第3話 お盆休み③(バンド名どうする?)
「バンド名かぁ……」
涼太郎がため息をつくように呟く。
重治郎と話した後、六畳一間の涼太郎の部屋に男子高校生四人は集まって、それぞれ思い悩んだ顔をしていた。
夕方四時くらいにはみんな帰るというので、それまで少し涼太郎の部屋で打ち合わせしようとなったのだが。
『それで、君たちのバンド名は、何ていうんだ?』
先ほどリビングで、みんなでお茶を飲みながら雑談していた際、重治郎に何気なく訊かれた言葉に、四人とも一瞬固まってしまった。
『……バンド名?』
涼太郎が呆然と呟いて首を傾げたので、重治郎も同じように首を傾げる。
『うん、グループ名だよ』
『……グループ名』
『そう、付けるだろう? 名前』
『……名前』
『ん? もしかしてまだ名前無いのか』
涼太郎たちは重治郎の問いに答えられず、オウム返しになってしまったのだった。
(曲作りとか、文化祭のステージのことで頭がいっぱいで、バンド名なんて全然考えたこともなかった)
涼太郎はベッドに腰掛けて「うーん」と考え込む。隣に座った晶矢が同じように唸りながら、顎に手を当てて言った。
「バンド名のこと、何も考えてなかったよなぁ」
「そうね。まあ私たちそもそも、ついこの間組んだばかりだしね」
優夏が苦笑いしながらそう言って、部屋を見渡す。初めて入った涼太郎の部屋に、興味津々のようだ。
自分たちはつい最近まで、一緒に音楽をやるかやらないかで悩んでいた。やると決まったら決まったで、開催まであと一か月しかない文化祭に向けて、曲作りや練習を現在進行形でやっているところだ。
バンド名のことなど、全く思い至らなかった。
重治郎にバンド名を尋ねられて、初めてその必要性に気づいた。文化祭に出る時に、名無しでは格好がつかない。
「夏休みが明けたら、本格的に文化祭の準備が始まるからね。できれば夏休み中に決めたいところだけど」
春人がそう言うと、晶矢が頷きながら答える。
「うーん、今すぐには思いつかないよなぁ……次会う時までに、各自でいくつか候補考えてくるとか?」
「そうだね。一人3つずつくらい考えて、その中から話し合って選ぼうか」
晶矢と春人の会話を聞きながら、涼太郎と優夏はうんうんと頷いている。
「あとリーダーとかってどうする? 一応春人さんってことで……」
晶矢が言っている途中で、春人が「ああ、それについては……」と涼太郎と優夏に向かって片手を挙げて尋ねた。
「晶矢くんがいいと思う人?」
「「はーい」」
二人が即答して手を挙げたので、晶矢は驚いて、思わず三人を二度見した。
「は? いや、春人さんでしょ」
そもそも四人で一緒にやろうと、初めに言ったのは春人だ。自分たちより年上で、軽音部の部長もやっていて慣れているし、まとめ役としては春人が一番適任だと、晶矢は思っていた。
「俺は色々考えすぎるタイプだから、どちらかと言うと補佐の方が向いてるかな」
そう言って春人がふふっと笑うと、その隣で優夏がしみじみとして言った。
「この間部室で打ち合わせした時も、うちで話した時も思ってたんだけど、晶矢は人を引っ張る力があるわよね」
優夏の言葉に、涼太郎が「うん」と同意して頷く。
「晶矢くんの前向きなところには、僕もすごく助けられてる……」
三人にじっと見つめられて、晶矢はたじろいだ。
「いやいや、待って。俺リーダーなんて自信ないって」
「大丈夫。君は今まで通りにしてればいいだけだよ。特にリーダーになったからと言って、改めて何かしなきゃいけないとか、そういう訳じゃないし」
春人が微笑みながら「それに」と続ける。
「俺たちは元々、晶矢くんの作る曲に惹かれて一緒にやりたいと集まったんだ。君が中心になるのは必然のことだよ」
「えっ、俺の曲に……?」
晶矢が目を丸くして首を小さく傾げると、優夏がにっこりと笑って春人の言葉に頷いた。
「そうね。晶矢が入部見学に来て一緒に演奏した時から、あなたの作った曲を弾いてみたいって思ってたしね。カラオケで初めて、あなたの曲を四人でやった時、これだ! と思った」
確かにあの日カラオケ店で、晶矢が作った曲を初めて四人で弾いたときから、四人の音楽は始まったと言っても過言ではないかも知れない。
