表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

DB製人

作者: はらけつ

「あ~、そういうこと」

「そういうこと」


そういうことらしい。


「ほな、あれか、

 俺は、末端からデータ化すると」

「うん」

「データ人間になってしまう、と」

「うん」


うん、やなくて。


「それ、あかんやん。

 生身の身体が、データの身体になるってことやろ?」

「でも、外面も無い面も、身体の機能的にも何も変わらへんで」

「いやいや、なんかどっかに、支障あるやろ?」

「無い、な」

「ホンマに?」

「ホンマ、ホンマ。

 まあ、データ化するわけやから、理論上は、容量さえあれば、

 君をUSBメモリに入れて、誘拐できるようにはなるわな」

「そんなやつ、おらんやろ。

 それに、誘拐されるほど、裕福やないし」


ダリオは、ナルディの意見を聞くとはなしに、続ける。


「ある意味、USBメモリで持ち運びOKなわけわけやから、

 移動とか旅行は楽になるわな」


聞けば聞く程、メリットしかないように思える。

ダリオは、続ける。


「ほんで、復元もし易くなる。

 理論上、データさえあれば、復元も修復も補強も、思いのまま」

「ええこと尽くめ、やん」

「そう、理論上、不死身」


ここで、ナルデイは、引っ掛かる。


「なんや、うま過ぎるにも程がある話、やな」


ここで、ナルディは、眼をギロつかせて、ダリオを見つめる。

それを受け止め、ダリオは、ちょっと、眼を泳がせる。


「 ‥ 正直、デメリットは、ある」

「やっぱり」


間髪入れず、ナルディは、ツッコむ。


「データ化して、「復活、修復、補強し易い」と云うことは」

「と云うことは?」

「逆に言えば、「コピー、変容され易い」ことになる」

「ああ、そうか」


つまり、お手軽に、ナルディそのままの人間を複数作ったりできる。

ナルディを女性とか動物に変えたり、手を六本にしたり、脚をキャタピラに変えたりできる。


「それどころか ‥ 」

「 ‥ それどころか?」

「データ消去、も簡単に」

「 ‥ 「簡単に」って、俺死ぬやん。

 なに、むっちゃ簡単に、この世からオサラバ?

 生存能力低下、滝の如し?」

「1クリックで、さようなら」


ちょっと調子に乗って、ダリオは、言葉を言葉を被せる。

ナルディは、そんなダリオに、冷たさを含んで、言う。


「調子こいて、話に乗るな、被せるな。

 こちとら、親身な話なんや」

「 ‥ すいません」


一転、シリアス度が増したナルディに、ダリオは謝る。


「 ‥ で、どうする?」


ダリオが、改めて訊く。


「どうするも何も、選択の余地、無いやろ?」

「まあ、そやな」


ダリオは、改めて、ナルディの身体を見る。


右手・右腕が、無い。

左手・左腕が、無い。

右足・右脚が、無い。

左足・左脚が、無い。


つまり、両手両足・両腕両脚が、無い。

胴体と頭部、のみ。

まごうこと無き、達磨状態。

それが今の、ナルディだった。


「大丈夫。

 データ化完了後、復元したら、手足が備わる」


それについては、ナルディは、引っ掛かる。


「手足は既に失われているから、データ化はできひんやろ?」

「そやな」

「ほな、データを元に復元しても、

 手とか足は生えてこえへんのちゃうん?」

「それは、ほれ ‥ 」


ダリオは、一端考えるように、眼を中空に漂わす。

そして、続ける。


「他のデータを流用するかなんかして」

「はい?」

「うまいこと適合するデータを用いる」

「はい?」


ナルディは、思い至って、続ける。


「ほな、なんや、復元した後の俺の手足は、他の人のデータやと?」

「まあ、そう」

「『俺独自だけの身体やなくなる』、と」

「まあ、そう」

「キメラ化、合成獣化すると?」

「そう言ってしまえば、そうとも言えるな」


ナルディは、溜息をつく。


「『人間やない』、な」

「まあ、データ化された時点で、もう純粋な人間ではなくなるけどな」


ダリオが、冷静に指摘する。


やれやれ。


ナルディは、腕が有れば腕を上げるように、肩を竦める。

そして、言葉を添える。


「ほな、お願いします」

「心の準備とか、ええんか?」

「選択の余地無いんやろ?

 俺が生き延びる為には、必要なことなんやろ?

 なら、チャチャと、速やかにやってくれ」

「腹、括ったな」

「後か先かの問題だけなんで、サッサと、やっちゃってくれ」

「ほな、そうしよ」


ダリオは、ナルディを抱える。

ナルディを、MRIに似た機械と一体した台に、寝かせる。

台は、一応、細長い寝台になっており、枕状のものもある。

寝台は、円形の機械の、中央部分から飛び出している。


機械が、動く。

寝台をスライドさせ、吸い込む。

寝台に仰向けに寝そべったナルディは、頭部のみ、機械の中に入る。


『MRIそのもの、やな』


まだ意識がある内、ナルディは思う。

しかしまもなく、意識は飛ぶ。

ナルディの意識消失に伴い、機械は、ナルディの身体を吸い込む。


頭部 → 上半身 → 下半身


身体が全て、機械の中に、吸い込まれる。


ナルディの意識は、既に、ブラックアウトしている。

夢も、見ない。

いや、1とか0とか、壱とか零とか、一重螺旋とか二重螺旋とか、そんな映像は、浮かんでいる。

でもそれが、ナルディの意識下の映像なのか、もっと大きいとこの映像なのかは、はっきりしない。



ナルディは、眼を覚ます。

覚ましたところは、ベッドの上だった。

真っ白いシーツに、窓から入る日の光が、映える。


眼を覚まして、キョロキョロする。

キョロキョロの後、自分の現状を把握したのか、顔に落ち着きが戻る。


掛け布団を、払いのける。


ん?


掛け布団を、腰まで払いのける。


何を持ってして? 何を用いて?

腕で 手で


「えっ?」


思わず、驚きを、口に出す。


身体の右方には、右腕・右手がある。

身体の左方には、左腕・左手がある。


「早っ、もう生えてるやん」


ナルディは呟き、右腕を動かし、右手を握り締める。

左腕を動かし、左手を握り締める。


うん。

違和感は、無い。

微塵も、無い。


と云うことは ‥


引き続き、掛け布団を、払いのける。

今度は、全部、払いのける。

身体が、ベットに寝そべっている。

両脚が、ベッドの端まで、寝そべっている。


「おお!」


ナルディは、思わず叫ぶ。


右脚に、力を入れてみる。

股関節が動き、膝が動き、右脚が曲がる。

左脚に、力を入れてみる。

股関節が動き、膝が動き、左脚が曲がる。


右足に、力を入れてみる。

土踏まず、が反り、右指達が曲がる。

左足に、力を入れてみる。

土踏まず、が反り、左指達が曲がる。


ナルディは、恐る恐る、脚を動かす。


違和感は、無い。

微塵も、無い。


脚をそのまま動かして、ベッドから出す。

脚を下ろし、足を床に着ける。

足から伝わる感触は、まごうこと無き、床のもの。

脚には、しっかと、力が入る。


脚を、しっかと床に着けて、立ち上がる。

反動をつけず、じんわりと、立ち上がる。

立ち上がって、足を揃える。


起立、完了。


脚が有った頃に比べても、足が有った時の記憶に比べても、なんら差異は無い。

まさしく、自分の足で、地に立っている感じ。

今すぐにでも、歩き出したい、走り出したい感じだ。


ナルディが、自分の腕・手、脚・足を確認していると、ノックが鳴る。

いや、既にドアは開いており、開いたドアを、ノックしている。

ドアが既に開いていたと云うことは、今の一部始終を、見られたかもしてない。

ニヤニヤしているところをみると、やっぱりどうも、見られたらしい。


ダリオは、ニヤニヤしながら、言う。


「順調そうやな」


ナルディは、『予想以上!』の喜び顔で、ダリオに答える。


「おお。

 全然、大丈夫」

「それは、良かった。

 ついでに、オプションも、つけといたから」

「へっ?」


オプション?

何や、それ?


