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ZERO 『ゼロ』〜re-create〜

作者: 友坂 悠

 

 目の前いっぱいに広がる宇宙。星の光が穴のように見える。じっと眺めているとすいこまれそうな気分になる。

 今日も異常なし、だ。

 サツキはそう心の中で呟いた。


 ロンデニオンではすべてがマザーによって管理されている。

 それはここ、宇宙港ポートの設備も同じですべて自動化されていた。 


 現代、このオリオン星系の人類は自然な状態での生殖、を行っていない。

 人類の種としての生命力がもはや失われているからなのか、はたまた、長年にわたる遺伝子異常の蓄積が、人類から当たり前の繁殖機能を奪ってしまった為なのか──自然生殖と無縁な状態になって、すでに4世紀もの年月が過ぎ去っていた。

 生殖活動から完全に解き放たれた人類は、また、それゆえにジェンダーの問題と向き合わなければならなくなった。人工繁殖に必要なものが遺伝子情報だけとなったとき、男女の別というものは必要なくなった。そして、肉体的な差からくる不公平感がとくに女性の間から問題となり──過去から連綿と続く女性差別は形を変えていたとはいえ、まだこの時代にも残っていたこともあり──新たなウーマンリブとして広まっていった。すべての女性は男性の肉体を手に入れるべきである、という主張が、その結果一般的なものになり、時の施政者達は一つの決断を下す。

 XY遺伝子の子孫しか残さない、ということを。


 サツキは一週間前に16歳になった。

 すべての市民は16歳になったとき自身の生殖細胞をマザーに登録する義務がある。つまり、自分の子孫を残すチャンスが与えられるのだ。


「君の生殖細胞はマザーに拒否された」

 検査官の言葉がまだ耳に響いている。それはサツキにとって、絶望を意味していた。


 優良遺伝子を持つものは、このロンデニオンの社会ではエリート階級に属することが出来る。

 逆に、生まれたときから遺伝子的に異常を持つ者は、エリート階級に奉仕する為にあるとされていた。子孫を残すことが許されず、ただ生きているだけの存在。それは受精卵の段階に選別され、教育、その他、区別されて育てられるのだった。

 サツキはエリート階級の子供として育てられた。将来を約束され、そういう教育を受けてきた筈だったのだ。

 しかし……。


 ☆


「サツキ=ジーナ。認識番号014517AA]


 サツキはロンデニオンのメインタワー内のマザールームにいた。


「サツキ=ジーナ。わたしのかわいい子。残念です」

「マザー。僕は……」

 サツキの正面に映し出されたマザーの像が、悲しげな表情をしている。

「非常に残念ですが、あなたをこのままこの第一階層に置いておく訳にはいきません」

「しかしそうは言っても、あなたにはここで第一市民としての教育を済ませています。このまま第二階層以下に移すこともできないのです」

 マザーはここ、ロンデニオンで唯一女性形の姿をしている。その姿は慈悲に満ちて。すべての市民にとって崇拝の対象であった。

「あなたには、ポートの勤務を命じます。サツキ=ジーナ」

「ポート勤務は一名です。他に人間はいません。孤独な勤務になるとは思いますが」

 それもいいかもしれない。

 サツキはマザーの言葉を聞きながら、そう感じていた。

 誰にも会わずに過ごせる。

 そんな何かの本で読んだ世捨て人のような暮らし。

 今の自分には、似合ってるのかも知れない……。

「今のロンデニオンにはあなたを受け入れる場所がありません。期限は今の所無期限になります」


 ☆


 サツキの目の前には静かな宇宙の景色があるだけだった。

 やることは、特に無い。

 すべての管理はマザーの端末である「ニムダ」がとりしきっている。

 ポートといっても、そこに船が停泊するわけでもない。

 転移アンカーをここに固定しておくだけの為に存在するといっても過言ではないのだ。


 そして。

 今日も1日何事もなく過ぎるだろうと考えていたそのとき。


「X軸プラス方向より熱源接近」

「警戒態勢にはいります」

「デリート出来ません。あと10minで衝突します」

「危険! 危険!」

「対ショックシートについてください」

 突然、けたたましい警報とともに「ニムダ」が叫びだした。

 サツキは急いで管制塔のシートに座ると、しっかりとベルトを止めた。

「いきなり、なんだって……」

 攻撃?


