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そして僕らは。【オリジナル楽曲付小説】  作者: さかなぎ諒
第二章 僕は君の傍にいて
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第9話 雨あがりの木曜日④(下駄箱の手紙)


(あー腹減ったなぁ)



 午前中の夏期講習がやっと終わった。

 午前最後の講習は数学だった。数学の講習の希望者は多いため、教室の半分以上が埋まっていた。


 講習が終わって、他の生徒たちが騒めいている中、晶矢は机の上を片付けると教室を出る。


 午後は化学の講習だが、晶矢は選択していないので、今日はこれで講習は終わりだ。あとは明日金曜日の午前の講習を受ければ、夏期講習が終わる。



(土曜日、涼太郎に会いにいくか……)



 晶矢は、この間からずっと、思い悩んでいた。


 涼太郎のことや自分たちの音楽のこと、春人に誘われた文化祭のライブ、家のことや将来のこと。


 何を優先すべきで、何をどうすれば最善なのか。自分に今できることは何なのか。

 色々考え過ぎて、余計に考えがまとまらないでいた。



(あー何が正解か分かんねー。数学みたいに答えがあったらいいのに)



 これからどうしようかと考えながら、昇降口のところまで来た時だった。晶矢は後ろから誰かに声をかけられた。



「おーい晶矢、今日はもう帰り?」



 誰かと思えば、同じクラスの古家圭太ふるやけいたというクラスメイトだった。

 普段からあまり大勢で行動するのが好きではない晶矢が、クラスの中で良く話したりする少ない友人の一人だ。



「そうだよ。圭太はまだ居残り?」



 晶矢が聞くと、圭太は「うん」と頷いて、うんざりした顔で嘆いた。



「なんかさー。せっかく夏休みになったのに、夏期講習の分だけ短くなった気がして、損な気分じゃね?」


「まあ、確かにな」



 小学、中学の夏休みは、確かにもっと長かったような気がする。



「何が悲しくて、夏休みにわざわざ学校来て、勉強ばかりしてるんだろうなぁ。ねえ、俺たちもう高校二年生だよ? 青春真っ只中だよ?」



 圭太が当たり前のことを言うので、晶矢は首を傾げる。



「? だから?」


「彼女欲しい」


「はあ?」



 文脈が繋がらなすぎて、晶矢は思わず呆れた声を上げた。



透真とうまに彼女出来たんだって!」



 圭太がそう言って、悔しそうな表情で晶矢の腕にしがみ付く。


 透真といえば、確か涼太郎と同じクラス、二年三組の、加藤透真。圭太の中学時代からの友達だったはずだ。



「あいつ俺より先に彼女作りやがって! 俺も青春したい! 羨ましい!」



 圭太がガキみたいなことを言うので、晶矢は圭太のおでこに軽くデコピンをお見舞いする。



「お前、アホだろ」


「だって悔しいんだもん!」


「そういうのは張り合って作るものでもないだろ」


「じゃあどうすれば出来るの?」


「はあ? 俺に聞くなよ。加藤に聞けよ」


「やだ、アイツの惚気のろけ話聞きたくない」


「普通に好きになって告白して、とかいう流れだろ」



 圭太は誰とでも仲良くなれる明るい性格で、気さくな奴だ。その上、成績は学年トップで、童顔で可愛い顔をしているので、意外と女子から人気がある。

 しかし本人がその手のことには鈍感かつ純情で、精神年齢が小学生並みなのだ。女子がせっかく好きアピールをしていても、全く気づかず、空気を読めず、恋愛フラグを全部自らへし折っていく。

 この間の学年行事の時も、他のクラスの女子が圭太のことを見つめていたが、圭太は全く気づいていなかった。

 そういう鈍いところも、圭太の良さと言えば、良さなのだが。



「人を好きになるってどうしたらいいの?」



 そんな事を圭太が聞くので、晶矢は思わず口ごもってしまった。



(だから俺に聞くなって)



