第2話 おさかな食べてたらからまれた!
「うーん! おっいしー! おさかなサイコー!」
塩焼きというシンプルさがもうたまらない。
わたしはニライカナ国の港町であるナーハにいた。
わたしが生まれ育ったヤーバナ王国の南側にある隣国だ。
国としての規模はヤーバナ王国の方が大きいけど……重要なのはそこじゃない。
学園を飛び出したわたしはまず、南の国境を目指した。
理由は……できるだけメイルダース辺境伯領から離れるため。
王家の追手とかは面倒だけど、どうにでもなる。
問題は……メイルダース辺境伯家からの捜索隊の方だろ。
1対1から1対10くらいまでの人数差ならどうにかできるとしても、メイルダースの捜索隊だとそれ以上は厳しい。
……それ以上だと手加減が難しいから。殺すしかなくなってくるのは嫌だ。知ってる人の可能性が高いし。
メイルダース辺境伯領はヤーバナ王国の北東部の国境地帯にある。
だから南へ逃げたというのはシンプルな話だ。
できるだけ離れる。これ、基本。
パーティーで着ていたドレスなんかはうまく偽装して、そのへんの女の子に譲り渡した。持ってきて売るという手もあったけど……偽装も大事。
捜索隊が王都で混乱してると助かる。
「……焼き魚も、煮魚もいいけど、生魚はないのが残念……」
南に向かった一番の目的はおさかなだったけどな!
すっごく食べたかったから!
おさかなサイコー!
まあ実際のところ、わたしは旅そのものにはあまり不安はない。
わたしは十分に強いから。
寝るのも結界魔法でだいたいの問題はクリアだ。
資金は空間魔法の収納で確保してる宝石とか素材とかで十分に足りる。
ただ国が変わるとお金がちがったりして不便で、そのためにいろいろと換金しなきゃダメというのが面倒で……。
「……おい? おまえだな? オークションに灰色ヒグマの毛皮をまるごと出したっつーのは?」
……こんな風に、チンピラにからまれることになる。
灰色ヒグマなら高く売れそうだと思って商業ギルドのオークションに出したけど、やれやれだ。
目つきの悪い連中が4人くらいでこっちを見てる。
まだ囲もうとしてないから、完全にナメられてるのは楽でいい。
わたしは手加減して一番後ろの男の腹を殴った。
「ぐはっっ!?」
反応が遅い。
こっちの動きが全然見えてない。
ザコすぎる。
「どばぁっ!?」
「ぐえええっ!?」
二人目、三人目と、同じように腹パンで沈めていく。
とりあえず殴る。
これで、だいたい解決するのだから簡単だ。
「なっ……」
残りは話しかけてきた男だけになった。
「オークションにクマをだしたら何?」
「ふ、普通はまず会話するだろーが! いきなり殴るとか頭おかしーのかよ!?」
失礼な。
機先を制するという言葉があるのに。
わたしに言わせれば、なぜ相手が準備不足のうちに殴らないのかという話だ。
もちろん、情報を引き出すとかそういう理由があれば別。
最後にひとりだけ残したのはそのためだ。
「何? アンタも殴られたい?」
「え、あ、いや……それは……」
「用事があるのか、ないのか、どっち?」
「あ、ある! お、おまえがオークションに出した灰色ヒグマの毛皮を買い取りたいって人が!」
「ふーん。いくらで?」
「1万ゴルダラだ!」
「バカなの?」
「ぐばあっっ!?」
わたしは最後の男にも腹パンをかました。
情報を聞き出す前にイラっときてしまった。
灰色ヒグマはメイルダース辺境伯領の奥地に生息しているクマだ。
ニライカナ国ではまず入手不可能なもので、貴重なものだとわかっている。
オークションのために商業ギルドで確認してある。
競り始めが100万ゴルダラからなのだ。
わたしには落札額の7割が入ることになっている。
最低でも70万ゴルダラだ。
だから1万ゴルダラはありえない金額としか思えない。
「……まあ、アンタらの依頼主が言った金額をそのまま口にしたんだろうけど、バカなの?」
地面に倒れた4人の男を見下ろして、わたしはため息をついた。
この依頼主はきっと、まだまだ面倒なことをやってくる気がする。
まあ、それならそれで殴るだけなんだけど……。
「で、アンタらの依頼主はどこの誰? 手加減してあげたんだから案内しなさい」
チンピラたちはイシガー組という、とあるやんちゃなグループの人だったらしい。
そのイシガー組に依頼したのは……この国の評議会議員のラフティとかいうおじさんだった。
ニライカナ国は……王国ではない。
つまり王制ではなく、別の政治システムということだ。
いわゆる民主制とか、議会制とかいうタイプの国になる。
ニライカナ国は合議制って自分たちでは言ってるらしい。
大商人などの有力者による合議制で、選挙とかはない。
合議制の中のメンバーが認めた新たな有力者がいれば、新メンバーになるって仕組みのようだ。
血筋を重んじる王制や貴族制とはちがって、この国のやり方はある意味では実力主義とも考えられる。
まあ、今では有力者が自分の息子に継がせる形だから世襲議員みたいだし、実質的には貴族制みたいなものだけど。
とりあえずわたしはイシガー組の人たちをどんどん殴って……最後の一人になったところで、評議会議員のラフティの屋敷へと案内させた。
最後のひとりになるとだいたい情報も話してもらえるから、殴ると早いのだ。
正直なところ、灰色ヒグマが売れるのならそれはそれでいい。
適正価格なら、だ。
ラフティとかいう評議会議員が100万ゴルダラで買ってくれるんなら、それはそれで問題ない。
わたしはオークションでどうしても高額にしたいと思ってるワケじゃないし、ニライカナ国の通貨でしばらくは生活に困らない金額があればそれでいいと思ってる。
……まあ、1万ゴルダラとか言ってくるヤツにはあんまり期待できないけど。
開かれた屋敷の扉の中へと踏み込みながら、わたしは苦笑したのだった。