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そして僕らは。【オリジナル楽曲付小説】  作者: さかなぎ諒
第四章 鮮明残像-僕たちの幻-
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第34話 鮮明残像5(橋の下の激闘)


 六月下旬。



 来週からいよいよ期末試験が始まる。

 テスト間近になり、心なしか生徒たちもピリピリしている。


 行哉と梅子と一緒に帰った日から約一週間ほどが経った。重治郎はそれ以降あの二人とは関わっていなかった。いや、関わらないようにしていた。

 あの日行哉と話せば話すほど、腹が立つだけだったし、行哉もその婚約者の梅子も、どことなく世間とずれているような存在感で、何故か危うさを感じた。

 ほんの小一時間、一緒にいただけなのに、これ以上深入りすると、振り回されてこちらの身が持たないと思った。



(君子危うきに近寄らずって言うしな)



 同じ教室にいる行哉だが、重治郎はなるべく視界に入れないようにして、存在を忘れようとしていた。



 しかし、その日の放課後。



「やあシゲくん、久しぶり。一緒に帰ろうよ」



 帰ろうとして靴を履き替えていた矢先、昇降口で重治郎は出会ってしまった。桜田梅子に。



「いや、遠慮します」



 にこやかに話しかけてきた梅子に、重治郎は顔を引き攣らせながら即答する。



「せっかく久しぶりに会ったのに」


「いやいや、婚約者殿と帰ればいいのでは?」


「ユキくんとは週に一回一緒に帰る約束だけど、今日はその日じゃないんだ」



 梅子が肩をすくめて言うので、重治郎はため息を吐く。



「婚約者以外の男と帰るのは問題では?」


「君はユキくんのお友達だし」


「いや、だから違うって」



 重治郎は即ツッコミを入れる。どこをどう見たら、重治郎と行哉が友達同士に見えるのだ。



「まあ、いいからいいから。少しだけ付き合ってほしい」


「は? いや、ちょっと……」



 梅子はぐいぐいと重治郎の腕を引いて、校門の方へと歩き出した。




 今朝止んだ雨の名残か、道路脇にところどころ残る水たまりの水面が、ゆらゆらと風にさざめいている。



(なんで、またこうなる……)



 重治郎は帰りの通学路を、梅子と二人で歩きながら、頭に疑問符を浮かべていた。



「この間はありがとう。スーパーでの買い物楽しかったよ」



 梅子が微笑みながら、重治郎に礼を言う。



「はあ……」



 ただのスーパーの買い物に、勝手に着いてこられただけなのに。そんな礼を言われても、重治郎は返答に困る。



「ユキくんが卵いらないからと、私に譲ってくれたんだ。持って帰って食べたら、美味しかった」


「へえ。卵、結局何料理に使ったんです?」


「え? そのままだけど」


「は?」


「流石に殻は食べれないのは知っているからね。お皿に割って、そのままだと味がなかったから、塩をかけてみたら美味しかった」



 重治郎はポカンとする。



「でもいっぺんに十個は食べきれないから、毎日少しずつ食べようと思って、部屋に置いておいたら、家政婦さんにいつの間にか片付けられてしまって……」


「うん。ちょっと、梅子さん。卵は生でも食べられるけど、今の時期、ちゃんと冷蔵庫に入れて保管して、加熱調理して食べた方がいいと思いますよ」



 残念そうに話す梅子に、重治郎は思わず食い気味にツッコミを入れながら「家政婦さんナイス」と思う。



「そうなの?」


「そうなの。お腹壊すからやめなさい」



 梅子の余りの世間知らずさに、重治郎はつい呆れて子供に諭すように言った。



(この人、なんか危なっかしいな)



