第20話 相手が思ってたんとちがったんだけど!?
「姫さま。あちらに高札が立てられているようです。何かの布告が出るのでは?」
「そんなことよりも急いで帝国に向かうべきだと思いますが」
わたしたちがシブーシを出て帝国へ向かおうとして、ちょうど中央広場に通りかかった時だった。
立てられようとしてる高札に気づいたアイーダがわたしに教えてくれたんだけど、それに対するイリーナの発言があやしい。
間違ったことを言ってるわけじゃない。確かに帝国へは急いだ方がいいと思う。
でも、あやしい。
「……イリーナ?」
「チッ……」
「姫さまに向かって舌打ちするとは……イリーナ、そこに首を差し出しなさい……」
「首はいいから、アイーダ。ちょっと高札を確認してきて」
わたしはアイーダとイリーナの距離を物理的に離すことにした。
ふたりの実力差から考えるとイリーナの首が本当に斬り落とされてしまう可能性がある。イリーナも強いんだけど……アイーダは強すぎるから。
ほんの少しだけ不満そうな顔をして、アイーダは立てられたばかりの高札へと歩いていった。
「……何を隠してるの?」
「……昨日、お伝えした通り、戦争が始まる可能性が高いです」
「はっきりそうは言わなかったでしょ。あくまでも物価高騰と……傭兵団の演習って話だけで」
「姫さまはそれで戦争が始まると理解なさいましたよね?」
もちろんその話から戦争になるというのはわたしも予想した。
これに関しては……わたしの婚約破棄以降の行動も無関係とまでは言えない可能性が高い。
ミヤーコの英雄とニライカナ国で呼ばれている傭兵とその傭兵団をぶっとばしたのはわたしだから。
ずっとニライカナ国との戦争を続けているアラミス連合にしてみれば突然チャンスがやってきたようなものだ。
敵対国の戦力が落ちたというのなら、その隙を突かないはずがない。ごくごく自然な選択だと思う。
でもまあ、あれはニライカナ国の自業自得とも思うけど。
ヤーバナ王国を侵略しようなんて考える方が悪いに決まってる。
だからわたしのせいじゃない。
無関係ではないけど、わたしのせいではないはずなのだ。
そんなことより……イリーナだ。イリーナがなんかあやしい。
「だから何を隠してるのよ? 別に怒らないから言いなさい、イリーナ」
「……本当に怒りませんか?」
「わたしが怒ったからって何かが変わるわけじゃないんでしょ」
「それは……」
「姫さまっ……」
イリーナの言葉は小走りで慌てて戻ってきたアイーダによってさえぎられた。
「戦争が始まりますっ……」
「うん、それは分かってるけど……」
「相手はヤーバナ王国ですっ……」
「なっ……」
なんでニライカナ国じゃなくてヤーバナ王国なわけ!?
わたしはアイーダからイリーナへと視線を動かした。
イリーナは思いっきりあらぬ方向へと顔をそむけて、ぴゅ~と口笛を吹いていた。
それでごまかせると思ってるのならダメだろ。
こいつ……絶対に何か、しでかしてやがる……。
「おいおい戦争なのはともかく、相手はヤーバナだって? なんでニライカナじゃねーの?」
「どうなってんだ? 大丈夫なのかよ?」
「なんかヤーバナとモメたらしいっつーのは聞いたんだが……」
「あれだろ? ヤーバナ人の大量惨殺事件。最近の話だとそれしかないって」
わたしたちが場所を移してテラス席がある開放的なレストランに入る頃には、シブーシの住人たちも大騒ぎになっていた。
中央広場以外にも高札が立てられていたらしい。
……聞こえてきたのは、ヤーバナ人の大量惨殺事件。
ただの殺人事件でもなく、ただの大量殺人でもなく……大量惨殺事件。
惨殺の惨は……むごいという意味だ。
町に流れてる噂だと、手から全部の指が切り落とされてたとか、両目が潰されてたとか、男性の象徴がなくなってたとか……その他いろいろ。
それが20人以上も、だ。
アラミス連合では外国人となるヤーバナ王国の人間が、アラミス連合の国内で大量に惨殺死体となって発見された。
ヤーバナ王国は激しく抗議して、賠償金3億ガルバナを請求。減額はしないものの6年間の分割払いは認める方針だという。
……いやあ、それ、どこかで聞いた話とそっくりなんだけど!?
