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威張ってん、腕が伸びんなら仕方がなか。
あの言葉は、聞き捨てならなかった。
琴は母のおつかいの帰りだった。野良仕事をする父に竹筒の水を届けに行ったのだ。
ちょうど、造士館から帰る武士の子たちに出会った。兄の姿を探したが見当たらないので、琴は少しがっかりした。
(兄いは家に戻っておらるっかも)
足を早めて男の子たちの横を通り抜けようとした時、その言葉を聞いてしまったのだ。
思わず立ち止まって振り向くと、違う郷中の少年が、さも腹ただしそうに鼻の下をかいているところだった。
どんなに威張ったって、あいつは右の腕が伸びない。剣ができない薩摩隼人なんか考えられない。
そんなことを、少年は更に付け加えた。
誰のことを言っているのか明白だった。
「おい、あれは西郷の妹だぞ」
一緒にいた他の少年が、琴を指さして言った。
聞かれたんじゃないのか、まずいぞ。
琴は立ち止まったままだ。
兄の悪口を言っていた少年たちも足を止め、しばらくにらみ合いが続いた。
「へっ、貧乏人が」
と、誰かが言った。
貧乏人という言葉は、去年の兄の負傷を思い出させる。それから後のことは、正直、よく思い出せない。
「いてっ」
気が付いたら右手が動き、男の子の頬を張っていた。
わっと少年たちは騒ぎ出し、女のくせに、とか、女にぶたれてみっともない、などと、大声を上げた。
「何事か」
大人が駆けつけてきて、琴は我に返った。
「こいつが、殴ってきた」
相手の少年は自分の非を棚上げにし、琴を指さした。