第10話 アイーダは姉のような何かです
「……それで、アイーダは追手じゃないって、どういうこと?」
ホテルダイヤモンドナーゴのスイートルームのソファに座ったわたしは、アイーダを見上げた。
ホテル代はラフティが払う予定だから泊ってるのはスイートルームなのだ。
自分でも払えなくはないけど、払うつもりはない。
ラフティに払わせることでラフティ側だと信じてもらうためでもある。
さっきまでは監視役……だと思われるナミーユをこのスイートルームから追い出してた。
今はもうわたしとアイーダのふたりきりだ。
「姫さま。まずは久しぶりにわたくしのお茶でもお楽しみください」
「あ、うん。ありがと」
「ではさっそくいれさせていただきます。それをお飲みになっている間に準備いたしますので、ご入浴を」
「あ、いや……」
「ご入浴を」
「はい……」
「お話は姫さまを綺麗にしてからでございます」
アイーダはわたしの3つ年上の女の子で……小さな頃からそばにいた侍女だ。
また、アイーダ本人もメイルダース辺境伯を寄親とする子爵家の娘なので子爵令嬢ということになる。
ちなみに子爵夫人はわたしの乳母なので、アイーダは乳姉妹ということになる。
遠縁だからメイルダースの血も入ってて、わたしとアイーダはよく似ているから本当に姉妹のようなのだ。
わたしと一緒にいると、どっちがお嬢さまなのか分からないくらいだったりする。
それはわたしが貴族令嬢らしくないからだけど。
それに辺境伯家は男ばっかりだったから、アイーダはわたしにとっては本当に姉のような存在で……言ってしまえば心理的に逆らえない部分もなくはないのだ。
別に苦手ということはない。どっちかといえばアイーダのことは大好きだ。
わたしはお茶を飲んで、その後はお風呂でめちゃくちゃ洗われた。
アイーダはごしごしするのに手加減なしだった。ひどい。
「……それで、アイーダは追手じゃないの?」
「もちろんです。どうしてわたくしが追手になるとお考えに?」
「いや、だって……王都にいたんだし、一番早くわたしに追いつけそうだし……」
「姫さま」
アイーダは左手を腰にあてて、右手の人差し指を指揮棒のように振り上げながら口を開いた。
わたしを説教する時の動きだ。
ちょっとだけ懐かしいけど……1カ月ぶりくらい?
「姫さまが婚約破棄され、冤罪によって国外追放となった時……王都に残されたわたくしたちがどのような立場になるとお考えでしたか?」
「え、えっと……」
「わたくしたちは姫さまに置き去りにされたのですが……それでも城主さまや若さまからみれば……」
そこまで言われてわたしも気づいた。
アイーダたちの立場はかなりマズい。
「あー、わたしのお供をしなかった的な? なんていうか、主を見捨てたっぽい感じの立場になってる……?」
「今、お気づきになったので?」
「う……はい」
わたしはあのバカ王子との婚約破棄からの国外追放に浮かれて、できるだけ早く逃げようと考えた結果……単独行動で動いた。
それが一番速く移動できるからだ。
できるだけ早くおさかなが食べたいというのもあったけど、それはアイーダには隠すことに今決めた。絶対に言わない。
でも、うっかりしていた。
国外追放が嬉しくてすぐに飛び出したのはマズかったのかも。
「あのまま王都に残って城主さまや若さまを待っていた場合、間違いなくわたくしたちは何か処罰を受けていたでしょう」
「うっ……ごめん……。あ、じゃあ、イリーナとか、ウルトとか、あとは護衛騎士のエドとオックスも?」
王都でわたしの近くに仕えていたのはアイーダだけじゃない。
下働きの下級使用人はともかくとして……アイーダたち、上級使用人はマズい立場になってるはずだ。
「……イリーナはアラミス連合、ウルトはオックスと一緒にクルセイダ聖国です。ウルト一人では戦闘を任せるのは不安がありますから」
「なんでバラバラに……」
「最初は姫さまがどちらへ向かったのかが分かりませんでしたし、追手よりも先に姫さまと合流できるかどうかが勝負の分かれ目でしたので。大公国だけはありえないと考えましたけれど……。それで、辺境伯領から遠いこの3国がもっとも可能性が高いと考えました」
うん。大公国だけは絶対にないよ。
あそこは最悪のルートだから。
「……いや、国ってかなり広いからね? 普通、外国で簡単に合流できるなんて思わないでしょ?」
「姫さまなら必ず大きな騒ぎを起こすと考えておりましたし、実際、こうなっておりますので……」
「あぁ……否定できない……むしろ証明されちゃってた……」
ちょっと頭が痛くなってきた。
アイーダたちがそう考えて……まんまとわたしは見つかってしまった訳だ。
そうすると、メイルダースからの追手もおそらく同じことができるという話になってしまうのでは? 本当にマズいかも。
「……イリーナはアラミス、ウルトとオックスはクルセイダ……あれ? エドは?」
「エドはくじ引きで負けたので、伝令としてメイルダースへ戻しました。ただ……」
くじ引きに負けたんだ、エド……まさに貧乏くじ……。