ナルディは、怪訝な顔をする。

ダリオは、あくまで、サラッと言い、サラッと流し、スルーしようとする。


「いやー、今日はええ天気やな。

 こんな気候で、今日一日静養して、身体に適応図ったら、

 明日には退院できるかもしれんなー」


ダリオは、スルーして、多少強引に、話題を変える。


「いやいや、オプションて、何なん?」


ナルディは、訊く。

あっさり、訊く。

ダリオの意図とかお構い無しに、訊く。


『ちっ、誤魔化し切れんかったか』とばかりに、ダリオは一瞬、顔を歪める。

そして、諦めたように、口を開く。


「オプション、付けといたから」

「だから、そのオプションて、何?」

「本体に付ける、云わばサービス品」

「いや、オプション自体の語彙の説明やなくて、

 俺に付けたオプションて、何?」


『そーかー、やっぱ言わなあかんか』とばかりに、ダリオは、往生際が悪い苦笑を浮かべる。


「『自分の意志で、自分をデータ化』オプション」

「はい?」

「まあ、自分の気持ち一つで、自分を自由にデータ化できる感じのもん」

「ほな、なに、

 『自分の身体を自由に、数字の羅列状態にできる』ってこと?」

「まあ、あえて言えば」

「USBメモリとか外付HDとか使ったら、自分の保存、思いのまま?」

「理論上は」

「インターネット経由による方々へのデータ送信で、

 身体の移動、思いのまま?」

「理論上は」

「その他諸々、思いのまま」

「まあ、理論上は」


ええやん。

みっちゃええ、オプションやん。

なんでバツ悪そうにすんねん。

隠そうとすんねん。


「一点、問題があって ‥ 」


ダリオが、低姿勢で言う。


やっぱり、そう上手くはいかんか。


「 ‥ データ化された身体を持つ本人の気持ち次第で、

 自由に身体が再データ化されてしまうと云うことは ‥ 」

「と云うことは?」

「 ‥ 本人のメンタル次第で、データ化したりリアル化したり、

 はっちゃめっちゃになる可能性が高い」

「つまり?」

「つまり、今まで以上に、データ化された身体を持つ人は、

 メンタル安定に励んでもらわんとあかん」


つまり、「今までのナルディの心構えでは、あかん」と云うこと。

メンタル強化に励め、と云うこと。


『げー、そんなん聞いて無いんですけど』と、ナルディはダリオに視線を向ける。

ダリオは、ナルディの視線を、右から左に受け流す。


「メンタル強化って、何すんねん?」


ナルディは、訊く。


「う~ん、取り敢えずは、何事にも焦らんことやろ。

 『トランキーロ、焦んなよ』、やな」

「う~ん」

「で、『焦らんようにすると共に、自分のペースを確立する』、と」

「う~ん。

 具体的には?」

「座禅とかヨガとか、ええんとちゃうか?」

「なんや、よう聞く話やな」

「『突き詰めたら、おんなじことに辿り着く』、って話やろ」


ダリオは、顔をちょっと、困ったように歪ませる。

そして、続ける。


「怒ったり泣いたり、感情の幅が大きく振れるとかエモーショナルになる度、

 お前がバラバラになるのは、見たくない」


ナルディは、頷く。


「うん。

 俺もそれは、見せたくない」


ダリオは、二人の意見が統一したとこで、言う。


「ほな、やっぱり、メンタル強化」

「はい」


ナルディは、今度は、神妙に頷く。


「まあ、座禅もヨガも、最初は構えてしまうやろから ‥ 」

「うん」

「 ‥ ホンマの手始めは、呼吸法でええんちゃうか」

「呼吸法?」

「そう。

 テン・カウントで吸って、テン・カウントで吐く」

「うん」

「これを、4回1セットで、状況に応じて、セット数を調整して行う」

「(一〇+一〇)× 4 × X」

「そう。

 怒った時とか深呼吸して、怒りが治まるまで続けるやろ。

 あんな感じ」

「ああ。

 それなら、分かる」

「それを、『ちゃんと整理して意識して、やりましょう』、ってこと」

「なるほど」



早速、呼吸法を始めたナルディは、早々に、心の平安を感じる。

呼吸をする程、カウントを重ねて息を出し入れする程、天から穏やかなレイヤーが降りて来る感じ。

降りて来たレイヤーは、ナルディの身体に達し、ナルディの身体の内側に浸透する。

浸透してゆき、身体の奥深くまで到達し、そこで静かに、沈着する。


カウントを重ねる程、それは進む。

息を出し入れする程、心は穏やかになる。


ナルディは、心を穏やかにする手法を、手に入れる。

座禅もヨガも、呼吸法を大切にすることから、『この手法の延長線上にある、発展形』と考えられる。


『焦らす、丁寧に確実に行くか』


ナルディは、ひとつひとつ着実に、穏やかさを向上させることを誓う。


なぜなら、最早、感情に任せるとか流されることは無いから。

どんな時も、自分・相手・第三者を含め、複数の視点から考えられるようになっている。

それらの考えを勘案して、総合的に判断するようになっている。


だから、身体が、『自分の意志とはかけ離れたところで、データ化する恐れ』は、ほぼ無い。

試したわけでは無いが、もう無いだろう。

が、ナルディは未だ、意志的には、データ化を試していない。



「ほな、そろそろ、やってみよか」

「何を?」

「身体のデータ化」

「また、急やな」

「こういうもんは、そういうもんやろ。

 「環境が整ってから」とか「心の準備してから」とか言ってたら、

 タイミング逃すことは、往々にしてあるからな」

「そやな。

 具体的に、どうすんの?」

「お前次第。

 お前が、『身体よ、データになれ』って思って、身体がデータになったら、

 それでOK」

「簡単やけど、難しそうやな。

 徹頭徹尾、俺次第か」

「そう。

 俺は、傍から見守り、応援するだけ。

  ‥ ああ、データ化後の要望は聞くけど」

「何、それ?」

「「USBメモリで保存できるかどうか、試して下さい」とか、

 「メールとかでデータ送信できるかどうか、試して下さい」とか」

「データ送信は、送信中にデータ変換されたりするから、怖いな」

「ほんじゃ、今日は、取り敢えず、USBメモリに保存できるかどうか、

 試してみるか?」

「それで、頼むわ」


そう言いながら、ナルディは、ダリオから視線を外す。

そして、呟く。


「ほな、行くか」


眼を、瞑る。

力を入れず、静かに瞑る。

肩と腕の力を、抜く。

肩を下げ、腕をダラリとさせる。

全身的に、脱力させる。


頭部と胴体が、青く輝く。

青い輝きに消えて行くかのように、頭部と胴体の陰影は無くなる。

陰影が無くなると共に、頭部と胴体に走る線も無くなる。

皺、シミ、くすみ、浮き上がる血管、その他諸々の線が、消え失せる。


頭部と胴体は、のっぺらぼう、になる。

青く輝くのっぺらぼう、になる。


のっぺらぼうに、刻みが入る。

刻みは、頭部と胴体、全体的に入る。

刻みが入ったお蔭で、頭部と胴体に、青と黒の陰影が生じる。


その陰影は、黒をバックに、青で模様を刻んでいる。

よく見ると、模様では無く、文字。

そして、ふた文字のみ。

壱と零。

壱と零が、不規則に並んでいる。


ある部分では、壱と零の並びが連続しているが、ある部分では、壱と零の並びが、それこそ不規則に連続している。

その、青く輝く、壱と零の列が、頭部と胴体全体を覆っている。


頭部と胴体の列、壱と零の列は、数度、明滅する。

すると、頭部から、上部から、ほどけて行く。

スルスルと音がするように、ほどけて行く。

壱と零は、青く輝く包帯のように、ほどける。


ほどけた壱と零の列は、迷うこと無き列になって、一直線に向かう。

USBメモリへと、向かう。

青く輝く、壱と零の列は、USBメモリの口から、USBメモリ内部へ入り込む。

スルスル、入り込む。

それは、青く輝く包帯を巻いたミイラ男の、頭や胴体の包帯が取れ、その包帯が、UBBメモリに吸い込まれている様。


ナルディの身体(頭部と胴体)は、青く輝く紐で、USBメモリと結ばれる。


頭部と胴体は、青く輝く紐になり、USBメモリに、スルスルどんどん吸い込まれる。

三分ノ一、二分ノ一、三分ノ二。

そして、全部、吸い込まれる。

後に残るは、両腕と両脚のみ。


頭部と胴体が吸い込まれ終わると、今度は、両腕と両脚が、赤く輝く。

赤い輝きに消えて行くかのように、両腕と両脚の陰影は無くなる。

陰影が無くなると共に、両腕と両脚に走る線も無くなる。

皺、シミ、くすみ、肌に浮き上がる血管、その他諸々の線が、消え失せる。


紙の様に白い、透明感を孕んだ肌、になる。

そんな肌に、刻みが入る。

刻みは、両腕と両脚、全体的に入る。

刻みが入ったお蔭で、両腕と両脚に、赤と黒の陰影が生じる。


その陰影は、黒をバックに、赤で模様を刻んでいる。

よく見ると、模様では無く、文字。

そして、ふた文字のみ。


1と0。

1と0が、不規則に並んでいる。


ある部分では、1と0の並びが連続しているが、ある部分では、1と0の並びが、それこそ不規則に連続している。

その、赤く輝く、1と0の列が、、両腕と両脚全体を覆っている。


両腕と両脚の列、1と0の列は、数度、明滅する。

すると、右腕から、右側から、ほどけて行く。

ズルズルと音がするように、ほどけて行く。

1と0は、赤く輝く包帯のように、ほどける。


ほどけた1と0の列は、迷うこと無き列になって、一直線に向かう。

USBメモリへと、向かう。

赤く輝く、1と0の列は、USBメモリの口から、USBメモリ内部へ入り込む。

ズルズル、入り込む。

それは、赤く輝く包帯を巻いたミイラ男の、腕や脚の包帯が取れ、その包帯が、UBBメモリに吸い込まれている様。


ナルディの身体(腕と足)は、赤く輝く紐で、USBメモリと結ばれる。


腕と脚は、赤く輝く紐になり、USBメモリに、ズルズルどんどん吸い込まれる。

三分ノ一、二分ノ一、三分ノ二。

そして、全部、吸い込まれる。

後に残るは、無空状態、虚無地帯、何にも無し。

ナルディの姿は、完全に消える。

跡形も無く、消える。


ダリオは、ナルディが吸い込まれたUSBメモリを、手に取る。

そのUSBメモリを、起動してあるノートパソコンのUSBスロットに、差し込む。

間を置いて、ノートパソコンが、USBメモリを認識する。


USBメモリ内のファイルを調べると、「nardy」と云うフォルダが、出来ている。

nardyフォルダの中を見ると、見たことのない拡張子のファイルが、沢山ある。

それは、沢山ある。

おそらく、ざっと見ただけでも、数百はある。


ダリオは、その中の、「nardy_stand」と云う名前のファイルを、クリックする。

ノートパソコンが、考える時間に入る。

ノートパソコンがファイル起動を認識したのか、画面が振るえる、揺れる。

画面が、真っ白になる。


真っ白の後すぐに、画面は、ツートンカラーになる。

上部と中央は青、左右と下部は赤、のツートンカラーになる。

その画面の真ん中に、人型が浮き上がる。

じわじわ、すんなり、浮き上がる。

人型は、完全に浮き上がり、高精細な人型となる。


〈よっ〉とばかりに、画面上の人型は、こめかみに右手を添える。

姿形がハッキリして来たナルディは、敬礼気味に、右手を添える。

でも、声は、発しない。


挨拶の後、続けて喋っている。

口がパクパクし、ゼスチャーが付いている。

でも、声は、聞こえない。


「ああ、ちょっと待って」