 こんなことはありえない筈だったのに。

 ポートが破壊されたりしたらしたら……。


 アンカーは空間に異常な負担をかける為、一つの惑星系に一つしか設置できなかった。したがってこのポートが機能しないということは、ロンデニオンがすべての外界から隔離されることを意味する為、その防衛設備には現在最高のテクノロジーが使用され、あらゆる外敵、事故からポートを守りえるだけの武器、機器が装備されている筈なのだ。


 ドン!


 激しい衝撃と閃光が視界を覆って何もわからなくなった。


 ☆


 ここは……。

 どこ?

 身体……いうこときかない。

 僕は……死んだのか……。

 それも、いいかもしれない……。


 白髪の老人が細長いカプセルを覗き込んでいた。

「これは……やはり……」

「まだ存在していたのだな……」

 そう一人、呟く彼の目に、カプセルの中で横たわっている女性の姿が映っていた。



「ほぼ、これで完了の筈だが……」

「マスター。生体組織は100%再生しています。今すぐ目覚めさせることも可能です」

「よし。ヨーコ。カプセルを開けてくれ」

「了解。マスター」

 カプセルがゆっくりと開いていった。


(ここは……)

 サツキは、最初なかなか開けられなかった目を、なんとか少し開いてみたが、まわりは薄暗くなかなか視界が正常にならなかった。

 身体もしびれて自由に動かない。

 それでもだんだん慣れてくると、周りに人の気配がするのがわかってきた。

「気がついたようだな」

 しわがれた低い声が聞こえてきた。

「まだ視界が正常に作動するまでは、あと二分ほどかかります。マスター」

 今度はひどく高い、透き通るような声だった。

「作動、とは。マシンではないのだからな」

「了解。マスター」

(なにか……変な会話だな、にしても……)

 僕は……いったいどうしたのだろう?

 何故こんなところにいるんだ?

 それに……。

 あの、透き通るような声……。

 あんな声、マザー以外に聞いたことない……。

 え? まさか……。

「マザー!」

 サツキはそう叫んだ拍子に、上半身を起こして目を見開いていた。

「気がつきましたか?」

 ヨーコがそうサツキの目を覗き込んだ。

 目の前にあるその姿は……。

「マザー……」

 ……似てる。でも、違う。


「君がヨーコを見てマザーを思い出すのも、無理のないことかもしれん」

 先ほどマスターと呼ばれていた方の白髪の老人が、そう呟くような声でサツキにはなしかけた。

「え? ……あなたは? いや、あなたたちは、いったい誰なんですか? 僕はどうしてここに?」

「君は、どこまで覚えている?」

「どこまでって……そうだ! 正体不明のエネルギー体がポートに衝突して……」

「ポートはどうなったんですか? 僕は、救助されたってことですか?」

 サツキはカプセルから身を乗り出すような勢いで、その老人に詰め寄って。

「まぁ、そう慌てるな。ポートは完全にその機能を停止しておるよ。まだ残骸が残っておるがね」

「そんな!」

 サツキは思わず立ち上がろうとして、しかしそのまま貧血を起こし蹲ってしまった。

 老人がサツキの肩に両手を添えて、言った。

「無理しちゃいかん。君はまだ身体が再生したばかりなのだ」

「再生って……」

「我々が君を発見したとき、すでに君の身体はもはや使い物にならないほど損傷していた。今の君の肉体は再生したものなのだよ」

「えっ?」

 サツキは反射的に自分の両手を広げ見て、そして視線を身体の方に移し――自分の身体を確認しようとしたのだが――そこに不思議な肉の盛り上がりを見つけた。

 サツキは何も着ていなかった。裸である筈のその胸の部分は、異常にに腫れ上がっているように見えた。

「なに……? これ……? 怪我?」

 肋骨でも変形しているのか? それとも内部でなにか炎症でも?

