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そして僕らは。【オリジナル楽曲付小説】  作者: さかなぎ諒
第四章 鮮明残像-僕たちの幻-
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第9話 練習開始④(悪縁もしくは悪友)


(あいつら、いいバンドになりそうだな)



 軽音部の部室を出て、職員室に戻ろうと廊下を歩きながら、先ほど目をキラキラさせて意気込んでいた教え子たちの様子を思い出して、山下先生は笑みを浮かべた。



(全員いい目してたし、お互いを信頼し合ってるようだったしな。うんうん、やっぱり青春はああじゃないと。ドロドロ、ギスギスしてた俺らの高校時代とは大違い……)



 考えている途中で、山下先生はふと立ち止まる。



(ん? 電話?)



 ポケットに入れていたスマホが、知らない番号を表示して振動していた。



「もしもし?」



 誰だろうと思いながら出てみれば、思ってもみない人物の声がした。



『仕事中に申し訳ない。今電話大丈夫かな?』



 山下先生は驚いて、思わず目を見開く。



「その声、まさか……」


『久しぶりだね、田中君。いや、今は山下君、だったかな』


「は? お前、なんでこの番号知ってる?」


『ふふっ、まあ色々な伝手でね』


 

 随分昔に別れたきり、連絡先も交換せず疎遠になっていた人物だ。教えてもいないのになぜ自分の電話番号を知っているのか。電話の向こうの人物は笑っているが、まるで諜報員のような情報収集能力にドン引きして、山下先生は眉間にしわを寄せる。 



「お前、相変わらずやべー奴だな」


『いやぁそれほどでも。しかし二十年ぶりくらいだね。元気にしてた?』



 褒めてねーよと内心悪態をつきながら、山下先生は昔その人に接していたように、ぶっきらぼうに返事をする。



「お前と関わらなくなったおかげで、俺は心労もなく毎日元気いっぱいだよ。それよりお前、今更連絡してきて、一体俺に何の用だ」



 二十年も会っていない自分の連絡先をわざわざ調べ上げてまで、連絡してきたその意図を尋ねる。



『田中君、今学校の先生をしているんだってね。それも俺たちの母校の』


「まあ、電話番号知ってるぐらいだから、俺が今どこで何やってるかも、お前は当然調べてるわな。だから何だよ。言ってねーぞ、誰にも。お前のことは」


『そう。別に秘密にしている訳でもないから、知られても良かったんだけど……』


「へえ。お前と俺が同級生で、昔一緒にバンド組んで青春してましたって、お前の息子にか?」


『ははは、びっくりするだろうね。春人が知ったら』



 その声の人物はあっけらかんとして笑った。



『息子のこと、君が先生として見守ってくれていることは知っていた。ありがとう。俺たちのこと言わないでいてくれたんだね』


「黙ってたのは別にお前のためじゃない。あの子らのためだ。ていうかお前、一体どういうつもりで……」


『うん。ちょっと確かめたいことがあってね』



 山下先生の問いかけを遮るように、声の主は話を続ける。



『君の学校に、穂高君の息子が通っているよね?』



 電話越しだが、相手がうっすらと微笑みを浮かべている気配を感じて、先生は背筋がぞくりとした。

 長年の付き合いで、相手のこの雰囲気は本能的にまずいと分かる。



「……さあ、知らねーな」



 どうせそれも調べ上げて知ってるくせに、と思いながら先生はしらばっくれる。すると「ふーんそうか」とのんびりした声が返ってきた。



『ふふっ、実はこの間その子に偶然会ったんだ』


「えっ? 会ったって……お前、あの子のこと知って……」


『K神社のお祭りでね。そっくりだったからすぐ分かった。息子からその子と友達だと聞いて驚いたよ。まさか穂高君の子とうちの子がバンドを組むなんてね』



 心底面白そうにしみじみとそう言ったかと思うと、急に電話の声色が冷たいものに変わった。



『だから是非ご挨拶したいと思ったんだ。その子のお父さんに』


「はあ?!」



 先生は驚いて、思わずスマホを取り落としそうになる。



『君、穂高君の連絡先、知ってるよね?』


「いやいやいや! 知らないし、仮に知ってたとしても教えねーよ!」



 驚きすぎて声が大きくなってしまい、廊下を歩いていた他の生徒にいぶかしげな表情で見られて、先生は慌てて声を抑える。



「お前、それはぜーーーーーーったいにやめろ」


『? どうして?』


「血を見るからに決まってんだろ!」



 こいつと穂高父の過去の関係性は最低最悪だった。それを考えれば、今更会ったとしても、ただごとで済まないことは火を見るよりも明らかだ。それなのに電話の向こうの声は、こちらの忠告を明るく笑い飛ばした。



