第80話 赫灼の雨《ハイス・ロット・レーゲン》
「赫灼の雨。」
ロッヒェンの剣が瞬時に赤熱化し、炎を纏う。両者の剣が接している状態なので当然、俺の手元にもその熱気が伝わってくる。
「あちっ!?」
さすがに熱いのはたまらないので、鍔迫り合いをやめて、後ろに飛び退き間合いを取る。この行為は完全に相手の狙いに乗る形になった。
「かかったね! 容赦なく勝ちを取らせてもらう!」
炎の嵐が猛然と襲いかかってくる! さっきまでの攻撃が生やさしく見えるぐらいの激しさだ。剣で受け流す、避ける、を状況で切り替えて攻撃を凌ぐ。とはいえどんどん速くなってくる! このままではやられてしまう!
「どんどん速くなるぞ! 貴方にこれが凌ぎきれるか?」
徐々に激しくなる攻撃が防ぎきれなくなってきた。すでに何回か体をかすめてしまっている。当たった部分はちょっと火傷くらいはしているかもしれない。これが実戦だったら、更に手痛い傷を負っていただろう。
「これで終わりだ!」
ロッヒェンは二本の剣をそろえて振りかぶり、それを渾身の力とスピードで振り下ろしてきた! 避けるのは間に合わないので、剣で受けるようにした。
(ゴッッ…ギャァァッァン!!!)
「ウウッ!?」
剣に信じられないくらい重い衝撃が加わる。彼の体格からは想像できないくらいの威力だ!その衝撃は俺の手にも伝わり、剣の保持が出来なくなった。要するに俺は剣を落としてしまったのだ!
(ガラランッ!!)
「勝負あったな! 僕の勝ちだ!」
ロッヒェンは勝ちをアピールするように俺に右手の剣を突き付ける。剣を落としてしまったので、当然、俺が負けということになるのでそれは間違いではない。コイツの奥義を凌ぎきれなかったことが負けにつながったのだ。
「ロッヒェン、判断するのはまだ早い。」
(ミシッ!)
俺に突き付けられた剣が音を立てて、半ばから折れた。右だけじゃなく、左側も同じように折れている。
「な、何? 僕の剣が、剣が壊れた? なぜ?」
「お前は知らず知らずのうちに剣を破壊されていたのだ。確か……“砕寒松柏”と言ったかな? 相手に悟られずに徐々にダメージを与える技、そうだな、ロアよ?」
「あ、ああ。間違いない。」
意識的に使ったわけではなかったので、自分でもビックリした。無意識的に自分の危険を感じ、攻撃を受けつつ、技を発動させていたようだ。それが相手の武器の破壊につながったのだろう。
「両者の武器は壊れた。よって、この勝負は……引き分けとする!」
「何ですって!?」
引き分け!? 俺だけじゃなくて、ロッヒェンも驚いている。確かに相手の剣も壊れたが、先に剣を落としたのは俺の方だ。
「なんで俺の負けじゃないんだ、エド?」
「表面的には君の負けという判断になるかもしれない。しかし、私は試合の前にこうも言った。“有効な戦術を取れなくなった場合は負けとなる”とな。」
「そんな! 僕の方が先に勝ったのに! 剣を落とした以上は負けのはず!」
彼が納得出来ないのも当然だろう。ルール上はエドの言っていることは正しいかもしれない。でも、先に負けた状態になったのは俺だった。俺もちょっと納得できないかな? まあ、エドにも何か考えはあるだろうから、話は聞いてみよう。
「では聞くが、ロッヒェン。もしこの後も試合は関係なく戦いが続いていたらこの後、お前はどう戦うつもりだったのだ? 剣を失った以上は戦闘は継続できまい? 対してロアは剣を破壊された訳ではない。剣を拾いさえすれば、一気に形勢は逆転される。違うか?」
「……クッ!?」
そうか。そういう解釈も出来るな。とはいえ剣を拾えたかどうかはわからない。アイツが先に拾うことも考えられる。……でも、持っている折れた剣を手から離さないといけないということを考えると、ワンテンポ遅れるか、な?
「納得出来ていないようだが、両方の剣を破壊されたという事実も忘れるな。片方だけなら、お前の勝ちにしていただろう。お前が先に彼の技を受けていたのだ。それに対処出来なかったという意味ではお前に落ち度がある。」
「まあまあ、とはいっても試合のルール上は俺の負けだ。ロッヒェンの勝ちにしてやってくれないか?」
積極的に狙って勝とうとしたわけではないしな。自然に戦った上で相手を無力化していただけだ。例え実戦だったとしても、俺はロッヒェンを斬らなかったと思う。無力化した時点で戦闘を中断しただろう。
「いいのか、ロア? 君の負けでも?」
「俺はかまわ……、」
「そんなことが認められるもんか! 勝ちを譲られるだなんて事は、僕のプライドが許さない!」
「えぇ……。」
メンドクサイヤツだなあ。かなり負けず嫌いなようだ。引き分けも認めたくはないが、相手が負けを認めるというのも納得できないのか。
「こんなことで討論していても結果は出ない。審判は私なのだから、勝敗の決定権は私にある。最初の決定と変わりはない。よって引き分けだ。これで模擬戦は終了とする。」
様々意見があるが、これでいいと思う。審判様の判断が一番正しい。公平に考えた上で裁決してるんだから。それに訓練生達も勝ち負けにはこだわっていないようだ。試合の内容に驚き、興奮し、盛り上がっている。彼らにとって良い見本になれたのならそれでいいと思う。
「勇者殿、いつか必ずこの借りは返します。その暁には貴方に圧勝してみせますよ。」
「う、うん。ま、またな……。」
俺は引きつった笑いを浮かべながら、聞き入れた。早速、再戦の申し込みまでされてしまった。よっぽどくやしかったんだろう。
「さて、大分道草を食ってしまったが、総長の元へ行こう。」
「は、はは、なんか怒られそうで怖いな……。」
ただでさえ、怖そうな人物なのだ。それを待たせるようなマネをしてしまった。大事になってなければいいが……。
「ほう? 勇者とあろうものが総長などに恐れを成してどうする?」
突如、聞き慣れない声がして、肩をポンと叩かれた。いや、ポンというよりもボンと言ったほうが正しいかもしれない。それぐらいの馬鹿力に感じた。俺はその声の正体を確認するため、ゆっくりと振り返った……。