 しかし、痛みがある訳でも無い。

「怪我などではないよ。それが君の本来あるべき姿なのだ」

「どういうこと?」

「君の遺伝子はダブルX。しかし、性決定遺伝子SRYがX染色体に転座していたために外見が男性として成長したようだが……。今回の再生ではその転座していたSRYを取り除くことに成功した。君は本来あるべき女性としての肉体で蘇ったという訳だ」

「女性? 何? え?!」

 サツキは視線を下半身に移し、そこにあるべきものがないことに気がついた。


 サツキの混乱は限界に達したのか。

 そのまま、ぷつん、と、意識がとぎれた……。


 ☆

 

 スザンはマザーから見放されたコロニーであったが為に、反乱組織ラルクにとっては格好の基地となっていた。

 無論、表向きにはそんなそぶりは見せないよう、カムフラージュされていたのだったが。

 

「だから、僕にどうしろっていうんです?」

「君の存在は我々の希望なのだよ。サツキ=ジーナ」

「実験材料にでも、なれってことですか?」

 サツキは睨むように、相手の目を見つめた。

「そうは言ってない。サツキ。君の存在がわれわれの現在の閉塞状況を打破するきっかけになるのでは、と、期待しているのだ」

「僕ひとりのことで、どうにかなるものでもないでしょうに」

 サツキは目を閉じ、うつむいた。

「しかし君の存在が確認されたことで、人類にとってこの先の希望の光が見えてきた、ということは確かなのだよ。サツキ」

 それまで黙っていたゼンが、横からそう話しかけた。

「ゼンさん……。助けて頂いたことは、感謝しています。でも、僕は……」

「君をロンデニオンに帰すことは出来ない!」

 先ほどからサツキと相対していたロワン=リーが、テーブルを叩く。

 こんな押し問答みたいなことが、いつまで続くんだろう、と、サツキは少しうんざりした顔で、言った。

「ロンデニオンに、帰れるなんて、思っていません……。僕にはもう帰れる場所なんてない……」

 最後はもう、聞き取れない程こもった声で。

 

 ラルクの新造艦、ロンメルは、ロンデニオンからの追撃の気配がしばらく無い事を確認し、次の作戦行動に備えて一時スザンに帰港していた。

 サツキが目覚めたのは、その帰港直前のことだった。

 

「マザーは女性の姿をすることによって、人の根源を支配しようとしていたのかもしれぬ」

 そう、ゼン老師は言った。

 唯一の女性性。

 人類にとっての母なる女性性を形作ることによって。


「君は、それでもまだマザーが絶対だとでも思っているのか?」

 ロワンは声を荒げた。

「サツキにはもう少し時間が必要なのではないかな? ロワン司令」

「これはラルク指導部よりの特命なのですぞ! ゼン老師。いくらあなたといえどそういうことを言ってもらっては困ります。事態は緊迫しておるのです」

「しかしな……」

 ゼンは眼を伏せて黙り込んでしまったサツキを見て、続けた。

「彼女がこのまま我々の同士になることを素直に納得するとも思えんが……」

「だからといって……」

「ラルク・キーンズはどう言っておるのだ?」

「ラルク導師から直接言葉があったわけではありませんが……、まぁ、いいでしょう。1日だけ猶予を与える。その間によく考えておくんだな!」

 ロワンはそう、サツキを一瞥して吐き捨てると席を立った。



「へ~。あんたがサツキかぁ」

「キキ、どうやって入ってきた? ここは立入り禁止にしてあった筈だぞ。警備兵はおらなかったのか?」

 ロワンが出ていった後、眼を伏せて黙り込んでいるサツキとゼンだけになった部屋に、いつのまにか赤毛の少年が紛れ込んでいた。

 その少年、キキ、は、まだサツキよりも年下にみえた。華奢な体格にショートの巻き毛、瞳はくりっとしていたずらっぽく笑みを浮かべ。

「あたし、ほんとうの女っての、いちど見てみたかったんだよねぇ」

 そう言いながら後ろからゼンの肩に抱きついて。

「しょうがないやつだな」

 心なしかゼンの顔にも笑顔が浮かんでいる。

「じいちゃんがわるいんじゃないかぁ。あたしがどんなに頼んでも女の身体にしてくれないからぁ」

 そう言いながらキキはゼンの肩越しにサツキを覗き見るように。

「いいなぁ。あんた……」

 そう、目を細めて、言った。

 