「ただ?」
「姫さまの向かった先が分からないままでしたから……。エドにはわたくしたちも姫さまと一緒だと報告させております。婚約破棄の一件を大急ぎで報告をするという理由で行き先はごまかすようにさせていますけれど……場合によってはエドも軽い処罰は受けたかもしれません。エドの報告に姫さまの行き先というもっとも重要な情報が不足していますから」
わたしの護衛騎士のひとりであるエドはアイーダの実の弟なのだ。
でも、アイーダとはちがってわたしからみて兄という印象はゼロだった。
アイーダは乳姉妹として小さい頃から一緒に育ったけど、エドはもうちょっとあとになってからわたしの護衛に入ったからだと思う。
それに、わたしには実の兄がいたというのも大きい。
「うわぁ、ごめんなさい……」
「わたくしではなく、それはいつかエドにお伝えください」
そこでアイーダは姿勢を正した。
どうやら説教はここまでということらしい。
「……姫さま。お願いがございます」
「……何?」
「イリーナやウルトと合流してくださいませんか?」
「それは……」
「とりあえず、わたくしが姫さまと合流できましたから、イリーナたちが姫さまのそばにいなくても言い訳は可能です」
「言い訳? どういう?」
「はい。イリーナたちは姫さまのご命令によって周辺国の情報を集めている、という形にできるかと」
「……なるほど。ニライカナ国までは一緒だったけど、情報を集めるために派遣したってことにするのね?」
「王子の命令で国外追放を受けた姫さまにわたくしたちは同行した。これを真実のようにしていただきませんと……」
「しないと……?」
「わたくしたちは城主さまによって処罰を受けることに……」
「うわぁ、ごめんってば……」
うん。アイーダだけじゃなくてイリーナたちとも合流する。
これはマストだ。やらないとダメ。
うぅ、のんびり一人旅はここまでかぁ……でも、これは仕方がない。
わたしのせいだから。
「できるだけ早く合流したいのですけれど……」
「アラミス連合とクルセイダ聖国はここからだと正反対の位置だからちょっと難しいよね」
「姫さまが行き先を伝えてくださっていればこんなことには……」
「それはごめんってば。それと、今すぐには動けない」
「動けないとは?」
「実は、ニライカナ国がヤーバナ王国に攻め込もうと考えてるみたいで」
「はい?」
「今、王都はメイルダースの領軍が包囲してるって噂がある」
「あぁ、それはそうなるでしょう。姫さまにあのようなことをしたというのに、城主さまが黙っているはずがございません。王家は滅びればよいのです」
「そのへんの情報、アイーダは掴んでないの?」
「わたくしは姫さまの捜索を優先しておりましたので」
「うっ……」
「……ただ、ヤーバナ王国が王都の混乱で動けないところを攻め込もうというのはあまりにも浅はかな考えではないかと愚考しますけれど?」
「隣接する領地を切り取ってもそれを維持できるって考えてるみたい。何か重要な情報を握ってるんじゃないかって評議会議員の一人は言ってた」
「……姫さまが傭兵団の宿舎で暴れていたのはその関係でしたか……すでに評議会議員にも伝手があるとは……納得したくはありませんけれどさすがでございます」
「たまたまなんだけどね。侵略派……じゃなかった。えっと回復派ってのが、ヤーバナ王国に攻め込もうって勢力なんだけど、あの傭兵団はそっち側の戦力で……」
「戦力を奪ってしまえばヤーバナ王国に攻め込めなくなる、というお考えですね?」
「そう、それ」
「……あれだけ傭兵を潰しておけば確かに……指揮官や隊長格抜きで戦争を進めることは難しいでしょう」
「でしょ?」
「ですが、その……重要な情報というものが何か分からないままなのではありませんか?」
「そうなんだけどね……殴った方がいろいろと早いし」
「その情報によっては、戦力が減ったとしても攻め込むかもしれません」
「そうかな? そうかも……」
言われてみればそうかも。
それだけ情報に価値があるのなら、だけど。
でも情報の価値が戦力不足よりも低ければ侵略は中止になるだろ。
「まあ、ヤーバナ王国に攻め込んだとして、いずれメイルダースの領軍と戦えば壊滅もしくは撤退すると思いますから、放置してもよいのでは?」
「そうするとメイルダースがこっちの近くまできちゃうよ……」
「そんなに逃げたいとお考えでしたか……」
逃げたいというよりは、もっと広い世界を見てみたい。
別にメイルダースのみんなのことは嫌いじゃないし。
せっかくの国外追放なのだから、わたしはもっと旅を満喫したいのだ。
ナーハの屋台のおさかなを毎日楽しんだみたいに。
「とにかく。ニライカナ国がヤーバナ王国への侵攻をあきらめたらすぐにイリーナたちと合流するために動くから!」
「……わかりました。できるだけ早く、お願いいたします」
アイーダはわたしに向かって深々と頭を下げたのだった。
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