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そして僕らは。【オリジナル楽曲付小説】  作者: さかなぎ諒
第三章 ボクタチノサヨナラ
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第2話 夏祭り②(最終意思確認)


 涼太郎の家を出て、二人はバス停へと歩き出した。


 雨上がりの匂いがする。

 道路はすっかり乾いているが、道路脇の草木には雨粒が、少し傾き始めた太陽の光に煌めいていた。



「雨上がって良かったな」


「そうだね、結構降ってたもんね」



 二人はたわいない話をしながら並んで歩く。ザリザリと履き慣れない草履の歩く音と、遠くで鳴いているヒグラシの声とが合わさって、どこか懐かしく、穏やかな時間が二人の間に流れていた。



「俺んち、今日は門限意外と大丈夫そうだから」


「えっ、そうなの?」


「父親は出張で今日いないみたいだし、母親は会社の暑気払いで帰り遅いって言ってたからな」



 晶矢が肩をすくめて応えると、涼太郎は「そっか」と安堵した表情になる。



「正直俺も子供の頃は、祭り行ってる奴が羨ましいと思ってたからさ。今更だけど、なんかわくわくする」



 そう言って無邪気に笑う晶矢の、小さい頃の姿を想像して、涼太郎は胸が切なくなってしまった。



「お前が誘ってくれなきゃ、祭りなんて行く機会なかったかもな」


「じゃあ今日は、十分楽しもうね。気になるものとかあったら言ってね」



 涼太郎は、つい子供に言い聞かせるような言い方になってしまう。そんな涼太郎に、晶矢はニヤリとして言った。



「りんご飴と花火は、絶対外せないよな?」


「そ、それは僕の気になるものだよ」


「俺りんご飴食べたことないし、花火も近くで見たことないから、俺も気になる」


「そ、そう?」



 涼太郎が窺うように晶矢を見ると、目が合って、晶矢はふっと優しく笑った。



「俺がついていてやるから、お前も楽しめよな」


「えっ」


「K神社の祭りって結構大きい祭りだろ? この間の水族館より人多そうだし、気分悪いとか、何かあったらすぐ言えよ」



 人混みが苦手な自分のことを、いつの間にかさらっと気遣われて、涼太郎は思わずたじろんだ。



(晶矢くんに喜んでもらいたいと思ってるのに……)



 逆に自分が嬉しくなってしまった。



(晶矢くんのこういうとこ、敵わないよなぁ)