こちら側の声は聞こえているのか、ナルディは、「ん?」とばかりに止まる。


ダリオは、キーボードをいじって、音声OFFをONにする。


「これで、ええわ。

 スピーカーマイクが、OFFになっててん」


〈そうなんか。

 ほな、改めて ‥ 〉


画面上のナルディは、ダリオの声に応じる。

そして、こめかみに右手を添える。

敬礼気味に、右手を添える。


〈よっ〉


ダリオも、答える。


「よっ。

 ‥ でも、なんか、変な感じやな」

〈何が?〉

「今の今まで、そこで直に話してたのに、

 打って変わって、今度は画面上で話してるって、なんや変な感じやな」

〈そうか。

 面と向かって言えへんことも、言えるんちゃうか?〉

「何で?」

〈いや、直とは違って、パソコン経由の、ワン・クッション置いてるから〉

「そうか?」

〈面と向かっては話し難いけど、手紙とか電話とかメールとかやったら、

 話し易いってことあるやん〉

「あるけど」

〈そんな感じ〉

「そーかー。

 なんや、違う様な気もするけど」

〈まあ、厳密に言うと、異なるやろうけど、

 そこら辺、似た様なもんやから、ギリOKやろ〉


ダリオは、気付く。

目線を動かし、あることに気付く。


「なんや、おかしない?」

〈何が?〉

「俺とナルディ、なんや眼が合ってそうで合ってないというか、

 なんかそんな感じ」

〈微妙に目線が、ズレてる感じ?〉

「そんな感じ」

〈あ~、それは、あれちゃうか?〉

「あれ、って何?」

〈カメラ〉

「カメラ?」

〈ダリオは、自分の眼で、直に俺見てるやん〉

「うん」

〈でも、俺は、パソコンの内臓カメラ通して、ナルディ見てるから〉

「内臓カメラ?」

〈パソコンの画面の外の、上の方にあるカメラ〉

「ああ、あるな」

〈俺の視線は、そのカメラの位置にあるから、

 ダリオの視線とは、ちょっと違うやろ〉

「ああ、確かに」

〈だから、まあ、ズレるわな〉

「ほんで、この、『ちょっとズレてる気持ち悪い感』、があるんか」

〈まあ、その内、慣れるやろ〉

「そやな」


〈差し当たって、何しよかな?〉

「いや、パソコンさえ潰さんかったら、ご自由に」

〈と、言われてもな〉

「ほんじゃ、引っ越して、まず最初にすることしたら?」

〈なんや?〉

「掃除」

〈掃除?〉

「パソコンの中を、掃除したら?」

〈ゴミあんのか?〉

「いらんデータとか、ファイルの滓とか、その他諸々」

〈ああ、なるほど〉

「今後、頻繁に利用するやろうから、居心地良くしといた方がええやろ」

〈言われてみれば、そやな〉


『パソコンのエラーチェックとか最適化とか、メンテナンスにもなるし』


ダリオは、本音を包んで、ナルディに掃除を勧める。


「ほな、小一時間ほど、パソコン点けっ放しにしといてくれ」


言うやナルディは、画面から消える。

後に残されたるは、青と赤の画面のみ。


ナルディが消えて、一時置いて、パソコンの稼働音が鳴り出す。

ナルデイが、掃除を開始したらしい。

稼働音が、大きく高く響くところを見ると、かなり熱心に掃除しているらしい。

たまに、画面も、パソコン稼働中を知らせるランプも、電源OKのランプも、明滅を繰り返す。

まるで、パソコンの中から、ガサゴソガサゴソ「あ~忙しい」、と聞こえてきそうだ。



小一時間を、過ぎる。

未だ、パソコンの稼働音は続く。

明滅も、続く。

終わる気配が、無い。


ダリオは、ノートパソコンから離れた机にいる。

マグカップに注いだカフェオレを、飲んでいる。

左手には、文庫本。

背筋をピンと伸ばして、カフェオレを飲みながら、文庫本を読んでいる。

ゆったりとした穏やかな空気が、流れる。


その空気をうち破るように、パソコンから音が響く。

警告音の様な、ピーピー音が、響く。


「終わったか」


ダリオは、呟くと、ノートパソコンに近付く。


画面に、ナルディが、登場する。

エプロンを付け、バンダナを巻いて、マスクをした、ナルディが登場する。

右手には、雑巾のかかったバケツを、持っている。

左手には、箒を持っている。

心なしか、エプロンもバンダナもマスクも、薄汚れている。


「ご苦労さん。

 終わったか?」


ダリオは、画面上のナルディに話し掛ける。


〈ああ、終わった。

 大分、掃除サボってたな〉


ナルディは、ツッコミ入れ気味に、ダリオに答える。

ダリオは、今にも舌を出してテヘペロ顔をしそうな雰囲気で、言葉を返す。


「すまん。

 ご指摘の通り、ここんとこ、サボってた」


それを聞いて、ナルディは、肩をすくめる。


〈ま、そんなこったろうと、思ったけどな〉


あきれ口をきくナルディだったが、すぐに真顔になる。


〈ところで、これやけど〉


エプロンのポッケから、つまみ出す。

体長五ミリくらいのものを、つまみ出す。

それは、鮮やか紫色をしている。


「何、それ?」


ダリオは、眼をこらして、それをしげしげ見つめる。


〈なんや、虫みたい。

 手足がナンボかあって、羽根あるで〉

「そんなんズバリ、バグやん」

〈全部取ったけど、ようけおったで〉

「どこに?」

〈メモリの一区画とか、ハードディスクの一区画〉

「元々あるバグ、やろか?」

〈いや、生まれてそんな時間経ってそうにないし、違うんちゃうか〉


『最近、ってことか』


ダリオは、最近の記憶を巡らす。

巡らす。

巡らす。


「思い当たらんな」

〈なんか、変なメールとか来てへんのか?〉

「確かに、ここんとこ一回、変なメールが来てた」

〈来てたんかい〉

「けど、中身読んでも意味分からへんかったから、

 添付ファイルとか開けずに、すぐポイした」

〈なら、大丈夫ちゃうか。

 ここんとこ、メール見ただけで感染するウィルスの話とか聞かんし〉

「そやな」

〈それに、俺の見たバグ、ウィルス感染とか、そんな感じと違ったで〉

「そうか。

 何なんやろな?」

〈データの滓とかが重なって、熟成発酵されて、

 バグが生み出されたんちゃうか?〉

「リアルな、自然現象や生物活動やあるまいし」

〈いや、バーチャルで、そんなことができるようになったのかも〉

「あほらし」

〈やんなー〉


ナルディは、言ったものの、自分もそう信じていない。

が、バグの出どころが分からない限り、『また、発生しそうやな』とも思っている。


ダリオは、バグの発生原因の見当が付いていないどころか、バグが発生していること自体に、驚いている。

少しも、気付いていなかったらしい。

ダリオは、戦力になりそうも無い。


なんか、キショク悪い。

なんか、しっくり来ん。

なんか、ざわざわと、胸騒ぎがする。


バグの件は、ナルディの心に、引っ掛かりを与える。

ナルディは、少しずつでも、『ノートパソコン全体を、探ってとこ』と、決心する。


〈ほんじゃ、戻るわ〉

「おお」


ナルディは、画面から消えると、USBメモリ内部に戻る。

戻りしな、バグの死骸一体を、携える。

このバグの構造を分析して、今後の対処方法を検討するつもりだ。


ナルディが画面から消えて、数十秒後、パソコンから音が響く。

警告音の様な、ピーピー音が、響く。


ダリオは、USBスロットからの取り外しをOKにしてから、USBメモリを取り外す。

取り外したUSBメモリを、メモリの口を外に向けて、中空に突き出す。

突き出したUSBメモリを、指で一回タップする。


メモリの口から、赤く輝く紐が、飛び出す。

ザラザラと、飛び出す。

紐は、文字の羅列で構成されている。

その文字は、1と0。


赤く輝く、1と0の列は、中空を漂う。

漂って、四方向に分かれる。

右の上・下、左の上・下、に分かれる。


四方向に分かれた紐は、中空に列を停止し、位置を定める。

そこから、下に向かって、先に向かって、巻いてゆく。

細長い棒に巻き付く様に、中に空間を残すかの様に、巻いてゆく。


巻き具合は、下になる程、先になる程、徐々に細くなってゆく。

そして、ある程度の長さになると、巻き終わる。

右の上・下、左の上・下、四つとも巻き終える。


いつの間にか、USBメモリから出ていた、赤く輝く1と0の列も、出終えている。

USBメモリからの列は、右の上・下、左の上・下の、四つの赤く輝く棒に集約されたらしい。


赤く輝く四つの棒は、その位置関係から、パッと見は、上向き矢印に見える。


 ←


上の傘部分が、左右に、割と離れているが。

下の棒部分も、左右に、幾らか離れているが。


赤く輝く1と0の列の動きが、治まる。

治まるやいなや、USBメモリの口が、また動く。

今度は、青く輝く紐が、飛び出す。

サラサラと、飛び出す。

紐は、壱と零、の文字は構成されている。


青く輝く紐は、赤く輝く四つの棒に向かって、伸びる。

四つの棒の、空き空間を埋めるかの様に、伸びてゆく。


空き空間で位置を定めると、巻いてゆく

そこから下に向かって、巻いてゆく。

くるくる、くるくる、巻いてゆく。


縦長の楕円形がまず出来上がり、そこから、ちょっと細くなる。

少し細くなると、今度は逆に、裾野が広がるかの様に、グーンと左右に広がる。


滑らかに下る様に広がり、広がった先で、左右に赤く輝く棒と、繋がる。

そのまま、垂直に、下方へ下ってゆく。

くるくる、くるくる、巻いて下ってゆく。


ある程度下ると、ちょっとすぼまる様に、内側へ向く。

内側へ下ったところで、少し空間を開けた左右に赤く輝く棒に、繋がる。

繋がったところで、青く輝く紐は、下降を止める。

USBメモリの口からも、青く輝く紐は、出ていない。


改めて見ると、紐は、人体を形作っている。


青く輝く頭部と胴体、赤く輝く両腕と両脚。

青赤に輝くミイラ男、と云ったところ。

違うのは、包帯が布では無く、文字列と云ったところ。

白い布では無く、青い壱と零、赤い1と0。


人型が出来上がると、確認するかのような間を置いて、明滅を始める。

青く輝く光と赤く輝く光が同調して、明るくなり暗くなる。

明滅を繰り返す内、人型に陰影が浮かび上がる。

皺、シミ、くすみ、浮き上がる血管、その他諸々の線が、浮き上がる。

それに伴い、人型の色も薄まる。

青色と赤色が、薄まる。


しばらくすると青色と赤色は完全に消え失せ、全体が白色になる。

白色であったのも束の間、白色は肌色に覆われる。

水が流れる様に、ザザッと音がするかの様に、肌色に覆われる。


既に完全に、人型は人体。

人体は、男。

そして、ナルディ。


おかえり、ナルディ。


「おかえり」


ダリオが、迎える。


「ただいま ‥ って、何これ?」


ナルディは、紺のボクサー・トランクスを付けただけの、全裸である。


「確か、データ化してもらう前は、服を着ていたと思うけど」

「ああそれ」


なんでも無いことの様に、ダリオが答えて続ける。


少しでも負荷を軽くして危険性を取り除く為、

 身体以外でデータ復元すんの、最小限にとどめた」

「それやったら、しゃーないか。

 完全すっぽんぽん、やないし」


『一応、そこら辺は、気ィ遣ったんやで』とばかりに、ダリオは頷く。


ナルディは、握り締めていた右拳を、ちょっと開く。

開いて、拳の中を、そっと覗き込む。

拳の中を、観察する様に、覗き込む。


「何か、持ってんのか?」


間髪入れず、ダリオが尋ねる。


ナルディは、拳の中のものが動かないことを確認して、右拳を完全に開く、