「え?」

(なんなの? このこ)

「あんたのこと、いいなぁって言ったの」

「なんで、僕なんか……」

「だってあんた、本物の女になれたんだもん。あ、違うか、元々は女なんだったっけ?」

「なんで? こんな身体。いい、なんて……」

「あんたは特別なんだから~。この世界にいる唯一の本当の女なんだって、あたし、聞いたよ?」

 キキは軽くウインクをして。

「あたしも身体だけでも女にして貰えたらうれしいんだけどなぁ。このじいさん、頑固でさぁ。なかなか言うこと聞いてくれないんだよ~」

 ペロっと舌を出して甘えるようにゼンに抱きついた。

「これ、キキ」

「ごめ~ん、じいちゃん。だけどさぁ、なんでだめなのさぁ」

 ゼンは困ったような顔をして、言った。

「わしはな、むやみやたらと人の身体を弄るのは好かんのだよ」

「もう、そんなの~。あたしのお願い聞いてくれてもいいじゃん。けち」

(え? でも……)

「女の身体って、ヨーコさんだっているんじゃ?」

 この二人のやり取りを黙って聞いていたサツキが、思わず口をはさんだ。

「だってヨーコは……」

「そうか、サツキにはまだ教えておらんかったな。ヨーコ、入ってきなさい」

「はい。マスター」

 ゼンが呼びかけるとほとんど同時に、扉が開いてヨーコが入ってきた。

「私は人間ではありません。サツキ」

 ヨーコはそう、無表情に答えた。

「私はマスターによって作られた、機械です」


「だからあんたは特別なんだって」

「僕は……、なりたくてこんな身体になったんじゃない……」

 サツキは、また目を伏せ、しゃがみこんだ。そんなサツキをじっと見ていたキキは、急に愛想をつかした、というように。

「ふ~ん。あんた、そんなこというんだ。あたしだってね~、生まれたくってこんな身体に生まれたんじゃない!」

 キキは鼻を、フン、と鳴らして。

「ねぇ、じいちゃん。こんなやつ、ラルクにいらないよ。女ってだけで特別扱いしちゃいやだよ~」

「むう……」

「ただの捕虜ってことでいいじゃんか。ダメなの?」

「我々はな、ロンデニオンに住む人々すべてのマザーからの開放を目指してるのだよ。キキ」

「それは解ってるけどさぁ」

「その為にも人類を原初の姿に戻すべきだ、と、わしは考えておるのだよ」

「女だからって、昔みたいに自然に子供産めるわけじゃないんでしょ?」

「もちろん。今のままでは難しいが……」

 

「黙って聞いてたら……、いいよ! 捕虜にでもなんでもすれば?」

「そうだよ~。本人もそう言ってるんだし、いいじゃん。じいちゃん」

「なんなんだよ! 君は!」

「あたしはね~、あんたみたいないぢいぢしたやつ、だいっ嫌いなの! なにさ、自分ばっか不幸をしょいこんだような顔して。まわりの事なんてなんも考えてなくって」

 サツキは立ち上がってキキに詰め寄って――

「僕のどこが! ……」

 そう言いかけて、口篭もった。

「とにかくね、あたしはこんな女の皮をかぶっただけのウジウジ坊やと一緒に戦うなんて、まっぴらなんだから!」

 そう言うと、キキはクルッと踵を帰し、部屋から飛び出していこうとし。

 

 そのとき。

 ドン!