 箱入り娘か良家のお嬢様かは知らないが、世間知らずで素直過ぎて、すぐ人に騙されたり拐かされたりしそうだ。

 行哉も婚約者なら、ちゃんと毎日見守ってやれと思う。



「シゲくん、ありがとう。また一つ勉強になったよ」



 梅子は納得顔で頷いて、ふと立ち止まった。

 そしてにっこりと笑う。



「君は優しいね。だからユキくんも友達になったのかな」


「は? いやだから、友達じゃないって……」



 梅子の言葉に、重治郎は思わずため息混じりにツッコむ。



「この間、下駄箱で会った時、ユキくんが君に笑っていたでしょう?」


「?」



 そう言われて、重治郎は戸惑いの表情を浮かべた。



「笑ってたって……」



 あの時、行哉はニヤリとしながら手首を思いっきり握り潰してきた。その痛みを思い出して、重治郎は顔を顰める。



「私あの時初めて見たんだ。ユキくんの笑顔」


「えっ?」



 梅子は少し遠い目をして微笑む。



「ユキくんとは小さい頃からの付き合いだけど、ユキくんの笑ったところ初めて見た」



 梅子が言った言葉に、重治郎は益々疑問符を浮かべた。

 人の手首を潰そうとしてニヤついてたのを、果たして笑顔と言えるのかは分からないが、最初に屋上で会った時にも、重治郎は行哉に睨みつけるように冷笑を浴びせられた。



「いや、あれ笑顔っていうか、人のこと馬鹿にして……」


「だからシゲくんに、いいことを教えてあげるよ」


「え?」


「こっちだよ」



 そう言って梅子は重治郎の腕を掴むと、突然民家と民家の間にある細道に入り、奥へと歩き始めた。



「は⁉︎ ちょっ……」



 人が一人通れるほどの細い道で、先導する梅子にぐいぐいと手を引っ張られながら、重治郎は混乱する。



(おいおい、今度はなんだ! もうすぐテストだから早く帰って勉強したいのに……!)



 やがて細い路地を抜けると、視界が開けて川の土手に出た。土手の階段を登る梅子に、重治郎は仕方なく着いていく。

 土手を上がると、ここ数日の雨で増水して濁った川の流れがよく見えた。



「ねえ、あの、どこ行くの? 俺帰りたいんだけど……」



 土手の上の道をずんずんと歩く梅子に、困惑した表情で重治郎が尋ねると、梅子は前方を指した。



「ほら、あそこだよ」


「えっ?」



 梅子が指した方角を見ると、川にかかる橋が見えた。その上を電車が走っていくのが見える。



「橋?」


「うん。あの下だ。もう少し近くに行ってみよう」



 そう言って梅子は、土手から河川敷の方へ降りていく。



(あんなところに何があるって言うんだ?)



 重治郎は首を傾げながらも、手を引く梅子の後を追う。橋に近づくにつれて、重治郎は微かに音が聴こえてくることに気づいた。



(あれ? この音……もしかして)



 ギターの音だ。

 聴いたことがある。一度だけ。

 でも忘れもしない。

 切なくも優しくて、繊細で美しい音色。


 あいつの音だ。



 橋の袂から少し離れた草むらのところで、二人は身を潜める。

 ここからは弾いている当人の姿は見えないが、音はよく聴こえた。



(いいことを教えるって……この事か)



 重治郎は、もう一度聴きたいと思っていた行哉のギターの音に、思わず身震いした。



「これ、あいつの……」


「しー」



 重治郎が言いかけた言葉を、梅子が遮って、声のトーンを下げろとジェスチャーする。



「ここにいることがバレたら怒られてしまう」



 梅子が苦笑いしながら、小声で言った。



「ユキくんは一人を好むから」



 そう言って梅子は、目を瞑って、そのギターの音に耳を傾けた。



(あいつ、こんな所で弾いていたのか。また、こんな誰もいない所で……)



 放課後の誰もいない屋上、ひと気のない橋梁の下。

 そんな寂しげな場所で、一人で。

 行哉が奏でる音色はしなやかで優しく、それでいてどこかへ消えてしまいそうに儚くて、心の奥を締め付ける。



(……やっぱり、泣いているみたいだ)



 いつの間にか、重治郎はその音色に聴き入っていた。

 あまりにも切なくなって、重治郎は思わず歌を口ずさみそうになる。

 息を吸ったところで、ハッとして慌てて口を押さえた。



(あっ、いかんいかん。またつられて歌う所だった)