手の平の中央に、豆粒大のものが、乗っている。

脚らしき、か細いものが、左右に飛び出している。

右に三本、左に三本、計六本、飛び出している。


「虫やな」


ダリオが、見たまま言う。


「虫や」


ナルディが、そのまま切り返す。


「虫と云うことは、こいつが ‥ 」

「所謂、例のバグや」

「こいつが、パソコンの中で繁殖して、悪さしとったんか」

「そやな。

 むちゃようけ、おったで。

 その内一つを、サンプルとして、持ち出して来た」

「これ、どうすんねん?」


ナルディは、ダリオの言葉に、『いや、今更、何言うてんねん?』の意外そうな顔をして、答える。


「いや、これ、分析とか解析とかしたら、

 バグが繁殖した原因とか、対処方法とか分かる、と思って」


ダリオは、唇をOの形に歪め、ナルディを指差す。


「キミ、ええ手、考えました!」


ナルディは、指差されたダリオの手を開けると、そこにバグを乗せる。

ダリオの手の平に、バグをそっと乗せる。


「ほな、よろしく」



ダリオは、解析する。

バグを、解析する。

画面に浮かぶ文字列を、眼で追って、解析する。


追う。

追う。

追う。


一つの列の、一つの文字群に、引っ掛かる。


「これか」


文字列の位置と、この文字群をひかえ、文字列の解析に、再び取り掛かる。



「なんか、分かったかー?」


ナルディが、部屋に入って来る。


トントン


既にドアを開けて、話し掛けているのに、部屋の壁をノックする。

順序が、逆だ。

まあ、世間一般でも、よくあることだが。


「ああ、なんか、分かったような気がする」


ダリオが答えると、ナルディは、心なしか眼を丸める。


「マジで?」


問い掛けたものの、ナルディも、期待していなかったらしい。

こんな短期間の成果は、期待していなかったらしい。


「ああ、マジ」


ダリオは、サラッと答えると、プリントアウトした用紙を、ナルディに差し出す。

用紙には、紙面いっぱいに、文字列が印字されている。

その中の一部の文字群が、ピンクの蛍光色で、丸く囲まれている。


「何、これ?」

「その丸く囲ったとこが、おそらく、バグの原因」


ナルディは、改めて、丸く囲まれた文字群を、見る。

見る。

さっぱり、分からない。


「いや、分からん。

 どういうこと?」


『ま、しゃーないわな』の顔をして、ダリオは、答える。


「その文字群を、解析すると」

「すると?」

「あることが、分かった」

「だから、それは何?」

「ザックリ例えるなら、触媒」

「触媒?」

「自分で『何か、しでかす』ことは、しいひんけど、

 他のもんに作用することで、他のもんに『何か、させる』」

「なんとなく分かる。

 で、具体的には?」


ダリオは、ここで、息を溜めて、吐く。


「具体的には」

「には?」

「パソコンに元々ある、データ(ファイル)に作用して、バグを生み出す」

「うわっ」

「文字群は、作用させるだけのトリガーみたいなもんやから、

 バグの材料とか、バグの動機付けとか全部、

 パソコンに元々あるもんを使う」

「セコい手というか、上手い手というか」

「で、パソコンは、自分が生み出したバグで、自分自身やられてしまう」

「まさに、獅子身中の虫」


『上手いこと、言いました』と、ナルディは、ちょっとドヤ顔。

そんなナルディを放っといて、ダリオは話を続ける。


「その文字群は、メールに仕込まれてて、メールの添付ファイル開かんでも、

 メール見るだけで、パソコンの中に入って来よる」

「でも、そのメール、添付ファイル付いてるんちゃうの?」

「添付ファイルは、注意を引き付ける為のフェイク・ダミーやな。

 目的を果たす為に、わざと、添付ファイル付けとる」

「これまた、セコい手というか、上手い手というか」

「よう、考えとんな」


『シャクだが、よく考えている』


ダリオは、認めざるを得ない。


「その文字群解析して、ワクチン・ソフトは作れんのかいな?」


ナルディが訊くと、即答が返って来る。


「もう作ってる。

 完成待ちや」

「さすが、仕事が早い。

 被害者と云うか被害パソコンと云うか、そんなんが、

 ぎょうーさんおるやろうしなー」

「おるやろな。

 既に、被害に遭ってることが分かってるとこには、

 ワクチン・ソフト配るつもりやけど ‥ 」


ここで、ダリオは、意味有り気に、ナルディを見る。


「問題は、「これ以上、被害を広げんようにする」と言うか、

 「予防する」と言うか、そういう手を打たなあかんことやな」

「うん」

「で、『問題が起こったら、元から断つ』のは、セオリーやろ」

「そやな。

 そうせんと、対処療法ばっかりで、根本解決にならんわな」

「そこで ‥ 」


ダリオは、ナルディを、指差して続ける。


「お前の出番」

「俺の?」


ナルディは、自分を指差して、『へっ?』という顔をする。

ダリオは、頷いて、真剣な眼を向ける。


「俺ができるのは、ここまでや」

「はあ」

「メール解析して、原因の言葉群見つけて、ワクチン・ソフトを作る」

「おお」

「被害に遭っているとこをリストアップして、ワクチン・ソフトを配る」

「おお」

「でも、外部からいくら解析しても、送信元が分からへんねん」

「そうなんか」

「サーバー、何台も何台も何台も経由して、厳重に痕跡消しとるから、

 よう分からへん」

「そうなんか」

「もう、『手が込み過ぎてるやろ、こいつ!』、って感じ」

「お前がそう言うんやから、よっぽどやなー」

「そこで ‥ 」


ダリオは、改めてナルディを見て、指差す。

そして、続ける。


「『中から、見てもらわれへんか』、と」


ナルディは、自分を自分で、指差す。


「俺に」

「そう」

「パソコン内部から」

「そう」

「『データ化して、パソコン内部に入れ』、と」

「そう」

「そして、『送信元を探れ』、と」

「そう」

「いやいや、危ないし、あかんやろ」

「何で?」


ダリオは、不思議そうに、訊く。

ナルディの言動が、心底意外そうに、訊く。


「いやいや、パソコン内部とは云え、なんか物騒そうやん」

「そうかもな」

「なんか、接触したら、データと化した俺の一部分とか、

 ブッ飛びそうやん」

「あー、その恐れは、あるかもな」

「俺、身体とか精神の一部分を損なうとか、嫌やで」

「それについては、大丈夫」


今にも、胸をドンと叩きそうな佇まいで、ダリオは答えて続ける。


「バックアップ、取ってあるから」

「はい?」

「しかも、バックアップのデータ、いくつかコピーしてるから」

「はい?」


ってーと、なんやこいつ、『バックアップデータは、ちょんと取ってあるから、なんかあったら、いつでも復元できる』って言いたいんか。

データとは云え、身体の一部分や精神の一部分を損なう時に感じる痛みは、『考慮外』ってことか。


「メリット」


ナルディは、呟く。


「はい?」


ダリオが、訊く。


「俺に、メリットが無い」

「『そういう問題や無い』と思うけど ‥ 」


ダリオは、困った顔をして続ける。


「正確には、メリットとは言えんかもしれんけど、お前には恩恵がある」


ナルディは、『おっ』と口をすぼませる。


「何、それ?」

「このままバグが増えたら、パソコン内部のファイルデータは、

 侵され続けるな」

「そやな」

「一方で、お前のデータをメンテナンスする為には、データ化したお前に、

 パソコンに入ってもらわなあかんわな」

「そやな」


「だから ‥ 」


ダリオは、間を置いて、続ける。


「バグの為に、お前のデータをメンテナンスする度に、

 お前のデータが変容しかねんわけやな」

「そうなるな」


ナルディは、なんか嫌な予感がする。


「そうすると、メンテナンスの度に、お前に変化が出るわけで」

「はい」

「腕が一本、無くなったり、脚が一本、触手みたいになったり」

「うわ」

「精神にも作用して、何重人格っぽくなったり、廃人っぽくなったり」

「うわあ」

「そう云ったことが起こる可能性が、かなり高い」


ダリオは、言い切る。

言い切った。


『他人ごとやと、思て』


ナルディは、その言い切り方に、ちょっとムカつく。

が、ムカつこうと、ダリオに不平不満述べようと、状況は変わらない。

現実は、変わらない。

何らかの対処をしなければ、ナルディに被害が及びかねない。


なら、多少不本意であっても、やるしかない。

一見、理不尽にも見えるけど、巡り巡って、自分の為。


憎むべきは、ダリオでなく、データ化した自分の身体でも無く、バグ。

そして、バグの送信元。

バグを、作ったやつ。


「とりあえす、『また、パソコンに入らなあかん』、ってことやな」


ナルディは、吹っ切ったように、切れ味良く言う。


「そやな」

「ほんで、どうしたらええん?」

「まずは、ウチのパソコンのメール・ソフトに潜り込んで、

送信元を探ってくれ」

「うん」

「ほんで、送信元の元凶パソコンにアクセスしてみてくれ」

「うん」

「で、怪しそうなデータがあれば、それを持って出て来てくれ」

「うん」

「それを、俺が解析する」

「了解」


そう言いながら、ナルディは、ダリオから視線を外す。

そして、呟く。


「ほな、行くか」


眼を、瞑る。

力を入れず、静かに瞑る。

肩と腕の力を、抜く。

肩を下げ、腕をダラリとさせる。

全身的に、脱力させる。


頭部と胴体が、青く輝く。

 ‥ 以下、前記と同文。


ナルディは、USBメモリに、入り込む。

ダリオが、USBメモリを、パソコンに繋ぐ。

ナルディは、パソコンの中に入る。

一路、メール・ソフトを目指す。


メール・ソフトに、到着する。

到着して、全体の配置図を見廻す。

送信元アドレスのデータが入っている部屋を、確認する。

歩を進め、その部屋の前に立つ。

セキリュティ・ドアを難なく開け、部屋の中に踏み込む。


部屋の内部は、広い。

バスケットボール・コートが一面、入りそうなぐらい広い。

その一面全体に、キャビネットが設置されている。

無数にあるキャビネットは、各々、三段になっている。

その段それぞれに、インデックスが、貼られている。


インデックスは、西暦が記してあり、下段に行くほど、新しくなっている。

キャビネット自体は、手前が最も古い。

つまり、奥に行くほど、年台が新しくなっている。


ナルディは、進む。

奥へ奥へと、進む。


インデックスの付いている、最後のキャビネットに、辿り着く。

それ以降奥のキャビネットには、インデックスが、付いていない。

インデックスが付いている最後のキャビネットも、上・中・下の三段の、上段にしか、インデックスは、付いていない。


ナルディは、その段を、引き開ける。

段の中は、月毎に、仕切りが、設けられている。

一月毎、二月毎、三月毎 ‥ 。

今月分の仕切りを、探る。

仕切りに区画されたカード達を、引き出し戻し、引き出し戻しする。


一枚のカードを引き出したまま、止まる。

カードの記載内容を、熟読する。

カードの文字列の中に、確かに、ダリオの指摘した文字群がある。


このカードが記すメールデータが、バグを生み出したらしい。

送信先のアドレスは、ダリオのメールアドレス。

と言うより、不特定多数に対応できるメールアドレス、になっている。


送信元の、メールアドレスは?

