第92話 父の教え
(ブン! ヒュン!)
僕はひたすら今日も日課の剣の稽古を続けていた。やっぱり二刀流は難しい。二本それぞれを別々に動かせなければ、意味がない。使いこなせなければ、一振りだけ持つときよりもパフォーマンスが低下してしまう。理屈ではわかっていても、体が中々ついていかなかった。
「朝から精が出るな、Jr。」
「……父上!」
鍛錬に励む中で父上が労いの言葉をかけてくれた。声をかけられることは嬉しくもあるが、中々技を習得できない自分を見られて恥ずかしくも思う。父上の期待に応えられないことがもどかしいのだ。
「鍛錬に精を出すのも良いが、焦っていては、伸びる物も伸びないからほどほどにな。」
「ですが、父上……。」
「お前が早くクルセイダーズに入団したいという気持ちはわかる。近年、徐々に魔族の動きが活発になってきているからな。お前も早く私と共に戦列に加わりたいのだろう?」
「早く、世の人々の力になりたいのです!」
気持ちだけが先を行くばかりで、結果が出ない。こうして手間取っている間にも、今日もどこかで魔族の被害を受ける人々がいる。そう考えると居ても立ってもいられなくなる。
「力になりたいのであれば、尚更、鍛錬はじっくりと焦らずに行うのだ。そうすれば、必要な力は次第に身についていくものだ。」
「……“時間をかけて急げ、修練が達人をつくる”ですか?」
「そう。その通りだ。我が家の家訓。こういうときにこそ心に響くものだ。」
ロッヒェン家に伝わる家訓、初代当主の言葉だと伝わっている。初代はクルセイダーズ総長を務めた事もあるという。そして、家宝である“十字の炎剣”も初代から受け継がれている名剣だ。
「二刀流の習得は難しい。だが、我が家の家宝を使いこなすには必要なスキルだ。あの剣は二刀流を使いこなせてこそ、最大限の力を発揮するのだ。それこそ、時間をかけて急ぐことが重要になってくるのだ。」
あの炎剣には特殊な機構が施されている。その仕組みはクルセイダーズの至宝“十字剣”にあやかったものであるらしい。至宝には及ばないものの、炎の力を増幅させる処理が施されている。ロッヒェン家の技を最大限に発揮できるように作られているのだ。
「Jr、見せておこう。手本を見て自身の頭の中にイメージとして刻み込んでおけば、習得も早くなるはずだ。」
父上は十字の炎剣を手に取り、剣の練習用に地面に突き立ててある丸太と向き合った。
「羽毛の如く、体軽やかに! 剣を弓の如くに引き、流星の如くに振り下ろす!」
構えをとりながら口上を述べる父上に続いて、技の伝承にある口上の続きを読み上げる! ロッヒェン家の人間はこれを子守歌代わりに聞いて育つのが伝統だ。
「その時、剣は双刃となる! その双刃もって空擦れば炎立つ!」
横に伸びた刃が炎剣から分離し、もう一つの刃になった。分離した刃は持ち手の精神力でコントロールを行う。このコントロールを行うために二刀流を習得し、その基礎とする必要があるのだ。
「俊足を持って、敵の懐に入らば、赫灼の雨がふる!!」
父上が口上を読み上げながら、ロッヒェン家伝統の技を披露する。技の標的の丸太が粉みじんになり、そのかけらも地面に落ちる前に燃え尽きて消える。いつ見ても完璧で美しい技だと思う。
「お見事です、父上!」
僕は急いで父上の元へ駆け寄った。父上の姿と家宝の“十字の炎剣”を間近で見たかったから。
「お前もいずれこの剣と技を引き継ぐことになる。先程の情景をしっかりと目に焼き付けておくんだぞ。」
「はい、父上!」
僕の心にはこの時の情景が今も強く刻まれている。この日から一月も立たないうちに、父上は魔族との戦いに敗れ、命を落とした。つまり、これが僕が見た父上の最後の雄姿だったのだ……。。




