第57話 アンタの性格ほどは壊れちゃいないよ。
「これハ、壊れテまスねえ。無茶をし過ぎタのでは?」
「フン。アンタの性格ほどは壊れちゃいないよ。」
「ソれ、どういう意味デスか?」
オレはドラゴンズ・ヘヴンへと帰投した。帰投後、すぐにデーモン・アーマーの状態を確認、メンテナンスの流れになる。相変わらず、この偏執な死霊術士は鎧にしか興味を持っていないようだ。まあ、こんな変態に心配をされたくはないのも事実だが。元々、人間不信なオレにとってはこれくらいの方がやりやすい。
「アクセレイション・オーバーライドを短時間で酷使しマしたネ? 無茶でスよ。もっと死体を扱ウようニ、丁寧に使ってクださイよ!」
「うるさい。勇者とか処刑隊相手に手加減なんかしてどうすんだよ! ヤツらは万死に値する。何回殺そうが減りはしないんだから、本気で殺すくらいが丁度いいんだよ!」
オレの嫌いな連中、要するに光の勢力に与する人間達だ。クルセイダーズや勇者とか。特にクルセイダーズの処刑隊。ヤツらには昔からの因縁がある。オレの両親を死に追いやった。それだけじゃない。ヤツらは姉さんにも数々の危害を加えた、許しがたい存在だ。だからこそオレは自分の生涯をヤツらの殲滅に捧げると誓ったんだ。そのためなら手段を選ぶつもりはない。
「まア、いいでしょウ。いいデータが取れマしたかラ。オーバーライド連続使用時のオーバーヒートは課題になっテまシた。参考にデきソうなので、今回は不問トしまシょう。」
「案外、物わかりがいいじゃないか。」
意外とあっさり折り合いがついた。コイツは研究している物について納得がいかなければ、何時までも駄々をこねる傾向があるからだ。しつこいったらありゃしない。鎧の試験中、ゾンビ兵を相手にすることが多かったが、全力で破壊すれば、癇癪を起こすなんてしょっちゅうだった。基本的にメンドクサイおっさんといえる。だが、扱い方がわかれば大した問題にはならない。
「生きて戻ってきたのだな、エピオン。無事で何よりだ。」
「ヴァル・ムング様。」
おっさんとやりとりをしている間にヴァル様が研究所にやってきた。オレが大した収穫もなく帰ってきたというのに、不機嫌そうな様子もない。不思議な人だ。
「勇者と交戦したようだな。君は彼をどう見た?」
「正直、あまり強くはないな、という感想です。鎧の不調さえなければ、倒せていたと思います。」
「不調でハありませんヨ! 酷使するカラ、あのヨうナことに!」
「ははははははっ!」
ヴァル様はオレの言動とオプティマのやりとりを見て、朗らかに笑った。どこか嬉しそうでもある。
「倒せたかもしれぬ、ということか! 君らしい。その自信の強さを私はとても気に入っている。次回もその意気込みで挑み給え。期待している。」
「はい、お任せ下さい!」
ヴァル様はオレが尊敬する数少ない人物だ。その強さだけではなく、能力ある物への理解、懐の深さ、良さをあげればきりがなくなるほどだ。オレの剣の師匠でもある。戦い方もほとんどヴァル様に教えてもらった。
「だが、同時に気を付けておき給え。君はまだ勇者の真価を見てはいない。見る前に鎧が不調を起こしたのだとも言える。ある意味、鎧に命を救われたのだよ。本来の用法とは異なるがね。」
オレはこの人に心を救われた。感謝してもしきれない。いずれ世界を救う英雄王となる人だと信じている。勇者など目ではない。だというのに、この人は勇者を必要以上に評価している。勇者という概念自体、時代遅れの遺物なのだ。それを倒すのがオレの役目だ。
「それはどういう意味です?」
「彼は追い詰められたときにこそ、異様なまでの得意な力を発揮する。私は以前、その力をこの身を以て味わった。不死身の肉体でなければ、命を落としていただろう。」
ヴァル様は勇者に敗れたのだと言う。あの時、オレはその混乱に乗じて姉さんを逃した。そうだというのに、この人はオレを咎めなかった。あの件はオプティマに文句を言われた程度で済んだのは、この人のおかげなのは間違いない。その器の大きさに感謝している。
「いや、実質殺されたのだ。不死身であっても。不死の肉体や形の無い物をも破壊、消滅させる力を彼は有しているのだ。」
負かされた恨みもあるはずだし、勇者が弱いことにも気付いているはず。それにもかかわらず、この人は勇者を必要以上に評価していると思う。ヤツの何がそうさせているんだ?
「私は敗北したときに生死の境を彷徨った。だがその状況が私を更に成長させた。私は死の淵から蘇り、更に力を得ることになったのだ。窮地をチャンスに変えるということ。これは勇者から学んだことだ。」
この人が言っていることは間違いない。ドラゴンズ・ヘヴンに戻ってきた時の彼は、行方不明になる前よりも強くなっていた。別人に感じたほどだ。
「私だけではない。彼は周りの人間を良い方向へと変化させている。君の姉、エレオノーラもそうだ。いずれ君自身もこの力を目の当たりにする事になるだろう。」
確かに不可解なところはあった。俺よりも圧倒的に弱いくせに、俺の攻撃を容易く躱すし、剣を折られたり、気絶もさせられた。あまつさえ、ダークネス・イレイザーを相殺された。奴は得体の知れない力を持っているのは間違いない。
「そうだとしても、オレはアイツに勝ってみせます。必ず。」
「フフフ、期待しているよ。」
ヤツが姉さんを変えてしまったのは今回再会して良くわかった。彼女があんなに生き生きとした顔をしているのは初めて見た。いつかはオレの手でそうしてあげようと思っていたのに。オレが長年達成できなかったことをアイツはたった数ヶ月で成し遂げてしまった。悔しい。オレはアイツに勝たなくてはならない。姉さんを取り返すために。勇者はオレの手で必ず、殺す!




