第22話 帝国までやってきました! いい感じで旅して……ないな!?
「本当に問題なかったわね……」
「ええ、盲点でした……」
「そのあたりは専門なのでお任せを」
わたしたちはアラミス連合のシブーシを脱出して、帝国――ラマフティ帝国へと入っていた。
アラミス連合へと入国した時のように、街道ではなく森や山を通ってだ。
そして、ラマフティ帝国とアラミス連合の間にある森をはさんだ位置の町マナミータにいた。
今は商業ギルドで両替してきたところだ。
本当に問題なく両替できるかどうか、わたしはドキドキしていたのだ。アイーダは両替については心配してなかったみたいだけど。
その理由は、マナミータへの入り方にあった。
国境の砦などをさけるために森なんかを通って移動しているけど、わたしとアイーダは普通にマナミータの城門を通るつもりだった。
それをイリーナに止められたのだ。『シブーシから出る時は屋根伝いに城壁を飛び越えたのに、どうして入る時は正面からなのでしょうか?』と。
わたしとアイーダは中に入ってからいろいろと不便になってしまうのではないかと反論した。
だけどイリーナは平然と『町から出る時はほとんど何も確認されませんし、町の中でもおかしなマネをしなければ何もおきませんよ。諜報関係の者が正面から入ることの方が少ないです』と言い切った。
それでイリーナのすすめに従って夜を待ち、城壁を飛び越えてマナミータの町へと侵入したのだ。
昨夜の一晩だけは路地裏に隠れてすごした。
でも、今日はローブのフードで顔を隠しながらではあるものの、普通に町の中を歩いた。ドキドキしたけど、特に捕まったりはしなかった。
そして、さっきは商業ギルドでアラミス連合の銀貨をラマフティ帝国の銀貨に両替したのだ。
係の人に『おまえたちは門を通ってないだろう?』とか言われたらどうしよう、ってドキドキしてたけど、何も言われなかった。
両替の時にはさすがにフードを外したけど、それだけで問題なく両替はできた。
門の出入りは関係ないらしい。それでいいのか、町の人よ……。
とにかく、入ってしまえば問題ないというイリーナの言葉は正しかったのだ。
「……あの程度の小銭の両替は日常業務ですから不自然ではありません。むしろ、正面から城門を通るといろいろと確認されてしまうので、そちらの方が問題だと思いますよ?」
「う……」
「両替は問題ないとは思っていましたけれど……城門をさけるべきだったとは……」
「まあ、あえて城門を通る必要がある場合は別ですが、これからはこっちの方がいいんじゃないですかね?」
わたしとアイーダはもう黙るしかなかった。
イリーナが正しい。わたしとアイーダよりも世慣れてる感じがする。
それに、城門に並ぶ待ち時間とかも必要ないんだから、夜に侵入した方がいい。
「……とにかく、美味しいものでも探して食べましょうよ。それが姫さまの目的だったんですよね?」
「そ、そうね!」
わたしはイリーナの言葉でテンションが上がった。
とりあえず食べる。これは大事だろ。
「この町では何が美味しいのか、イリーナは知っているの?」
「そのあたりは町の人に聞きながらでもいいと思いますよ」
わたしとアイーダは半歩下がって、イリーナに先頭を歩かせることにした。
町歩きの経験値がちがう。イリーナ、すごい。さすがは情報担当だ。
「それにしても、3億はありえないでしょ、3億は。たかが婚約破棄くらいで」
「姫さま。食べながら話すのはいかがなものかと」
アイーダはこんな時まで注意してくる。ちょっとくらいならいいでしょ。
串焼きの肉を食べながら、わたしはヤーバナ王国とアラミス連合の戦争の原因となった賠償について考えていた。
「うーん。一般的には……せいぜい300万ガルバナというところでしょうかね」
「……姫さまへの賠償ですからどんなに多くなっても当然ではありますけれど……確かに3億というのは、一般的にはありえない金額です」
「そうだよね? なんでそんな金額になったんだろ?」
イリーナの言う通り、一般的には300万ガルバナくらいだと思う。
わたしが王子妃の予定……つまり王子の婚約者だったことを加味したとしてもせいぜい500万から600万くらいか、まあ最高で1000万ガルバナくらいだろ。
それが3億というのは本当におかしい。30倍くらいおかしい。
しかもそのせいで戦争になりかけてるなんてバカなんじゃないの?
