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そして僕らは。【オリジナル楽曲付小説】  作者: さかなぎ諒
第四章 鮮明残像-僕たちの幻-
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第21話 君との約束④(心を込めて)


「「いただきまーす」」



 優夏の姉たちの揃った声を合図に、優夏宅でのランチタイムが始まった。


 涼太郎が卵焼きの作り方を教わってから、そのあとすぐ優夏はお昼ご飯を作り始めた。涼太郎も少し手伝ったが、優夏は本当に手際が良く、ほとんど一人であっという間に作り上げてしまった。

 四人掛けのダイニングテーブルに、涼太郎と優夏、静と巴という並びで席に着く。

 テーブルの上に並ぶのは、冷しゃぶと焼き茄子のぶっかけうどん、それに卵焼きだ。



(お、美味しそう……)



 涼太郎は、目の前に並ぶ料理に目を輝かせる。



「さ、涼太郎もどうぞ食べて」



 にっこりと微笑む優夏は、いつの間にかまたいつもの雰囲気に戻っている。涼太郎は戸惑いながら、優夏の前に置いてある卵焼きを指差して言った。



「あ、あの、その卵焼き、やっぱり僕が食べるよ」



 涼太郎の前に置かれた卵焼きは、優夏が最初に作ってくれた綺麗な卵焼きだ。お姉さんたちの前には、その後優夏が作った同じく綺麗な卵焼き。一方、優夏の前には少し焦げてしまった卵焼きが置かれている。

 涼太郎が焼いた卵焼きなのだが、先ほどの髪の毛騒動で焦ったせいか、巻くタイミングや火加減を誤って、少し焦がしてしまったのだ。



(せっかく目の前で教えてもらいながら作ったのに……)



 しかも焦げた拍子に慌てて巻いたせいで、少し型崩れしている。そんな不恰好な卵焼きを優夏は自分が食べると言って、涼太郎には綺麗な卵焼きを寄越してきた。



「まあ、いいからいいから。私の作った卵焼き、食べてみてくれる?」



 優夏ににこにことそう言われて、涼太郎は一瞬迷ったものの、躊躇いながら一切れに箸を伸ばした。



「い、いただきます……」



 黄金色の卵焼きの断面には、優夏が丁寧に巻き上げた卵の層が美しく見て取れ、それだけでもう美味しそうだ。

 一口ぱくりと頬張ると、口の中にふんわりと卵の風味が広がった。



「‼︎」


(あ、これだ)



 涼太郎は先日部室で、優夏の卵焼きを食べたときの衝撃を思い出す。

 優しい甘みと、ほのかな塩味。

 この味こそ、まさしく懐かしい祖母の味だった。

 幾重もの層が口の中で解けていくような、ふんわりとした食感を味わいながら、涼太郎は胸がいっぱいになっていた。



「どう? 美味しい?」



 優夏に訊かれて、涼太郎はこくこくと頷く。

 感激している涼太郎を見て「良かった」と嬉しそうに優夏は笑った。



「ユウは料理が得意なんだよ」


「ユウは小さい頃から料理が好きでねー」



 涼太郎の様子を目の前で見守っていた姉たちが、交互に話しかける。優夏の忠告が効いたのか、涼太郎を怯えさせないように、先ほどよりも声のトーンを下げているようだ。



「そ、そうなんですか」


「うん、ひいお祖母ちゃん直伝なんだよ」


「私たちには受け継がれなかったけどねー」



 苦笑いする姉たちの言葉に、優夏が付け加える。



「まあ、正確に言えば、私は母から教えてもらったんだけどね。ひいお祖母ちゃんは私が生まれる前に亡くなってるから。すごく料理上手な人で、母はその人から料理を教えてもらったみたい。それを私がまた母から教わって」


