ブラック教会聖女の限界ごはん
「ううう。お腹がすいた……」
私の心からのつぶやきを聞いた神父は、あからさまにため息をついた。
「ミナト、聖女様はそういうことを言ってはいけません。私欲を出してはいけないのです」
「お言葉ですが、お腹がすくのは私欲ではなく人間の基本的な欲求です」
「そういうことではありません。次の方は緊急で診てもらいたいという連絡がありました、あなたの食欲の為にその方を危険にさらしてはいけません。しっかりとほほ笑んで、聖女様の威厳を見せてください」
「威厳を見せつけること自体が私欲のような気が……」
精一杯の私の反論を、神父は一目見ただけで流した。
……この発言力のなさ、悲しすぎる。
教会を訪れる人の列は、今もまだ長い。
この人達からかなりの寄付をもらっていることを知ったのはつい最近だ。
私は朝から晩まで働いて、食事と最低限に近いお金しかもらえないのはどうしてなのだろう。
緊急で来たという男は、緊急感なく自分で歩いてやってきた。
目の前に居る整った顔をした男の人だ。さらりとした銀髪に紫色の瞳が綺麗だ。体型もがっしりとしていて帯剣をしているから騎士かもしれない。
年齢は私と変わらないぐらいだろう、二十代前半ぐらいだ。高価そうな服が肩からざっくり切れ、肌が見え血を流している。
それでも苦痛を顔に出さずに立っている。自分なら絶対に騒いでしまいそうなぐらいには大怪我だ。
まったく動じた様子がないのはさすがだが、絶対に緊急ではない。
見るからにお金持ちそうな彼は貴族だろう。
私は普段は並んでいる人を順番に診ているが、寄付金を払う人と立場がある人は順番関係なく呼ばれる。
更に緊急で、といいお金と権力に弱い司祭が立ち会うだなんて間違いない。
この年若いイケメンがいったいいくら払っているのか知りたいものだ。
……知ったら知ったで、ただへこむだけな気もするけれど。
「よろしくお願いいたします、聖女様」
私の前に立つと、彼は手を胸に当て、礼をした。
名前だけは偉い感じなので、誰も彼も一応私に頭を下げてくれる。
お金はくれないけど。
「こちらこそよろしくお願いいたします」
私がぺこりと頭を下げると、男は目を見開いた。
何を驚いているのだろう。
不思議に思っていると、神父は男を個室へと案内した。私も慌ててついていく。
個室を使うなら先に教えてくれればいいのに!
報連相がなってない、上司として終わってる。
絶対中抜きしてる。私のお金をかえして。
せめて休憩と食事はとらせて。
朝から晩までじゃ前のブラック会社と何も変わらない。
ブラック教会め。
悪態をつきながら、それでも微笑んで私は二人の後をついていった。
「二人切りにしてくれ。怪我をあまり見られたくないんだ」
男がきっぱりと言うと、見張りのようにドアの前に立っていた神父は驚いた顔をした。しかしすぐににっこりと笑うと了承を示す。
「かしこまりました。何かあればすぐにこちらへお教えください。……フィラーレ、後はよろしくお願いいたします」
最後は私をけん制するように睨み、あくまでいい人そうに神父は出て行った。
神父から離れると、監視が居なくなったようでほっとする。
「……もしかして、ここは私室なのか?」
申し訳なさそうに男が言う。
部屋の大半はベッドだ。
しかしその周りには数着の私服と本が置いてあり生活感がある。
「そうです。教会には部屋数がなく、治癒室が私の私室も兼ねてしまっているのです。散らかっていて申し訳ありません」
感謝しろ、と思うけれど流石に口には出せないのでその通りだと頷き不手際を謝る。
「何故地方とはいえ、この教会の筆頭聖女がこんなところに……」
呟くように言われたけれど、そんなことは私だって知りたい。
「他の教会を知らないので。傷を見せてください、痛いですか?」
私が聞くと、彼は無言で切れた上着を脱ぎシャツのボタンを外して上半身をさらした。
服を着ていた時にもわかっていたが、かなり筋肉質だ。
怪我は近くで見ると思ったよりもずっと深かった。
何故こんな平然としているんだろう……訓練で痛覚もコントロールできるのだろうか。
「痛みはそこまでじゃない。だが魔獣が出た為、討伐に来ているんだ。そこに居た魔物が問題で、毒を持っている。この毒は強力で徐々に身体が動かなくなり死に至るらしいので、緊急できたのだ」
本当の緊急だった。
本命は怪我じゃなくて、毒だったとは。