当たり障りの無い、無味無臭の、一般的なメールアドレス。

巷に溢れる、無個性な、平々凡々なメールアドレス。

本当のメールアドレスの、ヒント冴え掴めない。

やはり、一筋縄ではいかない。


『やっぱり、幾らか、サーバー辿ってみんとあかんか』


ナルディは、駆ける。

青と赤のグラデーションの本流となって、駆け抜ける。

青赤の波は、ケーブルの中を、駆け抜ける。

青味の強いグラデーションの波が、上になり下になる。

赤味の強いグラデーションの波が、上になり下になる。

青赤の波は、お互いを飲み込み、お互いを吐き出ししながら、進んでゆく。


光速の波は、ケーブル間を、縦横無尽に駆け巡る。

幾つかのサーバーで、一刻の小休止を取りながら、駆け巡る。


『ナンボ、潜っとんねん』


ナルディが、これまで調べたサーバーは、計四つ。

それでも、送信元を突き止めるデータは見つからない。

ヒントさえ、掴めない。

どれだけのサーバーを経由して、送られて来たのか分からない。

どんだけ、サーバーを潜って、送られて来たメールなのか。


ナルディは、引き続き、駆ける。

駆け抜ける。

波が、走る。

光速で、打ち寄せる。

青と赤が、閃く。

閃光が、走る。


『やっと、か』


ナルディは、やっと、送信元が最初に使ったであろうサーバーに、行き着く。


『あと、ラスト、ワン・マイル』


気合を入れ直して、スタートを切る。


駆ける。

波が、走る。

光速で、打ち寄せない。


『えっ ‥ 』


サーバーから、送信元の、災いの元凶パソコンには、すぐに到達する。

駆け出すやいなや、走り出すやいなや、着いた感じ。

どうやら、元凶パソコンは、自前のサーバーを、カモフラージュ・サーバー一台目にしていたらしい。


ナルディは、元凶パソコンに、入り込む。

元凶パソコンのメール・ソフトに、入り込む。

メール・ソフト全体の配置図を、見廻す。

送信先アドレスのデータが入っている部屋を、確認する。

歩を進め、その部屋の前に立つ。

セキリュティ・ドアのノブを、廻す。

廻らない。

鍵が、開かない。

開かない。


ナルディは、メタモルフォーゼ。

青赤グラデーションの、液体状になる。

液体状になり、床を這う。

床とドアにある隙間から、部屋の中に入る。


ドアを潜り抜けると、液体は、上へ伸びる。

立ち上がる。


液体内のグラデーションは、ハッキリ分かれる。

青色の部分と赤色の部分に、ハッキリ分かれる。

青色の部分が、定位置に付く。

頭部と胴体、に。

赤色の部分が、定位置に付く。

両腕と両脚、に。


色鮮やかな、青と赤の液体は、人体の形を取る。

青と赤の色は、落ち着き沈み込む、肌色となる。

すっかり色が落ち着くと、紺のボクサー・トランクス一枚のナルディが浮かび上がる。


ナルディは、「下一枚ほぼ裸」の恰好に躊躇することなく、歩を進める。

この部屋も、バスケットボール・コートが一面、入りそうなぐらい広い。

その一面全体に、三段のキャビネットが設置されている。


ナルディは、ズンズン進む。

一番奥、一番最新のキャビネットへ、向かう。

最新のキャビネットを見つけると、インデックスの年台が最新の段を、引き開ける。

段の引き出しの中は、月毎に、仕切りが立ててある。

仕切りに区切られて、カードがごっそり、立ててある。


最新の月の最新のカードを、幾つか見る。

その他にも、幾らか、カードを、引き出して見る。

例の言葉群が、例外無く載っている。

おそらく、このパソコンのメール・ソフトは、ウィルス付きメール送付に、特化したものに違いない。


ナルディは、幾らかのカードのデータ文を、指でなぞる。

例の言葉群を含んだ、データの文字列を、指でなぞる。

なぞられた文字は、緑に光り、ナルディの指に入り込む。

指経由で入った文字は、手 → 前腕 → 上腕 → 肩、と上がってゆく。

肩から胴体に入り込み、姿を消す。


指でなぞられた文字列は、次々と緑の光文字となって、腕を駆け上がる。

腕の中を、緑文字の行列が、進む。

腕の中を、緑の立体的な血が、流れる。


指がなぞるのを終え、カードから指を話す。

その時点で、緑文字は最終文字になる。

しんがり文字が、緑に輝き、行列の最後に付く。


緑文字の行列が全て、胴体に収まる。

ナルディは、指でなぞったカードを仕舞い、次のカードを引き出す。

引き出したカードを、また、指でなぞる。

同じ現象が、また起こる。


この作業を、あと数枚のカードに施して、ナルディは、繰り返す。

それを終えると、キャビネットの段を、閉める。

ドアの前へ、戻る。

身体を液体状にして、ドアをくぐりぬける。

メール・ソフトから、去る。

元凶パソコンからも、去る。

ケーブル経由で、帰途につく。

ケーブルの家路を、辿る。


ピーピー


「おっ、帰って来たか」


ノートパソコンが、警告音を奏でる。

ナルディが帰って来たことを知らせる音が、響く。


ダリオが、ノートパソコンの画面を覗き込むと、ナルディは既に、画面にいる。


〈ただいま〉

「おかえり。

 あ、ちょっと待っててや」


ダリオは、ナルディ転送専用のUSBメモリを、ノートパソコンにセットしようとする。

画面の中のナルディが、手の平を、突き出す。

「ちょっと待った」と言うように、前へ突き出す。


「えっ?」


ダリオは、ちょっと戸惑う。


〈いや、USB、付けんといて〉

「何で?」

〈いや、試したいことがあるし〉

「はあ」


ダリオは、釈然としないまでも、USBを置く。


画面上から、ナルディの姿が消える。

と、ノートパソコンのUSBスロットから、赤く輝く紐が、飛び出す。

紐は、1と0で、構成されている。

赤く輝く紐は、上・中・下の位置に分けるなら、中の左右、下の左右に位置する。

位置して、そこから巻いてゆく。

見る見る、腕と脚の形に、巻いてゆく。


赤く輝く紐の出流が終わると、青く輝く紐が、USBスロットより出流する。

紐は、壱と零で、構成されている。

青く輝く紐は、上・中・下の位置に分けるなら、上部と、中部の赤く輝く腕の形の間に、位置する。

位置して、そこから巻いてゆく。

見る見る、頭部と胴体の形に、巻いてゆく。


もうすぐ、「おかえり、ナルディ」だ。


とは、いかなかった。


一匹の虫が、飛んで来る。

音は聞こえないが、ブーンと音がする様に、飛んで来る。

スポッと云う感じで、入り込む。

青の紐と赤の紐の隙間から、入り込む。

飛んで、人型の中に入る。


人型は、完全なる人型になる。

青色と赤色も消え、白色に近くなる。


そこで、


ズボッ


と音がするかの様に、紐は縮まる。

半分とか三分の一とか、そういうレベルじゃなく、縮まる。

おそらく、何十分の一。


縮まった紐は、人型を留めず、グングン小さくなる。

虫ぐらいのサイスになって、縮みを止める。

縮みが止まったと同時に、皺が入る、陰影が浮き立つ。

体色も、変化する。

複眼ができ、手足六本が生える。

深い灰色を基調とした色が、浮かび上がる。

羽が生え、震える。

微妙に上下して、空中に位置を定めようと、ホバリングする。


青赤紐が、虫になる。

人型が、虫になる。


「えーっ ‥ 」


ダリオは、驚く。

想定外過ぎて、面喰う。

呆けて抜ける様に、驚く。


ホバリングしていた虫は、ダリオに近付く。


「しっしっ」


ダリオが手で振り払うも、それを搔い潜る。

掻い潜り、ダリオの周りに、纏わり飛ぶ、


「しつこいなー」


ダリオの周囲を旋回して飛ぶ虫は、引き下がらない。

その、あまりにも切実なクルクル旋回に、ダリオは思いを巡らす。


『もしかして ‥ 』


「ナルディ?」


ダリオは、口に出し、虫を指差す。

虫は、差されたその位置で、ピタッと止まる、ホバリングする。

そして、数瞬の間を置き、再び飛び始める。

今度は、穏やかに、飛び始める。


飛んで、ダリオの眼前で、飛行軌跡を描く。

丸く円形の、軌跡を描く。


まさに、○。


虫は、明確に、意思表示している。

「俺は、ナルディだ」、と。

だが、ダリオは、まだ信じられない。

偶然と云うことも、ある。

ダリオは、質問を続ける。


「ナルディは、おつまみ系より、スイーツの方が好きである?」


虫が描く軌跡は、今度も○。


「ナルディは、和菓子より、ケーキや洋菓子系の方が好きである?」


今度の軌跡は、×。


「ナルディは、こし餡より、粒餡の方が好きである?」


今度の軌跡は、○。


間違い無い。

虫は、ナルディだ。

どうしてそうなったか、分からねど。

まあ、実体化する絶妙のタイミングで、虫が入り込んでしまったのだろうが。


それにしても、虫は、ダリオの質問に、的確に答えている。

これは、「ナルディの意志に沿って、虫の身体が動いている」と云うこと。

つまり、ナルディが、虫そのものをコントロールしていることになる。

コントロールしているのなら、解除もできないか?