 という音と共に部屋が揺れた。

「なに?」

「地震? ばかな」

「爆撃のようです。マスター」

 第二、第三の轟音とともに、壁が崩れはじめた。

「ここは危険です。万一に備えてロンメルに乗艦した方が良いと思われます」

「そうだな……、ヨーコ。キキ、サツキを連れて一緒に来てくれ」

「なんであたしが……」

「ここにこのまま置いておくわけにはいかんのだ」

「私はマスターの警護を」

「頼む、ヨーコ」

 キキは、キッと放心しているサツキを睨みつけた。

「あんたね、ぼやっとしてるんじゃないよ! 命が惜しかったらあたしについてきな!」

「……このまま死んでしまっても……」

「ばかいってんじゃないよ! あたしたちが何の為にたたかってると思うのさ!」

 パン!

 キキはサツキの頬を叩いた。

「あたしはね、人類の未来とか、そんな御大層な事考えちゃいないし、言うつもりもないけどさ。あんたたちみたいに牛みたいな目したやつらが大勢いるってこと、我慢ならないんだ。目を覚ましてやりたいんだよ!」

 キキはサツキの手を取って、引っ張った。

「さ、行くよ! あたしはあんたみたいのは嫌いだ。自分の命を大事に出来ないやつってのは、もっと嫌いだ。だけどね、シティにいるやつがみんなあんたみたいなやつだったとしたら、まずあんたの目をさまさせてやんないと、あたしの気がすまないんだ!」


 ☆


「間違いないな、ダオ」

「はい。レン大佐」

「このままいぶりだすのも一つだが……芸がないな――サイト、どう思う?」

「そうですね。わたしが行きましょう。ゴミはちゃんと片付けてまいりますよ」

「まぁ、まて、サイト。ゴミとはいえポートの破壊をするなど、やつらにもそれなりの組織力があるのは認めねばならん。ここでつぶしてもまた生えてくる。そういうものだ」

「では、二、三人生け捕って参りましょう。なぁに、ちょっと締め上げれば背後を調べることぐらいたやすい事」

「そう簡単に行けば、良いのだがな」

「心配のしすぎですよ。大佐。しょせんはただのゴミ。万一ここで全滅させたとしても、すぐしっぽをだすでしょう。そうしたらまた叩けば済む事。気に病むことはありません」

「しかしマザーに刃向かうものは一掃するのが今の我々の任務だ。根絶やしにする為にはだな……」

「わかりましたよ。大佐。まぁ、まかせてください」

「うむ。ではやってみろ。しかし、くれぐれもマザーの期待を裏切らぬようにな」

 

「デリーは用意出来ているか?」

 サイト=ホーンはデッキに降りると、整備スタッフにそう声をかけた。

「はい、軍曹。発進準備完了しております」

「アシタ、タラ、二人とも行くぞ!」

「軍曹殿、了解です」

「おまかせください。デリーは乗りなれておりますので、軍曹」

「よし、出るぞ」

 

 戦艦ロンデのハッチが開く。

 三機のマシン=ビートル、デリーは深淵の闇の中、スザンに向かって降下していった。

 

 ☆

 

(僕は……)

 生きるのが辛い。

 そう思っていた。

 しかし……。

(僕に出来る事、あるのかな……)

 そう、生きていく為に出来ること……。

 

「ダメです。マスター、ロンメルは攻撃を受けています。ハッチが切断されています」

「攻撃だと? 進入されたのか!」

「ドック内でマシン=ビートル三体に取り囲まれた模様です。敵は投降を呼びかけています」

「こちらのビートルはどうした? 反撃は――」

「プロトAはすべて撃破されました。船内にパイロット候補生はまだいるようですが……」

「敵のタイプは?」

「デリーのようです」

「プロトAでは相手にならんな……。ウイングはまだ搭載が終わっていないのか?」

「はい。まだ工場部の整備室です。しかし、ウイングはまだ適性の問題も解決しておりませんが」

 

「あたしが乗るよ! じいちゃん」

 キキがゼンとヨーコの会話に割ってはいった。

「しかしお前はパイロットの訓練を受けておらんだろう」

「でも、そんなこと言ってられないだろ? みんな船の中だろ? 今乗れるのはあたしだけなんだろ? だったら……」

「僕が……、乗る」

「あんたが? サツキ。あんたみたいなふにゃふにゃに、なにができるって……」

 キキはそこまで言いかけて。

 サツキの、いままでとはうって変わった真剣な表情に、少し気おされた。

「君よりはましだ。僕はパイロットコースだったから。ビートルも乗ったことがある。――それに、僕だって人が死んで逝くのは……嫌だ……」

 

