第18話 ふたりめの……侍女。侍女?
都市国家群アラミス連合はもともと軍事同盟だ。それがひとつの国のような形になったものだといえる。
支配領域を広げたい隣のニライカナ国が攻めてくるから軍事同盟を結んだ。
もともとはひとつひとつの都市が独立国で……実質的には今も独立国というべきなのかも。
このアラミスという名前は軍事同盟を提唱した人物であるアラミス・デ・シブーシの名前からつけられたもので、アラミス連合の中にアラミスという都市があるわけではない。
……連合名を都市名にする方がたぶんもめたんじゃないかな。人名の方が無難だったんだろ。
連合内にあるのは都市国家だとはいっても、その周辺には村が存在してる。
そういう村々は遊牧や放牧など牧畜系が中心で、農業はあまりできない。水源はゼロではないけど少ないから。
大きな水源を確保できた都市部だけが農耕に力を入れて城壁を築いたんだと思っていい。
海側に大きな山脈があるせいで、アラミス連合側にはあまり雨が降らない。
そのせいで乾燥地帯になっているのだ。
この地理的要因は、大きな港町がひとつしかないことにも関係してる。
ただ、その山脈に降った雨は……さまざまな形でアラミス連合側のどこかに水を生み出してる。
だいたいが地下水として、だ。
普通に大きな川として流れていれば楽だったのに。
現在のアラミス連合は5つの都市国家の集まりだ。
ニライカナ国には8つの大きな都市があるので、国としての規模で負けている。
ニライカナ国ができた時は5つの都市から評議会議員を決めていたらしい。
じわじわとアラミス連合を侵略して……ニライカナ国のたてまえとしては故地を回復してになるけど……。
ニライカナ国が新たな都市を攻め落として6都市になった時、残り7つの都市国家がアラミス・デ・シブーシの呼びかけで連合を組んだ。
連合を組んでからもさらに2つの都市を攻め落とされて……今に至る。
こういうことは王子妃としての教育でちゃんと学んだから知ってる。
他国の歴史だからざっくりとした内容ではあるけど。
「都市国家アーマミがもっともヤーバナ王国に近く、王都を出たイリーナはそこへ向かいました。姫さまが最初にアラミス連合へ向かっていた場合、そこでイリーナと合流していたと考えられます」
「それならアーマミまで行くか。いやでも……王家はともかく、メイルダースからの追手もいるかも……」
王都を包囲した内乱もそろそろ決着がついた頃だろ。
メイルダースからの追手……いや。捜索隊も本格的になってる可能性がある。
「そうですね。イリーナは姫さまとアーマミで合流できなかった場合、最大の都市であるシブーシを目指すことになっていましたので、わたくしたちもシブーシへ向かった方がいいでしょう」
「ここから一番近いのってとりあえずミヤーコだけど……立ち寄らずに?」
「姫さまのおかげで補給については心配がないですから」
ミヤーコは最近戦争でニライカナ国に攻め込まれた都市だ。
荒らされた都市なんて、あまり見たいものでもない。
わたしとアイーダは立ち寄った村で鳥を売って銅貨を貯めながらシブーシを目指した。
わたしとアイーダが入門税を銅貨で納めてシブーシの中へと入ると……すぐにフード付きのマントで顔を隠した人が近づいてきた。
「……お待ちしておりました。予想があたってよかったです」
「イリーナ? まさか、毎日、門の近くにいたの?」
「はい。ヤーバナ王国から直接ではなく、ニライカナ国方面からだとするとこの門なので」
イリーナは毎日、門でわたしを待っていたらしい。
……いや、絶対に嘘だろ。さすがに毎日待ってるはずがない。
「……イリーナ。そういう嘘で姫さまへの忠誠をみせかけるのはやめなさい」
「あ、やっぱり嘘なんだ」
「アイーダさま。姫さまなら信じてくださったかもしれないのにどうしてバラしてしまうのですか?」
「そういうやり方があまり好きではないからよ。まったく」
イリーナはわたしのひとつ年下で、メイルダース辺境伯に古くから仕える男爵家の娘。つまり男爵令嬢だ。
もちろんメイルダースの一員なので、いろいろと戦闘力は高い。はっきりいえばわたしの侍女なのでメイルダースでもトップクラスの強さだ。
でも一番得意なのは……情報収集だという……マジか……。
「とりあえず移動しながら話します。ついてきてください」
「分かった」
わたしとアイーダはイリーナのすぐ後ろに続いて歩く。
イリーナはシブーシの町の中をもう把握しているらしい。迷わずにどんどん歩いていく。
「……エドからの報告で城主さまは領軍をすぐに動かしたようです」
「すぐに?」
会話は小声だ。
他の人には聞こえないくらいだと思う。
「はい。日数を計算すると、エドの報告があった次の日には辺境伯領から出ているのではないかと」
「そう」
「すでに王家はメイルダースへの賠償を決定しているとのことです」
「あ、やっぱり。もう王都の包囲は終わったんだ」
「いえ。そもそも包囲はしていないようですが……どこからの情報でしょうか?」