ダリオは、虫のナルディに話し掛ける。


「いやいや、動きのコントロールできるんやったら、虫の形を解除して、

 人間に戻れるんちゃうか?」


「あ、そーか」とばかりに、虫は軌跡を描く。

描いて、微妙に動きながら空中停止、ホバリング。


ズルズル、ズルズル、赤く輝く紐が、虫から解ける。

スルスル、スルスル、青く輝く紐が、虫から解ける。

青も赤も、解けた紐は、空中を漂う。

天女の羽衣のように、空中を、ゆったり漂う。


紐が解けるやいなや、そこから虫は、飛び出す。

それこそ、一目散と云うように、飛び出す。

それこそ、旋回などはせずに、最短距離で離れるかのよに、まっすぐ飛び去る。


光り輝く青赤紐は、再び、人型を取る。

今度は、縮まらない。

そのまま、白色 → 肌色(一部、紺色)、になる。


今度こそ、おかえり、ナルディ。


ナルディは、人間体に戻って、開口一番、言う。


「あ~、ビックリした」


ダリオも強く同意して、答える。


「こっちも、むちゃビックリした」

「まさか、あんなことになるとは ‥ 」

「 ‥ 夢にも思わんな」


ダリオは、人間に戻ってホッとしているナルディに、続ける。


「どうやった?」

「何が?」

「虫になった気分?」


ナルディは、『あー』と云う顔をして、答える。


「あんま変わらんかった」

「そうなんか?」

「うん。

 自分の意識とかメンタル的なもんは、なんも変わらんかった。

 虫でいた時間短かったし、身体の大きさとかフィジカル的なことは、

 気にする間も無かったなー」


ナルディは、思いを巡らすように、眼を空中に巡らす。

思い付いたように、小さく叫ぶ。


「ああ」

「何や?」

「意思表示は、むっちゃしにくかったなー」

「そやな。

 飛んで軌跡描くしか、こっちにも伝わらんかったしなー」


「それと ‥ 」


ダリオは、付け加えて、続ける。


「USBメモリ無くても、イケるようになったん?」

「ああ、そうみたい」

「「そうみたい」、って ‥ 」

「パソコンのUSBの口から直に、出入りできるみたい」

「そこには、なんらかの修行の成果、が?」

「いや。

 『やってみたら、できちゃった』、って感じ」

「あ、そうですか」

「とにかく、USBメモリ経由が必要無くなったから、

 簡単お手軽になったわ」

「そうやな」

「そうそう」

「ほんで ‥ 」

「ほんで?」

「成果は?」

「成果? ‥ 」


ナルディは、ダリオの問いに、ハテナで返して、続ける。


「何の?」

「バグの」

「ああ、ちょっと待っててな」


ナルディは、メモを一枚手に取ると、そのメモに指を添える。


サラサラ サラサラ ‥

サラサラ サラサラ ‥


ナルディは、メモに、カードから読み込み保存した文字列を、書き付ける。

指から直接、書き付ける。

文字列の中には、勿論、例の文字群も入っている。


胴体から、肩 → 上腕 → 前腕へと、文字が走る。

緑に光り輝く文字達が、流れる。

カードから文字列を読み取った時とは、逆の流れ。

立体的な緑波の、逆流。


メモに移った緑の文字列は、メモの上で、整列する。

光り輝く明度を、徐々に落とし、メモの上に、定着する。


ナルディが、書き付け終える。

文字列の最終組が、整列終える。

文字列の最終組の明度が、落ち着く。


メモが、落ち着いた緑の文字に、なる。

緑文字の文字列が、整然と羅列されている。

ナルデイは、それを待って、メモを、ダリオに渡す。


ダリオが、メモを拝見する。

文字列を、眼で追う。

追う。

追う。


文字列から、眼を上げる。

メモから、顔を上げる。

ナルディを、見る。

満足そうに、見る。


「分かったん?」


ナルディが、訊く。

ダリオは、答える。


「ああ、間違い無い。

 これや」


ダリオは、メモを振る。


「と云うことは ‥ 」

「「ウィルス・メールの送信元を、突き止めた」、ってことやな」

「ほな、そのメモで、

 『根本治療のワクチン・ソフトも、作れる』、ってことか?」

「他にも、データ、盗って来たか?」


ダリオは、ナルディの質問に、質問で返す。


「うん」

「どれくらい?」

「そやな。

 あと、五つくらい」


ダリオは、ちょっと考え、答える。


「そんだけあったら、多分、作れるやろ。

 でもな ‥ 」


ダリオは、顔を曇らす。


「何?」

「うん ‥ せっかく、根本治療ワクチン・ソフト作っても、

 『どこに、どんだけ、送ってええのか?』が、分からへんからな ‥ 」


ダリオが、引き続き、顔を曇らせ、悩む。


ナルディも、悩む。

考えを、巡らす。

ぐるんぐるん、巡らす。

巡らして行く内、小さな光を捕まえる。

その光は、ナルディの頭に、燈を灯す。


「虫」

「はい?」


ダリオは、ナルディの頓珍漢な発言を、反射的に問い質す。


「だから、虫」

「はい?」

「だから、虫、やて」

「いや、分からなへん」


『ああ、そりゃ、分からへんか』と、ナルディは、得心した顔をする。

そこで、嚙み砕いて、説明する。


「さっき、俺、虫になったやんか?」

「なったな」

「虫のサイズに縮んでしもて、

 虫そのものにトランスフォームしたやんか?」

「そやな」

「で、虫の行動は、俺が思い通りにしたやんか?」

「ああ、意思表示の ○× な」

「それ、応用したらええんちゃうか?」

「はい?」

「送信元に」

「はい?」


ダリオは、キョトンと、ナルディを見つめる。

十数秒間、見つめる。

徐々に、ダリオの顔が、締まって来る。

理解を得たかのように、締まって来る。


そして、ナルディを指差して、言う。


「送信元で、送信者に、トランスフォーム?」

「そう」

「そして、送信者操って、全送信先に、根本治療ワクチン・ソフト配布?」

「そう」


ナルディは、満足そうに、問いに、答える。

ダリオは、ちょっと、『話を掴みかねる』表情をする。


「そんなん、できるんですか?」

「多分」

「虫以外の事例は?」

「無い。

 てか、さっきのが、初めて」


ダリオは、ちょっと、あきれる。


「できるかどうか、分からへんやん。

 希望的観測、かい」

「虫もイケたし、イケるやろ」

「おーい。

 虫と人間じゃ、全然、違うで」

「元より承知。

 まあ、でも試してみる価値は、あるやろ。

 お互い、他の案、思い浮かばんし」

「 ‥ う~ん ‥ 」


「他の案があるか?」と問われれば、ダリオも苦しい。

返答のしよう、が無い。


「 ‥ ほな、試してみるか」

「えっ? ‥ 」


ダリオの打って変わった物言いに、ナルディは驚く。

驚き、尋ねる。


「何を?」

「トランスフォームが、人間に通用するか」

「どうやって?」

「人間を、実験台に」

「実験台になってくれそうな人、いるん?」

「うん」

「誰?」

「俺」


ダリオは、自分を指差す。


「お前?」

「うん」

「ダリオ?」

「うん」


ナルディは、ちょっと慌てる。


「いやいや、あかんやろ」

「なんで?」

「失敗するかもせえへんやん」

「そやな」

「そうしたら、誰が、ウィルスに対処すんねん」

「自信、無いのか?」

「いや、そう云うわけやなくて」

「なら、ええやん」


ナルディは、まじまじと、ダリオを見る。


何、この自信。

その、根拠は?

なんで、そんなに、俺を信頼する。


ダリオは、ナルディの視線を、視線で跳ね返す。


ナルディは、『はいはい、分かりましたよ、参りました』とばかり、肩を竦める。


「ほな、いくで」

「よしきた」


ダリオは、軽く答えると、体勢を整える。

脚を、肩幅ぐらいに開き、足を、床にしっかと着ける。

首の力と肩の力を抜き、肩を自然な状態に落とす。


ナルディは、ほどく。

自分の身体を、ほどく。

青と赤の紐に、ほどく。


ほどかれた紐は、スルスル、ズルズルと、向かう。

ダリオの方に、漣のように波打ちながら、向かう。


小さく波打っているが、ほぼ一直線の波は、ダリオに行き着く。

波の紐は、ダリオの周りを、巡る。

まず、赤く輝く紐が、左右腕・左右脚の周りを巡る。

続いて、青く輝く紐が、頭部・胴体の周りを巡る。


青赤紐が、ダリオの周りを、巡り終える。

ダリオの身体は、すっぽり、青赤紐に、巻き付かれる。


巻き付いた青赤紐は、徐々に、狭まる。

ダリオの身体に、着実に、迫る。


青赤紐が、ほぼ、ダリオの身体に、フィットする。

ダリオ型青赤物体、と化す。


ナルディは、ダリオと、会話する。

ダリオの口を借りて、会話する。

一つの口を、二人の人間が使用する。

ナルディ・口とダリオ・口は、声音を入れ替えながら、言葉を発する。


「どうや?」


ナルディが、ダリオの身体を、心配する。


「ああ、別になんとも無いで。

 身体は、動かせへんけど」

「ああ、そうか。

 話せなあかんから、口だけは、動く様にしてるけど」

「ほんま、『口だけ』、みたいな感じやな」

「口以外は?」

「全然、あかん」


口以外は、ダメ。

ある意味、予想通りの、願ったり叶ったり。


「ほなちょっと、試してみるわ」


ナルディは、右腕に、集中する。

右腕が、動く。

右手に、集中する。

右指が、動く。

左腕・左手も、同様。


右脚に、集中する。

右脚が、動く。

右足に、集中する。

右足指が、動く。

左脚・左足も、同様。


頭部に、集中する。

頭が、前に倒れ、後ろに倒れ、右に倒れ、左に倒れる。

ぐるんぐるん、頭が廻る、首が廻る。


胴体に、集中する。

胴体が、前に屈曲し、後ろに反る。

左右に振れる、背筋を伸ばす。

腰を基点にして、腰を廻す。


まごうこと無き、ナルディの思い通りの動き。


「どうや?

