するって大惨事だったのに?
うん。どう考えてもド変態としか思えない。そんなド変態にわたしは近づいてほしくない。
もちろん、メイルダース辺境伯家に対して大公国から正式な婚約の申し込みとかもあったんだけど……それを避けるためにあのバカ王子との婚約が結ばれたという経緯があったりする。
……そう考えたら全部こいつが悪いんじゃない? もう殴ってもいいよね?
このストーカー公子がいるから、わたしの国外追放後の行き先としてキザミーヤ大公国だけは選択肢に入ってなかったのだ。
だって、嫌だよね、こいつの国とか?
「……それで、用件は何でしょうか?」
「もちろん、求婚に決まってるじゃないか」
「お断りします」
「早いな……だが、それがいい……」
いいのか!? ならあきらめろや!?
「……では、お話は終わりということでよろしいでしょうか、公子殿下?」
「ボクのことはタイラーと」
「それではわたくしたちは部屋へ戻りましょうか」
「ああ、待って! キミにとっても悪い話じゃあないんだよ? 信じて!」
立ち上がろうとしたわたしは、ストーカー公子をひとにらみしてからもう一度座り直した。
別にストーカー公子のことは信じていない。そこ、大事。
「……それで?」
「メイルダース辺境伯にはすでに婚約の申し込みをしているんだ。キミがあのバカ王子から婚約破棄されたと聞いて即座に、だ」
また申し込んだのかよ……。とっととあきらめてほしい……。
「……父の返答は? まさか……」
「いや、キミの返事次第だということだった。キミの意思確認ができない状態だったからだよ、セレスティーナ」
わたしの返事次第? 意思確認ができないというのは国外追放のことか。
本来なら貴族令嬢の結婚は親が決めるものだけど……わたしの場合はわたしが反抗するから、か……。それとも父からみてもこいつはダメなのか……。
「……その状況でよくわたしを見つけましたわね?」
「キミを見つけることは問題なくできるよ。キミがどう動くかなんて、手に取るようにわかるんだ、ボクにはね?」
「マジでキモい……絶対に無理……」
ウインクぱっちんとか、イケメンがやったら本当は素敵なのかもしれない。
でもそのイケメンがストーカーだったら、ひたすらキモい。
このわたしに精神的なものとはいえ、ダメージを与えてくるとは……。
「自慢じゃないが……大公国の諜報部隊の9割を帝国に送り込んだ。その長としてボク自身もだ」
「9割……? よくそんなことを帝国が許しましたね?」
大公国の内政は帝国に見張られてるんじゃなかったっけ?
それだけの人数を動かしたらどうやってもバレるんじゃないかな?
「ボクのキミへの想いは帝国の上層部にもよく知られているからね? 『ああ、また愚かな公子の悪ふざけがはじまったか』くらいにしか帝国側も思ってないよ。内政監督官も、帝都の連中も、ボクが送り込んだ諜報部隊はキミのことだけを探してると信じてる」
……つまり、それ以外のことも探っているってことか。
なんだかんだでわたしを利用してるわけだ。
この曲者め。いってみれば、うつけのフリをしてるって感じか。
「……何か、帝国の動きを掴んだ、ということでしょうか?」
「そうだね。帝国はバカ王子に婚約破棄されたキミを取り込めないかと検討してるみたいだよ。だから、ボクがキミを探し求めることは、自分たちの手間が省ける、くらいに思ってるんだ」
「……そうですか」
ストーカー公子にバカ王子呼ばわりされてて残念すぎるだろ、あのバカ王子……でもまあ、間違ってないか。
それにしても……帝国にわたしを……取り込む?
つまりは結婚相手として、ということだろ?
そうすると、こいつ……その話を聞いてキレたんじゃないか?
「実は、帝国から秘密裏に帝国軍の大公国の通過を見逃すように命じられてる。今は拒否してる状態だが……」
「……そうですか」
いきなり重要な情報をぶっこんできたな!?
帝国まで戦争する気になってる!?
大公国を通過させるってことはヤーバナ王国に攻め込むつもりだろ! 他に相手がいないからな!
ちょっと情報過多なんだけど!?
いやでも、さすがにそれは……わたしのこととは関係ないはず……。
そもそも帝国は……以前の戦争でメイルダースにこてんぱんにやられたはずだ。
それが大公国の現状につながってるわけで……。
「……帝国は愚かな歴史を繰り返すつもりなのですね」
「剣聖と呼ばれた先々代のメイルダース辺境伯にあそこまでやられて負けたのにね。大公国を緩衝地帯にしてまで避けてたヤーバナ王国との……メイルダースとの戦争を今回は決意したみたいだよ?」
「何を掴んでいるのでしょうか、公子殿下は?」
ストーカー公子の笑い方をみると……もう少しちゃんとした情報を掴んでると思う。
「……これってキミがボクと結婚することで、キザミーヤ大公国とメイルダース辺境伯家の結びつきを強めた方がいい状況じゃないかな?」
「さて、どうでしょうか……。大公国が滅びたとしてもメイルダースには関係ございませんでしょう? それに……もし戦えばメイルダースが勝つ。それだけでは?」
わたしが平然としたままそう言うと、ストーカー公子はにやりと笑った。
「それがねぇ……どうやら帝国は、メイルダースを封じ込める何かを手に入れたか、手に入れられるか、そのどちらか……らしいんだ」
メイルダースを封じ込める何か……?
嫌だけど……タイラントの表情を見る。
にこやかに笑ってるけど、たぶん……それ以上の情報は入ってない、か。
でも、嘘を言ってるわけでもない。
「キミの熱い視線がもらえて嬉しいよ、セレスティーナ」
「キモっ……それで、その何かとは?」
「ボクの力にも残念ながら限界があるんだ。そこまでは探れてないよ、さすがに……堂々と諜報部隊を帝都には送り込めないからね」
つまり、こっそりとは送り込んでるんだろ……。
「……何か、動きはございませんの?」
「うーん。外交ルートで、第一皇子がニライカナ国と交渉を重ねてるのはわかってるんだけど、さすがに第一皇子の近くにまでは、ね……」
……第一皇子がニライカナ国と交渉? あ!? まさか!
「……セレスティーナ、何か知ってるのかな?」
「いいえ、わたくしは何も知りませんけれど?」
このストーカー、カンがよすぎるだろ!?
わたしの表情の変化でそこに気づくか、普通!?
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