「自己申告があって助かりました。怪我だと思っていたら見逃していたかも」
怪我だと思って治して帰したら毒にやられてしまっただなんてことになったら、今よりもっと待遇が悪くなることが目に見えている。
私がほっと息をついていると、その様子を見た男は諦めたようにため息をついた。
「筆頭聖女とはいえ、地方だ。王都のような治療は期待していない」
何となくいい人かと思っていたけれど、急に嫌な話をしだした。
しかも、こんな小さい教会で筆頭聖女もあったものじゃない。
聖女は二人しかいないのだ。
私が眉をひそめていると、その表情に気が付いたように急に慌てた。
「す、すまない! そういう意味じゃないんだ。期待していないというか無理だと思っているというか諦めているというか!」
どんどん失言を重ねていく男に、私は思わず吹き出してしまう。
「失敗してもいいよってことですよね。でも大丈夫ですよ」
「ああ……すまない。女性には慣れていないし、失礼なことを言ってしまった。私は聖騎士のガヴィスだ」
「私は聖女のミナトです。聖騎士様だったのですね」
頷いたものの、私は聖騎士がなんだかは良くわからなかった。
多分偉い人だろう。
「そうだ。せめて王都に戻るまで身体が持つようにしてもらえると、助かる」
「いやいや、大丈夫だって言ったばかりですよね」
全然聞いていないガヴィスに、つい素でかえしてしまう。
私が突っ込むと、ぽかんとした顔をする。
「そうだな。重ね重ねすまない。治療よろしく頼む」
「わかりました。お任せください」
私は頷いた。
「うーん、毒ですねー」
「毒だよな」
私は傷口に手を当てながら、魔力を流す。
まあまあ酷い毒だと思いながら言うと、ガヴィスも気軽な様子で返してくる。
でもまあ問題があるわけじゃない。
魔力をともかく流していくと、毒の気配がなくなる。そのあとに回復魔術をかけると、傷は綺麗にふさがった。
「毒については終わりでーす」
「……毒に対して、解毒魔術ではなかった、よな?」
「解毒魔術って何でしょうか」
「……」
私の言葉に、ガヴィスは考え込むような素振りをする。
傷も治ったし、そろそろ本格的にお腹がすいたので、帰ってもらいたい。
魔力が残っているので、この後もきっと一般の治療を行わされるに違いない。
今のうちに自分の気持ちの回復をしておきたい。
そんな事を考えていると、ガヴィスの長考も終わったようだ。
「傷も毒も……確かに問題ないようだ。寄付ははずもう」
「ありがとうございます」
「……あまり、嬉しそうではないな」
せっかくにっこり笑ってお礼を言ったのに、ガヴィスの恩着せがましい発言にいらっとして反論してしまう。
「寄付なんて私に入ってくると思いますか? 入ってくるとしたら妙齢の女子の部屋としてこの部屋はあり得ないでしょう。私のこの質素な服見てください。更におなかだってすいています。有り難いと思ったのなら次は卵を持ってきて下さい」
「たまご……」
彼は驚いた顔をしたけれど、私は切羽詰まっている。お金は絶対に無理だけど、卵なら私がもらえる可能性が高い。
おなかがぐうとなった。
栄養不足だ。
魔力を使うとお腹がすごくすく。しかもお昼ご飯すら食べれていない。
私は思い切って食事にすることにした。
「とりあえず食事にしましょう。せっかくだからガヴィス様の分も作ります。回復にはお粥がいいですよ消化にいいし」
多分。
今神父はいない。
今のタイミングでこの男と食べたほうが、食事をとれる可能性が高い。
「なんで急に食事?」
「回復の為です。後お腹がすいているからです。できればお腹がすいていたと後で神父様に伝えてくれると助かります」
どさくさでお願いをしながら、私はキッチン部分に向かう。
「そこは……お湯を沸かすところでは?」
「私の私室なので、ここはキッチンです。一口コンロって驚きますよね」
一人暮らしの時も、二口コンロがあるところを条件に探していたのに、とんだ異世界転移だ。
「……何故そんなお腹がすいているんだ。食事は教会で出るのでは?」
「あれじゃ、お腹はいっぱいになるけど気持ちの疲れはとれません……。そもそも、食事をしている暇があれば働いてくれっていう教会ですし」
悲壮な顔をした私に気が付き、彼はそれ以上言うのをやめた。
鍋には水と煮干しが入っている。
昨日からだしを取っていたので、煮干しは取ってよけておく。後で甘辛く煮るのだ。大事なたんぱく質だ。