涼太郎自身も、みんなで一緒に音楽をやりたいと思ったのは、あの時からだ。
それに晶矢は、出会ったばかりの見知らぬ涼太郎のために、曲を作ってわざわざ探しにまで来てくれたのだ。
(晶矢くんが作った曲を歌いたいと思ったから、僕はここにいる)
あの曲がなければ、自分がこうして三人と出会って、友達になることもなかったかもしれない。晶矢の曲が四人の縁を繋いだのは確かな事実だった。
「僕もね、晶矢くんの曲に歌う勇気をもらったんだよ」
隣に座る晶矢に、涼太郎がそう言ってはにかむように微笑むと、晶矢は片手で口元を覆うように押さえた。
「みっ、みんなして、そういうこと言うなって」
照れているのか、指の隙間から赤くなった頬が見える。隣に座っている涼太郎からは、晶矢の隠した口元が少しだけ見えて、思わずクスリと笑ってしまった。
「おい、笑うな」
「ふふっ、ごめん」
晶矢にじろりと視線を向けられて、涼太郎は苦笑いする。
春人の言う通り、やはり晶矢は押されるのには弱いのだろう。普段は押しの強い晶矢だが、みんなから押されてタジタジになっている。
(晶矢くん、照れてるけど嬉しそうだな)
指の間から一瞬だけ見えた晶矢の緩んだ口元が、涼太郎は微笑ましいと思った。
「バ、バンド名とか、リーダーの件とかは、とりあえず置いといてさ」
晶矢が恥ずかしさを誤魔化すように、一つ咳をして話を変える。
「もう一つの新曲、もうすぐ出来そうなんだけど」
「えっ、もう?」
優夏が驚いた表情で声を上げると、涼太郎がこくりと頷いた。
「今、晶矢くんと二人で作ってて……」
「もうちょいなんだけど、俺んちお盆休みは親が家にいるから、休み明けまでしばらく抜けられないんだ。会えない間は家で譜面とか仕上げとくから」
少し申し訳なさそうに眉を下げた晶矢に、涼太郎は大丈夫と言うように頷いて答える。
「じゃあその間に僕は、歌詞とメロディラインを調整しておくね」
「そうだな。お盆明けに一回合わせて確認するか」
涼太郎にそう確認して、晶矢は春人と優夏の方に視線を向けて言った。
「一応、休み明けにデモ持ってけると思うけど、ある程度形になったら、録音したやつ先にスマホで二人に送るね」
「ありがとう。俺たちの方もアレンジもうすぐ終わりそうだから、楽譜と一緒に持ってくるよ」
「えっマジ? 楽しみ!」
春人の言葉に、晶矢が嬉しそうに声を上げた。優夏がそれに微笑んで答える。
「じゃあこの分なら、来週から練習始められそうね」
「あっ、そう言えば練習ってどこでやるの?」
涼太郎が首を傾げて尋ねると、優夏は「うーん」と考え込むように頬に手を当てて言った。
「軽音部の部室かしら。夏休み中、部活は基本的に午前中にやってるから、午後とか?」
優夏が言いながら確認するように春人に目を向ける。
「そうだね。部活が終わったあと、午後部室を使わせてもらえないか、顧問の山下先生に聞いてみるよ」
春人が頷いてそう答えると、晶矢が両膝を打ってにっこりと笑って言った。
「じゃあ、来週からいよいよ本格的に、俺たちのバンド活動開始ってわけだな」
晶矢のワクワクした表情に、涼太郎も胸が高鳴るのを感じる。
「文化祭まであと一カ月切っちゃったけど、あとはもう精一杯やるだけだ。絶対、いいライブにしようぜ」
晶矢がそう言って右手を差し出すと、涼太郎は頷きながら、その手に自分の手を重ね合わせた。その上に春人が、更に優夏が手を重ねて、「おー!」と皆んなで掛け声を上げた。
それから晶矢以外の三人は、顔を見合わせて口々に言う。
「やっぱり、晶矢くんがリーダーだな」
「そうね、何だかんだ言っても最後さらっと話まとめちゃう辺り、素質あるわよね」
「うん、僕もそう思う」
「は?」
晶矢がポカンとした表情で間の抜けた声を上げる。そのあと慌てて手を振りながら、少し上擦った声で叫んだ。
「だっ、だから何でみんなして……俺無理だってば!」
晶矢本人が意図せずとも、自然とみんなをまとめてしまうのだから仕方がない。
顔を赤めて一人慌てている晶矢に、思わず吹き出してしまう三人なのであった。




