第286話 残念なお知らせがあります。
「トープス君、帰るのを引き留めて悪いが、君にとって残念な情報が入ってきた。聞かなくても良いのかな?」
学長に失望し、踵を返して帰ろうとしていたその時、私は引き留められた。たった今入ってきたというには、あまりにも間が悪いやり方だ。学長はおそらくわざとやっているのだ。その情報の内容も、私が覚悟していた彼らの状況についてだろう。
「いいでしょう。お聞きしましょう、その情報とやらを。」
「フフ、勇者達とタルカスが交戦を始めたようだ。君が望んでいなかった展開へと事態はシフトしてしまったな。」
「くっ……!?」
学長はそれ見たことか、と言わんばかりに蔑むような視線を送ってくる。やはり、私の悔しがる姿を見たかったのだろう。和平を信じて行動した結果が結局は闘争を招いてしまった。私の失敗をあざ笑いたい、たったそれだけの事をあの話の後でこのような見せしめを行うとは……。
「わざわざ、私の前まで出向き説得を試みた上で失敗し、タルカスの暴走を食い止めることが出来なかった。非力無能な輩にはその程度の結果しか出ない。和平などといった大それた事を為そうとするから失敗する。君は所詮、一研究者に過ぎぬのだよ。」
「かといって、見て見ぬふりをする事に耐えられなかったのです! 例え、しがない研究者であっても、行動を起こしたかったのです!」
タルカスが憎しみに狂っていく姿を見るのが辛かった。何度も説得を試みたが、その度に断られ、遂には交流すらなくなってしまった。その後も別の形で彼の企みを阻止しようと様々な活動を行ったが、結局、止めることは出来なかったのだ。
「研究者はその対象に集中することこそ本懐だろうに。研究者には冷徹さも必要だ。君も研究に没頭していれば、今のように悲嘆に暮れることもなかったのだ。感情を捨て去れば、私の様に高みに至ることも出来たのかもしれん。」
私の研究は……その様な物を求めていない。私は子供の頃にダンジョンに心引かれたからこそ、夢中でその研究、探索を行った。その原動力は情熱。決して非情の精神から生まれる物ではない。
「感情は知性の劣る下等な人間に与えられた力だ。知性が無いのならばそれで補うしかない。感情とは獣の心だ。激情によって人間は進化するからこそ私は抗争の火種をばらまいたのだ。」
「あなたには人の心という物がないのですか!」
「無いな。私には生まれついてから、感情は愚か、他者に対する同情すら持ち合わせていないのだ。その他大勢には授かる事の出来ない天賦の才能。それこそ“神”となる素質を持って生まれてきたのだよ。」
“神”には情がない? 果たしてそうなのだろうか? 人智を超越した存在ならありえるのか? 確かに感情には悪い側面も多くある。例えそうだとしても、“神の慈悲”という言葉に矛盾が生じる。 慈悲は感情から生まれるものなのではないだろうか?
「失望しましたよ、学長。」
「学長殿、あなたは超えてはならない一線を越えてしまいましたな。自ら神を名乗るとは、おこがましいとは思わないのですか?」
「トープス君以外の入室を認めた覚えはないぞ、無礼者ども。」
振り向くと、執務室の中に石像と宝箱が置かれていた。当然、それらは備品などではなく、ロバート・トレ先生と……フォグナーだった。姿形こそ普通のミミックだが、彼もゴーレムだ。しかし、由来が古いため、我々の知る魔法生物とは定義が違う。
「いやはや、耐えかねたものでついついしゃしゃり出てしまいましたよ。」
「フン、セキュリティ・システム如きが口出しするとはどういう事だ?」
ある意味、彼、フォグナーは古代から現存するセキュリティ・システムといっても差し支えなかった。生み出された当初は宝物庫の監視役を担っていたようだが、長い時を経て、人間を上回る知性を身に付けたのだという。彼の正体を知る者は学院の中でも限られており、インスティチュート・ソサエティの創設者でもある。この学院の最古参といっても差し支えない存在なのは間違いない。
「口を出したくもなります。この学院を戦場に変えるなど、以ての外! 学院始まって以来の暴挙ですぞ!」
「黙れ。貴様ごときに私の崇高な理念を理解できるものか。貴様のことは認めているが、いわゆるただの一般人には闘争が必要なのだよ。そうでもなくば、進化出来ぬのだ。」
普段は温和な性格のフォグナーが珍しく声を荒げている。話の内容からすると私と学長の話を聞いていたと思われる。ロバート先生と共にこっそり後を付けてきていたのだろう。
「崇高な理念……。あなたは人を信じるという概念はないのですか? あなたにはそれが抜け落ちている様に思えます。ねえ、“朱ローブ先生”?」
「化石その物でしかない、あなたに何がわかるというのです。相変わらずですな、“トレ坊先生”!」
互いにロバート先生の著作物における呼び名を言い合っている。あの話はロバート先生の実体験が元になっているそうだ。主人公と敵対する人物“朱ローブ先生”は学長がモデルとなっているそうだ。当時、学長は朱色のローブをよく着用していたため、そのようなあだ名がついていたのだとか。その二人が長い時を経て対面している。今は正に、歴史的な一幕になってしまっている。
「私に誰が何を言おうと、止めることは出来んよ。嵐というものは一度起これば、過ぎ去るまで収まらぬのだ!」
学長はその言葉を残し、執務室から姿を消した。いずこかへ転移したのだろう。二人の生ける伝説の非難にも耳を貸さずに自ら出て行った。果たして我々に彼を止めることは出来るのだろうか?




