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第41話 獣と和解せよ。


「ううう、あああ! 許さないぃぃぃ!」



 さっきまで荒ぶっていた獣のエルはまだその場にいる。本来のエルが元の姿に戻ったというわけではなく、分離したという表現が正しいのだろう。未だに呻き声を上げているわけだが、分離してからさらに不安定になっているようだ。



「ごめん。一緒に戦うとは言ったけど、アレは私の手で葬らせて欲しいの。いいかな?」


「やりたいようにすればいいさ。でも、大丈夫? 醜い自分の姿を見るのは辛くなるんじゃないの?」



 俺から見ても結構キツいと思うのに、本人が自分の姿を、しかも、醜く化け物になったものを見るのはそうとう辛いんじゃないだろうか?



「大丈夫。これは必ず私の手で決着をつけないといけないことだから。」



 アレはある意味、彼女がため込んでいた負の感情が具現化したような物だ。だからこそ体内にデーモン・コアがあったとき、それをそのまま表面化させたから、あんな姿になった。彼女に罪はないが、それだけ追い詰められていたから、おぞましい姿になった。俺が助けてなかったら、殺戮の獣と化していたのは間違いない。



「お前は絶対に許さない! 私みたいなのは幸せになれるわけがないんだぁ!」



 気を取り戻し、というより、エルが一人で立ち向かうと宣言したことに反応しているみたいだ。苦しんでいない自分の姿を見て、それが許せなくなったのだろう。獣のエルは大鎌を本体に取られてしまったので、素手で襲いかかろうとしている。



「いいよ、許さなくても。怒りの全てを私にぶつけてみなさい!」


「わかった気になって、えらそうなことをいうなぁぁぁ!」



 全てを受け止める前提で、迎え撃つ構えをとるエルに対して、獣のエルが全速力で立ち向かっていく。手足の爪を縦横無尽に振るい、本物を攻撃する。その嵐のような攻撃をエルは優雅ささえ感じさせる動きでかわし、ときには受け流している。



「当たらないいぃ! どうしてぇ?」



 獣のエルは攻撃が当たらないことに戸惑っている。本物のエルが強いということもあるが、獣のエルがさっきよりも弱体化しているのが大きな原因だろう。テクニックの要素が全部なくなってしまっているんだ。戦闘技術は今のエルになってから身に付けた物なので、本物が分離したときに全部持っていかれてしまったんだろうな。力とか速さだけの身体能力しか頼る物がない状態だ。こんな状態で勝てるはずがない。



「当たれば、あなたの気は済むの? だったら本当にやってみる?」



 エルは間合いを離し、言葉だけではなく実際に構えを解き、無防備な状態になった。その姿を見た獣のエルは当然戸惑い、攻撃の手を止めた。そして、次第に怒りを露わにしていった。



「ふざけてるの? 余裕があるからって、なめくさってぇぇぇ!」



 獣のエルは猛然と襲いかかる! エルはそれでも、避けようとも、受け止めようともしていない。本当にそのまま攻撃を受けようとしている。一瞬止めに行こうかと思ったが、彼女を信じることにした。彼女の意志を尊重した。



(ドスッ!!)



 獣のエルの爪が本体のエルを容赦なく貫いた。まともに刺し貫いている。これはどう見ても致命傷だ。本当に攻撃を無防備なまま、その身に受けてしまった。



「どうだっ! これでお前は死ぬはずだ!」


「……ぐ、がはっ! 流石に痛いね……。死にそうだよ。でも……、」



 見るからに放っておけば、瞬く間に死んでしまいそうな状態になっている。口からは大量に吐血し、苦しそうにしている。そんな状態でも目は死んでいない。死に対する恐れが感じられない。まだ死なない、まだまだ生きていくという意志が感じられる。



「これぐらいはまだ耐えれる。もっと痛い経験はこの前にしたところだから。それに……もっと痛い経験をしてきた人を知っているから。」


「そんなものが何になるっていうんだぁ! お前はこのまま死ぬしかないんだぁ!」


「でも、本当に痛いのはあなたの方じゃない? 辛くて、苦しくて、悲しくて。」


「う、うるさい! 黙れ!」



 獣のエルは明らかに怯んでいる。相手に致命傷を与え、端から見ても、勝ったも同然の状態なのに。でも、本体のエルの言葉を聞いて、その言葉に怯み、凶悪な体の特徴も次第にしぼんでいっている。どんどん元のエルの姿に戻りつつある。



「もう一人で苦しまなくていいよ。こんな私たちを認めてくれる人がいるから。安心して戻ってきて。」


「苦しまなくていい……? 本当に……?」



 獣のエルは完全に元の姿に戻ってしまった。本体のエルを刺し貫いていた長い爪も消え失せた。そこまで戻って安心したのか、本体のエルは苦しんでいた自分の分身を抱きしめ、優しく抱擁した。その瞬間、二人は眩しい光に包まれ、元の一人へと完全に戻った。受けた傷も元通りになり、元気な姿に戻った。



「やったな、エル!」


「出来たよ、私! 自分の痛みを受け入れることが出来た。」



 俺はエルに駆け寄り抱きついた。今はとにかく彼女の勝利を祝福したかった。とうとう、自分のトラウマを乗り越えたんだ!



「ば、馬鹿な! ありえない! こんなことがあっていいはずがない!」



 蛇の魔王はうろたえていた。自分の企みが俺たち二人に砕かれてしまったからだろう。想定外の出来事だったのだろう。



「肥大化させたトラウマを乗り越え、吸収してしまうとは! 想定外だわ。……だが、私にはまだ策がある。まだ、終わりではないわよ。あなたたちの悪夢は残念ながら、まだ続くのよ。」



 まだ何かあるっていうのか? エルの本体は救出した。後は過去の記憶を取り戻すだけ……そうか! 他の記憶はラヴァンの手の中にある。それを何とかしないと、元のエルには戻れないということか?



「ホホホ、良かったわ。あの魔術師のお坊ちゃんがここで役に立つなんてね。取るに足らない物でも保険代わりにしておいた事に助けられたわ。というわけで、私の策はまだ盤石よ。覚悟しなさい!」



 蛇の魔王は俺たちの前から姿を消した。ラヴァンがいるところへ行ってしまったんだろうか? 



「行きましょう。みんなにも会わないといけないし。」



 俺は無言で頷き、異空跋渉で空間の裂け目を作り、エルと一緒にそこへ飛び込んだ。次に行く場所が最終決戦の地だ。そこで全ての決着をつけてやる!

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