「あ、ちがったんだ?」
「北門からの街道と西門からの街道を封鎖したとしか」
王都の包囲ではなく、街道の封鎖だったのか。
そうすると……輸送を妨害して、物資をストップさせたってことになる。
メイルダースらしからぬやり方は気になる。
だいぶ頭を使ってる。
「あー……それだと王都に食料があまり入らなくなるよね。そんな方法を選ぶなんて珍しいというか、メイルダースにしてはありえないというか」
「もちろん攻め落とそうと思えば1日で十分かと。ただ、北方の領主たちが王家とメイルダースの両方を説得したらしいので」
「なるほど、そっちからの入れ知恵か」
北方の領主たちがうまいこと利益を手にしようと動いたのか。
まあ、ヤーバナ王国全体が崩壊するよりはいい。
「王家は第二王子とその恋人、王子の側近の3人を国外追放にしました。首でもよかったのではないかと思いますが、姫さまと同じ扱いにすることに意味があったのかもしれません」
あのバカ王子、自分が国外追放になったらしい。
婚約破棄とか叫ぶんじゃなくて、ちゃんとわたしと話し合えば……うるさい殴るぞと脅していたかも。ダメか。
まあ、命があるだけマシだと思ってもらいたい。
「まさかと思うけど……死んだら一瞬だけしか苦しまないからとか?」
「そういう考え方もあったかもしれませんが……どうやら姫さまの捜索も命じられたようですね。姫さまを見つけ出し、連れ帰れば国外追放は許される、と」
「あのバカが追手なら楽勝じゃない。捕まるなんてありえないんだけど……」
わたしに殴られて意識を失うバカ王子しかイメージできない……。
「王子とその恋人はクルセイド聖国、前宰相の息子は帝国、王子の乳兄弟はニライカナ、前騎士団長の息子はここ、アラミス連合へと追放されました。姫さまの行き先が分からなかったので」
「う……それについてはごめんなさい」
「いえ。気にしておりません。メイルダースが得た賠償金は3億ガルバナ。6年間の分割払いだそうです。それと、3年間、魔境の森の素材を王都には流通させないことも。このあたりも北方の領主たちからの入れ知恵かと」
「3億……? えぇ……?」
「普通なら考えられない金額ですけれど……姫さまへの婚約破棄であるのならその金額でも……」
「いやいや、さすがにおかしい金額でしょ……」
「ですよね……?」
ガルバナはヤーバナ王国の通貨単位だ。
面倒だから大陸で統一して欲しいけど、そんな理由で共通の通貨にはならないか。
それにしても……本当に驚くほどたくさんの情報を入手してる。わたしがいなくなったあとのヤーバナ王国のことがよく分かる。
イリーナってすごい。
「……ねえ? メイルダースからの追……捜索隊はきてる?」
「アラミス連合方面については、アーマミでは姫さまの痕跡が全く見つけられないことからすでに大部分が帰国しております」
「大部分が?」
「ふたりほど残っていますので。あとの10人以上は帰国したとか。残ったふたりも情報収集が目的ですね。できるとは思いませんけど」
ふたり、か。
それなら戦っても手加減ができそうだ。ちょっと安心した。
あと、脳筋な連中に情報収集は難しいよね。
「王家からの追手はたくさん残っておりました」
「……おり、ました?」
そこは過去形なんだ?
わたしがイリーナの顔を見つめると、イリーナはにこりと笑った。
「ほとんど始末しておきました」
「あ、そう……って、ほとんど? ここまでの情報ってまさか、その王家からの追手を?」
「あの者たちはなかなか口を割りませんから、少しちがいます」
「そうなんだ。じゃあ、どうやって?」
「中には、簡単に口を割る者がおりましたから……そこからいろいろと聞き出したのです。ただし、真実とは限りませんからそこはどうかお許しください」
「そんなのもいるのか……王家ってば残念」
「王家というより……前騎士団長の息子ですね。ふがいない男です」
「あいつなの!?」
いや、確かに……拷問とか耐えられそうにない感じはする。
婚約破棄の時も、わたしに殴られるのは嫌がってたし。
男らしくないだろ、あいつ。
「とどめは姫さまからと思いまして……あれだけは生かしておきました」
「そ、そうなんだ……」
つまり……わたしは今、前騎士団長の息子のところに案内されてるってこと?
うん? 『前』騎士団長って……。
「……イリーナ。『前』騎士団長ってことは……」
「当然のことながら、すでにその地位を失っております。爵位は下がったものの子爵位を残したようですが。そのあたりは宰相も同じ状態です」
「……宮廷内の嫌なヤツらも動いた感じ?」
「おそらくはそうかと」
ついでに内部闘争とか……本当に面倒な連中だ。
そう考えると国外追放って最高でしょ。ああいうのに関わらなくていいんだから。
わたしはそう思っていたのに、そこに同意できない人間もいるようで……。
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