 晶矢の優しさをくすぐったく思いながら、涼太郎は「うん」と小さく頷いた。



 話しながら歩いていると、二人が出会った公園の前に差し掛かって、晶矢がふと立ち止まった。



「ちょっとだけ寄っていいか?」


「うん」



 公園の中へ入っていく晶矢の後を、涼太郎はついて行く。

 公園には誰もおらず、二人の草履で歩く音だけがやけに響く。広場の中ほどまで来たところで、晶矢は振り返った。



「涼太郎とここで出会ってから、三週間くらいか」



 そう言われて涼太郎は、まだそれくらいしか経ってないのか、とも思うし、もうそんなに経ったのかとも思う。



「俺さ、なんかもっとずっと前から、お前と一緒にいるような感じがしてるんだけど。でも意外とそんなに経ってないんだな」



 そう言って晶矢は苦笑いした。

 確かに、まだ出会って一か月も経っていないはずなのに、長年晶矢と一緒にいるような感覚がする。それぐらい、この短期間で、お互いを深く知ってしまった。



「僕も、そんな感じがする。不思議だね」



 涼太郎は晶矢に同意して、照れたように微笑む。

 晶矢は涼太郎のその笑顔を眩しそうに見つめたあと、静かに言った。



「これから春人さんたちに会う前に、俺とお前の答え、ここで最終確認しておきたい」


「うん」



 涼太郎は晶矢の真っ直ぐな目を見て、しっかりと頷く。

 二週間前、春人たちに誘われた、学校の文化祭でのライブ。

 参加するか、しないか。

 一週間前、涼太郎と晶矢が、初めて一緒に作った曲が出来上がったその時、二人がたどり着いた答えは同じだった。

 今その答えを、もう一度確認する。



「やるか、やらないか。二つに一つだ。せーので答えよう」



 そう言って晶矢が一呼吸置いてから、「せーの」と掛け声をあげた。



「「やる」」



 二人の声がピタリと合わさった。

 先日新曲が出来て答えが出た時から、二人の意見は変わっていなかった。


 文化祭に出て、春人と優夏と一緒に音楽をやりたい。


 それは、初めて二人で音楽を一から作ったからこそ、たどり着いた答えだった。

 想いを込めたからこそ、この曲が生まれた。そして、この曲に込めた想いこそが、二人の音楽だった。


 二人の音楽、それは『願い』だ。


 二人の『願い』が、どこか遠い場所へ辿り着けるように、歌い奏でること。

 そのためには、この音楽を、二人だけの世界から、外の世界へ解き放たなくてはならない。

 だから、涼太郎と晶矢は、人前に出てやると決めた。

 涼太郎は人の前に立って歌う覚悟をした。

 晶矢はこの先何があったとしても、涼太郎の隣に立つという覚悟をした。

 それが出来たのは、二人でなら乗り越えられると、お互いを信じられたからだ。

 そして、この音楽に、春人と優夏の『願い』も一緒に込めて欲しい。



「じゃあ、決まりだな」



 晶矢のその言葉に頷きかけて、涼太郎は少し逡巡する。

 この決断に後悔はない。

 しかし、心の中にある不安を、涼太郎は言うか迷っていた。



(こんなこと言ったら、晶矢くんの負担になるかも知れない……でも、どうしても伝えときたい……)