アラミス連合側の調査で犯人は不明のまま逃亡したことになってる。
外国人が惨殺されるというのは国際問題だから、アラミス連合も本気で調べた。それはもう本気も本気で調べた。
そうすると……惨殺されたヤーバナ人たちはとある行方不明の女性を探していたことが明らかになっていく。
「……どうして顔が完全に分からないようになるまで潰しておかなかったのですか、イリーナ」
「まさか、こうなるとは思ってなかったというか……姫さまを追うなら命を捨てる覚悟をしろという王家に対するメッセージのつもりで……。あ、それでも何人かは顔が分からなくなってるはず……」
アイーダもイリーナもちょっとズレてる。
別にそういう部分は嫌いじゃないけど、今は困る。
さて、続きだ。
アラミス連合はヤーバナ王国内で発生した婚約破棄アンド国外追放事件についても情報を入手して、アラミス連合国内で惨殺されたヤーバナ人はヤーバナ人同士の争いによるものと宣言した。
もちろんヤーバナ王国はそれに反発したわけなんだけど……。
ここで……王都がメイルダースによって攻め落とされなかったことが地味に影響してくる。
王都は街道の封鎖で食料不足にはなったけど……メイルダースとの戦闘がなかったので、王国内では一兵たりとも失われてはいなかったのだ。
メイルダースともめたのに誰も死んでないとか!?
北方の領主たち、裏工作を頑張りすぎだから!?
結果として、ありえない3億の賠償が!?
ま、まあ、賠償はともかくとして……戦力にそこまで不安がないヤーバナ王国はアラミス連合との国境付近の城であるオービ城へと諸侯に集結を命じた。
メイルダースがそれに応じるかどうかは……それまでの状況からたぶん無視すると思うけど、戦いたくて出てくる可能性もゼロではない。
「……王家の狙いは、はっきりしてるか」
「メイルダースに支払う賠償金をアラミス連合に肩代わりさせるつもりでしょう。全額でなくとも、ある程度は払わせたいという部分も含めて。実際、アラミス連合の中でヤーバナ人が惨殺されたのは事実です」
アイーダは事実って言い切ってるけど……。
でも、その犯人って、ここにいるから。
イリーナだから。
まるで自作自演で戦争をふっかけるという最悪なヤツでは!?
それでいいのかヤーバナ王国!?
まあ、勝てば官軍って言葉もあるけど……戦争は勝ちさえすればいいという考えも当然だけど、ある。嫌な話だけどね……。
「……アラミス連合としては賠償金なんか払いたくないでしょ」
「それはもちろんそうですけれど、ヤーバナ人大量惨殺事件は発生していますし、その犯人は捕まっていません」
「そんなつもりはないです」
それはそう。イリーナには捕まるつもりはないだろ。
それはイリーナに言われなくても分かってる。
わたしもイリーナを自首させる気はない。
「ジレンマか。賠償金は払いたくないけど、戦争も本当はしたくない。アラミス連合としては……まだ賠償金の方がマシかも……」
「本当の敵はニライカナ国ですからね……ここでヤーバナ王国と戦うのは下策です」
「ある意味で、ヤーバナ王国は急所を突いたとも言える。たぶん偶然だけど」
「城主さまが後ろから突いた結果、王家が前に飛び出したという感じではあります」
「アイーダさま、うまいこと言いますね……」
「イリーナ。あなたはもっと反省しなさい」
これ、どうしたもんか。
わたしは関係ないから知らないと、ここを逃げ出すこともできる。
まあ、王家がそれでメイルダースへの賠償を楽に済ませるのはちょっと気にくわないけど。
そこは王家に負担させたいだろ、やっぱり。
それに……アラミス連合にしてみれば本当にいい迷惑だろ。
だいぶふざけた話になってる。
王家に恨みがあるわけでも、アラミス連合に借りがあるわけでもない。
でも、なんか……うまく消化できないものがある。
何か……いい手があれば……あ。
アレをうまく使えば……どうにかなるかも……。
わたしは立ち上がった。
「……姫さま?」
「とりあえず行くよ」
このくだらない戦争を止めるために、ちょっとだけ動くことにする。
でも、殴らない解決方法って基本的に面倒だろ……。
全員殴って潰した方が絶対に早い気がする……。
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