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そして僕らは。【オリジナル楽曲付小説】  作者: さかなぎ諒
第四章 鮮明残像-僕たちの幻-
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第46話 鮮明残像17(大事な話がある)


 大事な話がある。



 重治郎と行哉が「一緒に音楽をやろう」ということになったあの日。

 放課後の帰り道、重治郎と別れてから、梅子を家の前まで送り届けた別れ際、行哉は梅子にそう言われた。

 今ここで話すのはだめなのかと聞いたら、梅子が静かに首を振ったので、二日後の日曜日、会おうということになった。


 行哉は休日も一人で過ごすことが多い。稀に梅子と一緒に出かけることもあるが、それは親が決めた行事などに参加するためだったりする。

 梅子は、行哉が余り他人と関わることを好まないのを知っているので、余程の用事がなければ、休みの日にまで会うことはない。こうして梅子の方から「会おう」と誘ってくるのは珍しいことだった。

 だから行哉は、梅子の「大事な話」が、何のことを、誰のことを話したいと言っているのか、何となく予想が付いていた。



(多分あいつの事だろうな)



 駅前の時計塔の前。

 約束の時間の十五分前に待ち合わせ場所に着いた行哉は、周りを見渡す。まだ梅子は来ていないようだ。

 少し薄曇りの空模様だが、湿度は高く気温も高い。蒸し蒸しとする空気に、行哉は思わず襟元をあおぐ。

 今日は制服ではなく、私服姿の行哉は、グレーのTシャツに、オフホワイトの半袖の開襟シャツを羽織り、黒色のパンツという出立ちだ。


 行哉は時計塔の少し先にある、タバコ屋の前に移動する。そこに設置されている灰皿の前で、行哉はシャツの胸ポケットからタバコの箱を取り出した。一本咥えた後ライターで火をつけて、ゆっくりと息を吸い込んで、空に向かってゆっくりと煙を吐き出す。


 先日から梅子には、重治郎に対する行哉自身の失態を色々と見られてしまった。

 虹を見た日、重治郎の歌を聴いて泣いてしまったこと。

 そしてつい二日前、学校の階段で、泣いている重治郎を抱き寄せてしまったこと。あの時梅子に見られてしまった自身の行動は、言い逃れできないものがある。



(我ながら最低だな)



 梅子という婚約者がありながら、他の人間、しかも同性に懸想するなど、自分でも本当に最低な奴だと思う。

 梅子は自分の家族よりも身近に、長年一緒にいた。この先の牢獄のような人生をずっと共に生きていく、運命共同体であり、行哉の唯一の友なのだ。

 その梅子から責められても仕方がないほど、馬鹿な想いを抱いているという自覚はある。責められる覚悟はしているが、後ろめたさに心が重かった。


 ため息を吐き出すように一服して、待ち合わせ場所に戻ると、梅子がちょうどこちらに歩いてくるのが見えた。



「ユキくん」



 淡い水色のワンピースを着て、白いコットンオーガンジーの帽子を被った梅子が、にっこりと笑って片手を振った。




 駅から五分ほど歩いて、賑やかな表通りから、少し入ったところにある裏路地の喫茶店。

 観葉植物が置かれ、落ち着いた雰囲気の店内には、ジャズピアノの音楽が流れていて、自分たち以外の客が数組、思い思いに語らっている。

 一番奥のソファ席に座り、注文したアイスコーヒーとオレンジジュースを店員が運んできた後、しばらくして梅子が口を開いた。



「せっかくの休みの日に呼び出してごめんね」



 謝る梅子に、行哉はぶっきらぼうに答える。



「……特に予定もなかったから、別にいい」



 蒸し暑かったせいか少し喉が渇いていた行哉は、用意されたシロップもミルクも入れないまま、アイスコーヒーに口をつけた。一気に半分ほど減らしてグラスを置くと、行哉は伺う様に梅子を見つめて尋ねた。



「それより、大事な話って何だ」



 対面に座る梅子は、迷うように少し逡巡してから、困ったような微笑みを浮かべた。



「ユキくんは……人を好きになったことある?」



 いきなり核心を突くような梅子の言葉に、行哉は思わずどきりとして、僅かに目を見張る。



「……なんで、そんなことを聞く」



 梅子の質問の真意を慎重に推し計りながら、内心の騒めきを落ち着かせるように、行哉は静かに聞き返した。

 梅子はオレンジジュースのグラスを手に取って、ストローでひと混ぜする。からりと氷を鳴らして一口飲むと、グラスをテーブルに置いた。



「私たちの付き合いも、もう十年以上になるよね」



 行哉と梅子の『婚約者』という関係が始まってから、およそ十二年ほどになる。初めて会った時は、二人ともまだ小学校にも上がっていなかった。

 改めて口にしてみると、本当に長い付き合いだな、と梅子は内心苦笑する。



「子供の頃から、ずっと一緒にいたからかな。だから何となく、分かるんだ」



 そう言って梅子は、行哉の夜色の瞳をじっと見つめた。僅かに揺れる行哉の瞳が、何を言われるのかと、身構えていることを物語る。

 梅子は行哉を真っ直ぐ見据えたまま、単刀直入に尋ねた。



「好きなんでしょう? シゲくんのこと」



 行哉は、息が止まるかと思った。

 余りにもハッキリと言われて、一瞬時が止まる。

 予想はしていた。あれだけ梅子の前で失態をしでかしてしまったのだ。長年一緒にいる梅子に、気づかれない訳がない。

 しかし、いざ面と向かって核心をつかれると、はぐらかし誤魔化すための言葉もうまく出てこない。



「……何の冗談だ、それは」



 平静を装いながら咄嗟にそう返すのが精一杯の行哉に、梅子は苦笑いしながら言葉を続ける。



「ごめんね、ユキくん」


「……?」



 梅子に急に謝罪の言葉を言われて、行哉は眉を顰めた。



「私だけがユキくんの気持ちを知っていて、ユキくんが私の気持ちを知らないのはフェアじゃない。だから、私も正直に言うよ」



 そう言って梅子は、一瞬切なげな表情を見せると、また困ったように微笑んだ。



「私も、好きなんだ」



 再び行哉の時が止まる。



「……は?」



 思わず気の抜けた声が出た。


 今、梅子は何と言った?



「私も、シゲくんのことが、好きなんだ」



 梅子が繰り返すように改めて口にした言葉に、行哉は目を見開いたまま、固まった。



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