炊いてあったご飯を、だしが入った鍋に入れる。
コンロは日本にあったものと同じようで、ボタンを押せば火が付く。多分原理は違いそうな気がするけれど、働きが同じなら同じだ。
ことこととお米が煮えるにおいが漂ってくる。
塩を入れ、私のなけなしのたまごを投入する。
ふたつ。
「そんな悔しい顔しなくても」
「これでも聖女なので我慢しているので突っ込まないでください。怪我の分体力は落ちているので、ちゃんと栄養付けてください」
「ありがとう。君の、食事を分けてくれて」
戸惑った顔をしつつも、お礼を言いお粥に口を付ける。
飲み込んだ後少し微笑んだので美味しかったみたいだ。良かった。
よく考えたらお金持ちの人には質素すぎる気もするけれど、怪我人だしお粥って美味しいからきっと大丈夫。
私も同じように口を付ける。
ううう、美味しい。じんわりとした温かさがおなかに広がる。たまごが入るだけで豪華な気がするのが不思議だ。
無言であっという間に二人とも食べ終わる。
「とりあえず、お腹も満たされましたし回復したなら帰ってください」
「驚くほど冷たいな聖女」
「聖女だって人間です。疲れるしお腹がすくし、美味しい食べ物で回復したいです。……あと、あなたが座っているのは私のベッドなので夜はベッドで寝たいです」
さっきも本音を言ってしまったので、気安い気持ちになって私はそのままガヴィスに伝える。
思った通り彼は楽しそうに笑った。
「聖女ってそんなに世知辛いものだったのだな」
「……そうなんです」
他はわからないがここは間違いなくブラック教会だ。
「君の治療は素晴らしかった」
「良かったです。あんまり怪我はしないように気を付けてくださいね」
「ありがとう。次はたまごと肉をもってこよう」
「……お肉は絶対こっそり私に渡してください」
教会は菜食主義者というわけじゃないが、肉がほとんど出てこないのだ。私はかなり魅力的な提案にやられた。
「ああ。神父にはお腹がすいていたので食事を作っていただいたと言っておく。それに、魔力をたくさん消費したようだからこの後は休ませるように伝える。今日はゆっくりしてくれ」
「……ありがとうございます」
もしかしたら今の分の食材をもらえるかもしれない上に半休だ。的確なお礼に私は嬉しくなった。
「礼には及ばない。この地に優秀な魔術師が居るというのは本当だった。成果があって俺は嬉しいよ。魔術についてはまったく基礎はなっていないが」
「え?」
「実は俺は聖騎士じゃなくて、魔術師なんだ」
最後ににやりと笑い謎の言葉を言い残し、ガヴィスは出て行った。
何か重要な話だったような気もするけれど、疲れ切った私はそれ以上考えるのをやめた。
異世界転移してこの教会に拾われてから、ずっと疲れている。
異世界転移前もブラック会社で働いて疲れていた。
美味しいごはんでギリギリ生きている状態だ。
彼が居なくなった後、私は避けていた小魚を出した。
ちょっとした自由時間だから、この機会に煮物をしよう。
砂糖と醤油を入れて、佃煮を作る。
ぐつぐつと煮えて少しずつ重くなっていくたれが、食欲をそそる。調味料がきちんと支給されるのだけはいいところだ。
ちょっとだけつまむと、濃い味付けが疲れた身体に美味しい。
いい匂いが部屋に広がっていて、久しぶりにのんびりとした気持ちで私はベッドに横になった。
「ああ、美味しいご飯はいいな。……働くの、疲れるなあ」
美味しいものを食べると、一日の疲れは飛ばないけれど気持ちが回復する気がする。
明日も頑張ろう。
でも、願わくばブラックな会社からはもう離れたいけれど。
転移して、ブラックな会社からブラックな教会ってついてないにもほどがある。
自分の不遇に思いを馳せ、私はぼんやりと天井を見つめた。
ガヴィスは次の日も教会にやってきて、大金を寄付して私を連れて帰ると言い出して、教会は大騒ぎになった。
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ご飯ものは好きです。
そのうち長編も書いてみたい…!(ごはん+時々恋愛みたいなのっていいですよね)
長編を今毎日投稿しています!
前世で黒聖女と呼ばれて殺された為に誰も信じないで生きていく…!と決め、呪われた青年と取引したマリーシャ。彼は実は公爵でいつの間にか結婚決められていたり甘やかされたり…という話です。
下のリンクから飛べるので、是非!