 なんや、身体が動いとる感じはするけれど、

 こっちには、全然、分からへん」


ダリオが、訊く。


「ああ、ええ感じやで」


ナルディが、訊かれたのと同じ口で、答える。


「ホンマか。

 イケそうか?」

「ああ、全然、OK」

「そーかー、ほな、良かった。

 ほな、紐、解いてくれ」

「OK、分かった」


青赤紐の縛めから、ダリオは、解き放たれる。

「フーッ」と、溜息を一つ、つく。



ダリオが、根本治療ワクチン・ソフトの作成に、取り掛かる。

数日間、ノートパソコンの画面を睨み、キーボードを叩く。

カチッカチッ ‥ クリックの音が、何度となく響く。


「できた」


ダリオが、唐突に、声を上げる。

傍らの椅子に腰掛け、本読んでいたナルディは、顔を上げる。


「おお!」


ナルディは、声も上げて、ノートパソコンに近寄る。

画面を、覗き込む。


「近い近い」

「あ、ごめん」


ダリオに注意され、ナルディは、画面とダリオの顔から、距離を取る。

ナルディは、画面を見る。

数字と文字と記号の羅列を、見る。


まあ、なんか、上手いこと、いったんやろ。


羅列の意味が把握できなくても、頷く。

分かったように、力強く頷く。


ダリオは、そんなナルディを、横目で見る。

そして、『分かってんのかよ~』とばかりに、顔を竦める。


「で、」


ダリオが、口を開く。


「これを、携帯できるようにするし、それを持って、送信元へ行ってくれ」

「うん」

「で、送信元からウィルス・メール送られた先全部に、

 このワクチン・ソフトを送ってくれ」

「了解」

「ほな、携帯できるようにするから、もうちょっと待っといて」

「ほい」


ナルディは、ノートパソコンから離れる。

ダリオは、再び、ノートパソコンに向き合う。

自分の制空圏を取り戻し、ダリオは、ちょっぴり、ホッとする。



「オーケー」


出来上がった、らしい。


「できたん?」

「おお。

 ちょっと、試してくれ」

「ほい」


ナルディは、青赤紐になって、ノートパソコンの中に、入り込む。

USBスロットから、スルスルズルズルと、入り込む。


〈これか〉


ナルディは、マイドキュメントの《その他諸々フォルダ》内にあったリュックを、掴み上げる。

見たところ、リュックの内容量は、十五リットル程。

そんなに、大きくない。

持った感じも、そんなに重くない。


ナルディは、リュックを背負ってみる。

背負っても、そんなに負荷を感じない。

動き易くも、ある。

胸と腰に、カチッと二点留めできるようにしてあるので、身体にもフィットする。

ええ仕事だ。


〈おっ、ええ感じ〉


ナルディは、画面上に、顔を出す、姿を映す。

リュックを背負った姿を、ダリオに見せる。


「どや?」

〈うん、ええ感じ〉


ノートパソコン備え付けの、カメラとマイク・スピーカーで、ダリオとナルディは、会話を交わす。


〈ほな、早速、行って来るわ〉

「気イ付けてな。

 見つかって、データ変容させられて、元に戻れんようなったら、

 目も当てられへん」

〈大丈夫やろ。

 そもそも、自分のパソコンに、こんな感じで忍び込まれるのなんか、

 想像もしてへんと思うで〉

「いやいや、

 なんかセキュリティ・ソフトとかファイア・ウォールとかあんのは、

 確実やろ」

〈あっても、フツーのやつやろ。

 大丈夫なんちゃうか〉

「いやいや、まだ、実際、対峙してないやろ」

〈そら、そうやけど〉

「『用心するには、越したことがない』、ってことやな」

〈了解。

 ほな、行くわ〉

「よろしく」


ナルディは、画面から消える。


風に、なる。

いや、光になる。

データに、なる。

いや、連続した文字列になる。


ケーブルを、進む、

ケーブルの中を、進む。

スルスル、進む。

ズルズル、進む。


送信元に、辿り着く。

送信元パソコンの中に、入り込む。

この間侵入したメール・ソフトの中に、再び、入り込む。

この間探索した、送信履歴の部屋を、過ぎる。

『メールを、実際送る仕組み』を備えた部屋を、探す。

眼を皿のようにして、注意深く左右の部屋を確認しながら、歩を進める。


と、壁で、道が塞がれる。

空間を、すっぽり、壁が覆っている。

『これ以上先には、行かせないぞ!』と、まさしく言っているようだ。

影は、赤色とオレンジ色で、炎調に塗られている。


見たところ、壁は大きさもそうだが、厚さもありそうだ。

そうおいそれとは、破壊できそうもない。


つまり、


乗り越えられない。

迂回できない。

ぶち壊せそうもない。


ちょっと、手詰まり、っぽい。


ナルディは、腰に手をやると、『やれやれ』と云ったように、首を振る。

そして、しゃがみ込む。

床に、片膝を着く。

床に、左掌を着ける、添わす。

床を、左掌で、包み込む。


床に、穴が、開いてゆく。

ゴボゴボ、開いてゆく。

左掌からほとばしる緑の光を受けて、穴は開く。


床に、人ひとり、入れるくらいの穴が、開く。

ナルディは、その穴の中へ、入り込む。

入って前(壁の下の地下部分)を向き、左掌をかざす。

地下の前方部分に、左掌を、添わせる。


前方部分に、穴が、開いてゆく。

ゴボゴボ、開いてゆく。

左掌から発する緑の光を受けて、穴は開く。


前方部分に、人ひとり、縮こまって入れるくらいの穴が、開く。

ナルディは、その穴の中へ、入り込む。

入り込んで、再び、前方に、左掌をかざす、添わせる。


この作業を、後二回、繰り返す。

繰り返した後、ナルディは、今度は、上(床の方)を向く。

地下の上方部分に、左掌をかざす、添わせる。


上方部分に、穴が、開いてゆく。

ゴボゴボ、開いてゆく。

左掌から流れ出る緑の光を受けて、穴は開く。


穴は、開いてゆく。

そして、唐突に、止まる。

穴が、空間と、繋がる。


穴を、人ひとりくらい通れるまで、広げる。

広げると、穴に潜り上がる。

潜り上がって、進み上がる。

穴の端に、手を掛ける。

頭部→胴体と、穴から、這い出る。

続いて、両脚を、這い出す。


眼の前には、壁。

いや、背中には、壁。

進むべき方向とは逆側に、壁。


つまり、壁を越えた。

いや、正確には、壁の下を、潜り抜けた。


壁を攻略するには、真正面にぶち当たるだけが、手では無い。

乗り越えるだけが、手では無い。

目的が達せられるのなら、迂回してもいいし、地下掘ってもいい。

壁が自然と朽ちるまで、攻略し易い高さや強さになるまで、その場で、精進をかさねてもいい。

要は、壁の先に、進むことでしょ。



ナルディは、壁を置き去りにして、先に進む。


壁自体には、なんら手を加えていない。

よって、『セキリュティは、平素と同じ』、と考えていいはず。。

まだ、『特別なセキリュティ対応は、取られていない』、と考えるべき。


まあ、床に穴は開けたが。

でも、『床に穴』に限らす、『壁以外の、建造物変容』と云ったデータ変容は、データ更新等で、日常茶飯事だと思われる。

『珍しいことでは、無い』と、セキリュティ的に、流してくれるだろう。


ナルディは、進む。

歩を、進める。

ドアが居並ぶ一画に、出る。


いかにも重厚そうなドアが、並んでいる。

西洋のお城にありそうな、ドア。

ご丁寧に、ライオンが輪をくわえたドアノッカー、まで付いている。


その中の、[address]とプレートの掛かったドアを、ノックする。

ライオンのくわえた輪に、四本指を通し、第二関節でコツコツ、ノックする。

ドアは、自動的に開き、部屋の中へ、いざなう。


部屋の中は、本棚が並んでいる。

が、本棚の数は、そう多くない。

せいぜい、三、四台。


部屋自体も、そう大きくない。

送信履歴の部屋よりも、ずっとずっと小さい。

ワンルームマンションの一室くらい、と言えばいいか。

おそらく、アドレスを管理するのには、このスペースで、事足りるのだろう。


本棚に整理されているファイルを、見て行く。

どうやら、下の段から上の段に行くほど、新しくなっているらしい。

そして、次の本棚の下段から、始まっているらしい。


本棚を順に見て行くと、途中の段までしかファイルが埋まっていない本棚、がある。

案の定、その本棚のファイルが、一番新しい。


最新のファイルを手に取り、ページを捲り、眺める。

ページを捲り、眺める。

ページを捲り、眺める。


「ビンゴ」


小さく、呟く。


ファイルを手に、部屋を出る。

ドアは、勝手に閉まる。

来た道を、帰る。

帰り、進む。


壁があった辺りまで、来る。

壁は、勿論、まだある。

壁に加えて、なんかいる。

しかも、こちらの方を、向いている。


一見、蛸のバケモノが、こちらを向いている。

デカい頭を備え、四本の触手が、蠢いている。

触手の一本が、注射器様になっている。

どうも、『ワクチン・ソフトを、無理くり具象化したバケモノ』、らしい。


蛸バケの、意外とつぶらな瞳が、こちらを向く。

視線を、飛ばす。

ナルディと蛸バケの視線が、合う。


ロック・オン


ナルディは、蛸バケの思考を、聞いた気がする。


三本の触手が、動き出す。

のたうち進み、こちらへ向かって来る。

ナルディの傍まで来ると、起き上がる。

寄せる波のように、起き上がる。

波の先端、いや、触手の先端が、ナルディに覆い被さって来る。


どうやら、三本の触手で、ナルディを捕らえようとしているらしい。

三本の触手で、ナルディを動けなくして、注射器の触手で、ナルディにワクチンを注入しようとしているらしい。


ナルディは、バックステップ。

素早くバックステップして、三本の触手をかわす。


第二波が、やって来る。

これも、バックステップして、かわす。


立て続けに来た、第三波、第四波も、続けてかわす。

その度、ナルディは、バックステップする。


バックステップしてかわす度、蛸バケから、壁から、遠ざかる。

帰り道が、遠くなる。


『これは、ヤバいな』


どんどん、戻るばかり。

全然、帰りは、進んでいない。

まさに、『行きは良い良い、帰りは怖い』。


蛸バケの触手ホイップは、止まない。

次々と、繰り出される。

ナルディは、かわし続けている。

が、それだけでは間に合わず、腕や足で、弾き飛ばしてもいる。


『いよいよ、ヤバいな』


腕や足で弾き飛ばした触手の感じは、思いの外、力が強い。

思いの外、剛性がある。

そして、動きは、自由自在。


対して、こちらは、今のところ、打つ手無し。

下がるだけの、ジリ貧。

捕まるのは、時間の問題に思える。


かわし切れず、触手の一つが、腰に絡みつく。

