第280話 最後の説得
「学長、お話があります。」
「トープス君、こんな時に一人で私に見えようとはいい度胸をしているな。」
関係者全てに話さず、独自の判断でここまで来た。会合の上ではタルカス達強行派を止めるための戦いを、学院の各勢力が団結し行うと言う話になった。とはいえ、私は争いは最終手段だと考えている。それを避けるには元凶とも言える学長を説得するのが最適解だと思ってここへ来たのだ。
「私は和平のため、誰も傷付かない決着を求めているのです! そのためあなたに考えを改めて頂きたいのです。」
「ほう、それで?」
「実力ある者、才能ある者だけが生き残れる世界は間違っていると、私は思います。しかし、あなたは敢えてそのような体制になるように仕向けました。それはどういう狙いがあるというのですか?」
学長の新体制は互いを争わせ、最終的に生き残った者に特権を与えるというものだった。これまで学長は多様性を認め、多種多様な民族、種族を招いて運営を行っていた。そのため、血統を重んじる、いわゆる純血派の反感を買ってしまっていた。それが浄化委員会の発足の一因となったらしい。
「狙い? 私の考え自体は何も変わっていない。体制を変えるのは発展を促すためだよ。」
「発展を促す? 却ってそれを妨げているのでは? 争い合った末に廃れ、消えゆく者達が多く現れます。そうなれば新たな可能性を摘むことになりますよ!」
争わせるのは不毛だと思う。全てが強い者ばかりではない。争いに向いていない者も大勢いる。それだけではない、強く才能ある者が生き残るとは限らない。学長は手段は問わないとさえ言っている。そのようなことになれば争いだけに特化した者や、卑劣な手段を用いて生き残ろうとする者も出てくる。これでは戦争と同じだ。望んだ結果になるとは限らないのだ。それは歴史が証明している。
「争いに負けて大勢の者が犠牲になるだろうな。でも、それは仕方のないことだ。そうなる者は運がなかったのだよ。時代に合わなかっただけだ。時代に沿い、生き残った者だけが正しいのだよ。」
「生き残った者が正しい? それはおかしいですよ、学長! 例えば今、ゴーレム達が生き残った場合、世界全体の人類にまで危害が及ぶでしょう。あなたはその責任を取れるというのですか?」
私達がタルカス達を止めればその様な危険はなくなるだろう。でも、タルカス達の力は未知数だ。単独で破壊の術式を再現する技術を生み出し脅威の片鱗を見せつけている。それ以外にも彼らは切り札を用意しているかもしれない。
「別に構わないだろう? 人間の文明はここまでだったというだけだ。新たなる上位の生命体、ゴーレムが世界の覇権を握るだけだ。むしろ世界にとっては革新ではないか。君も義肢を利用している。それを利用し、恩恵に与ればいいではないか? なぜ、君はそうしない?」
「その考えは間違っています! 彼らだけを贔屓するのは間違っています! それにタルカスは復讐心に囚われ暴走しているだけなのです。彼に理想もありますが、まずは冷静にさせないといけない。それが先決なのです!」
初めて会った時、タルカスは今よりも理性的だった。過去の悲しみに囚われつつも、人間との共存を目指したいとさえ言っていた。だが義肢を提供したりして人間との関わりを深めるにつれ、人間の醜い部分を知るようになった。それが次第に彼の狂気性を強めていったと思う。私では止められないほどに狂って行ったのだ。
「時には激しい感情も必要なのだよ。それが革新を呼び、争いの火種になる。それが戦争だ。戦争がなくならないのはどうしてだと思う? 必要だからこそ人はやめられないのだよ。」
「学長、あなたは自分の言っている事がわかっているのですか? 戦争を肯定するのは、人としてどうかしている!」
「人? 何を勘違いしているのだ、君は? 私は人ではない。とっくに人などやめてしまったよ。」
「冷静になってください! 言っている事がおかしいですよ!」
目の前の男はおかしなことを言い始めた。争いを推奨するような体制を作り出したり、戦争の肯定まで始めた。ハッキリ言って正気の沙汰ではない!
「冷静だよ。私は。寧ろ君は落ち着いた方がいい。私に対して説教するのも失礼だぞ。」
「こんな事を言われて冷静になれますか! いい加減にしてください!」
「だまれ、私は“神”であるぞ!」
「……!? い、今、何と?」
「“神”と言ったのだ。私は神、嵐の王、ストーム・ルーラーと呼びたまえ。私はすでに神になっているのだ。」
とんでもないことを言い始めた。昔から傲慢な物言い、態度のある人間だと思っていたが……。自ら神を名乗り出すとは思わなかった。
「冗談はやめてください。世界中から非難を浴びることになりますよ。それに法王庁も黙ってはおりますまい。」
「ふふ、この機会に私は宣言することにしたのだ。近いうちに君たちは奇跡を目にすることになる。世直しを行うのだ。我が身の嵐によってな!」
この場を離れることにしよう。恐ろしく傲慢な男の暴挙に巻き込まれないようにするために。学院の誰よりも止めないといけない男がいることを知らせなければならない。




