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そして僕らは。【オリジナル楽曲付小説】  作者: さかなぎ諒
第一章 そして僕らは。
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第21話 夏休み二日目④(新しい夢)

 ドリンクを持って戻ってきた晶矢は、部屋の扉の前で、漏れてくる涼太郎の歌声を聴いていた。



(やっぱりすげーな……)



 晶矢は、耳が震えて、自分の鼓動が早くなるのを感じる。涼太郎の歌っている曲が間奏に入ったタイミングを見計らって、晶矢は部屋の中へ入った。

 涼太郎は、晶矢が帰ってきたことに気付いたものの、歌うのを止めることができず、そのまま歌い続ける。



(涼太郎、歌に集中してる……)



 俯いて所在なさげにしている、いつもの涼太郎とは違う。涼太郎の歌を聴いたのは初めてでは無いが、あの時は歌う姿をまともに見てなかった。

 まっすぐ前を向いて、心の底から全ての感情を込めるように歌う涼太郎の姿を間近で見て、晶矢は心を奪われていた。その姿が余りにも綺麗で、心臓の奥が切なくなる。



(ほんとに、やばい)



 心が高揚して、思わず頬が紅潮する。

 やっぱりこいつの歌が好きだ。




 晶矢の姿が目に入ったものの、涼太郎は歌を止められなかった。それどころか、晶矢が側にいることで、余計歌に想いが溢れてしまうような気がする。



(……どうか、聴いて……)



 一人で歌っていた時とは違う。今、自分の目の前には、唯一自分の夢を受け止めてくれる、晶矢がいる。

 それが、こんなにも心強いことだとは思わなかった。



(僕の歌を……全部君に)



 すると、突如音色が聴こえてきた。晶矢が曲に合わせて、ギターを弾き始めたのだ。自分の歌声に寄り添ってくれる晶矢の音色に、涼太郎は心を奪われていた。その音色が余りにも高潔で、心臓の奥が切なくなる。



(ああ、すごい)



 心が高揚して、思わず頬が紅潮する。

 やっぱりこの人のギターが好きだ。




 あっという間に一曲目が終わった。

 二人とも興奮冷めやらぬ中、次の曲が始まる前に晶矢が言った。



「ここのカラオケ、楽器演奏していいんだって」


「えっ、そうなの?」



 このご時世だ。マンション住まいなど家で楽器が弾けない人のために、カラオケ店での楽器演奏が可能な店舗もあるらしい。



「お前が歌う曲、俺が弾けるやつだったら、今みたいに弾くからさ。一緒に演ろ?」


「う、うん」



 そうこう言っている間に、涼太郎が次に入れていた曲が始まってしまう。



「お、知ってる曲。じゃあ演ろう。どんどん行くぞ、涼太郎」



 晶矢が笑ってそう言うと、涼太郎も「うん」と頷いた。



 


((楽しい……!))



 それから五曲ほど連続で歌ったところで、涼太郎が最初に入れていた曲が全部終わった。



「やばい。なんか、これ楽しいな」


「う、うん」



 二人とも楽し過ぎて、夢中になってしまった。



「練習にもなるし。お前の歌と合わせられるのいいな」



 確かに一人で歌っている時と、晶矢と一緒に歌う時とでは、何もかもが違った。聴かせる相手がいる。合わせる相手がいる。それだけで同じ曲でもこんなに音楽は変わる。


 そして、晶矢が今までどれだけ、ギターの技術を磨いてきたか、ギターのことが好きなのか。こうして様々な曲に演奏を合わせることが出来るのを目の当たりにして、涼太郎は晶矢に心の底から畏敬の念を抱いた。



(晶矢くんは、本当にすごいな……)



 これまで、涼太郎はずっと一人で歌っていた。人前で歌うなんて、怖いし恥ずかしい。今でもそう思っている。でも、今は晶矢の隣で歌うことが嬉しくて、恥ずかしさよりも、歌いたい気持ちが勝ってしまった。

 晶矢の音色はそれほど、涼太郎の魂を揺さぶってくる。



「やっぱり涼太郎のカラオケに付いてきて正解だった」



 さっき持ってきたコーラを一気に飲み干して、晶矢が言った。



「えっどうして?」


「涼太郎に歌ってもらいたい曲、また作りたくなったから」


「⁈」


「俺さ、昔から夢だったんだ。自分の曲を誰かに歌ってもらうこと」



 テーブルに置いた飲み物のグラスから、静かに水滴が流れていく。



(晶矢くんの、夢……?)