 歌ったら確実に、自分たちがここにいる事が行哉にバレる。



「ユキくんはね、ギターがとても上手なんだ」



 重治郎が焦っている横で、梅子が小さな声で呟く。



「ユキくんはいつも怖い顔をしているから、少し誤解され易いところがあるけど……本当は優しい人なんだよ」



 そう言って梅子は、困ったように笑って見せる。



「それを、シゲくんにも知ってもらいたくて」


「優しい? あいつが?」



 納得のいかない表情で重治郎が言うと、梅子はくすりと小さく笑って頷いた。



「うん、ユキくんの音色を聴いてもらえば分かると思って。綺麗だけど、泣いているみたいだよね」



 梅子の言葉に、重治郎は目を見張った。



(この人も、そう感じているのか)



 行哉の音色は、泣いているみたいに寂しそうで切ない。

 この音色には梅子の言う通り、行哉の優しさが込められているのだろうか。

 だから、こんなに切実な音色になるのだろうか。



 そう思っていると、急にギターの音がぴたりとやんだ。



(……まずい、バレたか?)



 二人は恐る恐る、草陰からそっと様子を覗き込む。



「「⁉︎」」



 すると、重治郎たちがいる反対側の方から、橋の下に近づく数人の他校生らしき制服を着た男たちの姿が見えた。その直後、荒っぽい怒声がした。



「おい、テメェ、やっと見つけたぞ」



 その声は、ここからは見えない、おそらく行哉に向けられていた。威圧的な声に、梅子がびくりと体を震わせたので、重治郎は咄嗟に梅子の肩を抱き、庇うように身を屈ませる。



「この間はよくもやってくれたな、クソガキ」



 数人いるうちの誰かがそう捲し立てると、行哉の冷たい声がした。



「雑魚が、気安く話しかけるな」


「その減らず口今すぐ潰してやろうか、ああ⁉︎」



 一触即発の雰囲気に、重治郎は緊張が走る。



(何だ、一体どういう……)



「あの時大人しく金だしときゃ、こんなことにならなかったのになあ? テメェにやられた傷が痛むんだよ。慰謝料払えや、コラ」


「お前の方から絡んできて、尻尾を巻いて逃げたくせによく言う」


「なんだと?」


「今度はぞろぞろ同じようなバカを引き連れて、ご苦労な事だな」


「ああ⁈」



 話の流れからして、先に絡んだのは他校生側のようだ。しかし多勢に無勢。煽り返すような事を言う行哉に、重治郎はハラハラする。



「お前、死にてぇのか」


「やってみろ。一人じゃ何も出来ない雑魚が」



(おい、そんな相手を煽るようなこと言うなって!)



 重治郎がそう思った瞬間、案の定、相手の男たちが怒声を上げながら、行哉がいると思われる方へ、つかみかかって行った。



「テメェ、ぶっ殺してやる‼︎」



 その直後、鈍い音とくぐもった声がして、一人の男がすっ飛んで倒れる。



「このやろう!」



 仲間を一瞬でやられて怒り心頭なのか、大きな怒声が飛ぶ。しかし、重治郎たちがいる所からは、行哉の様子が全く見えない。争うような音と声だけが聞こえる。今どうなっているのか。



(あいつ、大丈夫なのか⁉︎)



 どんな理由があるにせよ、行哉一人に寄ってたかって大勢で襲いかかるのは卑怯だ。力になれるなら助けたい。

 しかし、重治郎は生まれてこの方喧嘩などした事がない。足手纏いになるかも知れなくて、重治郎は動けずにいた。



「!」



 その時だった。

 最初に倒れた男がゆっくりと起き上がって、棒のようなものを手にするのが見えた。



(危ない――)



 咄嗟に体が動いた。



「梅子さんはここにいて」


「し、シゲくん……⁉︎」



 梅子の制止も構わず、重治郎は勢いよく飛び出していた。



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