『ははっ、相変わらず心配性だなあ、田中君は。もう子供じゃないんだから、そんなことにはならないよ』


「いやなるだろ!」


『昔話を少ししたいだけだよ』


「昔話って……」



 昔のことを思い出して先生が口ごもると、相手は電話の向こうで、呆れたようにふっと息を吐いた。



『いつまでも想い出に囚われて、いい歳していじけてこじらせてる愚か者がいるみたいだから、理解らせてあげないとね』



 冷たく言い放たれたその言葉を聞いて、先生は「やっぱり血を見るじゃねーか!」とツッコミを入れようとした。が、これ以上言っても無駄なことに気が付いて、やめた。

 どうせ自分に聞かなくとも、穂高父の連絡先ぐらいとうに調べ上げて知っているはずだ。それによしんば止めたとしても、こいつは自分の忠告など聞く奴ではない。

 だから先生は『これだけは譲れない』という一言だけ、思い切りドスの効いた声で告げた。



「おい、てめーらの都合にくれぐれも子供ら巻き込むんじゃねーぞ。あいつらの邪魔したら、お前らただじゃおかねーからな」



 凄みのある声に一瞬の間が空いたかと思えば、電話の向こうで突然吹き出して笑う声が聞こえた。



『ははは! やっぱり変わってないね、田中君は』


「今は山下だっつってんだろ。笑ってんじゃねぇ!」


『ふふっ、山下君。大丈夫、分かってるよ。子供達は絶対に巻き込まない』


「あいつら一緒に音楽やりたくて一生懸命やってんだ。文化祭、邪魔したらぶん殴るからな」


『するわけがないさ。俺だって息子たちには幸せになってほしいんだから』



 ひとしきり笑って、電話の向こうの主は嬉しそうに言った。



『昔はとんでもない荒くれものだったけど……君、いい先生になったね』



 悪友だった相手にしみじみとそんなことを言われて、先生は何だかむず痒くなる。照れくささを隠すように、昔のように悪態をついた。



「ばーか、お前に言われたくねーよ。生徒会長のくせに裏番だった奴が、今はお堅い市議会議員って何の冗談だ」


『うーん、何のことかなぁ? そもそも当時君がN高の番長張ってたじゃないか』


「お前が俺を表に立たせたから、なし崩し的にそうなったんだろうが! 実際裏で糸引いてたのはお前じゃねーか」


『いいや、俺は何もしてないさ。君のその面倒見の良さに、皆惹かれてついてきたんだと思うよ?』


「チッ、今も昔も調子のいいことばっかりいいやがって。もう騙されねえぞ!」


『ふふふ、素直じゃないなぁ。望くんは』


「うるせー! 気安く下の名前で呼ぶな! もう二度と連絡してくるんじゃねえ!」


『うんうん、息子たちのことは引き続き頼んだよ。君と久しぶりに話せてよかった。また連絡するね』


「いや、だからするなっつってんだろ!」



 先生はついにイライラが頂点に達して、思い切り通話を切った。

 昔も今も、相変わらず話がかみ合わないこの感じ。どこか懐かしさと、うんざりするような面倒くささを感じて、急にどっと疲れが出て、先生は思わず大きなため息が漏れる。



(くそ。なんだ、あいつ。急に連絡してきたと思ったら、穂高のことを聞いてくるなんて……)



 高校時代、自分とあいつと、穂高父の三人でつるんでいた時期があった。

 同級生だが、やさぐれたヤンキーと、笑顔の胡散臭い生徒会長、堅物真面目優等生の三人だ。友達と呼べる生優しい間柄でもなく、強いて言えば悪縁、もしくは悪友。性格はバラバラで全くかみ合わず、顔を合わせれば喧嘩ばかりで、最初から最後までお互いに険悪だった。

 それにも関わらずつるんでいたのは、『音楽』という共通の目的があったからだ。

 あの二人の最後は、氷点下のような冷戦状態での決別。卒業まで目を合わせることもなく、一言も口を聞かないまま終わった。

 まさに水と油。今思い出しても最低最悪の関係性の二人だった。



(あいつ、マジで奴に会うつもりか?)



 自分だって穂高父には言いたい事が山ほどある。自分たちと子供たちは違うのだ。躾と称して、自分の価値観だけを子供に押し付けるのは良くない。親との軋轢に苦しんでいる息子の晶矢を見ると、穂高父を殴りたい気持ちにもなる。


 だが、今はお互いに立場が違う。昔は同級生で悪友同士だったが、今は先生と保護者だ。先生である自分がしゃしゃり出て、保護者である穂高父との間に立ったとしても、余計話がこじれるだけだろう。


 それに今は大事な時期だ。何の因果か、あいつらの息子がお互いを認め合い、一緒に音楽をやることになった。それぞれの家庭の事情に悩みながらも、文化祭に出ようと一生懸命頑張っているのだ。


 子供たちには、親同士の因縁なんて関係ない。

 ただ純粋に、自分たちの音楽を表現しようとしている子供たちを、あいつらの都合に巻き込まないでほしい。



(子供たちを傷つけたら、絶対あいつ許さねーからな)



 先生は複雑な思いを抱きながら、窓の外に見える空を見上げて、もう一度大きなため息をついた。


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