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そして僕らは。【オリジナル楽曲付小説】  作者: さかなぎ諒
第一章 そして僕らは。
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第9話 夏休み初日①(散歩の時間)

 七月二十一日。土曜日。

 夏休み初日。


 昨日全国的にようやく梅雨が明けたらしい。

 早朝六時。すでに太陽の日差しが、少しだけ痛いと感じる。今年も夏がやって来た。


 涼太郎は早起きして、近所の原田キヨさんのお宅の前にいた。


 彼女は涼太郎の祖父・重治郎の昔からの知り合いだ。少し築年の古い庭付きの中々大きな家だが、旦那さんは早くに亡くなり、息子や娘たちもすでに独立して、ここには足の悪い年老いた原田さんが一人で住んでいる。



「おはよう、涼太郎くん。いつも悪いわねぇ」



 インターホンを押すと、玄関から小さな白い犬を抱いた原田さんが、ゆっくりと出てきた。



「お、おはようございます」



 涼太郎は俯きがちに、ぎこちなく挨拶を返す。



「今日もムサシをよろしくね。本当は私が行けたらいいんだけど……」



 原田さんはそう言って、真っ白なポメラニアンを涼太郎に抱き渡すと、続いてリード、お散歩セットを手渡した。

 わたあめのようにふわふわした毛並みのムサシは、つぶらな瞳で涼太郎を見つめて、ハァハァと息をして、しっぽをブンブンと振っている。


 涼太郎はその姿にときめいて、満面の笑顔になった。



「よしよし、ムサシ。今日もいい子だね」



 さっきまでのオドオドした態度とは打って変わって、涼太郎はムサシを撫で回しながら、ムサシと普通に会話している。

 ムサシも涼太郎にはかなり懐いていて、涼太郎に会えて嬉しそうだ。


 その様子を原田さんに微笑ましく見られている事に気がついて、涼太郎は慌てて「じ、じゃあいってきますね」と原田さんにぺこりと頭を下げて、ムサシと散歩に出かけていった。


 原田さんは、そんな涼太郎の姿を見送って、苦笑いしながら呟いた。



「その笑顔、人にも見せられたらいいのにねぇ」





 涼太郎は、人の少ない早朝の河川敷を、ムサシと歩いていく。


 ジョギングやウォーキングの人、同じように犬の散歩をしている人と、たまにすれ違う。


 涼太郎は、足が悪くてムサシの散歩に行けない原田さんに頼まれて、時々犬の散歩のアルバイト、というか手伝いをしている。


 一回行くごとに数百円だが、ちょっとした自分の小遣いにもなるし、人とあまり接しなくていいし、犬も好きだから、涼太郎にとっては一石二鳥だ。

 春、秋、冬は日中に、夏は日中暑くなるため、朝か夕方に散歩に行くようにしている。


 立ち止まって道路脇の草の根元を嗅いでいるムサシを待つ間、涼太郎は昨日のことを思い出していた。



(すごく良い曲だったな……)



 終業式も終わり、いつものようにホームルームが終わってすぐ帰ろうと教室から出たところで、あのギターの男子生徒にバッタリ出会ってしまった。


 本当に心臓が飛び出るかと思った。


 その後なぜか一緒に帰ることになって、あの公園でまた、彼の前で歌うことになるなんて。



(夢みたいだった)



 彼が奏で始めた曲が、自分のための曲だと言われて、そのメロディを聴いた時、全身に電気が走った。

 この美しい音色を、自分のために作ってくれたなんて。信じられないくらい嬉しかった。


 喜び、感動、様々な感情が溢れて、気づいたら歌っていた。自分の言葉で。


 でも、またあの人から逃げてしまった。



(怒ってるかな)



 罪悪感が胸を掠める。


 はたと我に帰ったとき、急に恥ずかしくなって、逃げ出してしまった。

 いや、恥ずかしい、というのもあるけれど……


 あの人と一緒に音楽を奏でることが余りにも楽しくて、その楽しさを知り過ぎてしまうことが、怖いと思ってしまった。


 でも、逃げてしまったことに、今更後悔している自分がいる。



(そんなに悪い人じゃなさそうだった。僕が人と話すの苦手なのも、気づいて気遣ってくれたし……)



 この一週間ずっと涼太郎を探していたと言っていた。そして自分のために曲を作ってくれていた。


 あの人の音をもっと、聴いてみたかった。

 あの人と一緒に、もっと音楽を奏でていたかった。


 そう思ったのに、逃げてしまった自分の弱さが、情けなくなる。



(……何やってるんだろう、僕は……)



 自分がどうしたいのか、何がしたいのか、分からなかった。

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