第312話 貴様らが罪深いのだ!
「私は間違っていた。これは素直に認めよう。」
俺達に圧倒的な力の差を見せつけた上で、学長は謎の弁明を始めようとしていた。今さら自分の過ちに気付いたと言うのは何かおかしい。
「人というものは敵わぬ、実現できぬと気付いたとき絶望し、己の無力さに打ちひしがれ、自らの命を絶つものと思っていた。」
ある意味、それは間違っているとはいえない。誰だって、どうしようもなくなったら自殺という道を選ぶ人もいるかもしれない。
「だが、そういう選択を取らない人間もいた。少しでも可能性があれば、力尽きるまでそれを行使する。解せない。非合理的な考え故、正直理解など出来ない。無意味な行動だ。」
今までの俺達の行動を指しているのだろう。俺達はわずかな可能性に賭けひたすら攻撃をする手段を取った。間違いなくその行動が学長の機嫌を損ねてしまったのだろう。
「そういう者達は質が悪い。自らが信じた方法を馬鹿の一つ覚えの如く盲進し、いつまでも繰り返し続ける。このような輩には徹底した制裁を加える決心をした。」
完全に俺達の行動原理を否定している。例え望みが少なくとも目的に向かって邁進するのが俺達、勇者だと思っている。目の前の男はそれを完全に握りつぶすと言っている!
「勇気、希望、愛。これらは人類の進歩には不要な物だ。感情などと言う下等な概念が進化を妨げるのだ。優れた知性、理論、論理に勝る物はない! まずはその先兵たる勇者! 貴様の心を打ち砕いてやろう!」
その時、俺は金縛りにかかった。体をピクリとも動かせない。完全に体の制御を奪われた。それから徐々に体が宙に浮き、学長の面前まで移動させられた。
「勇気などと言う愚かな精神は真っ先に打ち砕くに限る。まずは利き腕を破壊してやろう!」
(バァァン!!)
無造作に右腕の義手を破壊された。それだけでなく肩の骨も外された。巨大な力で強引に引きちぎられたような感覚だ! 同時に激痛が走るが、悲鳴は喉元のところで堪えた。
「ほう、悲鳴は上げないのか。つまらんな。では次は左腕だ。」
(ボギャァッ!!)
「うっ……ぐっ!?」
今度は左腕を引きちぎられた。これはさすがに悲鳴を抑えきれなかった。というより抑えられるモンじゃない。骨ごと引きちぎられたんだ。心は耐えたとしても、体はそういうわけにはいかない。
「やめてください! あなたには慈悲の心がないんですか! こんな仕打ちはあんまりです!」
傷付いた俺の姿に黙っていられなくなったのだろう。エルが前に進み出て学長の行いを非難する。今まで見たこともないような悲痛な面持ちをしている。……ゴメン。俺に力が足りないばっかりに……。
「この行為は止めぬし、慈悲等という下等な精神など私は持ち合わせてない。」
「人を弄ぶような行為はやめて下さい! どうして人が苦しむようなことを平気で出来るのですか!」
「これは懲罰だ。私に対抗すること自体が罪なのだよ。何度も抵抗は無駄だという状況を示して見せたというのに、貴様らは警告を無視したからこのような仕打ちをする羽目になったのだ。」
「あなたの考え方に納得がいかなかったからです! 問答無用で人類を抹殺するような神様がいるなんて思いたくなかったんです!」
「その様に人間如きに都合が良い神などこの世には存在しない! 弄ぶ様な行為と言うが、貴様らに原因がある! このような手段を取らせた貴様らが罪深いのだ!」
(ベキャァァッ!!!)
「ぐっぁぁぁぁぁっ!!!!」
「ロアーーーーッ!!!」
両足までもがれた。今は学長の魔力によって宙に浮かされているが、こうなった以上は自分で立ち上がることも出来なくなった。こんなんじゃ、戦うことすら出来ない……。
「うう……このままじゃ、死んでしまいそうだな。流石に悪運の強かった俺もここで終わりみたいだな……。」
「大丈夫! あなたは死なないから! 私が死なせないから!」
俺の千切れ飛んだ四肢を拾い集め、泣きじゃくりながらエルは俺を奮い立たせようとする。この子はまだ諦めてない。俺が先に諦めてどうするんだ? 情けないなぁ……。
「貴様はまだ死なせんよ。出血は止めているし、殺そうと思えばいつでも息の根を止めることは出来る。さて、このような状態にしたのはどうしてだと思うかね?」
完全に無力化された俺の姿を見て、この行為の真の目的を問うてきた。大方、更に苦しめて絶命するまでの有様をじっくり楽しむつもりなんだろうさ……。
「この状況で勇気、希望、愛とやらがどう作用するのかを確認してみたいのだよ。貴様らにとっての万能の力がこのような状況下で作用するのか試してみたいのだよ。」
「テメエ、鬼畜生の外道以下の考えじゃないか!」
「馬鹿を言うな。倫理観など神には存在しない。私も長年研究者をやってきたのだ。今は少し好奇心が芽生えてきたのだ。この結果を見れば、今後の新人類の創造の役に立つかもしれん。」
学長は完全に人ではないバケモノと化してしまった。見た目とか力とかじゃない。考え方その物が恐ろしい怪物になってしまっている。