 呆れてため息が出てしまう。



「お前な……もっと聞く相手を考えろ。あと、空気を読めるようになれ」


「え? どういうこと?」



 そもそも相談する相手を間違っている、ということだ。

 一年と少し、同じクラスで過ごして、友人として接してたら分かるだろう。勉強とギターしかやってこなかった晶矢も、そう言う類の話には無縁なことに。

 初恋がまだの人間に、初恋の仕方を聞いても分かるわけがない。


 いちいちそんな事を教えるのも、知られるのも面倒くさいので、晶矢は騒ぐ圭太をスルーして下駄箱へと向かう。



「えっ待って。俺も外行くから」



 と後ろから圭太が追いかけてくる。



「今日弁当持って来てないから、コンビニ行くけど。晶矢は?」


「俺は帰りがてらなんか食うかな。腹減ったし」



 そう言いながら、晶矢が下駄箱から靴を取り出した時、足元に何か白いものがポトリと落ちた。



「?」



 折り畳まれたメモ用紙だった。圭太がそれを見て騒ぐ。



「えっ⁈ ラブレター⁈」


「はあ? そんなわけ……」



 晶矢はそう言いつつ、メモを拾って中を見たとたん、目を見開いて息を呑んだ。



「えっ……? ねえ、マジでラブレターなの……? そうなの⁈」



 メモを見て止まってしまった晶矢に、圭太がもっと騒ぎ立てる。



「……ちげーよ」



 そう言って、晶矢はメモをポケットに突っ込む。



「圭太、俺ちょっと用事できたから」


「えっ、ちょっと用事って……」



 靴を履いて「じゃあな」と圭太に告げると、晶矢はさっさと昇降口から出ていってしまった。

 今の晶矢の顔を見て、圭太は確信する。



(あんな嬉しそうな顔、今まで見たことないんですけど……⁉︎)



「おい! それ絶対ラブレターだろ!」



 圭太は叫んだが、晶矢はすでにいなかった。





 夏休みの学校に初めて来た涼太郎は、化学室や美術室などが入っている特別校舎の、外階段の踊り場に腰掛けていた。


 涼太郎は、平日の学校の時は、いつもここで昼休みを過ごしている。ほとんど誰も通らない階段なので、静かに一人になれる場所だった。


 勢いで学校に来てみたはいいものの……。

 夏休み中で、ただでさえ人が少ない校内だ。夏期講習を受けるわけでも、部活動に参加する訳でもない自分がうろついていると、浮いてしまうのでは、と思って校内に入れなかった。


 なので、昇降口で晶矢の下駄箱を探して、運良く靴があったので、メモを入れておいたのだ。

 この場所で待っていると。


 しかし、今考えてみればこのやり方は、ちょっと恥ずかしいかも知れないと思い始めていた。



(いや。なんか、下駄箱に手紙って、普通に考えたら告白の呼び出しみたいで……)


「おい」


「わあっ」



 突然声をかけられたので、涼太郎は驚いて思わず声が出た。



「あああ、晶矢くん……!」


「お前、何してるの。学校で」



 踊り場の階段の下から、少し息を切らした晶矢が登って来た。



「あ、あの……」



 久々に会ったからか、急に照れくさくなって、涼太郎は俯いてもじもじしながら、晶矢に答える。



「晶矢くんに、会いに、きました」



 そう言うと、晶矢は驚いた顔をして固まった。





「あの、忙しいのに、急に来てごめん。時間とか大丈夫……」


 そこまで言って、ふと晶矢を見ると、片手で顔を押さえて俯いているので、涼太郎はギョッとする。



「あれ? ど、どうしたの?」


「なんでも、ない。けど、ちょっと待って」



 そう言って晶矢は涼太郎に背を向ける。呼吸を整えるように深く息を吸って吐いてを数回繰り返してから、晶矢は涼太郎に向き直った。



「今日はもう終わり。ちょうど帰るところだった」


「あっそうなんだ。あの、もうお昼食べた? 僕まだなんだけど、良かったら一緒に……」



 そこまで言うと、また晶矢が顔を押さえているので、涼太郎はいよいよ心配になってしまう。



「だ、大丈夫?」


「あーもう、何だよこれ」


「?」



(嬉し過ぎて、顔がにやける)



 晶矢は、涼太郎が『自分から晶矢に会いに来てくれた』ことが嬉し過ぎて、どうしても顔が緩んでしまうのだった。

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