 ☆

 

(これが……ウイング……)

 真っ白な機体。羽のように伸びた肩。しかし、なんといっても目を引いたのが、その人型のプロポーションだった。

 それまでサツキが見たことのあるビートルは、装甲が厚くずんぐりとしたイメージで……。

「これ、大丈夫なんですか? 二本足だし、装甲だって薄そう……」

「心配するな、サツキ。デリーなどとは比べ物にならんほどの性能を持っておる」

「おじけづいたの? やっぱりね」

「怖気づいてなんか、いない! やりますよ、やってみせます!」

 サツキはぷい、っとキキから目をそらし、胸のコクピットに乗り込んだ。

「各部のコントロールはヨーコがやる。同調が上手くいけば、今までのビートルとは比較にならんほどの運動性能を発揮する筈だ。頼む」

 

「いきます!」

 

 

 サツキの乗った”ウイング”は、ドックの搬入用ハッチの前まで辿り着いていた。

(ここまでは良いとして、これからどうするか……)

 頭部のコントロール部にはヨーコがいる筈、そうは思っても、なんの気配も感じられなかった。

 本来ビートルにはマザーの端末が設置されていた筈。

 基本の動作はすべてその端末に任せればよかった。

 その代わりをヨーコさんがやっているとすれば……。

 完全にこの”ウイング”と一体化してるってことか……。

 

「ままよ!」

 考えていたって解決しそうにない。

 一刻を争うんだ。

 サツキはハッチを開け、正面から突入して行った。

 

「敵機接近」

「フッ。まだ新手がいたか」

 三方から武装解除しつつ取り付く機会をうかがっていたサイトは、信号弾を撃って。

「アシタ、タラ、もういい、おまえたちはさっさと艦橋を破壊してしまえ! どうせネズミはそのへんで隠れているだろうよ。わたしはあの新手をやる!」

「軍曹。あんなへろへろっとしたやつ、軍曹の手を煩わせることありませんよ。わたしが」

「タラ、待て」

 タラ機はサイトの制止を待たず、サツキのほうに一直線に向かってきた。

「うわー!」

 デリーの両手に仕込まれたビームソードがサツキの目前に迫って。

 サツキは思わず叫び声をあげ、回避しようとレバーを引いた。

 タラ機が迫ってくるのを直前でかわし。

 左手の盾から伸びたビームソードで切り払った。

 タラ機の分厚い装甲が、まるでチーズのように切断された。

 

 ドン!

 タラ機はそのまま、ドックの壁に衝突、爆発した。

 

「なんと! あそこから旋回するとは。それにあのビームソードは……」

「このやろー!」

「まて、アシタ!」

 

 アシタがタラの仇とばかり、サツキに迫ってきた。

 と、同時にウイングの盾から無数の光が放たれたかと思うと。

 その光の粒はアシタ機の周辺を数回旋回し、そして、一斉にその中心であるアシタ機に突入し。

 アシタ機は光に包まれて爆発したのだった。

 

「まずいな……」

 サイトはヘルメットを脱ぎ捨て、額を拭った。

「あの新型にはデリーでは歯がたたん。ここは」

 撤退するしかなかろう、と。

 瞬時に。

 サイトはデリーの両手のビームをサツキに向け開放し。

 その光にまぎれて脱出した。

 

 

「やったよ、あいつ」

「うむ。上手く同調したようだな」

 ゼンとキキのそんな会話を知るよしもなく……。

 

「人を……殺してしまった……」

 サツキはただ、そう呟くだけだった。



バンナムロボコン用の短編です。

少しでも面白そう、興味ある、と、思ってくださったら何か反応をくださるとうれしいです。

80年代テイストのロボットもの。

そんなSFちっくなおはなしです。

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