 先日公園で晶矢が聴かせてくれたあの曲が、耳の奥によぎる。



「この間、お前のおかげで叶ったんだけどさ」



 晶矢にそう言われて、涼太郎は驚いた。



(えっ僕が……? 晶矢くんの夢を……?)



 "お前のための曲"と言われて、嬉しくて、つい歌ってしまったあの時。自分が晶矢の夢を叶えていたなんて、思いもよらなかった。むしろあの時は、涼太郎自身の夢が叶ったと思っていた。



「僕の夢も……叶ったんだよ」


「ん?」


「あの時、僕の夢も、晶矢くんが、叶えてくれた」



 涼太郎は晶矢を見つめると、生まれて初めて、自分の心の奥底に秘めていた"夢"を口にした。



「誰かに僕の歌を聴いてもらいたい、っていう夢」



 そして涼太郎は、はにかむように微笑んだ。

 出会ってから初めて、晶矢に見せた笑顔だった。



「叶えてくれて、ありがとう」



 晶矢は涼太郎の笑顔に意表を突かれて、一瞬固まってしまった。



(ちゃんと、笑えるじゃん)



 初めて会った時、名前すら言えず逃げて行ってしまった涼太郎が、自分から夢を語ってくれたこと、そしてやっと笑ってくれたことに、晶矢は嬉しさが込み上げてくる。



「なんだ。俺たち、あの時二人で夢叶えあってたんだな」



 あの日会えてなかったら、もしかしたら叶わなかった夢かも知れない。そう思うと、この出会いが奇跡の様に思える。

 そして、もう二人は出会ってしまった。叶った夢の、もっと"その先"を願ってしまっている。



「夢って叶うとさ。次の夢を思い描いちゃうよな」



 そう言って晶矢はニヤリと笑った。



「次の、夢……?」



 涼太郎は、思わぬことを言われてポカンとなった。



「俺はお前と音楽やりたいって言ったよな」


「……うん」



 涼太郎自身も、晶矢と音楽をやりたいと思ったから、あの時頷いたのだ。



「涼太郎が、やるって言ってくれたとき、すげー嬉しかった。その時から俺は、お前の歌をもっと聴きたい、もっと歌わせたいって思ってる」


「えっ」


「だから、俺はお前のために、これからたくさん曲を作りたい」



 晶矢の挑むような鋭い視線に、涼太郎は心臓が跳ねる。



「それが俺の今の夢」


「今の、夢?」



 晶矢が涼太郎に「そう」とこくりと頷く。



「もっと、欲張れ。涼太郎」


「え……」


「自分の歌を聴かせたい、歌いたいって、お前はもっと願ってもいい。俺が、それに応えるから」



 晶矢は続けて言う。



「そのたびに、お前のための曲を作るからさ」


(僕のための、曲を、また……?)



 この間作ってくれたばかりのあの一曲で、夢心地のような気持ちだったのに。欲張れ、もっと歌ってもいい、そう言われて涼太郎は戸惑っていた。

 もう既に"欲"が自分の中にあることに気付いてしまったからだ。



「そんなこと、言われたら……」



 涼太郎はそこで急に恥ずかしくなって、つい俯いてしまった。



(僕、どんどん欲張りになっちゃうよ……)



 自分が知らなかった欲求を、思い知ってしまう。


 今まで陰に隠れていた我が儘な自分が、晶矢に手を引かれて急に陽の下に出てしまったような気がして、恥ずかしくて、自分の気持ちを言えなかった。



 "晶矢の隣でずっと歌い続けたい"



 それが、涼太郎の新しい次の夢だった。



 涼太郎は気恥ずかしさを誤魔化すように、晶矢に言った。



「あ……じ、時間もったいない。歌わないと……」


「あ、やべ、そうだな」



 ついつい夢を語り合って時間を費やしてしまった二人は、さっきのように次から次へ曲を入れて、時間ギリギリまで、目いっぱいカラオケを楽しむことにした。

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