第76話 空耳の時間がやって参りました。
「勇者様? 勇者様ですよね?」
「ん、あ、ああ。勇者だけど……。」
本部の敷地内を歩く途中で練兵場の近くを通りかかった。当然の事ながら、額冠の力のせいもあり、ただ通りがかっただけにも関わらず、注目を引きつける結果となった。訓練生たちも当然まだまだ発展途上だから仕方ない。おまけにそういうお年頃の子たちだ。勇者という称号に憧れがないはずがない。
「聞きましたよ! 大武会で優勝されたんですよね!」
「魔王を倒したこともあるんですよね? 武勇伝を聞かせて下さいよ!」
「技を見せて下さいよ! 勇者の一撃を見てみたいです!」
「おおうあ! そんな一辺に来られても困るんだけど!」
やっぱり揉みくちゃにされた! 冒険者ライセンス試験のときみたいになってしまった。これでは総長のもとにいつまでたってもたどり着けない! 誰か助けてくれ!
エルは……なんか遠巻きに見て嬉しそうに笑っている。揉みくちゃな俺を見て楽しんでいる! ダメだ。
じゃあエドは……なんか教官の人と話し込んでいる! ええんか、ここで世間話してても?
じゃあ他は……ミヤコとタニシは訓練用の器具で遊んでいるっ!
じゃあゴリ…じゃなかったゲイリーはなんか自分が褒められてるみたいにドヤ顔でふんぞり返っている! もうダメだぁ!
とりあえず剣を手にして、構えを取る。しょうがない。こういうときは……、
「異空跋渉!」
(ズボアッ!!)
「勇者様が消えた!?」
この前憶えたばっかりの技を使って脱出してみた。本来は空間を行き来する技だが、同じ空間の中でも目に見える範囲なら転移することにも使える。ある意味、瞬間移動だ。
「……!? 勇者様があんな所に!?」
「凄い! 一体、何をしたんだ?」
「転移魔術を使えるんですか?」
脱出するためとはいえ、ちょっとやり過ぎたか? 一般的な常識を超えた剣技だということを考えてなかった。知らなきゃ、魔法にしか見えない。
「これは魔法じゃないよ。剣技だから!」
「ええっ!?」
「剣でそんなことを!?」
訓練生達の間でどよめきが起きる。ああ! 余計に騒がせてしまった。その様子を見たエドが俺に声をかける。
「また新たなる技を習得したようだな。この際、彼らの前で他の技も披露してやってくれまいか?」
エドに促される。しょうがない。今度はもうちょい、地味目な技を披露してみよう。これを見たら多少は満足してくれるかもしれない! 自分の剣はしまって、訓練用の剣を拾い、打ち込み練習用の人形に狙いを定める。
「破竹撃!」
(ビシィッ!!)
音と共に人形が真っ二つになった。訓練用の剣をあえて使って威力を落としたが、訓練生に見せるだけならこれぐらいで十分な…はず……?
「すげええっ!!」
「練習用の剣でこの威力!?」
「刃は潰してあるのに、どうやって斬ったんだろう!?」
みんな、不思議がっている。戦技一0八計なんて初めて目にしただろうし、基本技とはいえ、威力はかなりある方だ。ぱっと見でわかりやすい技なのでこれを選んだのだが、また、騒がせる結果になってしまった。
「彼の巧みな技量によって斬られたのだ。腕力、体力だけではなく、技の鍛錬の積み重ねによって成せる神業なのだ。みんなも基礎を大切にして鍛錬に励むと良い。」
はは、照れるな。こうやって解説されると、照れくさくなる。でもまあ間違いない。梁山泊にいた頃はひたすら基礎ばっかりやってきたわけだし。
「ついでにあっしも技を披露するでヤンス!」
何故かタニシがしゃしゃり出てきた。なにをするというのか……。
「あっしは勇者の舎弟一号、タニシでヤンス! あっしのフレイル殺法をとくとご覧あれ…でヤンス!」
フレイルを懐から取り出し、ヒュンヒュンして素振りを始めた。アチョー、ハチョー、とか意味不明な奇声を発している! やめてくれ! 見ているこっちが恥ずかしい。
「くらえ、ハッチョウ・エンゲキ!!」
上段にフレイルを振りかぶった。まさかとは思うが、破竹撃のことだろうか? また空耳かよ! この前も異空跋渉をハイクバショウとか言ってたし……。タニシは破竹撃をマネして、目の前の人形に対して思いっきり振り下ろした。
(ヒュン!……ドフッ!!)
フレイルの分銅は人形にかすりもしなかった! 代わりにあらぬところへ命中し、男なら誰もが聞きたくない音を立てた。
「オーマイガッ!!」
破壊したのは人形ではなく……自分の股間だった。クリティカルヒットだ!
「むやみに武器を振り回してはいけないでヤンス! ……キュウ!!」
「タニシーっ!?」
自分を強打して失神て……何回目だ、お前?