「へえーそうなんだ」



 優夏の料理の腕がいいのはそういうことだったのかと、涼太郎は納得して頷く。

 先ほど優夏が手際よく作ってしまった、このぶっかけうどんも本当に美味しい。麺は冷たく引き締まっており、コシがある。上に乗った冷しゃぶと焼きなすは、優夏の自家製だというつゆのカツオの風味と相性抜群で、添えられた大根おろしの爽やかさが合う。

 スタミナ満点、それでいて喉ごしさっぱり、つるりと食べられるこのうどんは、夏の暑さにはぴったりだった。



「でもね、料理で一番大事なのは『心』なんだって。ひいお祖母ちゃんの口癖だったって、母が言ってた」



 そう言って優夏は、涼太郎の作った卵焼きをぱくりと頬張った。



「あっ……」



 型崩れして若干焦げている自分の失敗作を食べられて、涼太郎は焦る。しかし優夏はにっこりと笑って言った。



「うん。美味しい」


「えっ? ほ、本当に?」



 涼太郎が「信じられない」という表情で見つめるので、優夏は「本当よ」と言って、涼太郎が作った卵焼きを一切れ箸で掴んで、涼太郎の口元に持っていく。

「はい、どうぞ」と言われて素直に開けた涼太郎の口に、卵焼きが運び込まれる。その瞬間、涼太郎はハッとなった。



(あれっ? ホントだ。美味しい)



 優夏の作った卵焼きよりも、少し固い食感だが、味はほぼ同じだった。



「ね? 美味しいでしょ」



 涼太郎はもぐもぐと咀嚼しながら、驚いた顔で頷く。



「基本となる土台が出来ていれば、形崩れしても、ちょっと焦がしちゃったとしてもいいの。その料理に、美味しく食べてほしいっていう愛情がこもっていれば、それは食べた人にとって最高の一品になるから」


「最高の一品?」



 優夏は「そう」と頷いて微笑む。



「音楽も同じね。基礎さえしっかりしていれば、あとはもう、演奏者の気持ち次第。心を込めて演奏すれば、自ずと音に顕れる。それは聴いた人に絶対伝わるから」



 優夏の「音楽も同じ」という言葉に、涼太郎はハッとして真剣に耳を傾ける。



「涼太郎も、もうちゃんと出来るようになってる。だから、あとは心を込めて歌うだけだよ」


「心を込めて、歌う……」



 涼太郎が優夏を見つめて呆然と呟いたところで、前方から声がした。



「ちょっとちょっと、二人とも」


「私たちもいるんですけどー」



 涼太郎と優夏はハッとして、声のした方を見る。

 お姉さんたちがにやにやしながら、こっちを見ていた。



(ああああ! そうだった、お姉さんたちもいたんだった)



 涼太郎は普通にお姉さんたちの存在を忘れて、優夏の話に聞き入ってつい見つめ合ってしまった。

 優夏に至っては、涼太郎に手ずから卵焼きを食べさせるという行為を、姉たちの目の前でやらかしてしまった。

 涼太郎たちは、恥ずかしさに顔が真っ赤になる。



「ユウ、ずるい。私たちもその愛情こもった卵焼き、食べたい」


「美味しいんでしょー? 私たちも食べてみたいよー」


「だっ、だめ。これは私が食べるの。姉さんたちには私が作ったのあるでしょ」



 お姉さんたちが不敵な笑みを浮かべてそんなことを言うので、優夏は慌てて卵焼きの皿を自分の手元へ引き寄せた。



「やだ! それがいい」


「私が作ったのも愛情込めてるって」


「一口でいいから食べたいー」


「ダメだってば!」


「にゃあ」


「えっウメハルまで⁈」



 いつの間にか優夏の膝の上に、ウメハルが乗っている。優夏の持つ卵焼きの皿に興味津々だ。



(こんなに賑やかな食事って、初めてかも)


「……ふふっ」



 目の前でわいわいと繰り広げられる姉弟げんか(?)に、涼太郎は恥ずかしさを忘れて、思わず吹き出してしまったのだった。



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