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そして僕らは。【オリジナル楽曲付小説】  作者: さかなぎ諒
第三章 ボクタチノサヨナラ
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第10話 夏祭り⑩(朱理からのアドバイス②)


 朱理は店内の端にあるバーカウンターの側まで来ると、引いていた晶矢の手を離した。晶矢と正面から向かい合って、にっこりと微笑む。



(ど、どうすんだ、これ。この人、なんで……)



 晶矢は憧れの人を前にして、会えた嬉しさと、連れてこられた困惑と、触れられた緊張とで、強張った表情で内心大混乱していた。



「君はギター、いつから始めたの?」



 朱理が晶矢を真っ直ぐ見据えて尋ねる。



「……ち、中2からです」



 晶矢はその視線を受けて、緊張した面持ちで答えた。



「へー俺とおんなじだね」



 朱理は感心した様に頷いて、にっこりと笑った。自分がギターを始めた頃の事を思い出して、朱理は懐かしさを覚える。



「あなたの……ギターに憧れて……」



 晶矢が絞り出す様にそう言うと、朱理は左手の人差し指を立てて、晶矢の唇に触れた。



「!」



 朱理の硬い指先の感触に、晶矢は思わず息を呑む。



「ははっ、俺ただのギター好きのおっさんだよ?」



 朱理は笑って指先を離すと、小さい声で「今日はね」と呟く。



(SYURIの名前を言うなってことか……)



 晶矢は唇に残っている感触が畏れ多くて、背筋がふるりと震えた。



「いい音鳴らすね、君。さっきの曲、君が作ったんだろ?」



 先ほどここで演奏したのを、この人に聴かれていたことを、晶矢は思い出して赤面する。



「……あの……はい」



 晶矢は戸惑う様に目線を泳がせると、小さく頷いた。



「素直で真っ直ぐな良い音だ。君の目みたい」



 朱理が夕闇の光に輝く瞳で、晶矢の視線を捉える。

 すると、晶矢は朱理の目から視線を動かせなくなってしまった。



(こ、この人の目……見たら、体が……)



 晶矢は、不思議な朱理の目の魅力に、体まで硬直する。



「さっき春人たちとの話で、君んちも親が厳しくて、バレたら何とかって言ってたけどさぁ。バレないようにすればよくない?」


「えっ?」



 朱理があっけらかんとして言う。



「俺もさ、顔バレすると色々面倒くさいから、昔からずっと隠してるんだけど。君も隠してみたら?」



 そう言って朱理は、カウンターの椅子に置いてあったリュックから、何かを取り出した。



(何だ? お面?)


「さっきお祭りの屋台で見かけて買ってきたんだー」



 朱理が取り出したのは、祭りでよく売られている狐のお面だった。朱理はそのお面を、動けない晶矢の顔面にポスッと押し付けた。



「うぶっ」



 急にお面を押し付けられたせいで、面の下で晶矢が変な声を上げる。



(な、何だ⁉︎)



 晶矢が混乱している内に、朱理はお面のゴムを晶矢の頭に固定して、お面をつけてやる。



「うん、いいんじゃない?」


「えっ? な、何が、どういうこと……」


「不真面目なおじさんから、真面目な君に一つアドバイス」



 視界が狭くなって慌てている晶矢のすぐ耳元で、朱理の声がした。

 晶矢はハッとして硬直する。

 面をつけた晶矢の顔のすぐ横に、朱理が顔を寄せていた。



「君はもっと狡くなってもいい」



 晶矢にしか聞こえないように告げる。



「音楽やってること、親にバレない様にしようよ」


「えっ……」


「今度の文化祭。ギターやってるの、君だって知られなきゃいいんだよ。だから顔隠せばいい」


「……!」


(だから、お面を……?)



 突然つけられたお面の意味が分かって、晶矢は面の下で目を見張る。朱理は優しい声音で、誘惑する様に囁いた。



「君は真面目過ぎるからさ。もっと狡くなろうよ。俺みたいに」


「狡く……?」



 狡いという言葉に、晶矢は思わず声が震える。



「夢を守るためには、嘘も方便、時には誰かを欺くことも必要ってことさ」



 朱理はそこまで言うと、トンと晶矢の両肩に手を置く。



「じゃないと壊れちゃうよ? 『あの子』は狡くなれないと思うから、君が狡くならないと」



 朱理が言う『あの子』とは誰のことを言っているのか、すぐに分かって晶矢は目を見開いた。



―――涼太郎。



 晶矢は思わず息をのむ。



―――いやだ、壊したくない。



 晶矢はどくりと全身の血が、一気に駆け巡った様な心地がした。



(楽しみだなぁ、この子)



 今言った一言で、晶矢の体が強張ったのを感じて、朱理は思わず笑みが溢れる。



(この子はあの子のためなら、どんどん強くなりそうだ)



 朱理がそう思ったところで、誰かが晶矢を横から庇う様に抱きしめた。



「!」



 その人物の姿を確認して、朱理は心底面白くなる。



(おやおや。気弱そうに見えるけど、この子も意外と強くなりそうだな)



 涼太郎が晶矢を抱きしめて、震えながら朱理を見つめていた。



「涼太郎……?」



 晶矢がかすれた声で、呟く様に名前を呼ぶ。



(ぼ、僕なんで、こんなことを……)



 二人の様子を離れて見ていた涼太郎は、ほぼ無意識に体が動いて、晶矢にしがみついてしまった。たださっき何だか晶矢に呼ばれた様な気がして、気づいたら抱きついていた。



「ああああの……! すみません……っ」



 朱理と晶矢が何の話をしていたのかは分からないが、二人の大事な話の邪魔をしたのではと、涼太郎は今更、自分のしでかした事に焦って、慌てて晶矢から体を離して謝る。



「あははっ、君も仲間に入りたかったの?」


「わっ」



 朱理はそう言って、涼太郎と晶矢を両手で抱きしめた。



「二人ともいいねぇ。さすが春人とユウちゃんが見込んだだけのことはある」



 心底楽しそうな笑顔で、朱理は笑い声を上げる。



「君たち二人とももっと強くなってよ。真っ直ぐなだけじゃ、いつか折れちゃうから、強かさも必要なんだよ?」



 朱理は、自分自身が音楽を続けるために辿ってきた、どうしようもない過去を振り返りながら思う。



(綺麗事だけじゃないこの世界で……)


「君たちにこの先ずっと、音楽続けて欲しいからさ」



 そして、と朱理は言葉を続ける。



「俺のところまで、四人で追いついて来てよ」



 涼太郎と晶矢は、朱理のその言葉に、雷に打たれた様な衝撃を受けて、しばらくその場を動けなかった。


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