「……考えられるのは、領軍を動かしたことではないでしょうか? 姫さまへの賠償金だけでなくメイルダース領軍を引かせるためというのであれば……まあ、それでも多いかもしれませんね」
「戦後賠償込みでも3億ガルバナは多いでしょ。たぶん、戦闘にはなってなくてメイルダースには被害が出てない上に期間も数日くらいで短かったわけだし。せいぜい3000万くらいじゃない?」
そう。
あまりにも高額すぎるのだ。3億というのは絶対に高い。
そのせいでヤーバナ王国はアラミス連合に戦争を仕掛けようとしたくらいだし。
「……まあ、予想はできなくないですけど」
「え? イリーナにはわかるの?」
わたしとアイーダの視線がイリーナへと向いた。
「わかるというか……北方の領主たちがメイルダースと王家の間に立って交渉したのは間違いないんですよ」
「それはこの前、聞いたわね」
「でも、最終的な交渉の席には城主さまか若さまが出るはずなので……」
「あ~……」
「なるほど、そういう可能性ですか……」
わたしとアイーダも納得した。してしまった。
わたしの父であるメイルダース辺境伯なら……うん。全部筋肉が悪い。
「おそらく北方の領主は、3億を最初に提示して少しずつ下げていくつもりだったのでは? 交渉術として?」
「実際に交渉の場に入った城主さまは交渉術だと考えずに、そこから1ガルバナも譲らなかったのでしょう。そのようすが目に浮かぶようです」
「文字通り交渉のテーブルが真っ二つになっていてもおかしくないですよ。城主さまなら。それを見たふぬけの王家側が3億のままで交渉を終えたんじゃないですかね」
きっと高級なテーブルだったんだろ。
真っ二つじゃなくてこなごなになってるかも。
まあ、そのせいで別の戦争につながるなんて誰も予想できない。
つまりメイルダースは悪くない、はず。
そういうことにしとくか。
「……それにしても、見られてるわね?」
「そうですね。斬り捨ててきましょうか?」
「アイーダ……わたしには殴るなって言ったクセに……」
ちらちらとわたしたちに向けられる視線が多い。さすがに気になる。
「姫さまとアイーダさまが並んで歩いていれば、そりゃ男どもの視線をいくらでも集めますって」
「そうなの?」
「自覚が足りないですよ……フードだけじゃ完全に顔を隠せるわけじゃないので、このくらいの視線はしょうがないんじゃないですかね……とはいえ、気になる視線もいくつかはありますけど……」
イリーナは目だけを動かして周囲を確認する。
気になる視線ってことは……監視っぽいってことか? 門を通らなかったのに。
「……商業ギルドでは小銭しか両替してませんから、お金を狙ってるってこともないか。うーん、何でしょうかね?」
イリーナにもよく分からないようだ。
「イリーナ、姫さまの安全に問題は?」
「アイーダさまがいるのに何の問題があるのか理解できないです……あるとすれば姫さまがこっちに戦闘をさせてる間に逃げることくらいで……とりあえず、今日は宿をとりましょうね」
「逃げないからね!?」
侍女のふたりからわたしへの信頼が失われてる気がする!?
わたしたちは宿へと入った。
やどりぎ亭というこの宿は、馬車止めや馬房もある中流のホテルだ。
入口の看板に描かれた大木のうろが子どもの頃に入った魔境の森で見たものに似ていた。それを見てわたしはこの宿がいいと思ったのだ。一目惚れである。
ひとり銀貨1枚で合計3枚になる。
一泊だけの予定だからそんなもんで十分だろ。
3人一緒の部屋で、ということになったからカギをもらってわたしたちはそのまま部屋へと向かう。
見える範囲のドアはほとんどが半開きになっていた。どうやら宿泊者が中に入って閉めるようになってるらしい。変なシステムだ。
わたしはアイーダたちとのパジャマパーティーを思い描きながら、わたしたちが泊る予定の部屋のドアを大きく開けた。
「やあ、待っていたよ、愛しのセレスティーナ」
バタンっっ!
わたしはすぐにドアを閉めた。
「……今のは公子殿下でしたね……」
「え? あの大公国の?」
「なんであいつがわたしたちの部屋にいるの!? しかも先回りして!?」
わたしが閉めたドアがゆっくりと開かれていく。
そこには見間違いではなく、イケメン公子が立っていた。
「キミの隣が空席になったと聞いたよ、セレスティーナ? だから待っていたのさ」
キザミーヤ大公国の公子、タイラント・スリザ・デュ・キザミーヤ。
わたしのストーカーがそこにいた。
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