キックする左足をかいくぐって、触手の一つが、左脚に絡みつく。

すかさず、触手の一つが、右脚にも絡みつく。


下半身を、完全ホールド。

ナルディは、下半身の自由を、奪われる。


蛸バケは、捕らえた獲物をいたぶるように、ジリジリジワジワ、近付いて来る。

ナルディの元へ、注射器触手を構えながら、ジリジリジワジワ、近付いて来る。


『うわちゃー』


ナルディは、その様を見ながら、げんなり思う。

まあ、ある意味、キモかわいいが、気持ちのいいもんじゃない。


蛸バケが、ついに、ナルディの目の前まで、迫る。

その距離、一メートルを切る。

注射器触手を振り上げる。

そして、ナルディの胸に、狙いをつける。

そして、振り下ろさ ‥ ない。


注射器触手は、ガッチリと、ナルディの両手に捕らえられている。

振り上げた状態のままホールドされ、微動だにしない。


「わりいな。

 全部の触手は無理でも、一本くらいなら、なんとかなるねん」


ナルディは呟き、右手を、ちょっとズラす。


「ほんで、針一本くらいも、なんとかなるねん」


右手を、そのままスラし、注射器触手の針まで、動かす。

そのまま針を握り、ひん曲げる。

真っ直ぐな針が、Uの字になる。


ブフォー


蛸バケは、なんか叫ぶ。

なんか叫んで、小刻みに震える。


注射器触手の目盛が、進んでいる。

ナルディに抵抗されるとは思わず、針をUの字に曲げられるとは思わず、ワクチンの射出に、既に取り掛かっていたらしい。


ワクチンが、垂れる。

Uの字になった針の先から、垂れる。


蛸バケの、大きいがつぶらな瞳が、見開かれる。


ワクチンは、針に添って、Uの字に沿って、流れる。

Uの字になった針の先から、射出される。

勢いよく、射出される。


Uの字の先は、針の先は、自分自身。

蛸バケ自身。


射出されたワクチンは、蛸バケに、かかる。


ブフォー!


蛸バケは、またもや、叫ぶ。


蛸バケの身体が、溶け出す。

ワクチンのかかったところから、溶け出す。

ワクチンの効果を表わす様に、みるみる溶け出す。


ブフォー! ‥ ブフォー!


蛸バケは、断末魔の叫びを、漏らす。


『ワクチン・ソフトも、パソコン自身にとっては異物やから、

 「ワクチンは効く」、ってか』


ナルディは、蛸バケの様子を観察し、思い至る。


ブフォー! ‥ ブフォー!

ブフォー! ‥ ブフォー

ブフォー ‥ ブフォ ‥

ブフォ ‥ ブフ ‥

ブフ ‥ ブ ‥‥


蛸バケは、ほとんど溶けてしまい、眼玉のみ、身体が溶けた液体に浮かぶ。

その眼玉も、とうとう溶け、辺りに水溜まりが広がる。


『ワクチン・ソフトが破られたわけやから、今度は遠慮はいらんやろ』


と、ナルディは、今度は、空間を、道を遮る壁に、左掌を当てる。

左掌を、壁に添わす。

左掌と壁の接地面から、光が飛び出す。

緑の光が、飛び出す。


壁が、ボコボコと音がするかのように、凹んでいく。

壁の凹みは、ナルディの左腕を吸い込む。

左腕の肘が、吸い込まれようとした時、向こうの空間に繋がる。


壁に、穴があく。

こちらと向こうが、繋がる。


ナルディは、穴を大きくする。

人が一人、通れるくらい、広げる。

そして、通る。


ブゥーン ‥ ブゥーン ‥

ブゥーン ‥ ブゥーン ‥


案の定、警告音が鳴り響く。


『そりゃ、そやわな』


ナルディは、足を速める。

ほぼ、駆け出す。

幾つもの部屋を過ぎ、幾つものドパを過ぎる。


しばらく駆けた時、開けた空間に出る。

そこは、ちょっとした広間と云うか、オープンスペースと云うか、何も置かれず、空間が取ってある。


が、ナルディが駆けて来た道の左方に、それはあった。

でっかいモニター。

壁一面を、使っている。

パソコンの外の景色を映し出すものらしく。パソコンが置かれている部屋の様子が、映し出されている。

いや、パソコンの内蔵カメラと、ただ単に繋がっているのかもしれない。


ナルディは、思わず、しげしげと見る。

幸い、警告音は、遠ざかっている。

余裕を持って、壁一面モニターを見る。


『デカいなー。

  ‥ えっ?』


モニターに映し出されている部屋のドアが、動く。

ドアが、開く。

男が、入って来る。

パソコンの前に、座る。


カメラを通して、モニターを通して、ナルディと差し向いに、向き合う。


『こいつか!』


こいつ、らしい。

ウィルス・メールを送った張本人は、こいつらしい。


男は、ナルディに気付いていない。

パソコンの内蔵カメラから、そっと覗いているようなもんだから、気付きはしないだろう。

それどころか、パソコンに何か細工をされているとか、誰かが触ったとか、そういうことも疑っていないようだ。


無理も無い。


ナルディは、あくまで、ケーブル経由で、パソコンの中に入っている。

パソコンの外側は、なにもいじっていない。

なにも、動かしていない、動かせない。

パソコンの外見が、なんら変わっていないのは、当たり前のこと。


が、男がパソコンの前に来たということは、パソコンを操作しようとしていること。

操作し始めたら、パソコン内部の不穏な動きは、即バレするだろう。


『『張本人に、最後の送信作業させよ』思てたから、丁度ええ。

 ほな、行くか』


ナルディは、USBスロットに、急ぐ。


男は、パソコンの電源を入れる。

パソコンが、立ち上がる。

パスワードを、入れる。

いつもの画面が、立ち上がる。


男は、首を傾げる、目をしばたく。


パソコンの画面に、警告表示が出ている。

ワクチン・ソフトが、破られている。


「なんやこれ」


男が、呟く。

もっとよく調べようとして、止まる。


男は、『えっ?』の顔をする。

眼を、疑う。

眼前の景色を、疑う。


パソコンのUSBスロットから、何か細長いものが出ている。

USBスロットから出ているものは、しかもそれでいて、カラフル。

青と赤を基調にして、色彩に富んでいる。


細長いものは、紐の様に、長い。

のたうちながら、USBスロットから、パソコンの外へ出て来る。

まるで、意志があるかの様に。


「うわっ」


のたうちながら、波打ちながら、男の方へ、向かって来る。

狙いすましたかのように、真っ直ぐと。

男にロックオンした青赤紐は、迷うこと無く、男に近付く。


「うわっ ‥ わっ ‥ 」


男は、青赤紐を、手で払い除ける。

青赤紐は、男のその行動をあざ笑うかのように、身をくねらし、かわす。


青赤紐は、うるさい手に、まず取り付く。

ぐるぐるっ、と巻き付いて、手と腕の自由を奪う。

次に、脚に巻き付き、脚の自由を奪う。


そこから、下から上に、身体の自由を奪う。

脚 → 腰 → 腹部 → 胸部 → 首 → 頭部


頭部が、青赤紐に包まれる。

視界が、真っ暗になる。

男は、押し入れに閉じ込められた幼い日々を、思い出す。

いや、それより、圧迫感は強い。

まるで、自分が、ミイラ男になった様だ。

もっとも、傍目から見ても、カラフルなミイラ男に違いないが。


そんなことを、男がぼんやり思っている内に、意識が薄まって来る。

意識が、遠ざかってゆく。

数瞬後には、男の意識は、全く、失われる。


ブラックアウトした意識の中、何かが、巡る。

潜在意識下で、何かが、廻る。



ノートパソコンのUSBスロットから、青赤紐が、飛び出す。

のたうち、波打ちながら、飛び出す。


青赤紐の、赤味の強い部分が、先にまとまる。

左右に分かれ、細長い形状のものを、四つ作る。

四つは、二つずつ上下に分かれる。

下のものの方が、少し長い。


青味の強い部分は、左右に分かれず、真ん中でまとまる。

上下には分かれるが、下の部分の方が、上の部分より、何倍も大きい。


青赤紐は、その形態を、徐々に精細にしてゆく。

完全な、人型となる。

それに伴い、色も落ち着き、一部を除いて、肌色になる。

青と赤の輝きは失せ、肌色となる。


おかえり、ナルディ。


ナルディは、空間に身体が落ち着くと、動き始める。

両手を握り締め、両腕を肘を視点にして、上下に振る。

両脚を、互い違いに持ち上げ、膝を支点にして、ぷらんぷらんする。


一連の動きを確認し済ますと、パンツ一丁の身体に、ガウンを羽織る。

愛用の、紺のガウンを、羽織る。


「どやった?」


ダリオが、訊く。


「首尾は、上々」


ナルディが、答える。


「ほな、一安心やな」

「そやな」

「ウィルス・メール送られたとこの被害も、これで治まるやろし、

 今後の被害拡大も、これで防げたな」

「そうやと思う」

「でも、なんや、ムカつくなー」

「なんで?」

「ウィルス・メール作って送りつけてたやつが、

 無罪放免みたいになったみたいで」

「そういや、そうやな」

「このまま、許したら、またなんか、やりよるで」

「ああ、それについては ‥ 」


憤るダリオの言葉を受けて、ナルディは続ける。


「 ‥ ただで許すのもなんやから、プチ罰、与えといた」

「何したん?」

「大丈夫、肉体的苦痛とか、物理的損害は与えてへんから」

「で、何したん?」

「ん~、どっちかって言えば、精神的苦痛やな」

「それも、どうかと」

「あ、でも、慣れれば良くなるかもしれんし、ええんちゃう」

「なんや、それ」

「まあ、そんな感じのもん」



 ♪ ヘヴンリーチャンス ぺしゃんこくん

   ヘヴンリーチャンス ぺしゃんこくん


ああ、おんなじ曲が、脳内ヘビーローティション。


おんなじメロディが、頭ん中を、ぐるぐる廻っている。

おんなじ歌詞が、リピートされまくっている。


 ♪ ボクの気持ち

   上がってる? 下がってる?


おんなじ曲が、脳内ぐるぐる。

うわっ、ムカつく、キショク悪い。

ウザい、うっとおしい。


 ♪ レッツゴー トランスフォーム


いつからか?

いつからだろう?

アニソンか?

アニソンなのか?


 ♪ ランラン イケイケドンドン

   ランラン スイスイスイ


あれか、あの時からか。

パソコンから、なんやカラフルな紐が出て来た時。

あれに巻き付かれて、意識失ってからか。


 ♪ ボクはボクだボクなのだ


あの後、パソコン調べたけど、データやファイルに変更加えられてなかったし、削除とかもされていなかった。

まあ、無事っちゃ無事やったんやけど ‥ 。


 ♪ ラン ボク★ラン ファイト!


 ‥ なんや ‥ なんか ‥ ちょっと、ええ感じになって来た ‥ 。。


{了}

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