 涼太郎は意を決して、おもむろに口を開いた。



「晶矢くん。一つだけ、約束してくれる?」


「約束?」



 涼太郎の言葉に晶矢が首を傾げる。



「もし、文化祭に参加して、その結果がどうなったとしても……」



 涼太郎はそこまで言うと、ふと切ない表情になって、俯いてしまう。そして、俯いたまま震える声で言った。



「僕と、友達のままで、いてほしい」


「!」



 晶矢は、涼太郎が泣きそうになっているのを感じて、思わず涼太郎の方に歩み寄る。



「二人で音楽出来なくなっても、僕と、友達で……」


「お前もしかして、音楽出来なくなったら、俺が離れていくと思ってる?」


「だ、だって僕、歌以外他に何も取り柄ないから、晶矢くんの負担になるかも知れないし、こんな僕といても意味ないかも知れないけど……って、いたっ」



 涼太郎は言っている途中で、晶矢にぺしっとデコピンを喰らう。



「またお前は……そういうこと言う」


「だ、だって……」



 晶矢は呆れたような、少し不貞腐れたような表情でため息を吐く。



「いいか。この前も言ったけど、忘れてるみたいだから、もう一度はっきり言っとく」



 そう言って晶矢が、涼太郎の両肩を掴んだ。



「俺は、この先何があっても、お前の傍にいる」


「えっ」



 少し涙目になっている涼太郎は、晶矢の強い眼差しに目を見張る。



「お前と今、音楽が出来なくなったとしても、高校卒業して、大学行って、就職して社会人になって、それからでもいい」


「……!」



 ずっと先の未来でも、一緒にいるという前提の晶矢の言葉に、涼太郎は胸を突かれた。



「だけど、その間、一緒に音楽が出来ないからって、別にお前と離れなくてもいいだろ。折角友達になったのに……一緒にいて、何が悪いんだよ」



 少し晶矢がいじけた様に言う。

 涼太郎が、自分に自信がなく、卑下する性格なのは分かっている。

 臆病で、他人に遠慮し過ぎて、一人になろうとする、孤独を選ぼうとする。

 だから先日、あの海で涼太郎に伝えたはずだった。ずっと隣にいると。

 涼太郎だって、傍にいたいと言ってくれた。

 なのに、もう忘れたのか。自信がなくなったのか。

 晶矢は少々怒っていた。



「友達でいてほしい、なんて、約束しなくたって、そんなの当たり前だろ」


「えっ……」



 涼太郎の肩を掴む晶矢の手に一層力がこもったかと思うと、晶矢は涼太郎に頭突きした。



「いったあ……」



 涼太郎は衝撃と痛みで、思わず声が出てしまう。結構いい音がして、晶矢は自分も痛かったが我慢する。

 のけぞろうとする頭を晶矢に押さえられて、晶矢と額をくっつけ合った状態で、涼太郎は至近距離で晶矢にじとりと睨まれた。



「⁈ あっ、あき……」


「負担になるとか、一緒にいても意味がないとか、そんな悲しいこと言うなよ。友達なんだから、もっと俺を信用してくれてもいいだろ」



 晶矢が不満を吐き出すように、口を尖らせて言う。

 涼太郎はそれを聞いて、ハッとした。

 自分に自信が持てないせいで口にした言葉が、晶矢のことまで信用していない、みたいなニュアンスで伝わってしまったようだ。

 そのことに晶矢が怒っていると気づいて、涼太郎は慌てて謝る。



「ご、ごめん……僕そんなつもりじゃ……」


「俺はお前を頼りにしてる」


「えっ?」



 晶矢は一つ息を吐くと、涼太郎と目線を合わせた。



「だからお前も、もっと俺を頼れよ」



 真剣な眼差しに、涼太郎はどきりとした。

 自分に自信が持てずにいることを、晶矢には見透かされている。

 俺も頼るからお前も頼れ、という言葉は、晶矢なりの気遣いだと、涼太郎はすぐに分かった。涼太郎が気負わないで頼れるように、言ってくれたのだろう。

 後ろ向きなことを言って、嫌な気持ちにさせたのに。



(だめだ、これじゃ晶矢くんに本当に依存するだけになっちゃう)



 自分が不安になるたびに、晶矢に気遣われていたら、負担をかけることになる。自分が「晶矢の夢を守る」と啖呵を切ったのに、実際は自分の方が守られてばかりでは立つ瀬もない。

 もっと、自分が強くならなければ。

 涼太郎は、決意を込めて晶矢を見つめ返した。



「わかった。ごめん、晶矢くん」


「よし」



 涼太郎が納得してくれたことで、ようやく安心して晶矢は身体を離した。

 晶矢の頭突きが意外と痛くて、二人ともちょっと涙目になっていて、おでこもお互い、少し赤くなっている。

 気まずい雰囲気の中暫く見つめ合った後、二人とも吹き出してしまった。



「「ぶっ」」



 こんなところで二人で何をやっているのだろう。

 そう思ったら、何だかおかしくなって、声を上げて笑った。



「はーごめん。力加減ミスった」


「いやいや、そういう問題じゃないでしょ」


「元はと言えば、涼太郎が俺のこと信じてくれないからだろ」


「そっそれは……晶矢くんを信じてない訳じゃなくて……僕が勝手に、自信なくしただけで……」


「そういうの、ちょっとずつ減らしていこうぜ」


「えっ」



 晶矢が太陽を背にして逆光の中、涼太郎をまた真っ直ぐな目で見つめた。



「すぐには無理だろうけどさ。お前はもっと自分を大切にしろよ。俺はお前に……」



 そこまで言いかけて、晶矢は言葉にするのをやめた。



「?」



 涼太郎は晶矢の様子に首を傾げる。眩しくてよく見えなかったが、晶矢は微笑んだように見えた。



(泣いてるより、笑ってて欲しいんだよ)



 飲み込んだ言葉は、晶矢自身の胸の中で決意に変わる。

 今みたいに、涼太郎が笑っていられるように、もっと自分を信じてもらえるように、強くなりたい。

 涼太郎が安心して「隣にいたい」と、思ってくれるように。



「じゃあ、そろそろ行くか」



 二人は公園を後にして、バス停に向かうことにした。



次回はいよいよ、祭り会場へ。

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