第321話 意外な結末
「おおっ……?」
学長は俺にカウンターを決めたままの姿勢で固まっていた。石像みたいに。おかしい。この男の性格なら、勝ち誇り、俺を蔑むのを楽しむはずなのに。そこで時間が止まったかのように動きを止めている。
「おい、何とか言えよ、学長! アンタの勝ちなんだぜ!」
「……残念ながら、彼はもう……、」
「そんなわけが……、」
「彼は最後の一撃に、残る己の全てをつぎ込んだのだ。その結果がこれだ。彼はミスを犯した。力の配分を間違えたのだ。」
「……嘘だろ!?」
次第に学長の体は崩れていっている。細かい砂の粒みたいなのが体から発散していっている。ここにあるのは魂その物だったから、倒れるのではなくゆっくりと消滅していってるようだ。
「……死んでしまったのか。勝った瞬間に……。」
「皮肉なモンだな。奇跡を否定していた男が死の間際に奇跡を起こして死んだんだ。」
「引き際を見誤ったのだ。プライドがその判断を鈍らせたのだ。慣れぬ事に喜びを見いだし始めたのも悲劇だろう。その感情が正しい判断から遠のかせる原因になったのだ。」
兄さんと聖騎士は何が起きたのかを理解していたようだ。当事者の俺は何もわからなかったのに。戦うことに必死に、夢中になっていたから。それは学長も同じだったのだろう。
「お前の勝ちだ、兄弟。こうなっちまったモンはしょうが無い。百修百業の掟の上では死んだ方が負けだからな。」
「でも、勝敗が決した瞬間は俺が負けたはず! コイツは勝った瞬間に死んだから、俺の負けだ!」
納得できなかった。俺は間違いなく負けた。学長が殺傷力のある武器、技、魔法を使っていたなら確実に俺は死んでいた。それでも学長は死んでしまう運命だったんだろうけど。
「お前は勝った。それは認めとけよ。」
「こんなの勝ちに入るのか? 俺は学長の攻撃を凌げなかったから、勝ちにはならないだろ!」
ファルも俺に勝ちの判定を下しているようだ。それどころか、それに反論する人は誰もいなかった。侍やヴァルですらそうだった。
「こんな戦いに持ち込んだ時点でお前の勝ちだったんだ。このクソ野郎にそこまでさせただけでも大したもんだ。自分に有利な状況でしか勝負しない男にだぞ?」
「でもそれは、一方的な勝ち方がイヤだっただけだ。相手と同じ価値観で勝ちたくなかったからそうしたんだ。」
「ヤツにそんな事を持ちかけて成功した人間は誰もいない。意味合いは違うがトープスって人もそうだったんだろ? 説得を持ちかけても応じない相手を動かした。そういう意味でも勝ちだ。」
トープス先生は学長を説得しようとしていたらしい。でも、それは失敗に終わり、俺達を殲滅すると宣言してきたようだ。俺は無意識的にトープス先生の無念を違う形で実現しようとしたのだろうか? これも“勇気の共有”の影響なんだろうか?
「そこの聖騎士も言ってただろ? 奇跡を否定していた男に奇跡を起こさせた。その結果が死につながったしな。これでお前の勝ち点は三つもある。学長は試合に勝った一点だけだ。」
「それは無理矢理すぎるだろ。」
「いい加減認めろよ。もういいだろ、これくらいで?」
色んな観点で見ても、俺の勝ち? それでも納得は出来てない。そこまで言い始めたら、俺は大体、総合的には負けばっかりなんだ。なぜなら……。
「お互い理解し合う、っていうのが俺の理想だから。そういう意味ではいつも失敗してる。負けばっかりだ。」
「少なくとも今回は理解し合いそうになったんじゃない?」
「なんで?」
エルは妙な事を言った。俺達は結局平行線を辿るばっかりで、ちっとも理解し合えてなかったと思うんだが? 結局、殴り合いで決着することになった。
「学長はあなたの持ちかけた喧嘩に応じたんでしょう? 武術を否定していた人に同じ事をさせた。それだけでも凄いと思うよ。」
「ただの喧嘩だしなぁ。」
「そうかな? 戦っている二人を見てたら楽しそうに見えたよ? お互い必死になって遊んでいる様に見えた。学長相手にそこまで出来たんだから、成功だと思うよ。」
仲良く喧嘩しな? と、どこかの誰かが言ってた様な気がする。それと似たような意味だろうか?
「この戦いの勝ち負けはどうあれ、結果的に彼は死に、人類殲滅の禍は逃れた。君の行いは結果的に世界を救ったのだよ。その真実は変わらない。」
「負けたのに救えたのか? おかしな話だな……。」
妙な感覚だった。負けたのに人々を救うことは出来た。学長の野望を阻止することは出来た。人々が喜んでくれるならそれでも良いか。勝ち負けはあくまで俺個人の問題だから、それはまた別で考えることにしよう……。




